ミッドガルフ貿易国の楽器商人
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ゲイルド魔術国家はミルダ大陸最北端に位置する雪国。
つまり寒いという事らしい。
そういえば最南端に位置するガラン王国と比べてミッドガルフ貿易国は少しだけ涼しい気もする。
とはいえ、日常生活には困らない程度の温度変化だから気にならなかったけど、ゲイルド魔術国家は甘く見てはいけないとのこと。
道中の雪道は油断していると寒さで息絶えるとか。
その殆どの原因が防寒対策。そして食料不足らしい。
「ということでお買い物よ!」
すっごく目をキラキラさせているシャルロットと俺は周囲の散策をしていた。
ちなみにマオは『……疲れた。少し休憩』と言ってほのぼの二度寝。まあそもそもマオはここが目的地だし、本来ならここでお別れという感じである。
事情を知らない状態であれば『親に届けて』とか『迷子?』とか聞くべきだろうが、あの三大魔術師のマオなら問題ないだろう。
というか今でもあのちっちゃい女の子が三大魔術師だって信じられないけどね!
「あ、お兄さん。昨日ぶりですね」
そんなことを考えていたら昨日出会った楽器屋の店員さんに出会った。
「こんにちは。昨日はもう一度来れなくてすみません」
「あはは、いやいや、あの大荷物じゃ難しいでしょう。ボクはここで店をしているから今日でも会えると思っていました」
さわやかな銀色と金色が混ざった髪を持つ青年。俺と同い年くらいかな?
「今日は何か見ていきますか?」
「そうね、マオちゃ……パムレちゃんにお土産を買おうかしら」
「パムレちゃん?」
「そう。昨日一緒にいた女の子で荷馬車から出てこなかったから見えなかったかしら。確か『くらりねっとー』とかいう笛が好きって言ってたから、それは無いかしら?」
「へえ、『クラリネット』」
青年は微笑んだ。俺は初めて聞く名前だけど、やはり楽器屋というだけあって知っているのだろうか。
「『クラリネット』はかなり昔のガラン王国の王様『トスカ』が持っていた黒い笛の楽器です。さすがにそれはボクの店には無いですね」
あはは。と笑う青年。
「ああ、あの大叔母様が時々持ってる楽器って、大叔父様の楽器だったんだ」
「「……」」
俺と青年は固まった。
何この子は『ガラン王国の貴族です』と間接的に言ってるのかなーあはは。
「うーん? えっと、今のは聞かなかったことにした方が良いですか?」
「非常に助かります。えっと、いくら払えば秘密にしてくれますか?」
ここに『ガラン王国の姫がいます』なんて噂が飛んだら盗賊の良い餌である。
「お代は結構ですよ。なかなか面白いお嬢様と出会えたので。それにしても大叔母様ですか。そうなると君は側近か婚約者とかですか?」
え!? こ、婚約者!?
「ち、違います! 俺はただの『寒がり店主の休憩所』の店主の息子です!」
「え、そう……なんですか?」
楽器屋の青年は固まった。
「へ、へえ。あの店主さんの」
青年の顔は笑っている。しかし少し笑顔がひきつっているようにも見えるぞ?
「ははーん、全てを察したわ。まさか楽器屋さん、もしかしてリエンのお母さん、もとい店主殿に惚れているのかしら?」
「いや、それはないのですが、ただ色々とお世話になってましてー」
母親とは言え即否定は少し残念。
「ほほう。となると弱味ね! リエン、ガラン王国軍戦術その五十六『相手の弱みは好機』を突く準備を!」
「どんだけあるんだよ! しかもなんか嫌な使い方しか思いつかない名前だな!」
「と、とにかくボクと『フーリエ』は何もありませんから! ほら、楽器を買わないならあっち行ってください! ほらほら!」
「「わー」」
ぽーんと追い出されてしまった。
☆
少し歩いておしゃれなお店で休憩。
俺とシャルロットは優雅にお茶を飲んでいた。
「ふふふ、やはりあの楽器屋は怪しいわね」
「ブッ、まだ言ってるの!?」
そもそも『寒がり店主の休憩所』という店があるんだし、どこかで接点があってもおかしくないでしょうに。
「でも考えてみなさいリエン。貴方って『父』はいるのかしら?」
「え?」
「もしリエンが幼い頃、実はそこには店主殿ともう一人優しい男性がいた。しかし家庭の事情で男性はミッドガルフ貿易国に行かなければならなかった。そう……今こそ言うべきだったのよ」
神妙な顔でシャルロットは言った。
「『お父さん』と」
「話を膨らませすぎだよ! そもそも家庭の事情で『父(仮)』が旅に出ないといけなかったら、なんで大陸中に『寒がり店主の休憩所』があるの? それなりに儲けているってことだよね!」
まあ、チェーン店になっていることは最近知ったばかりだけどね!
