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腕の治し方4

 ⭐︎


「ということで久しぶりねクアンちゃん! 元気だった?」

「君は小さい体系の人間にすぐ抱き着きたくなる性癖の持ち主か。それならばそこ二人にでも抱き着きたまえ。クーはこれでも忙しいのだよ」

 唐突な訪問。そして本棚の破壊をしてしまい、早速後片付けを行ってようやく一息。前回会った時は助言だけ貰って終わっちゃったけど、よく見たらシャルロット好みの小さい女の子なんだよね。

「あのあの、ご挨拶が遅れました。パティと言います」

「角の生えた少女か。おっと、申し遅れた。クーはクアンだ。この世界では学者だ。そして君は……」

 クアンは母さんを見て少し考えた。

「君があのミリアム女史の親族というのは一目見れば分かる。が、肌の色つやからは子孫では無い。似すぎている。ふむ、となると君はあのミリアム女史の妹か」

「『心情読破』を使わずに相手の素性を知るとは恐れ入りました。ワタチはミリアムの妹のフーリエです。見たところミルダ大陸の人間では無いようですが、マオ様の様な魔術を使わずにどうやって会話を?」

「元々会話に魔力は必要としない。この世界での意思疎通では魔術が一般的だが、そんな非効率的かつ高燃費な方法で意思疎通するくらいなら言語の一つや二つ覚えた方が早いと言うだけさ」

 そう言ってクアンはコップに飲み物を入れた。

「コーヒーで良いか?」

「お、お構いなく」

 そう言ってクアンは黒色の飲み物をコップに入れた。

「あ、リエンとパティ様には砂糖を貰えますか?」

「む? ミルダ大陸の世界の住人なのにコーヒーを知っているのか」

「ふふ、実はチキュウにも数十年滞在していました。手伝いますよ」

「ほう。ミリアム女史と比べるのは失礼だが、君はとても気が利くでは無いか。本当は君が姉なのでは無いのかな?」

 コーヒーをコップに入れてそこに四角い白い物を入れた。

 一口飲むと少し苦い。けど、香ばしい香りが漂っていた。

「本題に入るけどクアンちゃん。貴女の頭脳を借りたいの」

 シャルロットが話始めた。

「クーの知る限りの知識は提供しよう」

 想像以上にあっさり引き受けた。てっきり何かを要求してくると思っていた。

「本当なら対価として何かを頂きたいが、恩人のミリアム女史の妹がこの場にいる以上協力は惜しまないさ。それにミリアム女史の妹の目の動きから察するにここへは別件として姉に会いに来たと言った感じだろう」

「うっ」

 母さんが苦笑した。

「恥ずべきことではない。本来会う事ができない者に会うというのは人類の夢だ。数学では表せない感情という理論はとても複雑であると同時に単純でもあるのだよ。クーとしてもミリアム女史に恩を返すという意味では君を案内することで利益があるとも言えよう」

「クアン様の言う通りです。本当なら今すぐ会いたいですが、まずは本題から勧めます。事は一刻を争うので」

 ニヤリとクアンは笑った。

「優先順位がしっかりしているというのはとても良い事だ。そして幸か不幸かミリアム女史は現在集落の長を集めて会議を開いている。急ぎの用事でなければ本題とやらを進めた方が良いだろう」

 マリーさんとは違ってクアンは全て先読みをしている感じだ。苦手では無いけど、話しにくいな。



「時間の魔力を司る女神の腕が損傷したから修復したいの」



「人間にそんな高次元の質問をして答えが来ると思っているのか?」



 あっさりと切られてしまった。

「え、でも、マリーがクアンちゃんなら分かるって」

「マリー……あの紫髪のマリー女史か。はあ、金髪の少女よ。マリー女史の話した内容は少し解釈違いだ。クーは神の腕の修復方法を知らない。あらゆる可能性をつなぎ合わせて答えを導き出すだけだ。そのほとんどが正解となるが、神や魔術の分野に関してはクーの知識は逆に邪魔になる」

「つまり、わからないの?」

「今は。だ。あと五秒後に運命の神フォルトナが訪ねてくるから待ちたまえ」


 そして五秒後。


「クアンさーん。お肉仕入れてきましたー。今日はシチューですよー」



「さて、楽しい実験をしようではないか。こいつも『神』を自称しているからまずは腕を切り落として修復を試みよう。もし成功すればその時の女神とやらの腕も修復できるだろう。何事もトライアンドエラーだ」



