望遠鏡奪回作戦2
「シグレット先生!? どうしてここに!?」
フブキに聞こえるように耳打ちをした。
「む、知り合いか。いや、ここは敵の本拠地ぞ?」
俺にもわからない。まさかシグレット先生がここにいるなんて予想していなかったもん。
「今回は殺生をしないつもりじゃが、顔見知りとなれば話が変わる。さて、どうしたものか」
そうフブキが迷っていると、シグレット先生は口を開いた。
「見つかったか」
今なんて?
「おかしいな。『認識阻害』で完全に隠れていたけど、魔術無しで見破る見回りが居るなんて聞いて無いよ。どう逃げようか」
病院とは言え侵入者が居た場合は大声を出すだろう。しかし目の前のシグレット先生は俺たちと一緒で焦っている。もしかしてシグレット先生も俺らと同じ目的なのかな?
とりあえず『認識阻害』を解いてシグレット先生に向って小声で話しかけた。
「シグレット先生! 俺です!」
「へ、リエン?」
驚くシグレット先生。
「へ、どうしてリエンが?」
「それはこっちの台詞です。シグレット先生はここの警備なんですか?」
「違う! 俺はここで作られた薬について調べに潜入しただけさ。最近俺しか知らない薬が出回っているから怪しいと思ってたんだよ」
そう言えば母さんが以前シグレット先生の薬学の知識が盗まれたって言ってたっけ。
「リエン殿。答えを出すのじゃ。敵か味方か?」
「あっちも驚いているから味方だよ。多分目的は違うけど、やっていることは俺たちと一緒」
まさか同じ日の同じ時間に潜入するなんて思わなかったよ。
「ふう、命拾いしたー。まさか『認識阻害』を見破ってこっちに構えてくる強者が出て来るなんて聞いて無いよ」
「それはこっちの台詞じゃよ。気配は消したが遠くで儂たちを感知した。あの氷の球は威嚇と人の存在の確認のためじゃろう」
「まさか切られるとは思わなかったけどな。それよりもお前たちは何をしに来た?」
「それは」
俺たちが『見透かしの望遠鏡』を探しに来たという事を簡単に伝えると、シグレット先生は少し考え始めた。
「俺が潜入した資料室には特に骨董品は無かったし、もしかしたら俺の探し物も一緒に地下にあるのかな」
「じゃあ一緒に来ますか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる。流石に『あの』資料が見つかるとまずいからさ」
そう言って俺とフブキとシグレット先生は一緒に地下へ向かっていった。
☆
地下へ続く廊下を通ると『研究室』と書かれた扉に到着した。
フブキが小さな鉄の棒を器用に使って鍵を開けると、中には色々な本がある部屋にたどり着いた。
「全て手書きか。副館長の言う通りここで俺の資料を覗いて書き写したってところか。まずいな、ここまで知られてやがるか」
本をサラサラと読み、額に汗をかくシグレット先生。
「リエン殿よ。おそらくこれか?」
フブキが引き出しの中から棒のようなものを取り出した。トスカさんが持つ楽器によく似ているが、先端は硝子がついている。
「遠くを覗くことができるらしいし、覗いてみればわかるかな」
とりあえずのぞき穴の様な場所に目を近づけた。
『なあキューレよ。儂、いつまでチャーハン作れば良いと思う?』
『知らないわよ。それよりも最近鍋の調子が悪いし鉱石精霊に頼んで鍋を生成してもらおうかしら』
『キューレよ。儂一応鉱石の神ぞ?』
『あ』
うん。しっかり遠く見えてた!
「間違い無い。これが例の望遠鏡だ」
「では儂らはここから出るが、シグレットとやらはどうする?」
と、突然。
俺の背中から『ギイイイイン』という鈍い音が聞こえた。
振り向くとフブキが刀を出して何かからの攻撃を防いでいた。
さっきまで正反対の場所にいたのに一瞬で移動したのか!?
