望遠鏡奪回作戦1
夜になり夕食の時間になった。
とりあえず皆で広間に行きご飯を注文する。
「いらっしゃいませ。本日のおすすめは『姫チャーハン』です」
「母さんはチャーハンに何か思い入れがあるのかな。しかもシャルロットは接客しつつ厨房も立ってるのかよ」
瞳に生気が宿ってない店員を前に、俺とパティとパムレとフブキは苦笑していた。
「あ、『姫(が運ぶ)チャーハン』の略よ」
「ただのチャーハンじゃん!」
でもシャルロットって料理をさせちゃいけない人物だってことを時々忘れてしまうけど、これを期に母さんから料理を教わったら良いんじゃないかな。
「とりあえず姫チャーハン四つで」
「かしこまりましたー。店主殿、姫チャー四つ」
『はいー』
そして略称まで決まってるんだね。
待っている間は暇だしパティとお話でもしようかな。
「パティは長旅慣れた?」
「そうですね。リエンさんやシャルロットさんが居るからとても楽しいです! それに各地のパムレットが楽しそうですごく嬉しいですね」
パムレットが楽しそうって表現初めて聞いたぞ。
「……リエンはまだパムレットの心を読める領域に達していない。無我の境地に達すればいずれたどり着くパムレットの深淵。それは甘くとても幸せな場所」
「ベタベタしそうな深淵だな!」
きっとパティの見ている世界とパムレの見ている世界は違うと思うよ!
「一つ旅をしていて残念と思ったのは、同族の気配が全くないという事ですね」
「竜族ってこと?」
「はい。その単語だけはありつつも同族は未だ見つからず、結局ワタシは何なのかがまだわからない状態なのが気がかりです」
そうか。
俺は俺の事しか考えていなかったけど、パティも自分がどういう存在なのかわからない状態だったんだよね。
同時に俺がこの世界に転生した時間にパティが魔力を使い果たして認識阻害が解けてしまったのも『縁』。となれば、やはり俺とパティは何かしらのつながりがあるのかな。
「姫チャーハン四つよ」
「あ、ありがとう」
シャルロットがチャーハンを四つ持ってきてくれた。
「フブちゃんとパムレちゃんとパティちゃんが座る席に何故私じゃなくてリエンなのかしら……ごゆっくりどうぞ」
「できれば前半の言葉は心の中で呟いてね!」
肩をがっくしと落として接客を続けるシャルロット。本当に姫なのか疑ってしまうね。
と、そんな状況を眺めつつチャーハンを食べていると、宿にクアンが返ってきた。
「ふむ、リエン少年の周囲には女性しか集まらない呪いでもあるのかい? 少なからずクーがこの世界に来てからリエン少年の周囲に男性を見ていないぞ」
「ちゃんといるよ! シグレット先生とかピーター君とかカッシュとか!」
それ以外は……あれ、俺男友達少ない?
「冗談はさておき『くのいち』の新顔とはまた面白い。クーはクアンだ。この世界では学者をしている」
「これはこれは。儂はフブキじゃ。『くのいち』という言葉は古書で読んだことはあるが、まさか儂ら一族の歴史を知っているのかのう?」
「クーも古書で読んだ程度だ。本物の刀をこの目で見ることができる日が来るとは、やはりこの世界は面白い」
そう言ってクアンは俺たちのテーブルに椅子をもう一つ置いて『姫チャーハン』を追加注文した。
「お主、何者じゃ? 適切な距離を保ち隙が全く無い。もしやかなり手に覚えがある者か?」
「嘘偽りなく言わせてもらうがそれは無い。拳と拳の勝負ならおそらくこの龍族の娘にすら勝てないだろう。クーはただ歩く事に関しても計算しているだけさ」
一応俺も補足しておこう。
「クアンは頭がすごく良いんだよ」
「勿体ないのう。それほどの洞察力があれば剣豪になるのも夢ではないじゃろう」
「行く道は自身で決めるのがクーのこだわりなのだよ。誉め言葉としてありがたく頂戴するが、もしも剣豪への道の勧誘であれば心苦しいがお断りさせていただこう」
すげー。フブキ視点でクアンはかなりの切れ者なんだね。俺も一目見て強いって思われたいな。
と、隣でパムレットを黙々と食べている『大陸最強の』魔術師を見た。
なんかほっとしちゃった。
「……いや、別に恐れられても困る。パムレはパムレの道を行くだけ」
「多分それが正しいんだろうね」
俺もデザートとして注文したパムレットを食べよう。
「それはそうとリエン様よ。物品は回収できたか?」
「へ?」
「『見透かしの望遠鏡』を回収したかと聞いたのだよ」
「いやいや、回収予定日は今夜だし、クアンもまだ『無』の魔力について考察中でしょ? かなり待ってほしいって言ってたし」
「クーの『かなり』は五時間くらいだ」
「一週間以上を想定してたよ!」
え、一日以内なのに『かなり』って言ってきたの!?
