ガラン王国で試験
⭐︎
青い空。白い雲。心地の良い風。そして。
『シャムロエ様、ご入場!』
すさまじい圧!
いつも兵たちが訓練に勤しんでいる訓練場だが、今日は別な理由で盛り上がっていた。
というのも、今日は俺とシャルロットの『剣と魔術の修行を行っても良いか決める試験日』である。
というか、見渡す限り兵士たちなんだけど暇なの!?
「き、緊張してきたわ」
隣でシャルロットが震えている。
「シャルロットは大丈夫だよ」
「そうは言っても、いざ本番となると」
「俺は昨日の夜まで寝てて、二日しか特訓して無いからね」
「うん、悪かったわ」
マジで反省して!
付け焼刃だろうが何だろうが、俺にとっては貴重な数日。
確かに俺が弱かったから気絶したと言われれば反論もできないが、かと言って全責任が俺とは限らない。
「さて、シャルロット。そしてリエン。見せてもらおうかしら?」
というかそもそもシャムロエ様は俺たちが本格的に修行することを許していない。
シャルロットが魔術を数日間で使えるようになるのは、まだ希望があった。問題は俺だ。
「まずは私から行くわね」
「あ、ああ」
そう言ってシャルロットは一歩前へ出た。
『どっちだと思う?』
『無理じゃね?』
『でも使えたらガラン王国は……』
そんな声がポツポツと聞こえていた。
「……はあ、はあ」
「どうしたの? ほら、魔術を使ってみなさい」
「待って……ください」
緊張のあまりシャルロットは息苦しそうだった。
……試してみるか。
「ストップ。シャルロット」
「え?」
「杖じゃない。剣を持って」
「け、剣?」
シャルロットの目は泳いでいた。多分今は何も考えられないのだろう。
だが、それで良い。
俺の言ったことをすぐに行った。
「剣を構えて」
「う、うん」
「シャルロット? 剣術じゃなくて魔術よ?」
「……」
しばらくシャルロットは剣を構えて静止した。
深く深呼吸をした。それで良い。
そして。
「……ありがとうリエン。『火球』!」
ボッ!
普段の練習よりもはるかに小さい炎が剣の先から出た。だが、その小さな火は誰がどうみても魔術で作り出した炎だった。
「え!」
「おお!」
「やりましたぞ!」
一瞬ざわつき、そして一気に歓声が響き渡る。
「ガラン王国にとうとう魔術が使える王族が誕生した瞬間だ!」
「凄い、まさかこんな短期間で!」
そんな言葉が飛び交う中、シャルロットは剣を鞘に納めて俺の方へ近づいてくる。
「ありがとう。いつも剣を持っていたから、なんとなくだけど落ち着くことができたわ。次はリエンの番よ!」
「ああ」
そして俺はシャルロットの入れ替わりに前へ出る。
正面にはシャムロエ様。イガグリさんの話だと、三大魔術師が二人もいるゲイルド魔術国家すら恐れるという人。
そんなすごい人が目の前にいるとは思えない。
というか、最近まで魚チャーハンを食べてた人だしなあ。
「正直シャルロットがちゃんと魔術を取得するとは思わなかったわ」
「でも、可能性はありました」
「そうね。でも問題は貴方ね。この数日でどれほど剣技を極めたのかしら?」
「たった二日ですが、意地を見せますよ」
そして短剣を構える。次の瞬間。
「あ、やっと見えました。リエンー頑張ってくださーい」
兵達の中からひょっこりと現れた母さんが手を振って応援していた。
「あ、店主さんだ」
「お、店長だ」
「え、店員さん?」
宿屋兼食堂ということもあるからか、周りの兵たちは母さんを見て『あ、知ってる人だー』という感じの反応をする。
「って、なんで母さんが来てるの!?」
変でしょ!
「なんでって、息子の活躍を見るのは母の務め。参観ですよ」
「そうは言っても時と場所というものがあるでしょ!」
そもそも母さんどうやって城に入ったの!?
そう心で突っ込んでいたら、予想外にもシャムロエ様が意外な反応をした。
「元気そうね」
「あ、息子がお世話になっています。シャムロエ様」
え、え、何この背景で『ゴゴゴゴ』って音が鳴ってそうな雰囲気!
