腕の治し方1
カッシュが今まで精神を壊していたり、それを把握していなかったということでゲイルド魔術国家の城内は大騒ぎ。
そんな大騒ぎを他国の姫が見ているのも色々と都合が悪いということで、今日は早々に城から帰ることになった。
出口でポーラが申し訳なさそうに頭を下げて見送ってくれた。
「すみませんリエン。本当なら色々とお話をしたかったのに」
「いやいや、カッシュの件の方が大事だし、俺はまた日を改めて来るよ」
「はい。パティも是非来てくださいね。魔術学校に通っている身としては、龍の魔力はとても興味深いです」
「わわわ、恐縮です!」
「シャルロットは、まあ、来たらお茶くらい出すわ」
「誰のお陰で弟が助かったのよ」
そう言って二人は一瞬固まったが、すぐに笑った。
「冗談よ。正直ガラン王国には助けられている一方よ。絶対に倍返しの恩返しをするわ」
「待っているわ。あ、ミルダちゃんをガラン王国に住まわせるだけでも十分よ?」
「権力を私利私欲で使わないの。それと静寂の巫女様くらいちゃん付けはやめなさいよ」
そう言って一礼してポーラは城へ入っていった。
振り返るとパムレとプルーが苦い顔をして立っていた。
「腑に落ちないな。本来大陸屈指の神術の使い手がカッシュ王子を助けるという流れをあっさり他国の姫に取られてしまった」
「……パムレの粋な計らいを無下にしたプルーは罪深い」
プルーはそんなことを考えていたのか。と言うかパムレは分かっててプルーを送り出したのかよ。
「パムレちゃん、ミルダちゃんの所での用事は終わったの?」
「……報告関係は全部終わって久々のお休み。と思ったらプルーの護衛を頼まれた。寒がり店主の休憩所で修道院たちがずっと休憩しているし、そこまで護衛」
「忘れていた! 店主に迷惑はかけてないだろうな!」
そう言えばプルーと出会う前に外で待っていた修道服を着た人達を宿に向わせたんだっけ。
「フェリー召喚」
『あいー』
そう言って火の精霊フェリーを召喚。
「セシリーの様子はどう?」
『セシリー姉様は……あー、人の姿になってご主人の母上のお手伝いをしているー。大繁盛って言ってるよー』
「待て……それって」
☆
「うめええええ! 久しぶりのあったけえ食べ物だあああ!」
「これ本当に酒じゃねえのかよ! わかっていても罪悪感がある飲み物だ!」
「カンパネ様。我らに恵みをありがとうございます」
寒がり店主の休憩所に帰ると店は大盛り上がり。
セシリーが大人バージョンでせっせと料理を運んでいた。
「おお! リエン殿。っと、プルー様!? お、お帰りなさいませ」
「お帰りの前に何だこの騒ぎは! いや、プルーも放置してしまったから強く言えないが、それでもこんな騒ぎは店に迷惑がかかるだろう!」
プルーが怒るも、厨房から母さんが出てきた。
「これくらい日常茶飯事ですよ。それに教育が行き届いているおかげで料理はきちんと綺麗に食べていますし、酒類の提供が無いので他と比べて平和すぎるくらいです。あ、リエンお帰りなさいませ」
いつも通りの母さんに少しほっとしている。色々と弱音を吐いたって言ってたから大丈夫かなって心配していた。
「くう、プルーが一番貸を作りたくない奴の相手に……これで食事代は足りるだろうか」
「ふふふ、正直これだけでは全然足りないですが息子を馬車で乗せてってもらったということで特別に銀貨一枚にしてあげますよ」
「なっ! それではこの肉が乗った皿一つ分くらいじゃないか。いくら世間に疎いプルーと言えど、赤字だと分かるぞ?」
「リエンとパティ様は一般の人ですが、ガラン王国の姫を馬車に乗せたこともしっかり考えてください。一国の姫を乗せるとなればそれなりの責任を持ちます。逆に言えばお酒の提供も無しに量が豊富なだけの料理で銀貨までもらるのであれば今後とも王族の足として利用したいくらいです。強いて言えばプルー様の立場も差し引いたことも一応考慮はしています」
「うむ、つまりプルーは金を貰うべき場面で金すら払ってしまったと。してやられた!」
何やら葛藤しているみたい。
