ミルダの緊急事態2
『挨拶も交えて目の前の存在を破壊したつもりだったが、貴様何故生きている?』
俺やパムレを見て龍は睨んでいた。
「……耐えただけ」
『人間がワシの攻撃を耐えた? 面白い。久しぶりの顕現だからもう少し遊んでみるか!』
「その辺にしてくれないか。『龍神ドグマ』」
俺の後ろで声が聞こえた。
雪から一人の少女が這い出てきた。
『誰だ?』
「喧嘩仲間を忘れるとはボケたか。今はプルーと名乗っているが『女神』と言えば思い出すか?」
『ほう。貴様が居るなら耐えられるのも理解できる。破壊と同時に『創造』をしたか?」
「プルーは何も手を貸していない。単純にその人間の力だけで耐えているだけだ」
『はっはっは! なかなか興味深い』
そう言って巨大な龍は突然輝きだし、小さくなった。
やがて人の姿へと変わった。
角が生え、目がツンとした青少年と言ったところだろうか。
「まるでパティに似ている?」
そう言うとパティは俺の前に出た。ドグマはパティに気がつき目を細めた。
「む? 貴様は……同じ魔力を感じる。なるほど、理解した」
「理解?」
その瞬間、青少年はパティに魔術を放った。
「ほう」
「……がはっ」
ギリギリのところでパムレがパティの前に立ち魔力の壁で守った。
だが、また口から血を吐いている。
「……攻撃をした理由を言って欲しい。理解できない」
「人間ごときにこのドグマが答えるとでも?」
一発。そしてまた一発と魔術を放った。何の魔力かはわからないが多分『龍』の魔力を使った魔術だろう。
それを全て守り、その都度パムレは苦しむ。
そしてとうとう地面に膝をついた。
「パムレちゃん!」
シャルロットの声が聞こえた。俺よりも遠くへ飛ばされて今駆け付けたのだろう。
「ちょっと貴方! パムレちゃんに何するの!」
「遊んでいるだけだ。神と競える人間は珍しいからな。それにワシはその龍の小娘に放っているだけで何故か耐えている人間は勝手に小娘を守っているだけだ」
「血を出しているのよ? 見てわからないの?」
「さあ。壊れたら終わりなだけだ」
その冷たい言葉。そして低い声。容赦のない攻撃。俺は恐怖で身動きが取れなかった。
「ぱ、パムレさんを攻撃しないでください!」
「だからワシはこの人間に攻撃はしていない。貴様を壊そうとしただけだ」
「何故!?」
「『龍』は力だ。『龍』の魔力を持つ者は強い。ワシはその中でも頂点を目指している。神となった今でも貴様の様な『龍』の魔力を持つ亜人が挑み手こずらせてきたが、どうやら貴様が最後の生き残りだろう」
「いき……のこり……?」
その言葉を聞いてパティは地面に膝をついた。
「つまり……ワタシの両親や同族は……いない?」
「当り前だ。ワシが壊したからな」
その瞬間、鋭い魔力がドグマに放たれた。が、黒い魔力壁によって防がれた。
「リエン! パティ様を安全な場所に連れて行ってください。マオ様はもう持ちません!」
傷だらけの母さんの右手から煙が出ているということは、さっきの鋭い魔力は母さんが出したのだろう。
「人間にしてはなかなかの魔力だが、ふん!」
「ぐっ!」
黒い魔力壁は破壊され、母さんは後方へ飛んでいった。
俺は何とか立ち上がりパティの腕を掴んだ。
「いない……ワタシの……」
「気をしっかりしろ! パティ!」
「です……が」
パティの目には涙が浮かんでいた。
それを見たシャルロットはドグマを睨んだ。
「さんざんひどい事をして、どうなるかわかっているの?」
「人間が神に抗うとは愚かだ。『女神』もそっちでただワシを見つめるだけか。地に落ちたな」
「プルーを侮辱するとは……と強がりを言いたいが、言い返せないのが結構悔しいな」
何か方法は無いのか。俺たちはとにかく何か攻撃が来ないかだけを集中して警戒するしか無かった。
「そろそろくだらないお喋りは終わりましょうか」
と、レイジが話始めた。
