リエンの苦悩1
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実は俺には秘密があった。
今まで部屋の空き状況や宿泊先の状況からシャルロットとパティと同室で隅っこで寝ていたりしていたから、一人の時間と言うのはあまりなかった。
そして一人の時間に久々にありつけた今、俺は心置きなく秘密の遊びができる。
「お手」
『わふ!』
「お座り」
『わわっ!』
「ふせ!」
『わっ!』
セシリーに犬を召喚してもらって、ほのぼのと遊ぶという秘密である。シャルロットが隣にいると奪ってくるからこれは一人のときじゃないとできない。
『一応言うが、我らはつめたーい目でリエン様を見ているからの?』
「いいじゃん! 犬すげー癒しなんだもん!」
『ご主人染まってるー』
「くう……ん、そうだ。ここ最近旅をして鍛えたわけだし、フェリーの鳥を出すこともできるんじゃね?」
『んー? まあ数時間程度ならー。ほい』
そう言って小さな鳥がポンっと音を立てて登場。と言うか以前頭一つ分のまんまるとした鳥だったのに、手のひらサイズなんだけど!
『前にも言ったけどー、鳥は燃費が酷いからこれくらいがちょうど良いー』
「まあこれはこれで」
手の上できょろきょろとしている。時々手の上で頭をこすりつけている。うん、可愛い。
そんな鳥を眺めていると犬が顔を舐めてきた。
「おー、よしよし。なんかシャルロットの事さんざん言っちゃった後だから格好がつかないけど、こういうのを可愛がると癒されるな」
顎を撫でると凄く気持ちよさそうに目を細めている。鳥も人差し指で頭を撫でるとめっちゃ可愛い。
「あうう……かわいいよー。ほーれほれ」
『あの……な? リエン様よ。相当悩みを抱えていそうじゃが、相談は乗るぞ?』
『う、うん。一応契約精霊だしウチたちはご主人の味方だよー? というか普段絶対見れないご主人の姿を見せられてウチたち結構焦ってるよー』
精霊ズが普段魔力消費を抑えるためにあまり出てこなかったのは知っているけど、それ以上に今の俺はとても醜い姿なのだろう。
「じゃあ俺の今の悩みをぶっちゃけて良い?」
『おうよ』
『どーんと来いー』
頼もしい精霊二体と犬と鳥に見守られて、俺は悩みをぶちまけた。
「最長で約十年以内に死ぬって言われて俺はどうすれば良い? そもそも神様の腕を何で俺が修復しないといけないの? 運命の魔力を持っているから? たったそれだけでどうして俺は別の世界とかに行ったりうっかりとは言え神様と契約したりして自分の人生をさらに難しくしないといけないの? そもそも前世の俺は今の俺に何を託したの? 俺ってタプル村で平穏に過ごしつつ、剣士に憧れて剣術を学びたくて大陸を冒険したけど、普通そこからどこかの軍に入るか村で仕事をするのが人生なんじゃないの? なのに今では三大魔術師に囲まれて神々に囲まれて精霊に囲まれて世界の命運を握っている存在になっちゃって俺はどうすれば良いと思うねえねえねえねえ!」
『リエン様の母親を呼ぶのじゃフェリー! リエン様は我がここで押さえておく!』
『わかったあああ!』
☆
家の明かりも消え、星だけが唯一の明かりの状態。
そんな中俺はまるで連行されるかのように馬車に乗せられてある場所に連れてこられた。
「いらっしゃいませ。リエンさん」
「ミルダさん? って、ここは教会?」
外は暗かったし馬車の窓を見てもどこへ進んでいるかはわからなかった。とりあえず母さんが「これはやばいですね。とりあえず何も言わずに乗りなさい」と言われて乗せられた。
「話はフーリエさんから聞いてます。とりあえずミルダの部屋に行きましょう」
「は、はあ」
言われるがままにミルダさんの部屋に行った。
ついていくと謁見の広間の裏手で部屋というよりももう一つの広間という感じだった。
布団があり、蝋燭が何本もあり、そこには火が灯っていた。
「俺はこれから何をされるのでしょうか」
「おしゃべりです」
「へ?」
「今後の自慢にしても良いですよ? ミルダ大陸で一番凄い人に人生相談をしたと」
ニコニコと笑顔なミルダさん。いや、唐突に言われても。
「特にお話する話題が見つからないです」
