打ち上げ
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「祝・私とリエンの修行が認められましたということでカンパーイ」
「「「かんぱーい」」」
木の器をぶつけあって、飲み物を一緒に飲む。
ちなみに俺やシャルロットは果実を絞った飲み物である。こういう場でお酒が飲めたらもっと楽しいのかな?
周囲を見ると、イガグリさんやシャルロットに魔術を教えていた魔術師、そしてラルト副長……
と、その奥さんとお子さんがいる。
「……ねえシャルロット」
「ん?」
「あれ、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。ほら、こうして来てくれたんだし」
奥さんはなんとなく居心地が悪いのか、ラルト副長の近くから離れない。
娘さんの……アリシアちゃんだっけ?
ポニーテールの可愛いらしい女の子で、目がクリっとしている。母親似なのか髪の毛が栗色で、ワンピースがとても似合っている。
そして今アリシアちゃんはモグモグと料理を食べている。
「可愛いわね! あれは反則よ!」
そう言ってシャルロットはアリシアちゃんのところへ行った。暇だからついて行ってみよう。
「おいしー。ん? おねーさんだれー?」
「私はシャルって言うのよー。あなたのお名前はー?」
「ありしあー。これおいしー」
「そうなのー? お姉さんも食べて良いー?」
「んー、おねーさんきれーだから良いよー」
「ありがとー!」
一緒にご飯を食べ始めた。え、何この和やか空間。
「あ、す、すみません。アリシア。お姉さんに迷惑をかけちゃ駄目よ?」
「めーわく?」
「いえいえ、一緒にご飯を食べていただけだもんねー」
「ねー」
「すみませんーえっと……」
「あ、すみません。シャルロット・ガランです」
「夫がいつもお世話になってます。ラルトの妻ヘレンです」
あの、急に仕事モードに入るのやめません? 無礼講で良いじゃん!
「しゃるろっとー? シャルおねーちゃん」
「そうよー。シャルおねーちゃんよー」
「あわわわわ」
奥さんの心臓が持たないよ!
俺の心のツッコミも追いつかないのでここは『シャルお姉さん』におまかせして、イガグリさんのところへ避難。
「お、主役がこっちに来たっすか」
「あっちが和やか過ぎて胃もたれしかけました」
「え、あー、あれは胃もたれというか胃に穴が開くやつっすね。へへ、しかしここの料理は美味いっすね。どことなくリエン殿が料理長をやっていた料理に似ているような」
テーブルにはたくさんの料理が並べてあり、そこには魚チャーハンに似た料理もあった。
「あれが母さんのチャーハンだよ。このちょうど良い火加減がマネできないんだよなー」
一口食べて何度も噛む。うむ、美味い。
「そういえば俺が気絶している間、食堂ってどうなったの? まあ前に戻ったと思うけど」
「それが……」
「それが?」
「毎日チャーハンっす。昨日は野菜チャーハン。一昨日は肉チャーハンっす」
「何そのチャーハンの暴力。何があったの!?」
母さんも言っていたけど何日も続くと具材を少し変えたところで飽きると思うけどな。
「俺の考えっすけど、あれって炊いた米を焼いて、そこに具を入れて一緒に焼くじゃないっすか」
「うん」
「簡単で美味いじゃないっすか」
「うん」
「それっす」
「それか」
味をしめたなあの料理長!
「おかげで毎日チャーハン。そして野菜チャーハンはまずかったっす」
ただ炒めた米に野菜を入れたな!
「そういえばあの料理長の舌は破壊されてたんだった!」
「ということでリエン殿。いや、リエン料理長。ガラン王国で働かないっすか? 今なら三食ご飯付きの寝る場所も完備っす。みんな仲良しで友人には自慢できる職場っすよ」
「嫌だよ! 地味にあそこ過酷だし! 時々食堂に女王様とか来るし!」
「いや、あの日だけ特殊っすよ。普通来ないっすし、そもそも女王様が来た時に一番驚くのはリエン殿ではなく飯を食べてる俺らっすよ」
さすがのイガグリさんも苦笑。やっぱり特別な日だったんだね。
『リエンー、ちょっと来てほしいのです』
「おっと、お母さまがお呼びっすよ」
調理場から母さんの声が聞こえた。手が足りないのかな。
「はーい。すみませんイガグリさん」
「良いっすよー」
そう言って俺は調理場へ行った。
☆
調理場に入ると母さんが次々と料理を作っていた。
主役だから最初はご飯を食べていてーって言われてたけど、やっぱり大変だったんだね。
「すみません。ちょっと手が足りなくなってしまって」
「良いよ良いよ。この野菜?」
「はい。お願いします」
そう言って俺は野菜を切り始めた。
「……『空腹の小悪魔』に手伝いはさせないんだ?」
「……はい」
なんとなく母さんの包丁の動きが鈍い。
「具合悪いの?」
「大丈夫です。少し貧血なだけです」
「そう」
そしてまた包丁を握る。
「予想はしていると思いますが、念のため言いますね」
「うん」
「ワタチがシャムロエ様を捕まえたときに使った『深海の化物』は、大量の『代償』が必要です。この意味はわかりますか?」
「……なんとなく」
いつも召喚する『空腹の小悪魔』は、以前さらっと血を流して、そこから召喚された。
つまり、『血』である。
「あれほど大きな魔獣……いや、悪魔? あれも母さんが召喚したんだよね?」
「はい。あれは一匹だけなので貧血で終わります。ですが、それ以上の『悪魔術』は命も奪います。いや、厳密に言うとすべての悪魔術は命を要求する場合があります」
「何故そんな危険な術を母さんが?」
包丁の手が止まり、母さんは俺を見た。
「どうしてかは将来話します。ただ、一つだけ今言いたいのは、『絶対に悪魔術に手を出してはいけません』。約束してください」
真剣な目で俺を見る母さん。
「そもそもあんな痛そうな術は使わないよ」
「それなら……良いのですが」
「貧血なら少し休憩しててよ。ここからは俺ができるからさ」
「……ふふ、ありがとうございます。今日はそうさせてもらいますね」
そう言って母さんは自室に行った。
すれ違う様にシャルロットが厨房に入ってきた。
「盗み聞きをするつもりはなかったんだけど」
「うん、わかってるよ」
空いたコップを持っているところを見ると、気を利かせて持ってきてくれたんだろう。
……いや、ラルト副長やイガグリさん、何一国の姫に働かせてるの?
「店主殿、ちょっと元気がなさそうだけど、大丈夫?」
「ちょっと血……いや、魔力を使いすぎたみたい」
「え、魔力を使いすぎるとああなるの?」
「ずっと剣を使っていると疲れるでしょ? それと一緒」
「……え?」
「……は?」
いや、疲れるよね?
「あ、ああ。そうね。うん、すっごく疲れる」
「うん、例えが悪かったね! 君は俺よりも相当体力はあるもんね!」
「一応女の子なんだけど……まあ、店主殿が休んでいるなら私も手伝うわよ」
「あ、ありがとう」
そう言って、俺とシャルロットの合格祝いは和やかに終わった。
……まあ、シャルロットが目を離した隙に作った料理をラルト副長が食べてしまい、それを吹き出してしまった挙句シャルロットが本気で泣き出してしまったが……深く関わらない事にしよう。