「まあ、実際ガラン王国の姫の保護者ではないワタチがそもそもこんな話をする必要も無く、本来はシャーリー女王様から直々にプルー様にお礼を言ってもらいたい案件なんですけどワタチは良い子なので何も言いません!」
「すげー大声で言ってるじゃん! 言ってることは正しいのだろうけどさ!」
隣でシャルロットも苦笑していた。まあ、母さんもシャルロットの事を娘とまでは思わないにしろ、息子の友人くらいの印象だろう。
「ところで母さん、マリーさんは目覚めた?」
「今二度寝に入りました。リエンの話をしたら明日の朝来てくれって言ってましたよ。それと、もう一人も明日の朝には到着するとの伝言が入りました」
「もう一人?」
「カグヤ様ですよ」
☆
翌朝。
寝間着から洋服に着替えて今日のやることを頭の中で考えていた。
確かこのまま何もせずに生活していると俺やパムレは存在が消えるらしい。
鞄の中に入れていた『齋藤離縁』と書かれた文字は変化すること無く微かに輝いている。まだ大丈夫という事だろう。
キューレさんの話だと時の女神クロノさんの腕を修復すれば良いんだよね。そのためには原初の魔力が必要だと。
神の魔力を持つマリーさん。光の魔力を持つカグヤさん。鉱石の魔力は俺が借りている鉱石の剣。音の魔力はシャルロットの声。それらがあれば……ん? 集まったところで解決はするのだろうか。
『リエン様よ。ちょっと良いか?』
「セシリー。どうしたの?」
ポンっと音を立てて現れた。
『リエン様の言う通り原初の魔力が集まったところで時の女神クロノ様の腕が修復されすべてが解決するわけでは無い』
「知ってたの?」
『こればっかりは知ってたというより、そういう物という事じゃのう。意地悪で言わなかったわけでは無いぞ?』
「うーん、でも気が付いてたならどこかで言ってほしかったよ」
『完全に否定できない気がかりなことはあった。あの神の魔力を持つ精霊キューレ様がマリーとカグヤに会えという助言。原初の魔力では無く別な理由があって我達に言ったのでは無いか? そうでなければ完全に無駄足を踏むだけになる。あやつがそんな事を言うとは思えぬでのう』
「別な理由?」
原初の魔力での復元では無く、別の理由。それって……。
「リエーン。そろそろ朝ごはんの時間ですよー」
そんな母さんの声が鳴り響いた。
☆
魔術研究所の館長室へ入ると、ビシッと立っているマリーさんが笑顔で迎えてくれた。
「おはよう」
「良く寝れましたか?」
「お陰様でこの世界に来て一番寝れたわ。睡眠の重要性について論文でも書こうかしら」
ちらっと隣に立っている母さんを見ると、目を逸らしていた。
「さて、新顔もいるわね。シャルロットとマオは久しぶりね」
「そうね。元気だった?」
「……はろー」
そしてマリーさんはパティを見た。
「そしてこっちは後発魔力の保持者ね。龍の魔力はワタクシの魔力の対だから、これからも仲良くして欲しいわね」
「あわわ、よろしくお願いします」
さすがと言うべきだろう。龍の魔力について何か詳しい事を知っているのだろうか。
「んで、問題はこっちね」
「顔を合わせるのは初めてだな。プルーは『危篤者の代弁者』として大陸を巡っている者だ。そして貴女もすでに気が付いている通り『神』の魔力を保持している」
え?
今、何て。
「さっきから『心情読破』で読まれまくりなのよね。自分がやるのは良いけど、相手からされるのはなんか嫌ね」
じゃあ反省してむやみやたらに『心情読破』をやらないでくれる!?
と、それぞれ顔を合わせ終わったあと、扉が二度叩かれた。
「入るぞ」
黒い長髪の少女。光の魔力を持つカグヤさんが入ってきた。
「役者は揃ったって感じね。フーリエから話は聞いているけど、時の女神のクロノの腕を修復する方法を見つけないと、リエンとマオが消えちゃうのよね?」
「はい」
だが、全員が集まったところで女神の腕を修復できるとは思えない。
「あの、クロノさんの腕を治す方法をマリーさんは知っているのですか?」
「残念だけど、神の腕を治す方法まではわからないわ」
やっぱりか。じゃあどうしてここに集められたのだろう。
「でもね」
そう言ってマリーさんは本棚から一冊の本を取り出した。
「腕を治す方法を知っているかもしれない人なら知っているわ」