「む? そう言えば先ほどから隣に立っていた貴様は何者だ?」
「ワタクシはレイジと言います。しがない魔術師で、貴方のご主人です」
「ワシの?」
「はい。この『ネクロノミコン』によって貴方にまとわりつく『無』の魔力を消し去り顕現させたのです。ついでに主従関係の契約を魔術的に行ったので、ワタクシの下僕となります」
「ほう。先程から背中がかゆいと思ったが、これがその主従関係の契約だったか」
そう言ってドグマは右手を前に差し出し、何も無い空気を掴むような素振りをした。
「契約の破壊。これで貴様とワシは無関係だ」
「なっ!」
俺もなんとなく見えた。空気中の魔力がまるで氷が砕けるように割れる感じ。
俺とセシリーやフェリーをつなぐ魔力的な契約を、あのドグマは素手で壊したんだ。しかもあんな息を吸う感覚で。
「しかしワタクシは貴方の無の魔力を払ったのです! ワタクシの願いを叶えてくれるくらいの事を!」
そう言った瞬間。
レイジに向ってドグマは魔力を放った。
「ワシは悪魔じゃない。龍の神だ。破壊こそワシの全てであり誰かの願いを叶えるような甘い存在ではないわ!」
「がああああ!」
レイジは吹っ飛び、地面に転がった。
「仲間すら容赦無いのね」
「仲間では無い。あいつが勝手にワシを顕現させただけだ」
容赦のない無慈悲な攻撃に腰が抜けそうだ。
このままでは俺たちだけではなく、この大陸全てが壊される。
「リエン少年。勝機はある」
クアン?
振り向くとミルダさんと母さんを抱えてこっちに向って歩いているクアンがいた。
「最終手段にして最後の切札だ。リエン少年の『斎藤離縁』と書かれた紙を見ながらあそこの『ネクロノミコン』を奪い、クーの所へ持って来るのだよ!」
「え……?」
「リエン少年の持つ『斎藤離縁』と書かれた紙の文字が一文字でも残っている限り勝機はある! 説明する時間が惜しい、深く考えずにネクロノミコンをクーに渡せ!」
「わかった!」
俺はレイジが吹っ飛ばされた場所に向って走った。
「ん? 目障りだな」
ドグマはつぶやき、俺に向って魔力を放った。それは変な挙動をしてまるで俺から避けるように飛んでいった。
「破壊できなかった? いや『運命の魔力』か」
俺は『斎藤離縁』と書かれた紙を見た。するとそこには『斎藤離 』としか書かれた無かった。今の攻撃で俺の存在が一つ破壊されたということか?
「くそおお!」
怖い。逃げたい。でも何とかしないといけない。
母さんもクアンにもたれながらふらふらになりつつ俺を見ている。
パムレも口から血を出しながらパティを守っている。
「おとなしく破壊されろ!」
また魔力を放たれた。
頑張って避けるも『斎藤 』になって、また一文字減った。
逃げたい。でも逃げれない。泣きたい。辛い。多分全ての文字が消えた時、俺は消えてしまうのだろう。
焦って走った所為で小石に足を引っかけてしまった。ふと横を見ると、そこには魔力の塊りがあった。
いくら運命の魔力があってもこれは避けれない。
思わず目をつむった。
「主の隣に立つ者が弱気になるな」
俺はフブキに抱えられて宙高く飛んでいた。
足が地につかず、ブラブラしていると、その真下にはドグマが俺たちを睨んでいる光景が見えた。
「運命の魔力を使わず、しかも魔術でもなく、実力でワシの破壊から逃げた? 面白い。面白いぞ黒い小娘!」
高笑いをするドグマ。しかし宙に浮く俺たちに狙いを定めて魔力を放とうとしていた。
「好機は一度。宙で蹴とばせば互いに左右へ飛ぶ。リエン殿はレイジとやらの本を奪い、思いっきりクアン殿に投げろ!」
そう言ってフブキは思いっきり俺を蹴り飛ばした。同時にフブキは逆方向へ飛んだ。
その瞬間、俺とフブキの間を龍の魔力が飛んでいった。
「二度も!? そこの人間、ワシと遊べ!」
「あいにく神は儂の守備範囲外じゃ!」
ドグマの攻撃がフブキに向いた?
