交渉2
⭐︎
「リエン」
「はい」
「ワタチが今何を考えているかわかりますか?」
「はい」
「どうして目を見て話せないのですか?」
母さんの真っ赤な目が俺をじっと見ているから怖いですなんて言えないよ!
「『フーリエ殿』申し訳ございません。一晩お世話になります」
「ガラン王家の人でもワタチの宿に宿泊するならお客様です。それにガラン王家に個人的な恨みなどはありません。それよりも、『フーリエ』と人前で呼ばないでください。特に息子の前では」
「し、失礼しました!」
いつもよりにぎやかな食堂。全員がオムライスを食べて笑顔だった。
シャルロットさんと母さんだけは空気が重いけどね!
「というか、今更だけど母さんの本名って『フーリエ』だったんだ」
「うっ」
「え? リエンは知らなかったの?」
そりゃ驚くよね。
「シャルロット……様に言われるまでは」
「シャルロットで良いわよ。年齢も同じくらいに見えるしね」
お姫様を呼び捨てで呼ぶのはなんだか恐れ多い気もするけど、本人がそういうなら従うしか無いよな……。
「じゃあそうするね、シャルロット。母さんに関しては今まで名前が『母さん』だと思っていたんだ。ねえ『母さんお母さん』」
「今まで呼んだこと無い変な呼び方でワタチを呼ばないでください。本名を隠していたのは謝りますが……」
あ、ちなみに今も母さんは目と鼻以外は布でぐるぐる巻きになっている。赤い目が余計に目立っているよ。
「というかその本名も嘘じゃないかって思っているよ」
「ええ! なぜ!」
なぜって……。
この大陸には三大魔術師と呼ばれる人がいて、それぞれ凄い力を持っていると言われている。
一人目は『ミルダ』。
ガラン王国、ミッドガルフ貿易国、ゲイルド魔術国家という名前の国がこの大陸にあり、それらが存在するこの大陸の名前が『ミルダ大陸』と呼ばれている。
偶然の一致ではなく、その『ミルダ』と呼ばれる大魔術師が三国を作り、偉業をなしたとしてその名前が大陸に付けられたと言われている。
二人目は『マオ』。
神出鬼没で行方を知る人は殆どいない。しかし大きな事件があると、いつの間にか現れて事件を解決していつの間にか消えている。実力は凄く、一度に二つの魔術を使うなんて都市伝説もある。
そして三人目は『ゲイルド魔術国家』にある魔術研究所の館長。
大魔術師『ミルダ』の一番近くにいるという噂で、なんでも大陸中の情報を現在進行形ですべて把握しているという。把握方法は極秘であり、その方法を知ろうと館長に会いに行く商人も多くいるそうだが、大体が門前払い。
そしてその館長の名前が『フーリエ』……という名前だった気がする。
気がする……というのは、館長の名前も隠されているからだ。これは俺の推測で、ミルダ大陸の歴史には度々『フーリエ』という名前が出てくる。巨大な力を持ち、災厄から救った英雄の助手として活躍したとか。
幼い頃に母さんにこの話をしたら、少し苦い顔をして「わかりません」と言われたが、もしかして偶然その時母さんの名前を言ったから驚いたのだろうか。
ともあれ、魔術を覚える上でこの三名の存在は絶対に出てくる。魔術を勉強していない人は最低限『ミルダ』は知っているだろう。大陸の名前にもなっているしね。
「過去にリエンがその名を言った時を覚えていますか?」
「う、うん」
ちょうどその事を考えていたところに母さんが話しかけてきた。
「あの時は驚きました。まさかワタチの名前を言うとはと。そしてミルダ大陸の歴史を読み解けば絶対に出てくる名前と一緒の名前と言うことで誤解を招かないためにもワタチは名前を隠していました。そもそもリエンはお客様がワタチを何と呼んでいるか覚えていますか?」
そりゃあ、十年近く店番していたら……。
店長
店主
店員さん
あれ?
「な、名前で呼ばれていない! 常連まで!? それに『母さん(名前)』って呼んでる人も俺だけだ!」
「今更気が付いたのね……そのフ…店主殿、重ね重ね申し訳ございません」
「まあ良いです。今日はここで泊まって、明日には帰ってください。村にはお忍びで姫が来たと帰った後に回覧板を回します」
母さんはタプル村で祭りや住民の交流会などの事務作業で大活躍している。人との繋がりを大切にしている母さんだからこそ任されるのだろう。
なのできっと今回の『急にガラン王国の軍がぞろぞろと来た事件』も母さんの回覧板一つで解決するだろう。
ふとシャルロットの腰につけていた武器を見た。おそらくガラン王国の兵が持つ剣だろう。遠目で見たことはあるが、こうして近くで見るのは初めてだった。
なんだろう……やっぱり格好良いな……。
「ん? リエン、私の剣を見てどうしたのかしら?」
「あ、いや、杖以外を見たことは無かったから、少し興味があって」
「リエンは杖を持っているのか? 良かったら見せてくれないかしら? 私も剣を見せるわ」
「う、うん」
部屋から俺の杖を持ってきて、それをシャルロットに渡した。大体俺の胸元くらいまである長さの杖で、そこそこ重い。母さんの話だと『知り合いからもらった杖を元に職人に頼んで作ってもらった』とのこと。
「おおー! リエン、これが魔術師の杖なのね!」
「あ、俺はまだまだ未熟だから杖を使っているけど、強い人は杖が無くても魔術が使えるんだ。母さんがそうなんだよね」
魔術を使う上で一番重要なのは魔力の流れで、杖は魔力の流れを想像するのに一番わかりやすい。『杖の先端から炎』という想像で安全に炎が出せる。
逆に杖無しで魔術を使う場合は『手から炎』という安直な考えだと手が燃えてしまう。しかし『手から少し離れた場所の親指の先から』というややこしい想像をすると、変な魔術が発生したり、失敗して何も起きなかったりする。
最終的には『慣れ』らしいけどね。
「おっと、リエンにも私の剣を渡さないとね。少し重いから気を付けてね」
杖と同じくらいの長さの剣。シャルロットが軽々と持っているところを見ると、そう重くはないと
「……え、予想より重い」
持てない重さではないけど、さっきシャルロットは片手で渡してきた。それに対して(一応借りるわけだから)両手で受け取ったんだけど、これを片手で?