「クーは不可能と思われる原理の解明に関しては一瞬で不可能と答える。が、今回は考察する部分がかなりあったため答えにたどり着く目途が付いた。自己最高記録の時間を要したが、ようやく『無』の魔力についての論文ができた。強いて言えば論理的には間違ってないという結論だ」
「早いよ! パムレットを食べる時間くらい頂戴よ!」
「ふむ、まあクーにしてみればこちらが遅れを取る前に仕事を行ったというだけでクーが困るわけでも無い。それにこの『シュークリーム』にそっくりな菓子はクーも好物だ」
「……パムレットはこの世界で生まれた最強のお菓子で、実はその製作者は目の前のパティによるもの」
「そうなのかパティ少女。この菓子をはじめて作った時の経緯を聞いても?」
「えとえと、とにかく卵をかき回したんです。透明な部分だけをとにかくかき回したらどうなるのかなって思ってかき回したらふわふわの物ができて、そこに果物を入れてパンにはさんだのが最初です」
当時を語るパティってすごく良い笑顔なんだよね。多分大切な思い出なのだろうな。
「ふむ。メレンゲを作る工程を何も見ずにゼロから見つけ出したというわけか。君はこの世界に生まれたからこそパムレットという菓子を開発できた。もしも地球に生まれたら特に価値を出すことはできなかっただろう」
「価値は特に求めていません。お世話になったパン屋のおじさんに恩を返したい一心で作ったお菓子なので」
「正直クーには理解できない。あ、勘違いしないでいただきたいのはパティ少女の行動を否定しているわけでは無く、将来性を考えるのであればその発明からさらに次の発明をして幸せという物を大きくできるだろう。が、それはあくまでもクーの主観に過ぎない。幸せの定義とは人それぞれだからな」
そう言ってクアンはパムレットを一口食べた。
「ふふ」
「む? 何がおかしい? クーの意見に間違いがあるとは思えないが?」
「クアンさんのお話は正しいかもしれませんが、もしもパムレットからさらに別なお菓子を作っちゃったら、今現在この場で皆が食べているお菓子は別な物になっているかもしれません。こうして『ワタシ』が作ったパムレットを皆さんが笑顔で食べている姿を見れてワタシは嬉しいのですし楽しいじゃないですか。そのお菓子はワタシが作ったって心の中で込み上げてくるんですよ?」
周囲を見るとすでにご飯を食べ終えて食後のお菓子のパムレットを食べている人がちらほらといた。
「文明を止めることで遠い未来のその分野において独占する。いやはや、クーの様な短命な人間では考えられない意見だ。それに、自分が作った物を誰かが食べているだけではなく世界中の者が食べているという優越感は本人しかわからないか。うむ、これはクーが敗北したと宣言しよう」
そう言ってクアンはニコッとパティに笑った。すげー、あのクアンを言い負かしたぞ?