二人とも目が怖いよ!
「どうやってここへ?」
「へ? 普通に門番の『ラルト副長』様に『リエンの様子をうかがいに来ましたー』と言ったら入れました」
「逮捕ね」
「だから、これ以上ラルト副長の罪を増やしたらダメでしょ!」
……。
「リエン、多分だけど、心の声がそのまま出てたわよ?」
え、嘘!?
「ふふ、面白いわね。さすが『あの』息子ね。私に対しても本音をぶつけるのは自信があるからかしら。それともただの馬鹿だからかしら?」
「リエン! 来るわよ!」
シャルロットが叫んだ。俺は反射的に短剣を鞘から抜いていた。
次の瞬間。
ギイイイイイン!
すさまじい音が短剣から鳴り響く。そして。
「ぐ……ぐああああああああああああ!」
一瞬時間が止まった様に思えた。
短剣で受け止めた衝撃が腕に伝わった。
その衝撃はすさまじく、腕が折れそうだった。
というかシャムロエ様の攻撃って剣じゃなくて、拳なの!?
「ん、やるわね。なら!」
「くっ!」
二発。三発と飛んでくる拳。
ギリギリの打撃を短剣で受け流す。初日の受け流す特訓が今になって役に立っている気がする。
「この短期間で? 凄いわね。なら!」
「があ!」
強打。しかしそれも短剣で受け止める。だが腕がとても痛い。
というか『大叔母様』なのに、どんだけ動けるの!?
やっぱり噂は本当だったのだろうか。この動きは素人の俺でもわかる。強すぎる!
「全部受け止めてる。正直認めたと言いたいけど」
「ならもう終わりにしませんか!」
「いえ、せっかくだし最後までやりましょう。私もここまで体を動かすのは久しぶりだからね! ていていていていてえええええい!」
すさまじい打撃の連打。徐々に気を失いかけてた。その時だった。
「……『深海の化物』!」
ばあああああああああああああああん!
そんな音が足元から鳴り響いた。
地面が割れて、そこから大きな触手が一本飛び出て、シャムロエ様に巻き付いた。これは……何だ!?
「ぬう、ああ、ふ、フーリいたたたた!?」
「シャムロエ様。横から失礼をお許しください。でもリエンはもう限界です」
え、このでっかい触手、母さんが出したの!?
「何をしたかわかっているの?」
「わかっています。ワタチがシャムロエ様に攻撃をしました。傍から見れば襲撃とも見える行為です」
「わかってないわね」
「え?」
「せっかく久々に体を動かす良い機会を止められたのよ? 知ってる? 女王の座を譲渡すれば自由になれると思ったらガランの象徴だーなんて言われて日々謁見だの会議だのに付き合わされて疲れるのよ。唯一の楽しみは『ミルダ』や『マオ』に手紙を送ったりなんだけど、最近『マオ』は放浪の旅に出ちゃって行方不明だしフーリあいたたたたたた! ちょっと触手がどんどん強く絞めてるんだけど!」
母さんの目が真っ赤なんだけど!
なんならそこから血が流れるほど充血しているけど!
「わかった! わかったって! これ以上は止めるからこの触手を消してよ!」
「わかりました。ではこれ以上リエンに手を出さないでください」
「わかったわよー」
そしてシュルシュルと音を立てて地面に触手が戻っていった。
その一部始終を見ていた俺とシャルロットは、正直震えていた。
「え、え、今の店主殿が出したの!?」
「母さんの術……だよな。え、何今の!?」
ただただ驚いた口が閉じない。
そんな驚いている間にシャムロエ様が俺の方へ近づいて来る。
「正直、さっきまでは本当に二人の修行について認めたくはなかったけど、リエンが私の攻撃をいくつか受け止めていたから認めてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」
「それとシャルロット。もちろん約束通りゲイルド魔術国家の魔術学校に短期入学することを認めます」
「あ、ありがとうございます!」
シャルロットの夢が一つ叶った瞬間だった。
「あ、リエンも魔術学校に入学してね。シャルロットの護衛として」
「なんで!? 完全にとばっちりじゃん!」
思いっきり突っ込んでしまった。
「ふふ、後ろの『お母さん』が目を光らせているから、特別に今の発言は親族の友人からの愉快な会話として受け止めてあげる」
「す、すみません」
そして、シャムロエ様が広間の中央に立った。
「ということで、兵士たち。先日からシャルロットは諸事情により一時的な不在だったけど、今日から本格的に長期的な不在となるわ。ゲイルド魔術国家へこれから遠征に向かうことになるから、各地への伝達班はガラン王国の大使館に通達しておくこと」
ザっと音を立てる兵士たち。これがきっと返事なのだろう。
「あ、ラルト副長の罪は全部取り消しね。以上」
「「「「…………ああ」」」」
この場にいるほとんどが『忘れてた』って反応してたよ!?
