ガラン王国先代女王シャルドネ2
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ガラン王国先代女王シャルドネ・ガラン。
シャムロエ様の実の娘で、文献では誰よりも強い拳を持っている……ってシャルロットが言っていた。
シャルロットがかつて在籍していたガラン王国軍もシャルドネ様の教えがいくつか残っているらしい。
「えっと、本当に俺は短剣を使って良いのですか? シャルドネ様」
「問題無いわ。それと、『様』はやめてもらえる? 子孫はまあ仕方がないけど、フーリエの子に呼ばれるのはちょっと背中がかゆいわね」
「わかりましたシャルドネさん」
軽く挨拶して母さんが広間の中心に立った。
「不可抗力での怪我は恨みっこ無しでお願いします。どちらかが降参するか、ワタチの判断で勝敗を決めます」
そして母さんは右手を上げた。
少し離れた場所でシャルロットとパティは見守っている。
俺には運命の魔力があるから、武道の達人でも防御はできる。後は隙を見つけて攻撃をできれば行けるはずだ。
「それでは開始!」
……そう。
……思った頃には勝負が終わっていた。
シャルドネさんは俺の腹に手を当てていた。特に強い打撃をするわけでも無く、ただ触れているだけ。しかしそれは全てを物語っていた。
本当なら俺の腹には大穴が空いていた。
おそらく本当に大穴が空いていたとしても、それすら気が付かずに俺は命を失っていただろう。
「慢心が過ぎましたねリエン。これが本当の強者です」
「一体何が起こったかわからない。運命の魔力が通じない?」
いつもならどんな攻撃も反射的に守っていた。今回も最初の攻撃を弾いてからどのように行動するかと考えていた。
が、それすらも考える暇は無かった。
「ふふ、その短剣の構えは私が軍にいた時の構えね。何年経過したかはわからないけど、私が生きた証拠が残っていて嬉しかったわ」
「待ってくださいシャルドネさん。今の攻撃は一体」
「攻撃はしていないわよ。あえて言うなら『思いっきりリエンに近づいた』だけよ」
近づいた?
「パティだったかしら。あの子の言ったように君も私に『心情読破』を使ってみなさい。答えはそこにあるから」
言われるがままに俺はシャルドネさんに『心情読破』を使ってみた。
相手の心を読む。つまり、先ほどの『思いっきり近づいた』という事が本当かどうかも確かめられる。
一体今シャルドネさんは何を考えているのだろう。
『 』
ん?
「えっと、ん? 術は正常だ」
混乱していると頭の上にフェリーがポンっと音を立てて現れた。
『ご主人ー。この人間は何も考えていないよー。というより、心が無い?』
「ふふ、心が無いとは心外ね。でもまあ間違いでは無いわね」
どういうことだ?
「人間は力を出す時に無意識に力を抑えこむの。私はあるきっかけの所為で考えたり悩んだりすることができなくなった。だからこうして君と手合わせをする際、手加減はできずに本当の意味で全力でしか動けない体になったのよ」
考えることができない体。
「えっと、精神が壊れたという事ですか?」
「そう。まあ生きるだけだったら別に苦労はしない変な力だけどね。あ、たまに野菜を握りつぶしちゃうかしら」
そう言ってニッと笑った。しかしその心は笑っていなかった。
「シャルドネ様、文献では岩をいともたやすく壊したと残ってますが、本当なのですね」
「そうね。あ、でもあまり酷使すると怪我するからゴルドに武器を作ってもらったわ」
それがこの短剣ということだろうか。
「リエン」
と、母さんに呼ばれた。
「正直なところ今後の事を考えると今シャルドネ様と手合わせできてワタチはほっとしています。リエンは名前によってあらゆる攻撃からギリギリ守れる能力を持っていますが、それすらも貫通する相手を前にどう思いました?」
「え、いや、凄い人だなって」
「もし同じ身体能力をレイジが持っていた場合でも同じことを言えますか?」
「!」
俺はその言葉に驚いた。
「知っての通りレイジははっきり言って強いです。シャルドネ様とどちらが強いかと問われれば難しいですが、一直線の戦法で戦うシャルドネ様と違ってレイジはあらゆる攻撃手段を持っています。運命の魔力を持っているから最初の攻撃を受け流すという甘い手段は今後気を付けた方が良いかもしれませんね」
別に母さんは怒っているわけでは無い。親として俺を注意してくれている。
「うん。気を付ける。シャルドネさんもありがとうございます」
「良いのよ別に。昔お世話になった友人の頼みだもんね」
と、そこへシャルロットが手を挙げた。
「次は私も挑戦して良いですか?」
「可愛い子孫の為だもの。良いわよ」
そう言って二人はある程度距離を離れて向かい合った。
「では二回戦目、シャルロット様とシャルドネ様の手合わせを行います」
「怪我しないように気をつけるけど、恨みっこ無しよ」
「はい!」
「はじめ!」
母さんの掛け声とともにシャルドネさんはまたしても人間離れした速度でシャルロットに近づいた。次の瞬間。
「『転んで!』」
ずしゃあああああああああああああああああ!
