三大魔術師の一人
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改めて『三大魔術師』について俺は復習も兼ねて思い出していた。
一人目は大陸の名前にもなっている『ミルダ』様。
その方は『静寂の鈴』という不思議な道具を用いて数々の争いを沈下させた偉大な方だと言われている。
一説によるとその『静寂の鈴』から出る音は寿命を延ばす効果もあり、ミルダ様はその音を聞き続けているため生きているとか。
二人目は『ゲイルド魔術国家の魔術研究所館長』。
大陸中のあらゆる情報をその場で確認することができる不思議な能力を持っているらしく、重大な問題があればそこへゲイルド魔術国家の魔術師が颯爽と駆け付ける仕組みを構築したらしい。おかげで魔獣がはびこるこのミルダ大陸の平和を守っている。
実名は不明とされているが、俺の仮説では母さんと同じく『フーリエ』という名前。でも結局まだわからない。
そして三人目は『マオ』様。
神出鬼没の大魔術師で、本来ありえないとされる『一度に二つの属性の魔術を放てる』や、普通の術ですら規格外の術に変える能力を持つ。
例えば『心情読破』は心を持つ人間にしか使えないと言われているけど、この『マオ』様はその術に細工をして精霊などにも『心情読破』を使い、精霊などの意図を読み取ることができるらしい。
一つ疑問視される部分は、この『三大魔術師』という単語が生まれた時代だ。
古い本からもこの単語自体は存在しており、その本によるとこの単語事態は数百年前から存在している。つまり三名は数百歳となる。
ミルダ様に関しては『静寂の鈴』の効果で長生きしていると言われている。
名前が不明の『魔術研究所の館長』は王族のように数代にわたって受け継がれている等が考えられる。
問題は『マオ』様だ。
存在はしている。名前も明確。だがなぜ数百年前から存在できる?
いつもそう思っていた。
「……答えは簡単。マオは超長生きでお肌の手入れを忘れない。以上」
「俺の長年(約十年)の研究を一瞬で結論付けないで!」
パムレ……もとい、マオ様が母さん特製『ハンバーグ』を食べながら話す。
「……人がいない時は『マオ』で良い。様付けは疲れる」
「いや、だけどあの三大魔術師のマオ様だよね!? 威厳とか立場とかあるよね!?」
「……リエン、考えてほしい」
フォークを皿の上に置くマオ。
「……シャルロットの膝の上に乗せられている今、威厳とか立場とか今更感半端ないと思う」
「そうだけどね! シャルロットも何ちょこんと膝の上に乗せてるの!」
「え! だってもはや定位置というかなんというか」
シャルロットの心の強さを見習いたいよ。その心があるから剣士として優秀なのだろうか。
「というか母さんは知り合いなの!?」
「ふえ! あ、はい。マオ様とは知り合いですよ。そりゃ宿の店員をしていたら有名人の一人二人来ますよ」
衝撃だよ! 母さんとマオ様が知り合いとか、なんか母さんが凄い人に見えてきたよ!
そしてウチってそんなすごい人が来るような立派な店なの!?
ただの食堂兼宿って思ってたけど、実は謎の秘密組織の秘密基地とかじゃないよね!?
「ちなみにタプル村にもマオ様は何度か来ています。確か……あ、リエンが初めて二本足で歩いたときにちょうど泊まりに来ましたね。あとはちょくちょく遊びには来てましたけど、ここ最近は来てなかったですね」
「何でまたしても俺が小さい頃に会ってるの!? 急に恥ずかしくなってきたじゃん!」
ガラン王国軍の兵士の時もそうだったけど、マオ様も会ったことあったの俺!?
過去の俺凄いよ!
というか、マオ様は見た目からして明らかに年下なのに、俺が二本足で歩いたときにもいたってことは、成長止まってるの!?
「……フーリエ、もっと直近で間接的にマオとリエンは会ってる」
「へ?」
「あー、そういえばそうでしたね」
え、会ったっけ?
「……『空腹の小悪魔』を通じてシャルロットに魔術を教えた。あれはマオ」
「あの時の声の主はあなたかあああ!」
くそう。お仕置きと称してほっぺたをフニフニしてやろうかとも思ってしまった。
「へえ。あの時はマオちゃんだったのね。あ、ちなみに精霊の森で魔獣を倒してくれたのはマオちゃんなの?」
「……ああ、散歩してたら騒がしかったから倒したけど、近くにいたんだ」
そうじゃん! むしろそっちを思い出すべきだった!
「あ、あの時はありがとうございました」
「……礼はいらない。敬語も不必要。マオはリエンとシャルロットとお友達」
「わーい。ありがと」
「……髪が崩れる」
凄い勢いでナデナデするシャルロット。いや、本当に良いの?
「ふふ、良かったですね。『あの』三大魔術師とお友達ですよ?」
母さんが笑いながら俺に話してきた。
「いや、凄いことなんだけど……何だろう」
目の前のほっこり光景のせいで全然誇れないんだけど!
