交渉1
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その日のタプル村の夜は少し穏やかではなかった。
それもそのはず、俺がガラン王国の兵士達を村に案内したのである。
時々安全のために数名が様子を見に来ることはあっても、十人ほどの兵士が来ることは今までなかった。
そんな大量の兵士が俺と一緒に村へ入ってきたなんてことになれば、当然村人は驚くだろう。
そして……。
「ここが俺の家です」
「皆、ここで待機」
「「「はっ!」」」
ザッと音を立てて全員がピシッと立った。
その……なんというか……。
かっこいいなぁ。
おっといけない、母さんに用があるんだよね。
「こちらです。えっと……」
「シャルロットよ。そういえば君の名前を聞いてなかったわね」
「リエンです」
思わず敬語が出るほどの緊張感のある自己紹介。だって十人くらいの兵士が俺をしっかり見ているんだよ? すごく怖いよ。
『騒がしいと思いましたが、何用ですか?』
家の中から母さんの声が聞こえた。
「母さん、お客さんだよ。ガラン王国の兵士だっ……て?」
扉が開くと、そこには母さんがいたが……その……。
「母さん、その服装は?」
見たままを言葉に表すと、たくさんの布を体中ぐるぐる巻きにした何かがそこに立っていた。これが母さんですとはとても言いたくない!
「お久しぶりです。『フーリエ殿』。私を覚えておりますか?」
衝撃の事実。
十六年目にして母さんの本名を知ったよ!
「覚えています。では、帰ってください」
「なっ!」
「母さん! その、お客さんだよ!」
「何の用で来たのかはわかりませんが、その方は一つ大きな過ちを犯しました」
「なっ! 恐れ入りますが、その過ちとは!」
「ワタチの本名を言いました」
いや、そうだけど。それだけで?
「はっ! その、申し訳ございません!」
ええええええええ!?
そんな大事なの?!
「店主殿。無礼をお許しください。この通りです!」
金髪の女性……シャルロットは頭を下げた。その瞬間、後ろの兵士たちは驚き始めた。
「シャルロット様! 頭をお上げください!」
「いけません!あなたが頭を下げては!」
一体この人は何者なんだろう。
☆
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
客室には俺と母さんとシャルロットさんの三名。外には兵士たちが並んでいた。
……兵士たちが店の前で整列しているからお客さんが入りづらい感じなんだけど……。
そして何より母さんだが……目と鼻以外は布で包まっていて、いつもの雰囲気とは一転して少し不気味に思えた。
「それで、シャルロット様は一体何の用でワタチのところへ?」
「その……無礼の後でとても言いにくいのですが、私に魔術を教えていただきたいのです!」
魔術。
俺は母さんから色々な魔術を教えてもらった。それこそ物心ついた頃から魔術の練習をしていた。
火の魔術『火球』はより熱く、氷の魔術『氷柱』はより冷たく。魔術の練習の時は厳しく、それ以外は優しい母さんだった。
……まあ、時々頭くらいの大きさの翼が生えた目玉の化け物……いや、悪魔を出すけど、優しい母さんだった。あれ、涙が出てきたぞ? 何だろう、自分に言い聞かせているみたいで辛くなってきたぞ?
「魔術を教えてほしい……と。別にこの村では無くガラン王国の城下町でも魔術は習えるのでは?」
「それではいけません」
「親……いや、親族に反対された……とかですね?」
母さんの言葉は質問のように見えて、まるで全てわかりきっているような口調だった。
「……はい。大叔母様は私に剣技を覚えさせたいと……しかし私は嫌なのです!」
シャルロットさんの目は真剣だった。きっとすごく深い理由があるのでは!
「こう、火とかを『ボー!』っと出したいのです!」
……あれ?
周りの空気が凍ったぞ?