フブキを見ると俺をじっと見ていた。
『リエン様! 今は集中するのじゃ!』
『目標は目の前ー!』
ふと頭の中の声が俺を目覚めさせる。セシリーとフェリーだ。
「そうだ。ネクロノミコン!」
魔術を放って地面に叩きつけられるのを何とか回避し、周囲を見ると、レイジが転がっていた。
隣にはネクロノミコン。そしてクロノさんの腕があった。
ネクロノミコンを拾い戻る。クアンが俺の姿を見たのか思いっきり叫んだ。
「リエン少年。それをクーに投げろ!」
「うおおおあああああ!」
思いっきり投げ、ネクロノミコンはくるくると回りながらクアンの近くまで飛んでいく。
その間フブキはドグマの相手をしていて攻撃をギリギリ避けていた。
「魔力お化け! 一度で良い! 奴の攻撃を防げ!」
「……代償は大きい。後で奢れ」
そう言ってパムレはフブキに向けて放たれた攻撃を魔術で防いだ。そしてまた口から血を吐いた。
何故その行為が必要だったのか俺には理解できなかった。フブキは避けることができたから、パムレは無駄に血を流す理由は無かったはずだ。
「破壊から避けることができる人間。そして破壊から守れる人間。破壊から運命的に縁を断ち切る人間。面白い。面白いぞ!」
ドグマは大きく笑った。
が、同時にクアンも笑い出した。
「答え合わせの時間だリエン少年。何故クーはネクロノミコンを投げるように言ったか。そして魔力お化けにわざわざ負荷を与えるマネまでさせたか。理由はクーの両腕には君の母親と巫女ミルダがいるため、まともに本が開けない。故にちょうどここに本を置いた状態かつ開いた状態じゃ無ければいけない。そのためには空中でちょうど良い爆風が必要だった」
クアンの目の前には開いた状態のネクロノミコンが置いてあった。
「レイジはこれを使い自身を『無』にすることで身を隠した。そしてつい先ほどまで貴様は無の魔力を体に纏ったため一種の封印に近い状態だと『仮定』した。どちらも『無』という共通点からページは同じか隣接していると『仮定』し、レイジが先ほどまで開いていたページの厚みとリエン少年が投げた際の本の回転を主軸として、落ちて来る時にちょうど開かれる箇所を導き出した際に爆風という衝撃が必要不可欠だったのだよ」
ネクロノミコンが光り輝いた。あれは……。
「唯一の懸念材料は三ページ以上離れた場所に書かれている場合は解読が間に合わないというわけだ。裏ページや隣接している場合は透けて読むことくらい簡単だが、そこは日頃の行いの良いクーと運命の魔力をもつリエン少年の力とも言えよう。ピッタリ求めていた内容が書かれたページが開かれてあるのだよ。先ほどまで貴様を覆っていたいわゆる封印の魔術について書かれた内容だとこのクーが断言しよう!」
ドグマは右手に魔力を込めた。しかしクアンはこうなる事すら予想済みだったのか。長々と話す余裕もあると『仮定』し、この惨劇を終わらせる未来すらも『仮定』し今に至るのだろう。
そしてクアンは大声で唱えた。
「『無』の魔術。『虚無』!」




