離縁2
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『アルカン。お主の料理はどれくらい美味じゃ?』
「うむ、どうやら三日に一度は食べないと落ち着かないと言われたな」
「大丈夫なの? 変な鉱石入れてない?」
「岩塩は生成したな。あ、女神に今度万能ねぎをミルダ大陸に生成してもらおうかのう」
「今は女神ではなくプルーだ。それに生態系を考えてそういうのはやらないぞ」
わいわいと丸い机を囲んで神々は雑談していた。
と、結構な盛り上がりに嫌気を刺したのか、隣の部屋からバタバタと音が聞こえた。
「だー! うるさいですよ! ここはクアンさんの家ですが、運命の神フォルトナさんの家でもあるのですよー! 運命的に皆さんを悲劇的な目に合わせますよ!」
『光の神ことヒルメはとりあえず光り輝いておくかのう。見えなければ悲劇的な出来事も逃げているじゃろう』
「ワシはとりあえず固い鉱石で周囲を囲うかのう」
「過去に移動するわ」
「星ごとぶっこわ……こほん。プルーはどうしようかなー」
今一瞬最後物騒な声聞こえたんだけど!
「え……え!? 原初の魔力の神!? しかもエル様以外全員いる!? 何で!?」
「うむ、お前様に頼みがあっての。運命的に我とそこのリエン。そして龍族のパティ。人工魔術師のマオ。おまけにシャルロットを連れてってほしいのじゃよ」
シャルロットついて来てたんだ!? 気が付かなかった!
「私の『認識阻害』もなかなか腕を上げたわね」
「……パムレが地味に手伝ってるの忘れてる?」
一瞬褒めかけた。あぶないあぶない。
「へ……へえー。別に私なら運命的に地球にヒルメ様たちを転送できますよ? でもタダというわけにはいかないですよねー」
『そう。じゃから我ら原初の魔力の神が四体も集まったのじゃ』
「え!? まさか、とてつもない報酬!? 期待して良いですか? すごく期待して良いですか!?」
『なーにを言っている。四神じゃぞ? 全員で恐喝に決まっておろう。無償で働け運命の神』
「はい」
すげーひどい現場を目の当たりにしたんだけど!
「でも一応言っておきますが神の転移は一度に一回だけですよ? 結構つかれるんですから」
そう言ってしょんぼりな表情をするフォルトナさん。
『あ、大丈夫。こいつらはもう帰るから』
「じゃ」
「じゃ」
「じゃ」
「本当に私を脅しに来ただけなんですか!? 原初の魔力の神って暇なんですね!」
すげー。俺の思ったことをフォルトナさんが全部言ってくれてるー。
てか本当に帰って行っちゃった。この場には俺、ヒルメさん、シャルロット、パティ、パムレ。そしてフォルトナさんしかいなくなった。あれ、母さんもどこかへ行ったのかな?
「では運命的に地球に連れて行きますよ。リエンさんたちはそれなりの時間が経過したら勝手にミルダ大陸に戻るように運命的に操作しますね」
「ありがとうございます。ずいぶんと協力的ですね」
「不本意なんですよ。でもクアンさんには逆らえないし、色々と事情もあるのです」
そしてフォルトナさんは両手を光らせた。俺たちはその光に包まれて、やがて目の前が真っ白になった。
☆
「……えん。リエン。到着したわよ」
シャルロットの声で目を覚ました。てか背中痛い!
「これは……瓦礫?」
建物がたくさん並んでいるが、全て何かで壊されている状態。
一言で言えば廃墟しか並んでいない。
「……ここが地球。パムレの……マオの知っている世界。正確にはマオの生まれた時代から少し後の世界」
パムレの声が聞こえた。周囲を見渡して時々しゃがみ込んで地面を見る。
「という事はクロノさんの時間修復は終わったんだね」
「……そうだね」
良かった……と言うべきなのだろうか。周囲は廃墟だらけ。どちらかと言うと以前の地球の方が賑やかだった。けどこれは。
「これが後発魔力の影響じゃよ」
ヒルメ様の声が聞こえた。
振り向くと悲しそうな表情で壁や天井を見ているヒルメ様の姿があった。
「そこにいる龍族の娘が持っている龍の魔力。そして先日お主たちが戦った龍の魔力を司る神ドグマ。これらの影響が間違って地球に流れ込んだ結果がこれじゃよ」
「チキュウが?」
所々何か巨大な力で叩かれたような跡。爆発した跡。どれも時間が経過して廃れた物とは思えない。
「ワタシの魔力って何なのですか?」
パティの質問にヒルメ様は答えた。
「言える範囲で言う。お主たちも知っている通り『神』の魔力は創造。つまり何も無いところから何かを生み出す魔力。そして『鉱石』の魔力は生成。物質を生み出す魔力。それらの対となっているのが『無』と『龍』。有る物を無い物とする魔力と、物質を破壊する魔力。それらを人間は見つけてしまったのじゃよ」
地面から鼠色の石を拾う。しかしそれはすぐにポロポロと砕け落ちた。
「全てを破壊。全てを無にする怪物がこの土地を襲った。そしてそれらを生み出した者もそいつらに殺された。故に今の地球はわずかな人類しか残っておらず、死にかけているわけじゃよ」
そう言うと、ヒルメ様は突然光始めた。
「ヒルメ様?」
「ふう、そろそろじゃとは思った。残念じゃが儂はここまでじゃ」
「え、消えるの?」
「神として持ち場に戻るのじゃよ。無契約で顕現するのは結構疲れるのでな。では、目的遂行が無事にできるよう祈っておるよ」
そう言ってヒルメ様は消えていった。まるで見送りしてくれた感じである。
「リエン!」
と、突然シャルロットは俺に話しかけた。
「何?」
「嫌な音。何かがいる。部屋の奥!」
ということは……さっきヒルメ様の言っていた怪物!?
