ガラン王国先代女王シャルドネ1
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母さんとミリアムさんは部屋から出て二人だけで会話をしたいとのこと。まあ、数百年ぶりに再会して積もる話もあるでしょう。
そして俺とシャルロットとパティはクアンとフォルトナさんの部屋でコーヒーを飲んでいた。
「さて、感動的再会にお涙頂戴な場面も見れてクーとしては満足だ。先程の話の補足でもしてあげよう」
「補足?」
「一刻を争うという言葉はいつ終焉を迎えるかわからない場合に用いるのが正しいと思っている。その点リエン少年は今回の件についてタイムリミット。つまり制限時間がある。万全の準備を整えてからレイジに挑んだ方が安全に作業を進められると思わないかい?」
「なんだかよくわからないけど、クアンちゃんのお話を聞けばいつまでにクロノちゃんの腕を取り戻せば間に合うって事よね!」
「その通りだシャルロット少女。先程言った通り地球の時間は巻き戻ったのではなく、切断されてしまったのだ。それをくっつけるのが今回の大まかな目的であり、ミルダ大陸の時間でいつまでやれば良いという計算は実の所とても簡単なのさ」
もしかしたら一か月以内とか、二か月以内とかだろうか。一年以上あればシャムロエさんに協力を要請して兵を集めることはできるだろうか。
「ずばり、十二年だ」
「そうか。十二……え、十二年!?」
思ったより長い! そして中途半端!
「えとえと、どうして十二年なんですか?」
「うむ、君たちは『リュウグウジョウ』へ行ったことはあるかい?」
リュウグウジョウって、確かタマテバコを取りに行った場所だよね。海の地の深海にあって、ミズハさんが住んでる場所だよね。
「そこの運命の神フォルトナの情報では、そこに住むリュウグウジョウの管理人乙姫ミズハが転移した日時が今の地球の西暦から十二年先。本来そこでミルダ大陸に転移するはずがそうならない場合、今のミルダ大陸から乙姫ミズハが消えてしまうということになるのさ」
まさかここにきてミズハさんの名前が出るとは思わなかったよ!
そしてサラッと言ってるけどミズハさん存亡の危機じゃん!
「え、でもミズハさんの存亡と俺やパムレが消えるのって全然関係ない様に思えるんだけど」
「連鎖反応さ。乙姫ミズハがミルダ大陸に転移しないことで様々な関係に影響を及ぼす。例えばリュウグウジョウで出会った人間同士結婚をして子孫を作っていた場合はそれらにも影響する。もしかしたら乙姫ミズハが消えた後、君たちは無事かもしれないが、無事では無いかもしれない。こればかりはクーの知識だけでは断言できないが、唯一言えるのは『最低限』の危険要素ということだ」
と、とにかく思ったより時間があってほっとした。
「とはいえ、実の所今の案はミルダ大陸だけに限った話だ。視野を広げてこの世界の事を考慮すると少しだけ事情は変わってしまう」
「え?」
そう言ってクアンは紙を取り出し、三つの丸を描いた。そして一つは『この世界』、一つは『ミルダ大陸』、一つは『地球』と文字を書いた。
「この世界はフォルトナ助手のうっかりで作ってしまった死者が集う場所だ。知っての通りミリアム女史は亡くなっていたからこの世界に来た。ミルダ大陸の死者がここへ集う分には問題無いが、地球の者が何かの拍子にここへ来た場合は少々影響が出てしまう」
「チキュウの人?」
「この世界には現在の地球の暦で一年や二年後に亡くなっている人もいる。しかし、現在の地球の暦はそれより前だ。今はフォルトナの力で地球からこっちの世界への門は閉じているから影響は無いものの、レイジが悪さをしてこの世界の門をこじ開けた場合は話が変わってしまう。同時に十二年というクーの出せる最低保証期間も意味を無くしてしまう」
そうか。ミルダ大陸の時間軸で考えていたけど、この世界はチキュウの人間も沢山いるんだもんね。
「つまり、一刻を争うということだね」
「優秀な生徒はとても教えがいがある。素晴らしい答えだ。是非ともフォルトナ助手の代わりに君がクーの手伝いをして欲しいものだ」
かかかっと笑うクアン。それに対しフォルトナさんが『そんなー』と涙目である。
「クアンちゃん、ちょっと良いかしら」
