ガラン王国の外1
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ガラン王国城下町の正門から少しだけ離れた場所に広場がある。
そこには多くの馬車があり、商人達の情報交換所としても利用されているらしい。
「結構賑やかだな」
「私も来るのは初めてね。遠くからは見えていたけど、原則来ることは許されていなかったから」
「え、なんで?」
そう思った瞬間だった。
『あそこの奴隷商人、とうとう捕まったってさ』
『悪い噂もあったしな』
『へっ、予想通りだ』
……なるほど、俗に言う『黙認』が多いということかな?
「ふっふっふー、今私がこの場で頭の布を外して名乗ればどうなるか、やってみたくてウズウズしているわ」
「絶対やらないでね。変な騒ぎになるから」
「冗談よ」
「でも兵たちはどうして怪しい人を全員捕まえないの?」
「中にはちゃんとした商人もいるし、奴隷ではなく正式な派遣の人もいるから見分けるのが難しいのよ。野放しにするつもりはもちろんないわよ?」
と言われても、そんないかにも悪そうな人たちが結構多い。まあ、確かにこの中でも普通の商人もいるのだろう。
とりあえず目が合った商人に話しかけた。
「すみません、ミッドガルフ貿易国にこれから行かれますか?」
「ああ、そうだが」
「だったら一緒に乗せてもらえませんか?」
「ん? なら少し金をもらえるか?」
「え、お金取るの!?」
シャルロットが驚いた。
「そりゃ嬢ちゃん。隣国ミッドガルフ貿易国までタダで乗せるなんて気前が良すぎる。それに金は信用だ。変な人間を乗せてこっちが襲われたら意味が無い」
一理……ある。
何も言い返せないのが少し悔しい。
「わかった。他をあたるよ」
「ああ、すまねえな」
そう言ってその場を少し離れる。
「どうする? お金を払って行くしか方法が無いんじゃない?」
「うーん、そうなんだけど」
シャーリー女王から準備金として少しだけお金をもらってはいた。額にして銀貨十枚。しかしこれはミッドガルフへ到着した時の宿代や途中の食費として考えていた。
最悪歩いていくしかないかなー。
「そこのお兄さん。協力しようかい?」
後ろから声が聞こえた。
振り向くと、いくつもの馬車がある。
「えっと、どちら様?」
「俺たちは団体で行動している商人。これからミッドガルフへ向かう予定なんだが、お兄さんたちも乗っていくかい?」
「だけど、俺たちにお金は」
「ああ、だから取引だ」
そう言って男は俺の腰にぶら下げていた短剣に指をさした。
まさか短剣を? これってガラン王国の国宝だからそれは……。
「俺たちは集団だから目立つ。だから護衛を雇って行動するんだが、今回は稼ぎが悪くてな。お兄さんはその剣を見る限り護衛をお願いできると見た。違うか?」
え、いや、自信を持って護衛をできるかと言われると……。
「できるわ!」
「よし、頼んだ」
おいいいいい!
シャルロットが目を輝かせて元気に返事しちゃったよ!
「乗り掛かった舟とはこの事よ。それに私たちはそれなりに実力はあるもの。問題は無いわ」
「おお、自信もあるなら頼りになるな。それならお兄さんとお嬢さんはこの馬車の荷台に乗ってくれ。商売道具を入れる荷馬車ですまねえが」
大きな布のかかった荷馬車。テントになっていて中の様子が見えないけど、背に腹は代えられないといったところか。
「じゃあリエン、お先にどうぞ」
「へいへい」
荷馬車に乗り込むと、中は思ったよりも広かった。奥に果物が入った箱がいくつかあるが……。
「わ、真っ暗。リエン、何か明かりを出す魔術は無いの?」
「うーん、ちょっと疲れるけど……『光球』」
ぱあああっと光る球を出した。それを天井に固定して、明かりの代わりにする。
「おおー、ねえねえ、あとでその魔術も教えて!」
「これは魔術では無いからちょっと難しいよ?」
「そうなの?」
「……これは『聖術』。魔術とは違って悪魔等に効果抜群」
「そうそう。だから『空腹の小悪魔』とかにこれを使うとすごく嫌がるんだよねってだれええええええ!?」
俺が説明をする前に誰かの声が聞こえた。
暗かったからよく見えなかったけど、果物の箱の隣に小さな少女が座っていた。
灰色のローブ。そしてフードを深くかぶっているから顔が良く見えない。
「……もう到着?」
「えっと、君は?」
「……ふむ、同乗者か。ミッドガルフまで寝ているから、到着したら起こしてほしい……くー」
……え!?
