ミルダの緊急事態1
☆
俺たちは『静寂の鈴の巫女』がいる教会に走っていた。
今まで見たことないクアンの焦り振りに俺たちも困惑していた。
長い道を駆け巡っているとようやく協会が見えた。よく見ると黒煙が見えた。
「クアン、どういう状況なの?」
「『想定外』だ。本来ネクロノミコンもクロノの腕とやらも『見透かしの望遠鏡』では見えないはずだった。理由は『無』の魔力で覆われている可能性が高かったからだ。だから予備の案として無の魔力の付近を『見透かしの望遠鏡』で見るという裏技を使うつもりだったのだよ」
「見えない予定だったということ?」
「ああ。悪戯のつもりで言っただけだったが、リエン少年がやたら目を細めて見ているということは、何かがうっすらと見えているということだ。ふと『静寂の鈴』について思い出し、その効果がもしも『無』の魔力に影響を与えるならと仮定したのだよ」
ようやくたどり着き、教会の扉を開ける。
大広間の中心には大きな爆発後が残っていた。
そして離れた場所には壁にもたれかかっている怪我を負ったミルダさんが立っていた。
「リエンさん。皆さん」
「ミルダさん!」
「逃げてください。フーリエさんが……突然襲って……」
周囲を見ると青い目をした母さんが魔術を放った後の状態で立っていた。
「ミルダ。すみません。理由はワタチもわかりませんが、クアン様に言われた通りミルダを吹っ飛ばしました」
「どういう……こと?」
ミルダさんが困っていると、そこへクアンが走って行った。弱っているミルダさんから『静寂の鈴』が付いた杖を奪い、思いっきり振って音を鳴らした。
リーン。リーン。
その音は天井にぶら下がっている黄金の模型にも響き渡り、部屋中が鈴の音に包まれた。
ーいやはや。どうして仮定だけで答えを導き出せるのやらー
どこからか声が聞こえた。
「なんじゃこの気配。何もいないはずなのに、それそのものが違和感に感じる」
フブキが周囲を見て警戒する。
ゆっくりと全員がミルダさんを囲うように歩く。
「すみませんミルダ」
「理由があるなら仕方がないです。それよりもこれは一体」
何も無いのに何か有る。『認識阻害』とは違う違和感。
「シャルロット、音の魔力で何か見えない?」
「一つ言わせてもらうわ。『ヤバイ数の何か』が居るわ」
シャルロットだけが見える音。その音でここに何が居るのかわかるのだろう。
「おい魔力お化け。プルーは『立場上』行動に制限がかかってある。できてもリエンを守るだけだ」
「……十分。マオとフーリエとフブキ、それで行ける」
「流石のワタチでもこの殺気は生まれて初めてですね。増援間に合うでしょうか」
「このモノノフの気配はちと手こずりそうじゃな」
何を話しているのか俺には理解できていない。そして俺の背中に隠れているパティもまたわからず、ただただ雰囲気だけで恐れ震えていた。
「リエン少年。そしてパティ少女。君たち二人の仕事はただ一つ。『生きろ』だ」
そしてクアンがもう一度『静寂の鈴』を思いっきり鳴らした。
次の瞬間。
何も音を立てず、目の前に巨大な怪物が三体。
足が六本ほどあるクモのような下半身に上半身は人間の形をしているが腕は四本。この世界の動物とはかけ離れている。
そして中心にはクロノさんの腕を持った『レイジ』が立っていた。
「リエン殿、短剣を借りる!」
そう言ってフブキは俺の腰から短剣を抜き取り、巨大な怪物に駆け込んだ。
「……『稲妻』! 手ごたえはある。フーリエ、魔術で行ける」
「『獄炎』! わかりました! リエンはパティ様とシャルロット様を守ってください!」
大陸屈指の三人が一人一体を相手にしている。あんな大きな怪物に対して冷静に対応できるだけでも凄い。
「リエン少年! レイジから目を離すな!」
クアンの声に俺はレイジを見た。……いない?