「む? どうしたシャルロット少女」
「ミリアムさんのように亡くなった人がいるって言ってたけど、もしかしてガラン王国の……私のご先祖様もいるのかしら?」
「ふむ。この世界はフォルトナ助手が無差別に選んだ人の魂を組み込んだ世界だ。その中にいればいるだろう。そうだな……君の金髪をした女性は一人いるな」
「会っても大丈夫かしら?」
「む? 別に問題は無いだろう。すでにリエン少年の母親が証明している。だが親密な故人ではなく見ず知らずの先祖と出会っても有益な情報は聞きだせないと思うぞ? 血縁関係と言えど一度も会っていなければ他人同様だと思うが?」
「ただお話をしたいだけなの。時期女王としての心構えとか、先人の先輩の意見は大事だと思わない?」
「確実な答えは歴史を紐解けば良い。が、個人のモチベーションというのは数式では解明できない。君の考えも面白い考えだな。良いだろう。簡単な地図を書いて渡そう」
☆
クアンから手書きの地図を貰い、その場所へと向かう事になった。
と言ってもクアンの目で見てシャルロットに一番見た目が似ている人物に出会うだけで、先祖と決まったわけでは無い。
「ん? あれは」
歩き進むと、そこには母さんが手を振っていた。
「話は聞きました。シャルロット様の先祖らしき人と出会うのですよね。ワタチはガラン王家に詳しいので本人確認の為にもご一緒しますよ」
「それは嬉しいけど、店主殿、お姉さんとの時間は良いの?」
「色々と十分お話しましたし、ミリアム姉様もお仕事で忙しいので、続きは夕飯時にとなりました」
ニコニコと笑顔の母さん。久しぶりにお姉さんと会えて嬉しかったのだろう。けど、妙に笑顔がぎこちない。というより、表情がずっと変わらないんだけど。めっちゃニコニコなんだけど……。
「あのあの」
「何ですかパティ様」
「悪魔の魔力を感じるのは気のせいですよね」
「ななななな何をいいいいい言ってるんですかパティ様ははははは」
すっげー動揺している。
「母さん、めっちゃニコニコしてて目がうっすらとしか見えないんだけど、目を見せてもらっても良い?」
悪魔の母さんと人間の母さんを見分ける方法は目を見れば分かる。赤いか水色かだ。
「開けてますよ。ミリアム姉様に会えて嬉しくて目が細くなっちゃったんです」
「そうなんだ。じゃあできればやりたくない手段だったけど……『セシリー』と『フェリー』。今の母さんは人間らしいから抱き着いてみて」
『リエン様よ。本来ありえぬことだが、ここまで雑な命令が下ると精霊でも鬱になるぞ?』
『夢の中で毎回食べてやるー』
ということで、俺の中に眠る精霊ズは目の前の母さんを悪魔認定した。
「くう、さすが我が息子。一瞬でワタチがドッペルゲンガーだという事を見破るとは、腕を上げましたね」
「だって母さんが近くに来ると頭の中でセシリーとフェリーが転がるんだもん。気を使って我慢してくれてることもあったけど、毎回可哀そうに思えるんだよね」
『リエン様よ! バレていたのか!?』
『一応主従関係だから気を使ってたー』
帰ったらマリーさんに何とかできないかお願いしようかな。あと精霊ズを少し労ってあげよう。
「で、どうしてドッペルゲンガーの術を使ったの?」
「簡単です。この世界にも『寒がり店主の休憩所』を開くのです。ミリアム姉様もいますし、クアン様との情報共有もできますし、便利でしょ?」
はっきり言ってズルい能力だとは思うけど、何も言うまい。
「店主殿の負担は大丈夫なのですか?」
「流石にいくつかの世界を跨いでいるので視界がやばいですが、慣れれば大丈夫です。それよりもシャルロット様のご先祖候補の人に会いに行きましょう」
全くこの母親は強引である。
☆
地図に書かれた場所に到着すると、そこは小さな一軒家と畑があった。
ぽつぽつと人もいて、タプル村の様な雰囲気が感じ取れる。
シャルロットが扉を二度叩くと、中から女性の声が聞こえた。
「この時間に来客は珍しいわね。一体誰かしら?」
出てきたのはシャルロットと同じく金髪の少女。シャルロットと違うのは髪の長さで、相手は少し短い。どちらかと言うとシャムロエ様にそっくりだった。
金髪の女性は母さんを見て話しかけた。
「あらミリアム。貴女の知り合いだったの? って、少し髪型変えた?」