寝た!?
『あ、兄さんにお嬢さん。中にもう一人お嬢さんもいるから、喧嘩しないでくれ。その子もミッドガルフへ行きたいらしいんだ』
外から商人の声が聞こえた。一人増えたところで変わらない。そんなところだろうか。
「わかりましたー」
『じゃあ出発するぜー、ちょっと揺れるが我慢してくれよー』
そして馬車は動き出した。
☆
外の風景が全く見えない状態でただ揺れる荷馬車。俺は現在自分と戦っていた。
「ほらーリエンー、多分あと少しで休憩よー」
「ぎもじわるい……」
密閉空間ともいえる場所でただ揺れる荷馬車に数時間。そりゃ気持ち悪くもなるよ!
ちなみに同じ荷馬車に乗っていた少女はというと。
「……もう無理、ここで一度楽になれば、きっと明るい未来が見える」
「俺が我慢しているんだから、君もあきらめるな!」
俺と一緒で酔っていた。
「というか外の風景が見えないから酔うのよ! ねー、ちょっとで良いから外見えるようにしていいかしらー?」
『ああ!? ダメに決まってるだろ!』
……ん?
「護衛で私たちを乗せたんでしょ? 外が見えないなら意味がないじゃないー」
『護衛? 嘘に決まってるだろ!』
何!?
ガタンと馬車は止まった。
その揺れで一瞬色々な意味で危険だったけど俺は持ちこたえたぞ!
布が少し開く。すると、そこには商人の姿。そして森の中という事実だけがわかった。
「ったく、うるせえ連中だよ。本当に『シャルロット姫』かよ」
え、今何て?
「どうして私の事を?」
「闇の営業をしていれば、姫さんの情報くらい入ってくるのさ。へっ、こうも簡単に捕まえられるとは思わなかったけどな」
「なっ!」
情報が漏れていた!?
「私たちをどうするつもり?」
「決まってる。そこの子供は奴隷として価値はある。姫さんは貴族に売れる。男は……まあそこに捨てるか」
「卑劣な……」
シャルロットは腰に手を当てた。何かを探っている様子だが……。ああ、剣を探しているのだろうか。
はっと気が付いて、足元に置いていた杖を取り出した。
「おっと、無駄だぜ? この荷馬車は布で見えにくいが、大きな牢だ。それなりに固い鉄格子で囲われているから逃げられねえぜ? バレねえように鍵もつけてたからな」
揺れていたから考えがふわふわしていたけど、シャルロットの言う事がようやく理解できた。
そもそも護衛という名目で乗せてもらったのに外が見えないのはおかしい。最初に気が付くべきだった!
「おい、兄貴。のんきに話してないで、男はこの辺で投げようぜ」
「へっ、それが良い。今鍵を……ん?」
男が鉄格子をジッと見ていた。
なんか……赤く光ってる?
というかなんか焦げている臭いが……。
「……もう無理外の空気を吸う。ここから出さないと……消す!」
ばああああああああああああああああああん!
大きな炸裂音と共に鉄格子が吹き飛んだ。
「うお! な、なんだ!」
男が視界から消えた。多分その場で転んだのだろう。
「リエン、なんだかよくわからないけど、今が好機じゃないの?」
「う、うん! ここから出るぞ!」
そう言って荷馬車……もとい、鉄格子から出ると、周りには複数の荷馬車と商人が俺たちに向けて武器を構えていた。
「囲まれていた!」
「ぐえ!」
「やばいわね……」
「ぐあ!」
「……気持ち悪い」
「ぬご!」
……。
なんか、絶対何か踏んでいるよな。
そして皆こっちに武器を向けているけど、近くに来ない。
とりあえず冷静になって『心情読破』を使ってみた。
『くっ! 兄貴が人質に……』
『油断させて兄貴を救うぞ』
『あの男は一番弱そうだな。まずあいつからやれば』
……。
俺は黙って短剣を鞘から抜いた。
それを足元の男に向けて大声を上げた。
「よっしゃお前ら、こいつの命が惜しければ武器を捨てやがれええええ!」
「「「なにいいいいい!」」」




