離縁3
「この中に俺が……?」
そうつぶやいて箱の近くに行くと、突然光出した。
『認証。サイトウリエン。映像データを再生します』
突然どこからか声が聞こえ、壁に埋まっている四角い額縁の様な物が光り出した。
『っと、これで撮れてるか? まあ大丈夫だろう』
黒い髪。そして黒い目。どこか俺に似ているが、どう見ても四十代後半くらいの男性だろう。俺の父親だと言われれば信じてしまうほど似ている。
「……サイトウ……」
パムレがそう言って震えている。そっとシャルロットは後ろから頭を撫でた。
『ミルダ大陸の諸君。ようこそ現代の日本へ。そしておそらくそこにマオもいるんだろう。悪いな。こうして久しぶりに顔を見せれたが一方通行の会話しかできなくてな』
その言葉にパムレはゆっくりと頷いた。
『そしておそらく近くに龍の魔力を持つ人がいるんだろう。流石に容姿とかまでは予想できないし、もしかしたらすごく偉い人間かもしれん。悪いが敬語抜きで話させてもらうよ』
パティはサイトウの話をじっくりと聞いている。
『この世界はとある国が龍の魔力を発見して、それを戦争に持ちだしたことが原因で全て破壊された。追撃するように無の魔力も持ちだしてきて君たちが今いる日本に止めをさしてきた。俺は何とか一矢報いるために人工的に魔術師を作り出したんだが、問題が発生した』
人工的に魔術師を作った。それってパムレの事だよね。一体どんな問題?
『そこにいるマオが作り出した人間なんだが……まるで子供ができたみたいで、その、かわいいよな』
「しっかりしろよ俺の前世!」
思わず突っ込んじゃった。というか今絶対真面目な話しかしない場面じゃん。なんで急に惚気た!?
パムレも目が死んでるよ! シャルロットだけは全力で頷いてるよ!
『とまあ、マオを作り出したのは良いが、戦争の道具に使われるのは嫌だったからミルダ大陸に逃がしたんだ。その後マオは一旦こっちの世界に帰ってきたりまた戻ったり、時々フーリエを経由して会話とかもしてたんだが、ある時『とある計算』をしていたら一つの答えにたどり着いた』
一つの答え?
『数百年後に龍の魔力を持つ人間の魔力がミルダ大陸に現れる。原因までは分からないが、どうせお腹が空いて『認識阻害』が解けるとかだろう』
実際パティは魔力が切れて認識阻害が解けてしまった。
そこまで前世は計算していたのか。別世界の事情をどのように計算から導き出したのだろう。それこそクアンの専門分野だろうけど。
『さすがに数百年後まで生きることは不可能。だが、数百年後で生き返れば、地球を救えるかもしれない。そう思い俺はこれから『コールドスリープ』に入る』
コールドスリープ?
『まあ、言い換えればいわゆる冬眠だ。この中なら年を取らない。これからもう一度計算式を見直すが、そこで目を覚ました俺はおそらくミルダ大陸に行って龍の魔力を持つ少女を連れて地球に来るだろう。理由は簡単、俺が俺を知るためにここへ来るとすでに思っているからだ』
パティはサイトウの話を聞いて一つ一つ納得しようとしている。
『龍の魔力を持つ人間さんに俺からお願いだ。龍の魔力は破壊。その力を使ってこの戦争の原因を破壊してくれ。これが俺の離縁という名前でできる最後の仕事だ。そして未来の俺、よくここまで頑張った。俺が何故数百年後に目覚めさせてここに来させたのかは、全部そこの龍の魔力を持つ人間を呼ぶためだ。たったこれだけの為に色々と苦労させたかもしれない。本当にすまない。同時に連れてきてくれてありがとう』
そう言うと、映像は終わった。
「何よそれ……」
最初に声を出したのはシャルロットだった。
「リエンの前世はリエンの行動を利用してパティちゃんを連れてきて、挙句パティちゃんにこの醜い土地で原因を壊してもらうつもりなの?」
「そうです。録画時間に限りがあったので、かなり端折って言ってます。パティ様に戦争の原因であるこの地球に渦巻いている龍の魔力を使って壊してもらおうと」
「そんな勝手、私がさせないわよ」
「失礼ですが、貴女はパティ様の親ですか?」
「友達よ! 偶然認識阻害が解けてリエンと旅に出て、たどり着いた先で何でパティちゃんの力が利用されるような流れになってるの!? こうなるならここへ来るのはリエンだけで良かったじゃない!」
そう言うと、俺の頭の上にセシリーが現れた。
『シャルロットよ。落ち着け。どこまで言って良いかわからぬが、これが『世界の理』なのじゃよ』
「なんなのよその『世界の理』って!」
度々出てくる単語。それとパティが一体どんな関係を?
