新たな一歩
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翌朝。
楽しい打ち上げも終えて、緊張が解けたのか夜はぐっすりだった。
「リエン」
「母さん……もうちょい」
「誰が貴方の母よ。私よ」
「うん、ごめん。超目が覚めた」
シャルロットが目の前で腕を組んでいた。
「扉を叩いても返事が無いし、廊下で大声を出すわけにもいかないから部屋に入ったわ」
「今日以上の素晴らしい目覚めは無いよ。目を覚ましたら母さん以外の女性が立っていたなんて、初めてだよ」
「過去は消せないわよ。ふふ、しばらくは私の事を『母さん』と呼んだことは弱味として握っておくわ」
なんか負けた感じがする!
「それよりも朝ごはんを食べたら城へ来てって伝言よ」
「誰から?」
「母上……シャーリー女王からよ」
☆
謁見の間は良い思い出が無いなー。だって前は捕まった状態で来たからね。
今回は旅に出る前にお話がしたいとのこと。
『シャーリー女王様、入場』
その声と共に俺は頭を下げた。
「シャルロット、そしてリエン殿。シャムロエ様の試験をよく乗り越えました」
「はい」
「約束通り、シャルロットにはゲイルド魔術国家の魔術学校に入学できるように手続きを行います。そしてリエン殿」
「はい」
「貴方には、道中シャルロットから剣術が学べる『権利』を与えます」
……やっぱりそれ、ずるくない?
「えっと、失礼を承知でご質問をしても?」
「どうぞ」
「遠回しに護衛と言われている気がします。剣術だったらガラン王国のテツヤ道場というところで学ぶのが良いとシャムロエ様から聞きました」
「その通りです。ガラン王国城下町のテツヤ道場では数年かけて剣術を学ぶことができます」
「でしたら」
「授業料、月金貨一枚です」
……え、金貨一枚。
タプル村だと二、三年は裕福な生活ができるよ?
「リエン殿は少し勘違いをしているようなので、お話します」
「はい」
「まず、ガラン王国の剣術は秘術。テツヤ道場でもガラン王国の剣術を学ぶには優秀な成績を上げた者のみとなります」
え、そうなんだ。
「もちろん身体能力が最初から高く、将来有望であれば授業料は免除されますが、リエン殿はその試験を突破できる能力を持っていません」
直球!
少しは可能性があるとかそういう優しさは無いの!?
「ですが、シャルロットはその秘術を知っています。護衛は授業料だと思っていただき、一番効率が良い一対一での訓練がいつでもできます」
それもそうか……『道場』ということは、一人二人じゃ無いのだろうし、直接学べるならそっちの方が良いのか。
「何より」
シャーリー女王はそう言ってシャルロットを見た。
「ガラン王国の剣術を学ぶ『権利』を得たのです」
え、うん。なんかやたら強調して言われたけど、何?
って、ふとシャルロットを見たら、凄く額に汗かいているんだけど!
「まだ理解していない様子ですねリエン殿。貴方は『権利』を得たのです。つまりリエン殿が望んだらシャルロットは秘術を教えなければならないのです」
「えっと、もし『シャルロットさーん、剣術教えてー』と俺が言って、シャルロットが『ご飯食べた後だから少し休憩させて』と言ったら?」
「ガラン王国の血はそこで途絶えます」
今ヤバイ事言ったぞこの女王様!
「女王から与えられた権利に従わないということは罪です。犯罪者を次期女王にすることはできません。そして私は残念ながら夫を失い、もうこの年齢。まあそういうことです」
「そう簡単に王国終わっちゃって良いのですか!?」
「血は途切れるだけで、不老不死のシャムロエ様が生きてる限りは王国は続くでしょう……多分」
やっぱりふわっとしているね!
「ということで、シャルロットはしっかりと教えるように。帰ってきたら私がリエン殿の腕を見てあげます」
さらなる圧が来たよ!
「わ、わかりました」
「では解散!」
☆
ということで、俺は不用意に『剣術教えてー』と言えなくなった。シャルロットが本当に余裕な時に聞かないとガラン王国が終わりかねない。
「シャルロット……その、よろしくね」
「リエンこそ、頼んだわよ」
「なんだかリエンもシャルロ……こほん、シャル様もぎこちないですね。これから楽しい国を超えた旅の始まりだと言うのに」
荷物をまとめてそれを大きな鞄に入れる。母さんは荷造りの手伝いをしてくれていた。食堂でお弁当をもらったりもしていて、一般のお客もいる中でやってるけど、まさかここに姫がいるなんて思わないだろうな。
ゲイルド魔術国家はミルダ大陸の最北部。今いるガラン王国はミルダ大陸の南部に位置するため、結構な長旅が予想される。
ガラン王国とゲイルド魔術国家の間にはミッドガルフ貿易国という国があるから、そこで食料の補充や休憩等を行う予定である。
「そういえばゲイルド魔術国家まではどうやって行くの?」
今のシャルロットの服装は動きやすいシャツとズボンと大き目な革靴。そしてポンチョをつけている。ちょっと髪色は目立つけど、綺麗な街娘という感じである。
髪を全てあらわにすると目立つため、頭には布を巻いている。少しだけ母さんに似ている。
「今回の旅はある意味極秘なのよ。一国の姫が魔術を学びに国境を超えるというのは、場合によっては凄いことだからね。だから……」
「だから?」
「商人の馬車に相乗りさせてもらうわ」
「本気で言ってる!?」
一応姫だよね?
俺一人じゃ荷が重いよ!
「でもガラン王国軍の一部を私に付きっ切りというのも難しいのよ。兵を外に出すという事はその分力を失うに近い。つまり、城下町の安全が損なわれるのよ」
「でも副長と副長補佐とその他十名ほどタプル村に連れてきたよね?」
「……あの時は偶然各国の状況が落ち着いていて、問題無いと判断したのよ」
完全に今『……あ』って顔したぞ!
色々言いたいことがあり、言葉を考えていたら母さんが話しかけてきた。
「噂程度ですが、シャル様の言っていることも半分間違いではないのですよ」
「え?」
「各国の状況は比較的落ち着きつつある。ですが、軍を連れてタプル村を訪れた時、盗賊が襲ってきました」
「そういえばそうだったね」
ピーター君が全力で火事を伝えた記憶が蘇った。
「軍を連れて行くという事は目立つのよ。それを狙って襲って来られても困るし、今回はひっそりと行くの」
「なるほど。『ちゃんと』考えていたんだね」
「そりゃ……ねえ」
まあ、俺の負担は凄く大きいけどね!
「さあさあ、今日は商人の馬車がちょっと多いので、もしかしたら集団でミッドガルフ貿易国に行く商人もいるかもしれません。行くと決まったら実行するのですよ」
トンっと背中を押す母さん。
「あ、そっか……母さんはここで……」
ふと思い出した。
タプル村からガラン王国までは国境が無い。しかし次に行く土地は紛れもなく隣国ミッドガルフ貿易国である。
母さんとはここでお別れである。
「その……今更だけどさ。ありがと。身内がいるだけですごく心強かったよ」
「本当に今更ですね。ほら、さっさと行くのですよ」
「うん。シャルロット。行くぞ!」
「うん! って、せめて本名は国を出てから呼びなさい!」
そして俺は『寒がり店主の休憩所~ガラン王国城下町店~』を出た。
母さんは入り口で手を振り見送っていた。その姿はとても小さい。しかし、俺にとっては母さんであり、とても大きな存在である。
「行ってきます!」
「いってらっしゃいです!」
新たな一歩を踏み出した。そんな感じだった。