「全然片手で切ったりとかできる自信が無いんだけど」
「ふふ、それは片手剣ではないから使うときは両手で持つの。片手で持つ場合はこっちの……私のもう一つの武器のこの短剣を使うの。そっちの剣を使うときは両手で構えるのよ」
そう言ってシャルロットは小さな剣を俺に見せた。こっちは腕一つ分の大きさで、調理場の包丁より少し大きめに思えた。
「その、この大きな方の剣を出してみても?」
今は鞘の中に納まっている。
「ああ。兵たちは護衛の関係でこっちを見ているけど、気にせずに抜いて良いわよ」
「ありがとう」
念のための許可。人の物を借りたらきちんとどこまでやって良いのかも聞かないと誤解を生むからね。
というか姫の護衛の兵たちがそろって俺を見ているから少し怖い。
キーンと音を立てながら、刀身が現れる。切れる部分はキラキラと輝いており、それ以外は何か彫刻が彫られている。
すべてを抜くとドシッと片手に重さがかかり、思わず落としそうになった。それを予想していたのか、シャルロットは剣を持っていた俺の右手を掴んでいた。
「私も大叔母様に剣を習い始めたときはこうなったのよ。鞘から抜けば一瞬でも片手で持つことになるわね」
「あはは、ありがとう」
そして見よう見まねで剣を構えてみた。
……これは……。
…………なんというか…………。
かっこいいぞ!
「母さん」
「なんですか?」
「俺、剣を」
「許しません」
ちょっと待って、まだ何も言ってないけど!
☆
翌朝。
母さんと朝食を食べていたのだが、いつもより空気が重かった。
いや、原因はわかるんだけど言えない。
「水汲みを頼みました」
「う、うん」
重い空気のまま今日の朝の作業を言われ、俺は樽を持って宿の裏にある井戸へ行った。
「はっ! はっ!」
シャルロットが井戸の近くで不思議な踊りをしていた。
「『認識阻害』」
俺は思わず自分に『認識阻害』を使った。
これは『対象物を認識できないようにする』という術で、簡単に言うとシャルロットは現在俺の事が見えない。
詳しく言うと俺の方を見ようとすると何かが邪魔をして目線がそれてしまうーとかなんだけど、詳しくはよくわからない。まあそれが魔術なんだけどね。
井戸へ向かって樽に水を入れて、俺の力でも持てるくらいの重さになったら運び出す。水が無くなったら気が付いた人(俺か母さん)がやるというのが我が家の決まりで、別件がある場合はきちんとお願いをするというのも我が家の決まりである。
「……」
ん、シャルロットが突然不思議な踊りをやめて空を眺め始めた。何かの儀式だろうか。
おや、瞳から一滴の涙を流している。何かの祈りだろうか。
「リエン、いつからそこにいたの?」
えええええええええええええ!
「ちょっと待って! 俺のこと見えてたの!」
「騎士たるもの、周囲の変化には常に気を配るもの。風の流れが変われば気が付くわ」
「そ、そうなんだ。あ、気にしないで。たまにそういうお客さんもいるから慣れてる慣れてる」
「そう。ではその客の分の仇も打とうかしら」
「へ?」
キィンと、鉄の音が聞こえた。
かちゃりと剣を構える音が聞こえた。
「私の『魔術の特訓』を見てしまった以上、店主殿の息子でも記憶を消させてもらう!」
「ちょっと待って! 理不尽! 記憶を消すっていうか、それ存在が消える!」
「私の手探りながらも本気の挑戦……しかしそれが民に知れたら」
「待った! じゃあこうしよう! 俺が魔術を教える!」
「何?」
ボトッと剣を落とした。
「それは本当?」
「ああ! 俺は母さんの息子で魔術は母さん仕込みだ。だから基本くらいなら教えられる!」
「それはほんとう……」
次の瞬間だった。
『火事だあああああああああああああ!』
聞き覚えのある男の声……友人のピーター君の声が村中に響いた。
「民が優先ね! 悪いけど後でゆっくりと話の続きをしましょう!」
「う、うん!」
そして俺とシャルロットは燃え盛る家へと走り出した。
プロローグのようなお話はこの辺までとなり、これから色々な事件や冒険が始まるかと!
楽しんでいただけたら嬉しいです!