壊れた心
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そんなこんなでゲイルド魔術国家の城門に到着。
兵士達にシャルロットの話をすると、すぐに案内された。
「流石はあの息子。貴族ですら入るのに数分待たされるのにすぐに入れるとは」
「いやまあ、さっきの門番の人は俺の事を知ってたみたいだし、それ以上にプルーもあっさりだったでしょ」
「黒服の修道服で低身長の女子は目立つからな。色は異なるがミルダ様とプルー以外この大きさの修道服を着ている者はいない」
確かに小さい修道服の女性はミルダさん以外見ないな。フードを深く被ればパムレもその服を着れば上手く誤魔化せるんじゃね?
「魔力お化けは三大魔術師ぞ? プルーの服を着る以前に素通りぞ?」
「納得の回答だけど、俺の心と会話しないでくれるかな?」
マリーさんもだけど、心を読むのが得意な人ってどうしてあっさり読んでくるのかな?
一応お守りを持っているんだけど、俺と会う人って皆凄い魔術師だから意味無いんだよね。
「リエン兄さん!」
と、城に入ると大声が耳に突き刺さった。
「カッシュ、久しぶり」
「うわー! リエン兄さんだ! シャルロットさんが来てたからどこかにいると思ってたけど、ようやく会えた!」
両手を握ってブンブンと上下に振るカッシュ。あの事件以降一気に性格が変わって明るくなったなー。
「ん? リエン兄さん、その人は……」
そう言ってカッシュはプルーを見た。
「ああ、この人は」
知っていると思うけど念のため名前を教えようとしたら……。
「リエン兄さんの隣に女の人。え、シャルロットさんは兄妹みたいな関係だけど、それ以外の人がリエン兄さんの隣にいるの? その人は誰なのかな、もしかしてリエン兄さんにとって大切な人なのかな。リエン兄さんは僕の兄さんだよね? 教えてくれるよねリエン兄さん。それとももしかして深い関係だから教えてくれないのかな? もし教えてくれたら極刑にはしないよ。約束する。約束するよリエン兄さん。だからね」
「軽めの『心情偽装』をほいっと」
すさまじい勢いで迫るカッシュにドン引きしつつ、プルーが術を唱えた。
「きゅう……」
「「カッシュ王子!」」
カッシュはそう言ってその場で倒れた。何が起きたか俺もまだ理解していない。
そしてそれを見た兵達が一気に駆けつけてきた。これっていつものパターンじゃ無いかな!? また牢屋に入れられるんじゃ無いかな!?
「『危篤者の代弁者』として言う。カッシュ王子は重病を患っている。部屋へ連れていけ」
「は……はっ!」
すげー。いつもの流れだとすぐに牢屋行きだと思ったよ!
「ふむ、リエンよ。こいつはプルーの記憶が間違っていなければこの国の王子だったと思うのだが」
「あはは、そうなんだけど、ちょっと前の事件以降変に懐かれちゃって」
「変に? ふむ、マオがプルーを無言で向かわせたのはこれか……」
え、どういう事?
「過去に何があったかわからないが、カッシュ王子の精神は『壊れている』。プルーの癖である『心情読破』でカッシュ王子の心を読んだが、もはや意味不明……いや、理解不能だった」
「理解不能? えっと、どんな事を心で思ってたの?」
「知りたいか? 言っても良いが、後悔するぞ?」
「後悔する心境って何? 一応友人だし、聞けるなら聞くよ」
俺は安直だった。
プルーの口から放たれた言葉は俺の想像を絶するものだった。
「言葉に出すのが難しい。『雪の中の城を解体し将軍は未来永劫刀の錆へと退化。故にこの世界の魔術は神秘的な菓子へと変わる』と心では言っていた」
……。
俺は一体、何を聴かされたのだろう。
「精神の崩壊は『心情偽装』で簡単にできる。そして崩壊した精神は今の様な意味不明な脈絡もない言葉を思い浮かべる。むしろ今まで会話ができていたこと自体が奇跡というべきか。言葉と心の声が異なっているのに会話が成り立っていることがありえないと言うべきか」
「えっと、カッシュは大丈夫なの?」
「唯一完全な治療が可能な者は三大魔術師マオくらいだろう。全く、プルーが遠征から戻っていなかったらどうなっていたことやら」
「ちなみにプルーはさっきカッシュに何をしたの?」
「壊れた精神に対して少しプルーの思考を食い込ませただけだ。気絶程度で済むが、目覚めた時はどうなることやら」
そんな会話をしていると、城からシャルロットとパティ。そしてこの国の姫のポーラが出てきた。
「リエン、久しぶりですわ。あの、出迎えに行ったカッシュが倒れたと聞いたのですが」
「ポーラも久しぶり。色々と事情があって倒れたんだけど……」
この場合何て説明をすれば良いのかわからない。
「久しぶりだポーラ姫。少々込み入った話があるから屋内で話さないか?」
と、突然プルーが提案をした。
「『危篤者の代弁者』様。わ、わかりました」
☆
ポーラと一緒にカッシュの部屋に行くと、先にシャルロットとパティが部屋の中にいた。カッシュは布団に寝ていて、布団の近くでは医者らしき人が見守っていた。
「あれ、リエン。パムレちゃんは?」
シャルロットが俺の近くを見てパムレの所在を確認してきた。一応パムレは三代魔術師だし忙しいんだよ?