「……パムレット神に敬意を示すのは大事。クアンもこれから語尾をパムレットにすると良い。幸せになれるよ」
「神という存在は事実として認めざるを得ないが、かといってクーは信仰しない。神を必要と感じた時に初めて信仰する文化としてクーはこれからも自分の道を歩むまでだ『パムレット』」
……。
「ん? リエン少年。クーの顔を見ているという事は口元にクリームでもついたか? どの辺か教えてくれないか『パムレット』」
「おいパムレ! 久々に『パムレットの刑』をサラッと使うなよ! クアンの頭は繊細なんだぞ!」
「どういうことだパムレット。ん? どうしてクーは語尾にパムレットという単語を発しているんだパムレット! ふおおおお!」
「……ちっ。『認識阻害』と『心情偽装』を組み合わせた地味に高位な技術をぶつけたけどバレたか」
「ふふ、パムレットは誰の物でもなく、皆の物ですよ。フブキさんも食べてくださいね」
「心配せぬとも先ほどから頂いておる。実に美味じゃ。この空間に儂の主が居ないのはとても可哀そうに思えるのう」
さっきからすげー俺の事を睨んでいるガラン王国の姫がいるけど、俺は悪く無いもんね!
☆
真夜中。
とうとう『北の医師団』の本部に潜入することになった。
今回やることは実の所犯罪に近い。
というのも、『北の医師団』は確かに『見透かしの望遠鏡』で遠くを見て周囲の状況を監視していたけれど、物的証拠が存在しない。
偶然情勢が不安定になってきたところに偶然『北の医師団』が派遣されたと言われれば何も言い返せない。
それに『北の医師団』は一応ゲイルド魔術国家で認可された医者の集団であり、住民からの信頼はそれなりにある。
つまり今回は特攻して悪者を成敗するのではなく、こっそり侵入して『見透かしの望遠鏡』を盗んで帰るのが目的となる。
「で、フブキ一人では寒くて耐えられないから俺とフェリーを連れて侵入と。万が一捕まった場合はガチの犯罪者になっちゃうわけだけど、大丈夫なの?」
「元々捕まるつもりはないぞ。捕まったら逃げるだけじゃよ。まあ、リエン殿が捕まった時の事は考えておらぬが、フェリー殿の力を借りている以上はむげにはせぬよ」
ということで潜入するメンバーは二人。ちなみに万が一も考えて脱出できそうな場所にはシャルロットとパムレが待機していた。
「さて、まずは大きな壁じゃが……ふむ、隣の木がちょうど家の屋根に近い。登って飛び移るぞ」
ぴょーん。ぴょーん。しゅたっ。
「いやいや、無理でしょ! 息を吸う感覚でありえない飛び方しないでくれる? 魔術使って無いよね!?」
思わず突っ込んでしまった。
「仕方がないのう。ほれ、紐を投げるから捕まっておれ。引っ張るからのう」
そう言われ比較的太めの紐を投げられた。掴んだ瞬間思いっきり引っ張られ、俺はあっという間に屋根に着地。と言うかマジで反射的に対応できたけど、下手したら屋根にたたきつけられたよ!
あとフブキの腕力強くね!?
「一応リエン殿は『認識阻害』を使うのじゃよ。あの窓から入ればとりあえずは安心じゃろうて」
「分かった」
そう言って『認識阻害』を使い、フブキの後ろをゆっくりとついて言った。やがて『北の医師団』の施設の中に侵入した。
長い廊下。所々明るい部屋もあり、そこには患者がいるのだろうか。
「リエン殿よ。ちょっとそこで待つのじゃ」
そう言ってフブキは刀を抜いてその場で構えた。
「一体何を?」
「しっ」
息をひそめてフブキを見る。フブキは刀を構えて目を閉じた。
「地下じゃな。かなり小さいが怪しい気配を感じる」
「なんか怪しい物って大概地下にあるよね」
というか今のでどうやって地下があるのわかっちゃったの? 結構格好良かったんだけど。
尊敬しつつフブキの後ろをついていくと、突然フブキが手のひらを見せてきた。
「リエン殿、『認識阻害』を使ってそこにいるよな。離れるでないぞ?」
「え?」
その瞬間、氷の塊りがフブキをめがけて飛んできた。瞬時にフブキはその氷の塊りを切り、粉砕した。
「見つかった? 儂が? さすがに腕は鈍ったかもしれぬがへまはせぬ。それなりの実力者か?」
窓から突き刺さる月明かりが廊下を照らし、氷の塊が飛んできた場所が見え始めた。
そこにいたのは緑色の髪が特徴の知っている顔。
シグレット先生がそこに立っていた。