あと俺は母さんと血が繋がっていないから、父親という説は成立しない!
俺ってばなんて複雑な家庭環境なんだろうね!
「ふむ、言われてみれば」
「そういうわけで」
「まだよリエン!」
「えー」
「店主殿はもともとミッドガルフ貿易国で働いていた。しかし例の『人事異動』でタプル村に配属となった。あの楽器屋は想いを伝えることができずに今日まで至った。つまりそう……」
神妙な顔でシャルロットは……ん? 2回目?
「将来リエンのお父さんになる人よ」
「勝手に俺の父を決めないでくれる!?」
さっきからなにその一度溜めてからの目をキラキラさせて訴えかける感じ! 少しイラっとするよ!
「多分それでも無いって!」
「なんでそう言い切れるのよー。もし反論できたら私の注文したこのフルーツドリンクを半分わけてあげるわよー」
「あの楽器屋さん、母さんの本名を言った。片想いの関係で終わらせて良い話とは思えない」
……すーっと俺にフルーツジュースを渡してきた。
「さ、さすがリエンね。もうガラン王国剣技の秘術を半分くらい取得したと言っても過言では無いわ」
「過言だよ! 素振り以外全然教えてもらって無いから!」
負けはあっさり認めるんだね!
それにしても母さんの名前は基本的に誰も知らないはずだった。なのに知っているということは、何かしらの同業者とかだろうか。
一番嫌なのは『俺が小さい頃にやっぱり会っていた』というパターンだ。成長後の俺を知らないからあの反応だっただけで、実は『え! あの少年が!?』という反応を内心思っていたのだったらちょっと恥ずかしい。
「とにかく、買い物を済ませたら店主殿に直接聞きましょう! 善は急げよ!」
「はいはい」
☆
ということで買い物を済ませて夕食時。
お客もいなくなり、食堂には俺、シャルロット、母さん、マオの四人が座っていた。
「マオちゃんは自宅に帰らないの?」
「……マオのおうちは皆の心の中にある。ということで今日はここ」
「わかりましたー。では部屋は」
「軽すぎない!? え、あの『マオ』様だよ!?」
「……リエンはまだマオを呼び慣れていない」
意識して言わないと『様』をつけてしまう。でも確かに見た目が少女……いや、幼女だから呼び捨てで……うーん、複雑。
「ところでリエン、本題に入るわよ!」
「ほ、本当に聞くの?」
「おや? 何でしょう?」
そう言って、シャルロットは深呼吸をして母さんに聞きだした。
「ミッドガルフ貿易国の商業区に楽器屋があったんですが、店主殿を知ってました。どういうご関係で?」
その質問を聞いた母さんは……。
「え、あ、その……『大切な方』です」
「「(……)キャー!」」
シャルロットとマオは手を繋ぎ盛り上がっている。
「……とりあえず合わせてみた。というか誰の話?」
「『ゴルド様』のことですよ。ほら、鍛冶屋兼楽器屋をしている」
「……あー、それなら納得」
母さんの『大切な方』たる人物の名は『ゴルド』というのか。一体何者なんだ? と言うかマオも知ってる人だったの?
「ワタチにとってゴルド様は『お兄さん』的存在です。それにゴルド様にはきちんとお相手がいたのですよ?」
「そうなの?」
「ずいぶん前に亡くなってしまいましたが……」
……シャルロットに目で合図を送った。『おい、凄く重い空気になったぞ』と。
『しょうがないじゃない! 何このドロドロの関係! 聞かなきゃ良かったと後悔しているわよ』 と、心で叫んでいるシャルロット。
「で、でも店主殿にとって『お兄さん』的存在なのよね?」
「え? まあ」
「だったらリエン。あの『ゴルド』という人の立ち位置はこうよ!」
神妙な……ん、なんか読めたぞ?
『リエンの伯父さん』
だから俺の親戚を増やそうとするのやめない!?




