ガラン王国で特訓5
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「せーい、せーい」
「リエン殿ー、腰の姿勢が良くないですよー」
「はーい。せーい、せーい」
木で作られた剣で素振り。歪んでいないか、腰の向きは変か、それらをラルト副長は見ていた。
いや、見ているように見えるけど焦点は合ってないだろうなー。
「おや、ラルト副長とリエン殿、なんだか目が死んでるっす」
「イガグリ。私はもう副長の座が辛くなってきた」
「どうしたっす。未来に希望を持つ者は明るい未来が待ってるっすよ。何かあったっすか?」
「『シャルロット様を泣かせた男の連帯責任で逮捕』罪で謁見の間に呼ばれた」
「……あー」
あれはトラウマだよ。シャルロットが泣いた瞬間、兵たちが一気に押し寄せて俺に剣を向けたんだよ!
そして後ろから現れたラルト副長も『あ、連帯責任なんで』と流れるように逮捕されて謁見の間に連行だよ!
ちなみに誤解は一瞬で解けたのでこれは不問となった。本当にこの国の罪は軽いけど重いよ!(意味不明だけど!)
「不問とはいえ、変な名前の罪が付きかけて焦ったよ」
「ん、あれはシャルロット様が気を利かせたっぽいっすよ」
「そうなの?」
「そうっす。実際王族を泣かせたということで『不敬罪』という堅苦しいかつ重めの罪の名前だったのを変な名前にすることで、不問後もやんわりと事が終わる流れっす」
「え、そんなところまで考えてたの!?」
「ほ、本人にそれを言ったら本当に不敬罪っすよ」
なるほど、『不敬罪』が勘違いだったーなんて言われても、ちょっとは怪しい感じもしなくもない。
でも『シャルロット姫を泣かせた』が勘違いって言われて別な問題も発生しそうな気も。
「不問でも私の愛する娘に『おとーさんはおひめさまをなかせたの?』と言われてみろ。いや、二人には子がいなかったからこの感情はわからないだろうな」
「「……」」
むしろ『不敬罪』で逮捕された方が幸せだったかもしれない家庭が隣で俺に剣を教えていたのを忘れていたよ!
「ああ、アリシア。父はお前の花嫁姿を見たかった……」
「ふくちょー。帰ってきてください。ほら、リエン殿を鍛えたら名誉挽回汚名返上奇想天外危機回避ですから」
何その早口言葉。
「む、そうか。シャムロエ様が試験するということは、大規模な演習になるということだな。よし、本気で行くぞ!」
「俺は本気だよ!(いや、さっきまでちょっと気が緩んでいたけど)」
突然気合を入れ始めたラルト副長。だが突然ピシッと背筋を伸ばした。
「やっほーリエン」
「シャルロット?」
いや、近所の友人感覚で呼ばないで! 一応姫だよね!
「シャル様。どうしてここに?」
「いやー、私の所為で色々と迷惑もかけちゃったし、魔術も教えてもらっていたから、そのお返しをしようかと」
そう言ってシャルロットは腰の剣を抜いた。
「え、でも女の子に剣を向けるのはー」
「何を言ってるの。私はこのガラン王国軍の隊長も務めているのよ?」
そうだった。実力は確かに高い。いや、もしかしたら王族という名目で隊長になっているだけで、ラルト副長の方が強い可能性も。
「リエン殿、一応言っておくっすが、シャル様は超強いっす」
「少しでも希望を持たせてくれても良いんじゃない?」
家に帰ってもピンピンしていたシャルロットだもんなー。多分強いんだろうなー。
とはいえ、ラルト副長以外の人と手合わせできる良い機会だ。これはやるしかない。っと、その前に。
「ちょっと確認」
「ん?」
「剣を向けただけで逮捕とか無いよね?」
「無いわよ」
「ちょっと怪我させても逮捕とか無いよね?」
「無いわよ」
「万が一俺が押し倒されて、シャルロットがかぶさるような状況になっても逮捕とかしないよね?」
「しないって、どんだけ心配性なのよ!」
「いや、俺というより、ラルト副長がどんどん恥ずかしい名前の罪が増えていくから……」
「「……」」
シャルロットとイガグリはラルト副長を見た。
ラルト副長はとうとう何かを木板に書き始めたぞ!