「ぬあんじゃこやつ! モノノケか!?」
フブキが陰になっていて良く見えないけど、何やら大きな黒い物体が襲い掛かっているのは分かった。
「魔獣の血を摂取した場合に高確率で罹る中毒症状だ。やばいと思ったが手遅れだったか!」
「魔獣の血!? ちょ、どういうこと!?」
「御託は後じゃ! リエン殿、走れ!」
扉から抜け出し廊下を走った。一瞬しか見えなかったけど、全身真っ黒な筋肉しか見えない人型の何かだった。
「くっ、即効性の睡眠薬を投げてもだめかよ! おいリエン! 背後は守るから先導しろ!」
「無茶言わないでくださいよ!」
廊下を全速力で走り、侵入した扉が見えた。
「ぬああああ!」
フブキが何か大きな衝撃を受けたのか、俺を追い越して吹っ飛んでいった。何とか体制を整えて着地はしたみたいだが、無傷とはいかない様子だ。
「フブキ!」
「攻撃を防いだだけじゃ! じゃが、あれはまずい。外に出せば大事じゃ済まぬぞ!」
「どの道そいつは助からない! 倒せないか!?」
シグレット先生はフブキに向って叫んだ。
「相手が人間からかけ離れているならば仕方がない! 一瞬で蹴りをつけるぞ。影の者秘術『疾風』!」
一瞬で俺の横を通り過ぎて怪物に向って行った。
「か……刀……が!」
ありえない速度で切りかかったフブキだが、怪物に触れた刀は折れた。
『ガアアアアアア!』
「ふっ!」
怪物の攻撃を瞬時に回避し、俺の前にたどり着くフブキ。
「どうなってる! あやつの肉体は鋼を超えとるぞ!」
「そうだ、折れない剣!」
そう言って俺は腰にぶら下げているガラン王国の秘宝の短剣をフブキに渡した。
「ぐう、間合いも狭い短剣か。じゃが、察するにこの剣じゃないと斬れぬようか」
そう言ってフブキは短剣を逆手に持って構えた。そして瞬時に怪物に向って。
「むっ!」
「『氷壁』!」
怪物とフブキの間に氷の壁が生成された。魔術を放ったのはシグレット先生だ。
「助かった。一瞬死を覚悟したぞ」
「完全に見切られている。気を付けた方が良い!」
シグレット先生がそう言うと、氷の壁はボロボロと砕けた。そこには触手らしきものが無数にあり、その先端は全て鋭かった。
「あのまま突っ込んでたら串刺しって。てかあの触手はどこから?」
よく見ると人型の怪物の腕から数本出ていた。母さんの召喚する悪魔も不気味だが、それ以上に見た目がヤバイ。
「油断はするな! 魔力お化けをどうにかして呼ぶのじゃ!」
「分かった! セシリー、全力で飛んで隠れているパムレを呼べる?」
『うむ!』
俺の頭上から現れたセシリーは急いで施設から飛び出して、シャルロットと一緒に隠れているパムレを呼びに行った。
『ご主人ー、ちょっと魔力を借りるね。あれはヤバイー』
そう言ってフェリーは大人状態で具現化した。
同時に怪物は凄い勢いでこちらに向かってきた。
「『フレイム』!」
フェリーが精霊術を唱える。手から炎の柱を出して相手に当てるも、それを両腕で防ぎながらこっちに向ってきている。
「『氷球』!」
俺は怪物の足元に氷の球を放ち、足と地面をくっつける試みをしてみたが、一瞬で砕かれた。
魔術で交戦しているなか、気が付けばフブキの姿が無かった。
「『疾風』!」
いつの間にか怪物の後ろに立っていたフブキは短剣で切りかかっていた。
「切ったが……ぐっ! 元に戻りおった!」
危険を察したフブキは急いで後退し、距離を取った。元に戻ったということは切った場所は回復したという事だろうか。
フェリーに吸われ続けている大量の魔力も徐々に無くなりつつある。これはヤバイ!
「……あとはマオがやる」
右肩をポンと叩かれて、テクテクと銀髪の少女が俺の前に立った。
かなり前に精霊の森で魔獣に助けられた光景を思い出した。
あの時はまだお互いを知らず、ただ何かに助けられた。
「パムレ!」
「……シグレット。生かす?」
「いや、あれはもう助からない!」
「……分かった」
そのやり取りだけをして、パムレは右手を前に出した。
一瞬。『何か』が飛んでいったのが分かった。
「……最小限の被害。最大限の攻撃。方角も大丈夫。これで倒れなければちょっと困るかな」
そうパムレがつぶやいた瞬間、怪物は倒れた。
「一体何が?」
その問いにフェリーが息を切らしながら答えた。
「ご主人ー。信じられないかもしれないけど、魔力お化けは『ただの『火球』』を放っただけだよー」