『人の言葉では説明できないのじゃよ。じゃから禁忌とされている。サイトウとやらはそれらを理解し『計算』と言う言葉に言い換えて我らに伝えて、未来に龍の魔力を持つ者が現れると知ったから未来に託した。それだけなんじゃよ』
「だからってこんな小さな女の子にそんな重い事……」
そう言ってシャルロットは家の外に向って走って行った。
「『その戦争の原因になってる龍の魔力とか無の魔力とか出て来なさい! そして今すぐ戦争を止めてどっかに消えなさいよ!』」
大声で叫ぶシャルロット。気持ちは分かる。
「お気持ちはわかります。おそらくあっちの世界で大切な仲間なのでしょう。ですが、この世界はもう瀕死状態。ワタチも自身を犠牲にしてここまで戦いもう限界なのです。どうか、力を貸してくれませんか?」
「うっ」
見た目が母さんだから真剣なまなざしで問い詰められるとちょっと困る。
と。
次の瞬間。
巨大な、そして黒い光が空から降ってきた。
「あわあわ、何ですか!?」
驚くパティ。とりあえず俺は先頭に立って魔力壁を出せる準備をした。
「……この気配……殺気?」
巨大な光の塊りは徐々に光を失い、中から禍々しい物体……というか顔のようなものが沢山あった。例えて言うなら巨大な空腹の小悪魔だ。
「な……何よあれ!」
「ぬる」
パティがぼそっと呟いた。
「え、パティ今何て?」
「へ!? いえ、なんか声が聞こえました。『ヌル』って」
ヌル?
一体なんだ?
「セシリーかフェリーは知らない?」
『うむ……断言はできぬ。あれは神じゃ。魔力の量が他の神と同等じゃ!』
『見たこと無い……いや、見覚えもあるー? 変な魔力ー』
何だ一体。
「ねえリエン」
俺に抱えられているシャルロットが話始めた。
「何?」
「えっとね、もしかして何だけど」
そう言ってシャルロットは真顔で答えた。
「私が『消えなさい』って叫んだから無の神とかが消えかかってるんじゃないかしら?」
「そんな単純な状況なわけ……」
巨大な禍々しい塊を見ると、明らかに苦しんでいる。というか小さくなっていってる。
どう見ても最終関門に登場する強敵な感じなんだけど……あ、すげー苦しいのか雑巾みたいな感じで自身の体を絞ったりしてる。
『ブアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
そう言って、謎の巨大な何かは……消えてしまった。
☆
母さんの拠点に戻り、状況を確認し合った。
「ふむ、おそらくトスカ様の子孫であるシャルロット様の音の魔力が無の神に干渉したという感じですね。まさかこんなことで終わるとは思いませんでした」
「俺もこんなあっさり終わるとは思わなかったよ。まあ、シャルロットが叫んだからだとは思うけど」
お茶を一飲み。
なんとなく大変そうな雰囲気は去っていたと感じた。
と、そんな矢先パティがお茶を置いて話し出した。
「あの、ワタシ、地球に残りたいと思います」
え、今何て?
「きゅ、急にどうしたの?」
「リエンさんの前世のサイトウさんがここへ龍の魔力の人間を連れてくる。それはワタシにしかできない何かをお願いしたいという事だと思います。だからワタシは地球に残りたいと思います」
「え、でも、運命の神フォルトナがもう準備しているからできないんじゃ?」
そう言った瞬間、目の前が光り出した。というか光出す現象今回で何回目だよ!