「いない!」
「くっ!」
クアンはもう一度鈴を鳴らした。するとレイジの姿がフワッと見え、壁を沿ってこちらに走って向っていたのが見えた。
「プルー! レイジを止めれる?」
「無理だ。そもそも『静寂の鈴』の影響でプルーもリエンの精霊達もすでに弱っている!」
「え!?」
頭の中でセシリーとフェリーに呼びかけると、すでにぐったりとしていた。
『人間のように死にはしないぞ。ただ魔力が抑制されて動けぬのじゃ』
『つけものになるー』
短剣はフブキに渡している。レイジが迫ってきている以上俺たちが応戦するしかないのか!
と、突然俺に向って何かが飛んできた。俺はギリギリ受け止めるも体制を崩して倒れた。
飛んできたのは母さんだった。
「いつつ、すみませんリエン。途中で『静寂の鈴』の音で魔術が消されました」
「こっちにも影響が出るのか!」
そしてまたレイジは姿を消した。おそらく『無』の魔力を使ってこっちに近づいているのだろう。
何が狙いだ?
焦っている最中、転機は訪れた。
シャルロットがある一点に向けて、思いっきり殴りかかった。
「そこおおおお!」
「ぬう!」
その瞬間レイジが現れ、吹っ飛んだ。
「音が見えるからなんとなく変な空間は分かるのよ。今ので良かったかしら?」
「シャルロット少女、よくやった! フーリエ殿は無事か!?」
「息子に受け止められたので心身共に回復しました。あれくらい余裕ですよ」
と言いつつ、攻撃を受けたのか腹部から血が滲んでいた。
「リエンの精霊にはあとで謝罪します。ですがこれを乗り切るためには多めに見てください! 『深海の怪物』!」
母さんが叫んだ瞬間クモの怪物の足元から大きな触手が出てきて三体の動きを封じた。
「店主。助かる。二体は儂がやる!」
「……不服だけど魔力を抑えられてるからマオは一体だけに集中する」
そう言ってパムレとフブキは巨大な怪物の頭に一撃を与えた。
「鈴の音が止まればプルーの出番だな。奴は悪魔なら聖術で終えよう。『光柱』!」
プルーがレイジに向って悪魔の弱点属性の魔術を放った。それは見事命中し、レイジは声を発した。
「ぐうあ! まだだ、そこにワタクシの壁が……もう少しで壊せる!」
レイジはクロノの腕を投げ捨て、腰にぶら下げていたネクロノミコンを開いた。
「ミルダ大陸ではなく、この世界は『レイジ大陸』にするべきです。全てを破壊し一から大陸を構成してこの世界の文明を一からやり直せばいいのです。三大魔術師や三国という面倒な壁は除き、すべてワタクシの大陸だけでワタクシだけの王国を作れば良いのです。全てを『破壊する神』を!」
レイジの持つネクロノミコンが強く輝き始めた。
「へ? へ?」
同時に俺の後ろにいるパティが突然周囲を見始めた。
「どうした?」
「ありえません。ワタシと似た魔力が漂ってます!」
それって『龍』の魔力?
「いかん! 魔力お化け! そいつをぶっ飛ばすなりして早くこっちを守れ!」
プルーが叫び、パムレは巨大な怪物に何とかとどめの一撃を放って俺たちの正面へ来た。
両手を前にして魔力壁を作った……いや、『あのマオ』が両手?
次の瞬間。
爆発では無い衝撃が一気に襲い掛かって、俺たちは後方に吹き飛ばされた。
☆
目を開けると教会の半分が無くなっていた。俺は教会の外に投げ出されて、積もっていた雪に埋もれていた。
無意識に背中のパティを下敷きにしないように体制を変えていたみたいで、俺に抱き着く形でパティがいた。
「パティ、大丈夫?」
「はっ、大丈夫です。それよりも!」
俺から離れるように立つパティ。俺も一緒に立ち上がると、正面にはパムレが立っていた。
教会の半分は跡形もないほどの威力から守ってくれたパムレ。流石と言うべきか……。
「……リエン、誉め言葉はいらない。それよりもヤバイのが前にいる。ぐふっ!」
「パムレ!?」
パムレは口から血を出していた。え、あのパムレが?
『邪魔な魔力がようやくワシの体から消え去ったか』
重低音の声。正面を見ると先ほどの巨大な怪物よりもさらに大きな存在があった。
翼が生え、二本の角があり、手足がある。本でしか見たことが無い存在。言葉だけは存在する概念。『龍』が目の前であくびをしていた。