「ちょ! え、お客さん? あ、リエンさんじゃないですかー。って、え、どうして皆さんこっちを見て……えええええ!?」


 ☆


「とまあ、冗談だったわけだが」

「フォロー遅いですよクアンさん! 特にこっちのミリアムさんにそっくりな人はマジで腕を取りにかかりましたよ!」

 うん、母さんの目は本気だった。いつの間にか俺の腰に装備していたガラン王国の秘宝の短剣が無くなってたもん。

「おやおや、これは面白い魔力のお客様ですね。まさか同業者さんがいるとはー」

「あわあわ」

 パティに近づくフォルトナ。そう言えば運命の魔力と龍の魔力って種類としては同じなんだっけ。

「神の魔力を持つ神の『女神』様と同様、龍の魔力を持つ神の『ドグマ』様も行方不明ですし、神様って自由気ままですよね」

「おいフォルトナ助手。おそらくだがサラッと大事な事を言っているようだけども本題とは無関係の事を言わないでもらおう」

 うん。龍の魔力の神って絶対何か大事な状況で遭遇しそうな単語だよね。一応覚えておこう。

「だが喜べフォルトナ助手。クーすらわからず君にしかわからないとても困った質問があるのだ。これがわかれば汚名返上かつクーからは特別にご褒美を進呈しよう」

「本当ですか!? こんなブラックな職場でせっせと働かされている神様は他にもいませんよ?」

 どうしよう。ミルダ大陸にはチャーハンを必死に作っている神様と精霊が居るんだよな。しかもその店主はここにいる俺の母さんなんだよね。

「なんでも聞いてくださいクアンさん。汚名返上名誉挽回ついでにご褒美チャンスとなれば禁忌とされる内容以外は全部答えますよー」

「その心意気や良し。対象は時の女神クロノだ」

「はあ、クロノ様ですね。ふむふむ」



「腕を損失した時間を司る哀れな神がいるらしい。完全修復方法を言え」



「はい。禁忌ですね。無理です答えられません。私はご褒美をもらえない哀れな神様決定ですよー」



 あきらめるの早いな!

「えとえと、運命の神様の魔力や、他の神様の魔力でも難しいのですか?」

「私の音の魔力で『にゅっ』と生やすとか」

「神を何だと思っているのですか? 植物じゃないんですよ。それにクロノ様の腕は過去と未来を象徴しているのです。片方が失われたら過去か未来が消え去り崩壊するのですよ?」

 つまり片腕が未来。片腕が過去。そういう事かな?

「過去か未来が失われたら、それって結局は今も失われない?」

「ご名答。と言いたいですが、話を聞く限り変なのですよね。クロノ様の腕が失った場合、この世界の人間にも多少なりとも影響は出ます。にも関わらず平常運転です。『心情読破』を使った限りでは確かにクロノ様の片腕は無くなっていましたが、それは本当に単なる損傷なのでしょうか?」

「どういうことだ?」

「確認させてください。クロノ様の腕の損傷によって周囲にどのような影響が出ましたか?」

 えっと、確かパムレの話では地球に到着した際に、時代風景が変わっていたと言っていた。

 でもそれはクロノさんの腕の影響って言われてたけど。

「黒髪の少年。今思い浮かべた内容を単語で良いから良いたまえ。全てつなぎ合わせよう」

「え、うん」

 パムレから言われた内容を簡単に答えた。ついでにマリーさんが言っていた内容や、俺の持つ『齋藤離縁』と書かれた紙についての話も簡単に答えた。

「あらゆる可能性から一番高い回答を提示してあげよう」

 クアンはそう言って一枚の紙を出した。

「時間軸がズレた。本来地球での西暦は二千年の時、ミルダ歴は八八十年だった。そしてそれから四百年の月日は流れ黒髪少年の住む世界はミルダ歴一二二六年。一方で今の地球の西暦は話を聞く限りだと二〇一〇から二〇二〇年だろう。その間の歴史はまるでハサミで切り取られて後方に押し込んだ形ということだ。つまり、即効性のある解決方法としては、ミルダ大陸のミルダ歴のある部分から切り取って現在の地球の西暦に合わせれば良いというのがクーの答えとなる」


 すげー長い解説!

 ぜんっぜん理解できない!


 時間を押し込む。ということだろうか?