『今からでもキャンセルはできますよー』
フォルトナさんが出てきた。
「フォルトナさん?」
『はーい。クアンさんの助手のフォルトナさんです。運命的にそちらの状況を確認しているのです。いやー、無の神『ヌル』を消すとは恐れ入りました。と言っても相手は『無』なのでそれに対して『消す』というのは難しいですね。何かが消えて機能していないとも言える状態でしょう』
「ずいぶんと傍観者みたいな口調ね。同業者でしょ?」
『はい。ヌルさんは知り合いですよ。でも話したことはありません。運命的に話しかけようとしましたが、あっちは話せません。存在が無なのでそもそもどこにいるかわからず、一方的に声を届けることしかできませんでした。でも知り合いなんです。面白くないですか?』
あざ笑う口調で話す。なんとなく不気味である。
『クロノ様と同じくヌルさんはどこにいるかわからなかったんですよね。そもそも見えませんし、偶然そこにいたなんて想定外です。『離縁』という名がヌルさんを引き寄せて、それを消し去る少女を呼ぶ。それすらも予想していたならば『斎藤離縁』という人物は超危険人物ですね』
「俺に何かするつもり?」
『あはは。そんなバカなことはしません。リエンさんは人間なので百年くらいで死んじゃいます。それまで神々は我慢すれば良いだけです。話は逸れましたが、そこの龍の女の子は残るんですか?』
話題が戻り、パティについての話題になった。
「はい。もしかしたら無の魔力の影響で消えてしまった龍の魔力を持つ人間がこの世界にいるかもしれません。リエンさんの前世さんからのお願いを無視することになってしまいますが、ワタシの同族がいるなら、きっとワタシの両親も……。すみません、突然急な提案で」
ドグマは全員破壊したと言っていた。しかしまだパティは諦めていないのだろう。
「そうだ! ねえフォルトナ。貴女の大陸とミルダ大陸をつなげている状態にできないの?」
確かにあれだったらいつでも行き来できる。
『残念ながらこればっかりはできません。そもそも地球はヒルメ様の管轄で、こうして行き来していること自体例外なんですよ? ミルダ大陸と地球はそもそも仕組みが異なるので、穴をあけるのは無理なんです。あ、これは本当に本当です』
「じゃあ今ここで運命の魔力でパティちゃんの同族を会わせてあげるのは? いるかどうかくらいならわかるわよね?」
『龍の魔力は複雑なんです。ただでさえヒルメ様管轄の世界に移動させただけで負荷が大きいのに、破壊そのものである龍の魔力同士を会わせる……しかも無の魔力に包まれているかもしれないと言う可能性だけで運命的に会わせるのは不可能ですよー。あ、一応言っておくと私は自分が一番大事なので、本気で無理なことは絶対にやりません。人間の言う少しでも可能性があるならーと言う綺麗な言葉は運命的に大嫌いですね』
今度は無理と言い切った。つまり本当にできないのだろう。
「シャルロットさん。すみません。でもワタシ……」
パティがそう言うと、シャルロットはパティに抱き着いた。
「何よもう。全部旅が終わってみんなで楽しくゆっくり過ごせるって思ってたのに、こんな最後があるなら来なければ良かった!」
「うっ、ご、ごめんなさいいい!」
そして二人は声を出して泣いて、しばらく静まり返るまで待つのだった。
☆
『ではそろそろ運命的に帰還する術式を発動しますね』
「頼む」
そう言って俺たちは少し広い場所の中心に立った。
パティはこの世界に住む母さんの隣で手を振っている。
「母さん……じゃないか。フーリエさん、お世話になりました」
「いえ。どうやらあっちの世界のワタチは幸せそうで良かったです。よろしくお伝えください。ワタチはようやく枕を高くして休憩できそうです」
「伝えます」
そしてパティを見る。
「元気でね」
「はい! リエンさんもありがとうございました!」
「忘れないでよ!」
「……パムレットはパムレが守る」
それぞれ別れの言葉を言い、そして俺たちは光に包まれた。
ようやく俺の長い旅は終わった。
そう思った。
次回で最終話となります!
長い間ご覧いただきありがとうございます!!




