楽しい夕食
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夜になり歓迎会も兼ねてミリアムさんの自宅でご飯を食べることになった。
ついでにここで一夜を過ごすことにもなり、お世話になりっぱなしということで料理は俺たちが作ることになった。
「ねえリエン。私は手伝わなくて良いの?」
すっごい今更だけどシャルロットの作るご飯は人前に出して良い物では無いんだよね。最近は比較的良くなったけど。
「うん。パティと一緒に運んだりするのを手伝って」
「分かったわ!」
「はい!」
さて、厨房だが。
「ふむ、食材はミルダ大陸の物と地球の食材が半々と。エビと香辛料があるなら久々にあれを作りましょうか。リエン、今日はリエンも休んでて良いですよ」
「良いの?」
「久々に母親らしい事をしてリエンからの評価を上げたいのですよ」
それを言わなきゃ普通に良い母さんなんだけどね。
言われた通りにリビングに向うと、すでにミリアムさんが椅子に座っていた。軽く頭を下げて隣の椅子に座った。
「そうそう、これと言って大切な話では無いのだけど、ご飯を食べ終えたら少しお話できますか?」
「え、良いですけど」
ミリアムさんから俺に話。ちょっと気になるな。
と、そんな事を考えていたら入り口からクアンとフォルトナさんが入ってきた。
「あ、クアンちゃん。来てくれたんだね」
「食はクーの楽しみの一つだ。特にミルダ大陸の食文化は少し興味がある。家を壊された『些細な出来事』よりも他世界の文化に触れる方がクーにとって有益なのだよ。いや、むしろお釣りが来るくらいだな」
「要約すると『ご飯食べたい』です」
クアンはフォルトナさんを軽く叩いた。
そしてもう一度扉が開くとシャルドネさんが入ってきた。
「うわー、クアンもいるのね」
「シャルドネ殿よ。クーは特段気にしていない。と言うかすでにあの家はフォルトナのアホな実験で四度粉砕している。それにこの世界での君の実績はクーをはるかに超える。序列を気にするならばクーは君より格下であろう」
「この世界に来て上下関係はあまり気にしたくは無いわね。でもさっきの件を水に流してくれるなら助かるわ」
そう言ってクアンの隣に座った。
「この人数だしパティちゃんも椅子に座ってて良いわよ」
「わわ、ありがとうございますー」
そう言って。
パティは流れるようにシャルドネさんの膝の上に座った。
「「……ん!?」」
あまりの自然な流れにパティもシャルドネさんも我に返るのに一瞬間があった。
「ご、ごめんなさい。いつもシャルロットさんの膝上でご飯を食べていたので」
「え、今のガラン王国ってそんな感じなの? えっと、まあ、悪い気はしないし椅子も足りないからここで良いわよ?」
「え!?」
驚いて声が出てしまった。
「どうしてリエンが驚くのかしら?」
「いや、ガラン王家一族って小っちゃくてかわいい女の子を見たら膝の上に乗せるのが遺伝子に組み込まれている物だと思って」
「あー、私の母様はそうだったわね。ふふ、私はそんな性癖をもってはいないけれど、まあだからと言って子供が嫌いというわけでも無いわ。一緒に待ちましょうね」
「わー。なんというか、シャルロットさんよりもお姉さんって感じです」
ガッシャーン!
おいおい、今のパティの純粋な感想に見えないところでシャルロットはショックを受けてるよ。
と、そんな会話をしているとシャルロットと母さんが料理を運んできた。皿の上に乗っている料理は俺が今まで見たことも無い料理だ。皿の割れる音がした割には料理は無事みたいだね。
「蒸篭があったので肉まん。そして新鮮なエビを使ったエビチリ。ミルダ大陸の野菜関連はこの春巻きに。麻婆豆腐はパティ様もいるので少し甘めです。あ、杏仁豆腐も用意しましたよ」
俺の知らない料理名ばかりがぞろぞろと出てきた。え、まーぼー? なんて?
「待ちたまえフーリエ殿。これは全て地球の料理ではないか。しかも中華料理だ。君が厨房に立ったと聞いたからてっきりミルダ大陸の料理を堪能できると思っていたぞ?」
「期待を裏切ってしまったようですみません。しかしクアン様はこの世界に来て本格的な中華料理を食しましたか?」
母さんの目が赤く光った。かなり自信がある様子。クアンはそれを察して慌てていた。
「ああ、勘違いしないで欲しい。食べないというわけではない。むしろこれほど完璧な中華料理は見たことが無い。焼き加減から盛り付けまでまるでコンピュータグラフィックの様だ。正直に言おう。早く食べたい」
「はい。どうぞ冷めないうちに食べてください」
そう言って皆食器に触れて料理を口にした。
そのすべてがありえないレベルで美味しい。いや、美味しいという表現以上のものが思い浮かばない。
まーぼーどーふ? のこのタレは何だ? はるまきのこの細い麺は何だ?