「だが一つ説明のつかない部分が存在する」

「と言うと?」

「クロノとやらは腕が無くなった。フォルトナ助手の発言では腕が無くなればそもそも世界が無くなる。そして現実として君たちは生きている。これらを踏まえて君たちに質問だ。クロノとやらの腕は本当に損失なのか?」

 え、そんな事を言われても。実際見たわけじゃないし。

 と、そう思っていた矢先、母さんが手を挙げた。

「それについてはワタチがこの目で見ました。不意打ちを受けたクロノ様は腕を損失し、何とか耐えている様子でした」

「ほほう。腕を無くした場面を見た証人もいると。ではその不意打ちに何かありそうだ。その不意打ちをした人間の名前は?」


「レイジ……です」


 母さんがゆっくりと言った。

「さて、ほぼ答えは出た。君たちは彼にしてやられたんだ。クロノは腕を切り落とされたのではなくレイジによって『奪われた』。それを使って何かを企んでいるのだろう。神を人と同じ構造で考えずに概念として考えれば自然とこの答えは出る。そして特殊な方法で外された。つまり磁石をくっつけるように取り戻してつければ万事解決ということだ」

「腕が奪われた。しかも特殊な方法で……」

「クーからの助言は以上だ。それとも何か質問はあるかな?」

 俺からは特に思いつかなかった。 

 が、シャルロットは手を挙げた。


「クアンちゃん、どうして不意打ちをした者が『人間』って分かったの?」


 その質問にクアンは驚いた。同時に俺も驚いた。確かにクアンは人間って言った。別に俺たちはそこまで言ってはいなかった。

「あはは、種を明かそう。実はすでに答えは出ていた。ついつい口走ってしまっただけなのだよ。君たちを試したわけでは無いが、実の所『レイジ』にはクーも少々因縁があってね。神という非科学的で説明のつかない存在に対して何かできるのはマリー女史と『レイジ』しかいないと思っただけさ」

 ということは、すでに母さんがレイジの名を言う前にクアンは答えを見つけていたのか。

「でも、俺はキューレさんにクロノの腕の修復をって言われて原初の魔力を持つ魔術師を集めたり色々させられたんだけど」

「ふむ、この世界に来てクーは目に鱗ができるくらい色々な経験を積んだよ。魔術を使える者の固定概念。魔術が使えない者の固定概念。それぞれこれはこうと思う常識がある中で神は絶対という固定概念が邪魔をして今回の混乱を招いたに過ぎない。クロノの腕が無くなったら世界は崩壊する。しかし現実として崩壊していない。それら根拠は全くもって存在せず神々がそう言っているだけに過ぎない。そして唯一神や精霊が考えもつかなかった現象である『人間が神を超えてしまった』という事実を神々は未だ信じていないのだろう」

 その言葉にフォルトナさんは震え出した。

「さて、レイジは何かを利用してクロノの腕を保管している。そして切り離された時間は刻々と進んでいる。これらを元に戻すためにはレイジを探して腕を取り戻す。それがクーの答えだよ」

 そう話してクアンは立ち上がった。少し離れた場所に椅子を置いて、そこに座り始めた。

「クアンちゃん、どうしてそこに移動したの?」

「少し話疲れたから休憩もかねて命の恩人の泣き顔を拝む準備だよ。クーにとって数学や化学はあらゆる原理から成り立つルールに過ぎない。魔術も魔力という未解明な物質の変化からルールによって何かが発生する現象。ルールというのは単純な口約束では無く、絶対だ。だが、そんな絶対をぶち壊す瞬間を目の当たりにするときこそ、クーにとって一番の有意義な時間なのだよ」


 クアンが扉を開けると、そこには水色髪の少女が立っていた。


「クアンさん。突然呼び出して何事ですか。こっちは集会での意見を集めて……」

 

 水色髪の少女は同じ水色髪の少女を見た。どちらも水色の瞳をしていて、何もかも似ていた。

 俺は一度会ったことがある人だが、改めて思った。姉妹だと。


「ふ……りえ?」

「ミ……アム……姉様!」


 その瞬間だけは思った。

 目の前でミリアムさんに飛び込んだ少女は母さんでは無く、小さな子供だと思った。


「ようやく、ようやく会えました。ワタチは、ワタチはあああああ!」

「え、本当にフーリエ? うそ……フーリエ!」


 しばらく泣き止まない母さんを見て、俺も少し泣きそうになってしまった。

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[一言] うわあああああああん!!!!!(号泣)
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