「そうですか? 色々と悩みを抱えて辛いのではないですか?」
「まあ、突然のんびりしてたら死んでしまうと言われて、死んでしまうとこの世界が危ないと言われ、やることは分かりつつもどうして俺なのかなっては思ってます」
確かに俺は自分を探すためということで旅に出たけど、想像以上の重い状況に押しつぶされていた。
「ということはリエンさんはある一点においてミルダの後輩になるかもしれない存在という事ですね」
「へ?」
ミルダさんは『静寂の鈴』のついた杖を俺に向けてきた。心地よい鈴の音が俺の耳に届いた。
「ミルダはこの鈴を受け取ってから半永久的な寿命を得て、人より百年以上生きているということで勝手に年功序列で偉くなり、やがて本当に魔力的に周囲より強くなって今の地位にいます。この鈴が無ければミルダは今頃この世にはいません。もちろんこの大陸もミルダ大陸なんて名前でもありません」
そう言えば鈴を引き継いでから色々と問題を解決して今の地位に立ったって言ってたっけ。
「ちなみに力を持つ人ほどリエンさんのように精神が壊れてしまう人は沢山いました。ガラン王国のシャムロエさんは夫のトスカさんを亡くした時。フーリエさんはお姉さんを亡くした時。マオさんはチキュウに住んでいるサイトウさんが亡くなったと言われた時。いくら全員が強い人たちでも支えが無くなれば簡単に折れちゃうものですね」
「ミルダさんもそれで外の雪を食べちゃったり……」
「え、なんで知ってるんですか? え、フーリエさんから聞きました?」
やべー。口が滑っちゃった。
「こほん。まあ良いでしょう。ミルダも激務が重なって奇行に走りました。リエンさんもそれに近い状況ですし、『第二の母さん』としては支えてあげないとですね」
「確かにミルダ母さんって言ったことあるけど、母さんにそのことを言ったらすげー怒られたなー」
ミルダさんとの旅も結構楽しかったな。というか村の田舎者が静寂の巫女様と旅ってすごいよね。
「ということでこの布団の上に座ってください」
「え?」
ベッドがあり、おそらくミルダさんの物だと思うんだけど。
「椅子じゃなくですか?」
「はい。これから『静寂の鈴の巫女』としてリエンさんの悩みを緩和させたいと思います」
さあさあと言われ、とりあえずベッドに座った。正面には椅子に座るミルダさん。
「えっと、俺は一体何をすれば」
「リエンさんは何もしなくて良いのです。ただ目を閉じて、この鈴の音をしっかり聞けば良いのです。『静寂の鈴』という名前は元々魔力を帯びた動物、つまり魔獣を抑え込む武器でした。同時にその音色は心を落ち着かせる物でもあり、周囲の時間の流れさえ止めてしまう。まあ、とりあえず難しい事は考えずに聞いてください。眠くなったらそのまま寝ちゃってください」
そう言ってミルダさんは軽く杖を振って『静寂の鈴』を鳴らした。
その音はとても心地よく、頭の中にある靄が徐々に薄れていくような、体が軽くなっていくような感覚が込み上げてきた。
やがて、ミルダさんの言ったようにさっきまでは頭の中がゴチャゴチャしていて眠気すらなかったのに、徐々に眠たくなっていき、俺はそのまま倒れるように布団に横になった。
★
「……トウ博士。サイトウ博士!」
女性の声に俺は目を覚ました。
「ここは……」
起き上がると、何やら見たことがない物ばかりで溢れている部屋で俺は寝ていたらしい。
鉄で作られた壁に机も鉄? それに本が沢山散らばっていた。
「サイトウ博士。だから言ったじゃないですか。徹夜をしたら絶対どこかで居眠りするって」
「君は?」
「は? 寝ぼけてるんですか? 助手のアカネですよ」
アカネ……聞いたことが無い名前だ。
「もしかして実験が上手く行ってないからお酒でも飲んだんですか? 全くこの研究所の男連中はこっそり研究材料の中にお酒を持ち込んでくるので、私まで怒られるんですよ?」
「う、ああ。ごめん」
「へ? お、ぷふっ! あのサイトウ博士が寝ぼけると素直になるんですね! まあ、いつもプライドが高いだけで間違ったことは言ってませんもんね」
夢だろうか。それにしてはとても現実的である。
とりあえず話を合わせた方が良いかもしれないな。
「まだお酒が抜けてないみたいだ。それで、えっと、何か用かな?」
