腕の治し方3
夜になりまもなく寝ようとした時だった。
扉が二度叩かれて、外から声が聞こえた。
『リエン。入って良いですか?』
「母さん? いいよー」
そう言って母さんは入ってきた。
「仲良しなのは良いですけど、四人並んで川の字ってどうなんですか? 一応リエンは男性ですよね?」
「部屋の大きさ的に仕方がないの! と言うかこういう日に限ってお客さん多かったんだし、そもそもお客の管理をしている母さんは知っているでしょ!」
布団が四つ並んでいて左からパムレ・シャルロット・パティ・俺の順番となっている。
「……パムレはそもそも寝る必要ないからもう少し広くできた」
「駄目よ。私は両手に可愛い子がいないと寝れないのよ。ちなみに就寝前にはリエンからセシリーちゃんとフェリーちゃんも召喚してもらうからね」
「俺寝るときも魔力消費しないといけないの!?」
「ジョウダンヨ」
絶対本気じゃん!
あと勝手に両手に少女いないと寝れないとか言ってるけど、今まで散々一人一部屋だった時もあったし、俺と出会う前はガラン軍騎士団長だった人だからね君は!
「って、店主殿……その目」
シャルロットの声に俺も気が付いた。
母さんの目はいつもの赤色では無く、澄んだ水色だった。
「わわ、店主さん。目の色が違うと雰囲気も変わりますね」
「……フーリエ、出発は明日。別に急ぐ必要は無いと思うけど」
うーん、パムレの言う通りなんだけど、何かあったのかな。
「この体は普通の人間の体で、睡眠を必要とします。行く前に一度ちゃんと寝ようと思っただけですよ。パティ様、隣失礼しますよ」
そう言って俺とパティの間にぐいぐいと入ってきた。と言うか俺の布団の半分を母さんが占領したんだけど!
「暖かいですね。こうしてお布団に入るのは何百年振りでしょうか」
「へ?」
「知っての通りワタチはミルダが普段いる部屋の近くで氷漬けになっています。常に冷たい状態なので、他のワタチは厚着をする必要があります。手足は常にかじかんでいて、しばらく暖かさに触れることがなかったです」
そう言って母さんは目を閉じて行った。そしてそのまま寝息を立てて寝てしまった。
「ふふ、店主殿もこうして寝るとまるで子供ね」
「店主さんはワタシよりも苦労しているのですよね。仕方がありません。今日はリエンさんの隣を譲ります」
「リエン……いつからパティちゃんの隣が定位置認定されたの?」
「おいまて、パティ最近シャルロットを怒らせる事を楽しんでない?」
☆
翌朝。
魔術研究所の大広場には大きな絵が描かれてあった。
「あの中心に立つのよ。カグヤが術式を唱えたら、リエンは真っ先にクアンを思い浮かびなさい。光の魔力の神『ヒルメ』の影響も少し使っていけば、名前に込められた魔力くらいは弾くことはできるわ」
「わかりました」
「それとフーリエ」
「はい」
マリーさんは母さんを見て話しかけた。
「我儘を聞いてあげたんだから帰ってきたら三大魔術師の仕事の八割はやりなさい」
「お断りします。二割なら引き受けます」
そして唐突に始まる仕事の交渉。しまらないな!
と、そこへ鈴の音が聞こえた。この音は確か。
「見送りに来ました。リエンさん」
「ミルダさん? それに隣にはプルー?」
「主の見送りくらいはするさ。それに、時の女神クロノの腕の修復に関してはプルーも他人事ではない。君たちが帰って来る頃には少し楽ができる程度には頑張ろう」
「ありがとう」
そう言って俺、シャルロット、パティ、母さんの四人が陣の中心に立った。
「……フーリエ、くれぐれも」
「マオ様に言われなくても。ワタチはワタチの目的を達成するだけです」
姉と会う。それが母さんの願い。
「じゃあお願いします」
「カグヤ」
「分かったわよ。そこの魔力お化けも力を貸しなさい。どうせ有り余ってるでしょ」
「……パムレット二個で手を打とう」
そう言って周囲は光出した。
やがて意識は遠くなり、気を失った。
☆
『やほー』
「うわー、最悪の目覚めだ」
目の前には少年の様な人影。しかし声には聞き覚えがあった。
「カンパネか。何の用だよ」
『おいおい、ひどいじゃ無いか。転移とか気を失ったときじゃないとお話しできないレアな状況だよ? 友人との出会いに祝福しなきゃ』
「友人とは思っていないんだけど」
『そうだった……ボクたちは友人じゃなくなったんだった』
ん? どういうこと?
『『女神様』と契約した君は、ボクにとってご主人様みたいなものさ。主従関係が逆転してしまって少し寂しいよ』
「こんな従者嫌だよ! 気まぐれの自称神からご主人様とか言われたくないよ!」
って、何でプルーと契約したことを知っているんだ?
『ふふふ、それは君がキューレからもらった神の魔力が込められた紙のお陰さ。ボクはそれを通じて少しは覗くことができる。まさかあのプルーって子が女神様だとは思わなかったし、女神様に名前を付けてしまうなんて思わなかったよ』
「ずっと見てたのかよ。気持ち悪!」
『さらっと神を冒涜しないでくれ。とは言え、正直助かった。女神様が行方不明になっていたから『カミノセカイ』は数百年間混乱していた。けれどようやく全ての神の所在が分かった。後はクロノ様の腕の修復と地球の歴史の修復をすればすべてが解決する』
「一人チャーハン職人になってるけど大丈夫?」
『それについては問題無い。『音の神エル』がチャーハンを楽しみにしているみたいだから、しっかり修行してから帰って欲しいみたい』
神の業界って結構ゆるいな!
『さて、そろそろ目覚めの時だ。これからボクはヒルメ様に頭を下げないといけないし、色々と忙しくなるけど、君はクロノ様の腕の修復と、親の姉妹の再会を暖かく見守ってあげてくれ』
「え、どうしてヒルメ様に頭を?」
そう言って俺の頭は徐々にぼんやりと意識が薄れていった。おそらく到着するのだろう。
『一度死んだ人が別の世界に行くことは良くあることだ。しかし、死んだ人に生きている人が会いに行くのはルール違反なんだ。幸い君の母親は冥界にも顔が利くからそこを言い訳にヒルメ様からの許しを得るさ』
☆
目を覚ますと沢山の本が俺の上に乗っかっていた。
少し見渡すとシャルロットやパティや母さんも沢山の本の下敷きになっていた。
「君は……もう少し行動を考えるべきだった」
俺の背中から少女の声が聞こえた。
「おそらく転移でこの世界に来たのだろう。そして転移条件は知り合いがいる場所。どうせ『クー』の知識を必要としたのだろうが、この世界には『クー』以外にもフォルトナやミリアム女史と知り合いだ。重要人物を危険にさらすよりもフォルトナを下敷きにした方が事は進むと思わないかい?」