と、突然その場に真っ黒で巨大な蜘蛛が姿を現した。
「っ! パムレ!」
「言われる前に考えている『火球』!」
そう言ってパムレは魔術を放つ。巨大な蜘蛛に命中し、少し苦しんだ。
「……シャルロット。これ一体だけ?」
「私の見える範囲ではこれだけね。って、ちょっと待って、凄い速さでこっちに何か来てる!」
突然、巨大な蜘蛛の上に何かが降ってきた。
人の形をした何か。あれって……。
「え……母さん?」
水色髪に赤い目。そして布をぐるぐる巻きにした母さんが蜘蛛を踏んづけるように落ちてきた。
「……! 違う、あれはフーリエだけどフーリエじゃない!」
「え……」
パムレの言っている意味がわからなかった。
と、母さんが突然俺たちを睨んで話しかけてきた。
「話せる人間が来るとは思っていませんでした。それにそこの黒髪の少年は……そうですか。やっと戻ってきましたか」
何のことだ?
「マオ様がいるという事は味方ですね。すみませんが、こいつを倒すのを手伝ってください」
☆
巨大な蜘蛛を何とか倒し、母さんが拠点として使っている建物に行くことになった。
「えっと、母さん?」
しばらく沈黙が続き、母さんは呼ばれたことに気がついた。
「あ、もしかしてワタチを呼びました?」
「え、そうだけど」
「すみません。あっちの世界のワタチとは途切れてしまったので、記憶の共有ができていないのです。生きるためにドッペルゲンガーを増やした結果、互いに目を合わせてしまって、あっちの世界の記憶との情報共有ができない今、孤立しているのです」
ドッペルゲンガーの弱点。自分同士の目が合うと、互いに自我を持ち始めてお互い戦い始める。ここにいる母さんはそれをやってしまったのか。
「見た限りワタチに慕っているということは、あっちのワタチは幸せみたいですね。良かったです」
「え、あ、うん。なんか複雑な気がするよ」
「気にしないでください。ワタチも半分諦めかけていましたが、この十六年間全力で拠点を守っててようやく報われたというものです」
拠点と言っても廃墟には変わりない。何とか雨水が入らない程度の作りの建物である。
「そして、そちらの角の生えた少女がサイトウ様の言っていた方ですか」
クアンの言っていた斉藤離縁が予想した未来。もしかしてこの母さんには色々と話していたのだろう。
「えとえと、パティです」
「話が混乱するかもしれませんが、ワタチの記憶は十六年前に遮断されました。なのでマオ様はもちろんですが、パティ様の事も知っているのです。この世界のワタチにとってはお久しぶりという感じですが、パティ様にとってはあっちの世界で出会っているので不思議な感じでしょうね」
十六年前。そんなに大変な戦いがあったのか。
ん?
記憶の遮断が俺の年齢と一緒ということは、俺が転生する時にドッペルゲンガーを増やさないといけない事態にあったという事かな?
「それよりもまさか魔力『龍』の持ち主がパティ様でしたか……いや、これ以上はワタチの知る範囲外です。こちらへ来てくれませんか?」
そう言って俺とシャルロットとパティとパムレは母さんの後ろをついて行った。
☆
いくつもの扉をくぐり、たどり着いた場所は大きな鉄の箱が置いてある広い部屋だった。
何本もの線がつながっていて、時々何かの音が聞こえる。
「……見覚えが……ある」
隣でパムレがつぶやいた。
「そうです。ここはサイトウ様の話によるとマオ様が生まれた場所です。そして、サイトウ様……いえ、そこの黒い髪の少年が目を覚ました場所でもあります」