☆
ご飯を食べ終え、自室で魔術の勉強会。
思ったよりも夕ご飯が盛り上がってしまったため、楽器屋に行くことをすっかり忘れていた。明日謝りに行こう。
「でもってこの火の球に空気が混ざることで強力になるのね」
「う、うん」
「へえ、色も変わるの。それを応用すればもっと強く。ふむふむ」
「そう……なんだけどね」
「なに、さっきから歯切れが悪いわね。どうかした?」
「後ろには『空腹の小悪魔』。シャルロットの膝の上には三大魔術師の一人マオ。この状況で俺のような人が魔術を教えられるか!」
何この羞恥行為!
専門家の前でその分野を説明させられる感じ……というかそのものだよ!
「……リエン。大丈夫。マオはそういうの気にしない。人の考えは時に想定外が生まれ、そこから新たな知識が生まれる」
「そうよリエン。私はリエンの魔術の知識が知りたいのよ」
「そう言われても」
もう泣きそうだよ!
『仕方がないですね。少しフォローしてあげますギャー』
うお、空腹の小悪魔……いや、それを通して母さんが話しかけてきた。
『ワタチは悪魔術に手を出したため、『心情読破』等の神聖な術である『神術』は使えません。つまり直接教えることもできません。マオ様はその強力な魔力と特殊な術式から他の人に教えることが不可能な領域になっています。つまりこの場で親身になって教えられるのはリエンだけなのですよギャー』
そういえば俺の知っている『心情読破』や『魔力探知』も、母さんから直接では無く本を見せてもらって教えてもらったし、そういう事情だったのか。
……さらっと重要なことを言われているよね? まあ今は流すけど。
とりあえずマオの魔術についての理解について確認してみた。
「マオが教えるのは難しいの??」
「……超正解。マオの魔術は次元が違う。絶対に無理という訳ではないけどね。一方でリエンは正統派。だからシャルロットに教えるのは理にかなっている。マオが教えるよりも成長が早い」
なるほど。確かに言われてみれば。
「ん、でも魔術に関してはマオは無理だとしても母さんの方が俺より詳しいよね?」
『親のフォローを無駄にしたいのですか? リエンはシャルロット様から剣術を教えてもらいたくないのですかギャー?』
「そうだね! うん! がんばって教えるよ!」
俺に必要なのは剣術に必要な体力とか心の強さ以前に、空気を読む能力も必要そうだね!
「そういうわけだから、よろしくね! リエン先生!」
「……わー、リエン先生の魔術の授業だー」
『ではワタチはお仕事に戻りますね。ギャー』
何だろう、この緊張感のあるような無いような状況は。
☆
「ということで今日はここまで」
「……くー」
「うふふ、マオちゃんは寝ちゃったわね」
「そりゃ、知っていることだらけだからね」
シャルロットの膝の上で寝ているマオ。この寝顔にして『三大魔術師』の一人とは思えないが……本当なんだろうなー。
「ふと思ったんだけど、リエンはどうして剣を極めたいの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うん。もしかしてガラン王国軍に入りたいとか?」
うーん、今更というか、なんだか少し恥ずかしいような。
まあ母さんも宿の仕事をしているだろうし、話しても良いだろう。
「シャルロットと似ているかな。俺も剣を使って人を守れるようになりたいからかな」
「別に魔術でも良くない?」
「うーん、なんというか、最初にシャルロットを見たときに思ったんだよ」
初めてシャルロットと出会ったとき、俺は精霊の森でぼーっと眺めていた。
馬に乗って剣を腰に下げて、鎧を着ている姿。
その光景はとてもキラキラしていて、凄く『頼れる』という印象だった。
「母さんには言わないでよ」
「ん?」
「その……もっと男らしく強ければ、母さんも安心して寒がり店主の休憩所で働けるって思ったってだけだよ」
「ほほう。リエンもなかなかお母さんが大好きなようで」
にやにやと微笑むシャルロットに俺は少し照れた。
「あんな母だけど、一応俺の大切な人だからね」
母さんには絶対に聞かれたくない話だが、まあシャルロットは口が堅そうだし大丈夫だろう。
『……あ、いや……その……に、ニンゲンタベタイナー』
空腹の小悪魔が翼で目玉を隠している。そしてすごく赤くなっている。
「……かあ……さん?」
『ギャー、ワレワレハー、クウフクノコアクマダギャー』
「隅っこで覗いていた! 『光球』!」
ふぁさーっと消えゆく空腹の小悪魔。
「そうだ! マオ!」
大声で寝ているマオを起こす。
「……む、なに?」
「三大魔術師なんだよね! 頼む! 母さんのここ数十分の記憶を消すような魔術は知らない!?」
「……え、さすがのマオも引くよ? えっと、無いわけでは無い」
「あるの!?」
やった! さすが伝説の三大魔術師!
「……記憶を消すことはできないけど、生涯『パムレット』しか言葉にできないように頭を改造する魔術なら」
「却下!」
俺の恥ずかしい目標は生涯母さんの脳裏に刻まれてしまった一日だった。くそう!