「百歩譲って『リエンが覆いかぶさったら逮捕』はあるかもね。その時は許しなさい」
「理不尽だよ! ラルト副長の肩身がどんどん狭くなってくるよ!」
「大丈夫よ。そうはならないか……らっ!」
キィン!
手にすさまじい衝撃が走った。
何があった。そう思わざるを得なかった。
「へ、へえ。今ので短剣を手放さないなんて、やるわね」
「あ、あはは」
気が付いたら目の前にシャルロットがいた。
俺は反射的に短剣を両手で持っていて、シャルロットの剣技を受け止めていた。
「ならこれは!」
「ぐあ!」
次の攻撃で俺は剣から手を離した。すさまじい衝撃に手がしびれている。
「初手で受け止めたなら、すぐに返す。それができたら大叔母様に勝てるかもしれないわよ」
「返す……か」
もう一度短剣を拾い、そして集中する。
思い出せ、俺は『魔術師』だった。相手の心を読んで剣を使えばーなんて母さんに言ったけど、本当にできたらかなり強いと思う!
(『心情読破』!)
シャルロットを注視し、心を覗きこむ。次は右か……左か……。
『左腕!』
左腕を狙ってくる!
そこに剣を構えて返せば
☆
「あ、リエン。起きましたか」
「ぬあ! こ、ここは!」
見覚えのある場所……ここは『寒がり店主の休憩所』のガラン城下町店の俺の部屋……え?
「はい、冷たいタオルですよ。さっき『氷粒』を使って冷やしたので、頭のコブに当ててください」
「え、母さん?」
「そうですよ。ワタチはリエンの母さんですよ」
「いや、そうなんだけど、え、これは一体」
シャルロットと剣を交えて、そして。
「見事倒されたのです。そりゃもうパコーンと」
「マジカヨ」
相手の心を読んで剣を使う。結構良い作戦だと思ったんだけどなー。
「シャル様から聞きましたよ。リエンは倒れる前に目を輝かせていたと」
「あ、やっぱり『心情読破』はバレちゃうのか」
相手の心を読む『心情読破』や、相手や自分の心を偽装する『心情偽装』は、かつて神々が使っていた術ということで伝わっている。
そして、その術を使うと共通して目が金色に輝いてしまう。
「確かにその作戦は一つの戦法として考えても良いかもしれませんが……リエン、今からワタチは『ゆっくり手をリエンの頭に乗せる』ので、リエンは『心情読破』でワタチの心を読んで受け止めてください」
え、そんな先に言われたら簡単じゃ……。
そう思いながらも母さんは右手をゆっくり上げた。上か、それともひねりを入れて右か左か。そのわずかな選択肢に『心情読破』を使わなくても。
「どうしました? 使ってみてください」
「……『心情読破』」
母さんを注視する。右手がどの方向から来て俺の頭に届くのか……。
……。
…………え、
………………全然母さんの心が読めないんだけど。
そういえば以前母さんの心を読もうとして失敗したんだっけ。すっかり忘れていた!
心を偽装する『心情偽装』を自身に使われていたら、読もうとしている心も読めない!
そして気が付いたら、ポンっと頭に小さな手が乗っていた。
「はい、ワタチの勝ちです。同時にこの右手が刃物だったらリエンは大怪我です」
「え」
優しく頭を撫でられていた。
「挑戦は大事です。ですが練習はもっと大事です。今は付け焼刃で特訓をしているかもしれませんが、小細工はせずにラルト副長様の言ったことに集中することです」
ひんやりとした手が俺から離れていく。
なぜか少し寂しい感覚すらあった。
「あと、リエン」
「ん?」
「明日は本番ですよ。気を引き締めて頑張ってください」
ちょっと待って、俺何日寝てたの!?
特訓編はこれで最後です。次回は試験となります!