「ワタチはミリアム姉様ではありません。とてもお久しぶりですね、『シャルドネ様』」
シャルドネ。母さんはそう言った。
「その声……へ、フーリエ!?」
「店主殿、今『シャルドネ様』って」
度々話には出ていた名前。確かシャムロエ様の娘で先代女王だっけ。
「と、とりあえず中に入って! 今お茶を出すから!」
中に案内され、俺たちは椅子に座った。
シャルドネと呼ばれていた女性はお茶を持って俺たちに渡してくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。誰だと思ったらまさかフーリエが来るなんて思わなかったわ。もしかしてこっちの世界で転生したの?」
「複雑な事情はありますがワタチは今のミルダ大陸から来ました。ワタチにとってシャルドネ様は数百年振りということになりますね」
「そうなの。ここに来て突然独りぼっちだったから貴女のお姉さんには色々と世話になっているわ」
「それは良かったです。姉とシャルドネ様は……生前色々あったので関係がぎくしゃくしていると思ってましたから」
過去に何かあったのだろうか。深くは聞かないでおこう。
「それで、この三名はどちら様かしら?」
「黒髪の青年はワタチの養子でリエンです。そしてこっちの角の生えた女性は友人のパティ様です」
「こんにちは」
「あわわ、初めまして」
「ええ。よろしくね」
そして最後に、と母さんが言おうとした瞬間シャルロットは立ち上がった。
「シャルロット・ガランです。シャルドネ様のお話は大叔母様のシャムロエ様から伺ってます」
「へ、母様から? というかまだ生きているのね。流石原初の魔力の影響は凄いわね」
思ったよりあっさりだった。王族だからもっとかっちりしている物だと思ったけど、シャルドネ様はそういう人じゃないのかな?
「シャルロット。そこまでかしこまらなくて良いわよ。私は王族だったけど、母様とトスカさんの間に生まれた娘にすぐ女王の座を渡して隠居してた身。ガラン王国の城に住む前は冒険家だったし、それほど王族らしい暮らしはしていなかったのよ」
そう言われて窓から覗く畑を見た。
確かに王族という割には全然そんな感じがしなかった。
「ん? リエン……だったかしら。その腰の剣は」
そう言ってガラン王国の秘宝の短剣を見た。俺はその短剣を取り出しシャルドネ様に渡した。
「確かガラン王国の秘宝の短剣で鉱石精霊が作ったって言われてます」
「うっわ! 懐かしい! 確かその辺で売ってた短剣を私が買って、それをゴルドが加工したのよね。え、秘宝ってそんなことになってるの!?」
え、その辺で売ってる短剣……?
情報が理解できない。シャルロットが恐る恐る質問をした。
「確か文献だと、この短剣を使って旅に出て世界に平和をもたらした。最初の所有者はシャルドネ様だったと思いますが」
「見た目がやたらキラキラしていると変な物語が付きまとう物なのね。でもまあ確かにこの短剣は私が使ってたし、これを使ってゴルドと大陸を歩いていたわ。いやー、懐かしいわね」
だんだん秘宝が果物ナイフに見えてきたんだけど! いや、時々果物切ってたけど!
「というかシャルドネ様ってゴルドさんと知り合いなんですね」
「へ? リエンたちも知ってるのあいつ今何してるの?」
鉱石精霊をあいつ呼び。凄い。
「確か、武器屋兼防具屋兼鉱石精霊兼鉱石鑑定士兼チャーハン職人の息子やってます」
「元気そうでなによりね。あ、突っ込まないわよ」
すげー冷静に返されたんだけど! 何か俺が滑った感じなんだけど! ちゃんと説明したのに!!
「あのあの、一つ質問をしても良いですか?」
「何かしら?」
パティが目を金色に輝かせてシャルドネ様を見ていた。『心情読破』を使っている?
「恐れ入りますが……シャルドネさんからは一切の魔力が感じられません。それに、『心情読破』も通用しません。何か特別な能力を持っているのですか?」
クアンは魔術が使えない。それはチキュウ出身だから魔力を持っていない。しかしシャルドネ様はミルダ大陸出身だったはず。なのに魔力を持っていないし、『心情読破』を使っても通用しない? どういうことだ?
「ふむ。またとない機会なので、リエン。シャルドネ様と手合わせをしてみてはいかがですか?」
「え?」