ばああああん!
☆
「全ての道はローマに通ずという言葉を知っているかい? あらゆる枝道があっても結局のところ道を辿ればローマという町にたどり着くのさ。つまり道というのは生きる上で重要な情報の一つ。そして文学においても道というのは色々な表現に使われる」
そう言ってクアンは長い棒を地面にたたきつけた。
「だが、『道が人の家を貫通する』という新しい慣用句ができてしまった以上、今後道という認識を改めなければならないな」
「私は悪く無いわよ! シャルロットが『転べ』って言うから!」
「ええ!? ご先祖様ともあろう人が子孫の所為にするんですか!?」
「ええい黙れ! クーの家を破壊した二人は同罪だ! と言うかここから何キロ離れていると思うかね? 漫画じゃあるまいし君の家の庭からスッ転んで地面をえぐりながらクーの家をぶち抜くとか意味不明な事をしないでいただきたい。それともミルダ大陸とやらはこれが普通なのか? だとしたら君の大陸の家は穴だらけなのか? 質量保存の法則が仕事をしない世界なら是非とも行ってみたいものだな!」
カンカンに起こるクアン。まあ、家を破壊されたんだし当然なんだろうけどね。
「あのあの」
と、パティが俺の服をツンツンと突いた。
「シャルドネ様はすっごい距離の地面を体でえぐって来たのですが、怪我とか大丈夫なのですか?」
「俺に聞かれてもって思ったけど、確かに大丈夫なのかな?」
と、そう思った瞬間、俺の視界にニュっとフォルトナさんが登場した。
「ご安心を。正直見るも無残な姿になっていましたが、私フォルトナさんが運命的な力を使って運命的に修復しました。いやー運命運命」
「運命便利すぎませんか。じゃあ運命的にクロノの腕を治せませんか?」
「人の怪我の治療と神の怪我の治療はまた別問題です。ちょっと事情が事情なので簡単なことでは無いのですよ。ということでクアンさんもそう怒らないでください。せっかく遠方からのお客さんなのに地面に正座させて可哀そうですよ」
「だが失った我が家はどうする。せっかくこのクーが時間を費やし書き残したクーの知識が破壊されたのだぞ?」
「全く。一度や二度の経験じゃあるまいし。という事でていっ!」
そう言ってフォルトナさんがクアンの家に何か術を唱えた。
みるみるうちに家は元通りになり、壊れてしまった本などもみるみるうちに修復されていった。
「え、フォルトナさんって運命の魔力の神ですよね? 家を修復って、創造の力……『神』の魔力の領域では?」
「クアンさんと生活しているとこういう知識もつくのです。運命は解釈次第では何かを生み出す。一番簡単な例は生命ですね。人と人が出会う運命に、命が生まれる運命。運命という魔力は何かを誕生させることも可能です」
そしてクアンの家に指を刺した。
「で、運命的に家が修復されて運命的に本も修復されたということです」
「運命の安売りしすぎて運命関係無くなってない!? 大丈夫なのその運命!?」
もはや運命ってなんだっけってなるよ!
と、そう思っていたらクアンがため息を漏らした。
「一応補足すると彼女の言っていることは『間違ってはいない』。ただ強引な解釈に過ぎない。壊れた家は周囲の草木が魔力によって突然成長しそれが偶然以前の家のように形成。本に関しても空気中の魔力が結晶化し、偶然色合いがクーの書いた部分は黒く、それ以外は白くなる。ありえない偶然の連鎖を運命の神は強引に現実へ持ち込んで証明したまでだ。シャルドネ殿の大けがも周囲の魔力が変化して怪我を癒す魔力となって傷一つ残らず元通りになった。それがあの運命の女神ということだ」
想像以上の状況に驚くしかできなかった。
俺の名前に込められた『離縁』という運命の魔力はあらゆる攻撃を守ったり、大きな問題を無意識に避けたりするものだけど、本当の運命の魔力ってもっと凄い物なんだな。
「あ、リエン。ちょっとワタチがそろそろ帰って来るのでちょっと隠れてますね」
そう言って母さんは走って遠くに行った。
「む? 君の母親はお手洗いか? それなら方向は異なるが」
「あ、いや『人間の母さんが』ミリアムさんと一緒にこっちに来ているんだと思うよ」
「人間の母さん?」
そう言った矢先、シャルドネさんが作った道を辿ってミリアムさんと母さんがこっちに来た。
「ただいま帰りました。まさかシャルドネさんの家とクアンさんの家を直結させる道が一瞬で生まれるとは思いませんでしたね」
「道は大事です。後は少し加工をして歩きやすい様にすればもっと良い道ができますよ」
クアンは俺と母さんを交互に見た。
「目の色が違う。いや、世界には三人同じ顔を持つ者がいる。ん? それにしてはありえないレベルで同じだ。どういうことだ?」
この後ドッペルゲンガーについてクアンさんに説明したけど、説明してもなかなか納得してくれなくて結構大変だった。