「サイトウ博士が物忘れするほど溺れるお酒ってどんなお酒ですか。ちょっと気を付けてくださいよ。資料室でクアン氏の論文を探すように言ったのはサイトウ先生じゃないですか」
突然聞き覚えのある名前が聞こえて驚いた。
「およそ百五十年前の論文だったので探すの苦労しましたよ。それにクアン氏の論文はかなり貴重にも関わらず理解できない部分も多いという事で興味本位で持ちだす人とか多いんですよ」
そう言って数枚の紙をアカネさんは俺に渡してきた。
「ですが残念です。今回借りれたクアン氏の論文はクアン氏の主観で考えた宗教学でした。今回の実験にはほとんど関係なさそうですね」
「そうだな。あー、何か飲み物を持ってきてもらっても良いかな?」
「良いですよ。コーヒーとお茶どっちが良いですか?」
「お茶かな」
「そ、そうですか。聞いてあれですが、珍しいですね。えっと、体調不良なら言って下さいね」
そう言ってアカネさんは部屋から出て行った。
実験。そしてクアンの論文。色々と気になる単語は多いけれどとりあえず渡された資料を見てみよう。
『この世界における神は、人間に何をもたらすのだろうか。否、そもそももたらす存在が神という考えは人間の勝手な想像であり、そもそも神とは何だろうか。かつて雨を降らせるために神へ供物をささげて雨を降らした。豊作を祈るために神へ祈った。が、実際自然現象を考えれば雨はある条件を達すれば降るし作物も育つ。そのある条件の中に神は無関係である。地震や雷などの天災もかつて神々の怒りと言われていたが、技術が発達した今、その分野において神が関係しているわけでは無い。それでもなお神という存在が文化として根付いていて信仰者もいるということは理由があるのだろう。人間の信者たちは神に助けを求めているが、では神という存在は助けを求められないのだろうか。求めていてもそれができない理由があるのだろうか。それらを踏まえて近い未来、もしも人間が神を生み出した場合、その神は人間の味方なのか。それとも神の味方なのか。あくまでもこの文書は論文ではなく個人的な考えであり、あらゆる宗教を冒涜する物では無い。しかし、人が神を助けるという状況には是非とも遭遇してみたいものだ』
長い文章を読み、とりあえずクアンらしいなーという印象。
というか長すぎて眠くなってきたよ!
「お茶ですよー」
二つのコップを持って、一つを俺に渡してくれた。
「あ、ああ。ありがとう」
「何かわかりましたか? クアン氏って全ての物事を理解してて、予言者とまで言われてた人なんですよね。魔法でも使ってたんじゃないですかね」
「クアンは人間だよ。魔法……というか魔術は使えないんじゃないかな」
「冗談ですよ。この世界の過去に魔法なんて存在していたら今頃もう少し楽な生活ができたんでしょうね」
そう言ってアカネさんはお茶を飲んだ。
「これは『とある物語の登場人物』の話なんだけど、もしも火が燃える理由とか草木が育つ理由を全て頭の中にあれば、それらをつなげて結論を出すことができるんじゃないかな」
「ある物語って、それこそクアン氏の事じゃないですか。本当かはわかりませんが、クアン氏は全ての数式や原理が頭にあって、目の前の現象を一瞬で頭の中で当てはめて答えたって聞きましたよ」
濁したつもりだったけど、クアンってこの夢の中では有名なのかな。
夢と言っても『クアンと知り合いです』なんて言えないよな。
「それよりもサイトウ博士、人工魔術師の生成についてまとまりました?」
今なんて?
というかアカネさんはさっきから俺の事を何て呼んでいた?
「あ、その顔はまだ行き詰っている感じですね。はあ、さすがに第二のクアン氏と呼ばれたサイトウ博士でも人間が魔術師を作るなんてファンタジーな実験は難しいですね」
「あ、ああ。なかなか難しいな。ちょっと一人で考える時間をくれないか?」
「良いですよ。どうせ定時なので。あ、鍵は閉めてくださいね」
そう言ってアカネさんは一礼して部屋から出て行った。
『人工魔術師』って、確か誰かがパムレの事を呼んだ時に使ってた言葉だよな。そして俺の事をアカネさんは『サイトウ博士』と呼んでいた。
つまりここは……前世の記憶の中ということだろうか。