「ふふふ、久々にリエンの驚く顔が見れて嬉しいです」
「母さんいつからこんな料理が作れるようになったの?」
「元々作れましたよ。ただミルダ大陸には材料が無かっただけです。それとこの料理の発祥の土地はチャーハンと同じです。リエンはまだワタチの料理の一割しか知らないだけですよ」
改めて母さんの知識に驚いたよ。
「久しぶりに妹の料理を食べましたが、さらに美味しくなりましたね。魔術研究所の館長になった時に出された料理とは雲泥の差ですね」
「あれはまだドッペルゲンガーの制御ができていない時なので!」
「わー。はるまき美味しいです! 中がふわふわです!」
「これ、ガラン王国軍の食堂でも出せないかしら」
そう言って美味しいという感想が溢れる中、一人ニコニコと笑いつつ料理に手を出さない人がいた。
「フォルトナさん、食べないの?」
「神である私は食を必要としません。空腹という概念がありませんからね」
「そうなんですか? 鉱石の神アルカンムケイル様はチャーハン職人として切磋琢磨してますよ?」
「え!? ちょ、それどういう事ですか!?」
そう言って母さんを見た。
「アルカンムケイル様は現在ワタチの部下です。あ、ついでにキューレ様もワタチの部下です。日々チャーハンを作ってお客様に振る舞ってますよ」
「ほほう。これは面白い情報だ。神と言うのは崇める存在だという概念が今この場で崩れたということだ。つまり運命の神フォルトナを助手として扱っても倫理的に問題は無いということだな」
「それとこれとは話が違います! あと倫理的に問題はあります! 実績があれば良いという考えは負の遺産って散々クアンさん言ってるじゃ無いですか!」
「ほう、まさか過去の自分の発言が武器になって来るとは。今後の発言は気をつけないとな」
笑顔が絶えない食卓。パティもシャルドネさんとシャルロットと一緒にご飯を食べて、母さんはミリアムさんと一緒に話ながらご飯を食べていた。
『リエン様よ。疎外感を感じるならあーんくらいするぞ?』
『一応女子の姿になれるぞー』
「変な気を使わなくても良いよ。こうして楽しくご飯が食べれて嬉しいだけだよ」
死に別れた姉と妹。時代の異なる祖先と子孫。共存とは縁のない人間と神。そんなおかしなペアがこの食卓では一緒になっている。
「なるほど。『離縁』ってそういう解釈もできるのかな」
「む? リエン少年。何か思いついたのかね?」
「あ、いや、本来出会う事が無い人たちが出会うきっかけを、俺の魔力が引きつけたとか。そんな自意識過剰な事を思いついたんだよね」
そう言って俺は『斎藤離縁』と書かれた紙を出した。
「運命の神としてはその解釈はとても正解と言いたいですが、できることなら運命を司る神の私がその解釈を言いたかったです。あの、今の無しってことで私が言っても良いですか?」
「運命的にクロノの腕を修復してくれるなら良いですよ?」
「大きすぎる対価!」
☆
食器洗いは母さんとシャルロットとパティが行う事になった。
クアンとフォルトナとシャルドネは自宅へ帰り、俺は約束通りミリアムさんと少し散歩することになった。
「色々とフーリエから話を聞きました。大半がリエンさんの話ばかりで、胸やけしそうでしたね」
「あはは。すみません」
「謝る事ではありません。私がミルダ大陸で命を落としてから今まで、フーリエは三大魔術師として生き、そして最近ようやく生きる糧を手に入れたのです。姉としてもう一度お礼を言わせてください」
頭を下げるミリアムさん。
「いえ、大したことは。それに母さんの下に赤子の状態で落ちたという偶然があっただけで、特別仕組んだわけでもないので」
「ですが、リエンさんはこの世界にフーリエを呼んでくれた。私も心の奥底では妹と会いたいと思っていましたし、クアンさんやフォルトナさんに頼んでミルダ大陸へ行く手段を探したりもしました」
そうなんだ。
「唯一禁忌をすり抜けて自力で行く方法は『ネクロノミコン』だけ。魔術が使えない人間ですら魔術を使う事ができる魔術書を使う。しかしその所在はつかめず諦めていたのです」
「あはは。本当に何でもできる本ですからね」
苦笑したがミリアムさんは一瞬真面目になった。
「そう。なんでもできる本です」
「え?」
その瞬間、周囲に陣が描かれた。
「安心してください。高濃度の『認識阻害』です」
「いや、でも、何で?」
「聞かれたくない人……いや、神が居るからです」
この世界における神はフォルトナさんの事だよね。
「フーリエが鉱石の神アルカンムケイルを支配していると聞いたフォルトナさんの顔は一瞬青ざめていました。そして時の女神クロノさんの腕の修復に関してはフォルトナさんは軽くあしらっていて非協力的です。もしかしたらこの先何かが訪れるのではないかと杞憂しています」