「ミルダさんの所。色々と報告があるみたい」
「そっか。じゃ」
そう言って自然な流れでプルーを膝の上に乗せた。
「しゃしゃしゃ、シャルロット!? ちょっと、何をしているの!?」
「え、パムレちゃん居ないしパティちゃんはさっき膝の上に乗せたから流れ的にプルーちゃんかなって」
「馬車で慣れている。話を続けよう」
「無理ですわよ! だって貴女は『三大魔術師』に並ぶ実力や功績を持ち合わせています! そんなお方が他国の姫の膝の上に乗ってるなんて!」
え、プルーってそんなに強かったんだ!
「なら安心しなさいポーラ」
「へ?」
「すでに三大魔術師は私の膝の上経験済みよ」
「貴女の膝の上事情はどうでも良いです! 経験済みだからってプルー様を膝の上に乗せて良いわけないじゃないの!?」
すげー正論。もっと言ってやってくれー。
「あのあの、リエンさん。ガラン王国の姫とゲイルド魔術国家の姫が言い合ってますが、これは国際問題になりかねませんか?」
パティが俺の裾をツンツンと引っ張ってき聞いてきた。
「あれは友人同士のじゃれあいだから大丈夫。それ以上にプルーが三大魔術師に並ぶ実力者って事の方が俺にとって驚きかな」
「む? プルーを侮っているな。さすがに魔力お化けとまでは及ばないが、ゲイルド魔術国家の魔術兵の筆頭をあしらう程度の実力は持っているぞ?」
かなり強いじゃん!
「この世界には三大魔術師以外にも強者は沢山いるぞ。例えば……『影の者の領主フブキ』やガラン王国の『シャムロエ様』等な」
その名前を聞いて驚いた。
「え、プルーちゃん、フブちゃんを知っているの?」
「依頼を受けて極秘で集落に行ったことがある。あそこの刀とやらは秘伝らしく、全てを弟子に教える前に声を出すのが困難になってしまったということでプルーだけで向かったものだ」
うんうんと苦労話を話すプルー。年下なのに年上の様な貫禄。ん? プルーってもしかしてパムレや母さんやミルダさんみたいに見た目より数百倍年上?
「リエン。一応言っておくがプルーは十四だ」
「ほとんど変わらない!?」
すげー。十四で三大魔術師と同じくらい恐れられているって、どんな生活してるんだろう。
「ところでプルー様。カッシュは重病だと話していましたが、どんな病なんでしょうか?」
ポーラが訪ねるとプルーはカッシュを見て言った。
「簡単に説明すると、彼の心はすでに人間ではない。相手と同じことをする同調や協力し合う協調。人間には備わっている欲求や悪意。そういう人間の心が壊れてしまい、今は意思の無い人形の様な状態で動いている。むしろ会話をして成り立っていたのが不思議なくらいだ」
「そんな……」
「唯一心を修復できる者はおそらくマオだけだろう。奴の神術は概念である神の領域すら超えているとも言えるからな」
プルーは純粋な評価をしているのだろうけど、俺には冗談に聞こえなかった。
確かパムレって人とは言語で会話ができず、相手に『心情読破』を使って相手の心を読み取って会話しているんだよね。
そして相手が精霊のゴルドさんや神であるアルカンさんとも会話できているという事は、神の領域に達しているのだろう。
「じゃあパムレちゃんにお願いをすれば良いじゃないの? 多分『……ん』って言ってやってくれると思うよ?」
シャルロットのパムレの物まねが地味に似ていた。
「残念だが『三大魔術師』の規約で『国に干渉できない』というのがある。カッシュ王子が一般人だったらまだ望みはあったが、王族故に三大魔術師からの治療は受けられない」
「そんな……」
「それを加味してこの大陸で三代魔術師では無いかつ神術に優れたプルーを無言で向かわせたのだろう。時間はかかるが治る可能性はゼロでは無い」
シャルロットが悲しそうな眼をして布団で寝ているカッシュに近づいた。
「心が壊れている……正直ガラン王国の王族としては他人事に聞こえないから、少しでも協力したいというのが私個人の想いよ。時間はかかっても『壊れた心が修復されて普通の日常が遅れるように祈っているわ』。けど、他に方法は……」
シャルロットがそう言った瞬間。
ガバっとカッシュが布団から目覚めた。
「あれ、皆さん。こんにちは。えっと、僕は何故布団に寝ているのでしょうか」
「む? むむ? リエン。カッシュ王子の心が『正常』になったぞ!?」
忘れていた。
シャルロットって音の魔力を保持していて、その声に反応して色々と影響を及ぼす。
故に先ほどシャルロットは、音の魔力で治すのが難しいとされるカッシュの心を、あっさりと治してしまったのだ。