イガグリさんだけ笑いをこらえているけど!
ある意味一人の人生がかかってた試合でもあったからねこれ!
「やったわリエン! これで魔術の勉強がちゃんとできるわ!」
「そうだな。俺も剣術について……ん?」
待って、剣術ってどこで勉強すれば良いの? そもそもシャルロットの護衛でゲイルド魔術学校まで一緒に行かないといけないみたいだし、ゲイルド魔術国家に剣を習える場所があるのかな?
「あのーシャムロエ様」
「何かしら?」
「剣術の学校で一番良い場所ってどこでしょうか?」
「ガラン王国城下町の『テツヤ道場』という場所ね。ああ、でもリエンはシャルロットの護衛でゲイルド魔術国家に行くからしばらくは入門できないわねー」
完全にしてやられたよ!
心なしかシャムロエ様はニヤニヤしているよ! 仮面で顔は見えないけど!
「大丈夫よリエン!」
「シャルロット!」
何か良い方法が!
「ミルダ大陸を一周すれば辿り着くわ!」
「話す時は人の目見て話せー!」
こうして俺は正式に剣の修行と、シャルロットは魔術の勉強の許可が下りたのだった。
★
ガラン王国城下町の下水路。
そこは普段誰も人が立ち入ることは無い。強いて言えば年に一度掃除のために新兵が来るくらいである。
ただ、万が一襲撃があった時のための避難通路にもなっている。
ぽつり、ぽつりと聞こえる足音。
同時に布のようなものが引きずる音も微かに聞こえる。
「……誰ですか?」
「お久しぶりでございます」
「貴女はシャーリー女王様? そういえばあの広場で見かけませんでしたね」
ガラン王国現女王のシャーリー。冷静な判断であらゆる不正も見逃さないガラン王国始まって以来の切れ者である。
「この通路を歩いていてはワタチが犯罪者みたいですね。すみませんが見逃してくれませんか?」
「そもそも捕まえるなんて事は致しません『フーリエ』様」
「……ふむ」
思わず構えるフーリエ。
「それに貴女を捕らえるなんて兵達を使ってもきっとできないでしょう」
「どういう意味ですか?」
「それは貴方が魔ーー」
ビシイイ!
先ほどシャムロエを捕まえた触手よりもかなり小さい触手がピンと張り、シャーリー女王の首元付近で止まる。
「すみません。反射的に出してしまいました。ですが、これ以上の発言は」
「はい。そのつもりです」
「それで、何の用でしょうか?」
「いえ、ただ、『親として』挨拶をしに来ただけです」
そう言ってシャーリー女王は頭を下げた。
「ふつつか者ですが、これからも娘をお願いします」
そしてフーリエはため息をついた。
「はあ、リエンもなかなか面白い出会いをしたみたいですね。わかりました。お互い『母友』として協力していきましょう」
そして二人は軽く握手をした。
「……フーリエ様、その、血が」
「あ、すみません。こちらの布で拭いてください。うっかりしていました」
「いえ、それは構いませんが、大丈夫ですか? 結構な大怪我をしていませんか?」
フーリエはニコッと笑った。
「息子を助けるための代償です。これくらい安いものですよ」
そう言ってフーリエは下水路を進み自宅へ帰っていった。