「親族に反対されたからここへ来てワタチにお願いをしたと。そして魔術にあこがれていると」
「はい!」
その目はキラキラと輝いていた。
理由は確かに転びそうな内容だったけど、彼女の言葉に嘘は無い。
「そうですか。では……」
母さんは椅子から立ち上がった。そうだよね、ここまで本気の目でお願いをしている状況、もちろん答えは
「親族が許していないならワタチから教えることはありません。帰ってください」
かあさーん!
☆
とぼとぼと帰っていくシャルロットさんの背中を俺は眺めることしかできなかった。
そして静かに扉が閉まり、しばらく静かな時間が続いた。
シュルシュルと母さんは体を包んでいた布を外し出し……いや、そもそもどうして布をぐるぐる巻きにしていたのか不明なんだけど!
「リエン、ワタチの事が嫌いになりましたか?」
突然の質問。いつもの母さんとは違って先ほど同様にかなり真剣な表情だった。
「理由次第では……少し考える時間とかも無くすぐに断った理由はあるの?」
静かにこくりと頷く母さん。
「シャルロット様……彼女はガラン王国の姫です」
「ええ!」
ちょっと待って! そんなすごい人が母さんにお願いしに来たの!? 母さん何者!?
「シャルロット様の大叔母様……つまりシャムロエ陛下に反対されて城を飛び出しワタチのところへ来たのでしょう」
「母さんの話が超次元過ぎて意味が分からないんだけど!」
王家の人が母さんを訪ねる。それだけでもすごい事なのに、どうして母さんはそんなに冷静でいられるかわからないよ!
「リエンがシャルロット様と一緒に帰ってきたときは驚きました。遠くの気配は感じましたが、まさか姫が来るとは」
「でも、母さんを頼って魔術を習いに来たんだよね! 深い事情が……」
その瞬間だった。
一瞬、母さんの赤い目がさらに真っ赤に染まり、先ほどの真剣な空気を再度感じた。
「リエン」
「は、はい」
思わず敬語が出てしまった。これは……怒って……
「仮に魔術を教えることになって万が一怪我をさせたら『姫に怪我を負わせた宿屋の店主』として逮捕です。リエンなら骨折しても笑って許してくれると思いますが……姫は駄目です!」
「骨折はさすがの俺も家を出ていくよ!」
「凄く重大なことです! こうしてのんびりと……(時々魔術の特訓)生活している日常が崩れるかもしれないのですよ!」
シャルロットさんは(理由は変だったけど)真剣にお願いしていた。それに対して母さんは日常を選んだ。確かに自分の身を守ることは大切だけど、それをキチンと相手に言わなかった母さんに俺は怒りを覚えた。
何より、俺の扱いひどくね!?
「そんな理由でっ!」
「リエン! どこに行くのです! リエン!」
俺はまた家を出た。そして走った。
相手は馬に乗っていた、だから走らないと間に合わない。
会って何を話せば良いかわからないけど、彼女の目は本気だった。
王家とか関係なく、魔術を使いたい。家族の反対を押し切って母さんの所へ来た。理由はどうあれあの子のー
「あ、リエン。息を切らしてどうしたの?」
ずさあああああああああああ!
思いっきり転んだ。
すごく痛い。
「ど、どうしたの!?」
「敵襲か!」
「姫を守れ!」
「盗賊か!!」
ズシャっと鈍い音が一斉に鳴り響いた。うん、地に顔をつけているけど、どうなっているかは予想できる。
「ま、待て! リエンだ。フーリエ殿の息子だ!」
「「「はっ! 失礼しました!」」」
再度ズシャっと音が鳴り響く。おそらく兵士たちは俺に剣を向けたのだろう。姫の前に突撃してきたのだから当然だろう。
「って、なんでここに!」
「え、いや、もう暗いし、この状態で森を抜けるのは危険だから野宿を考えていたのよ?」
いや、確かにもう夜だよ?
でも諦めが早くない?
「シャルロット様! 干し肉の量が足りません!」
「シャルロット様! 木の実が腐っておりました!」
「シャルロット様!」
「シャルロット様!」
「あわわわわわ」
もう見ていられない。相手が王家? 関係ない!
「全員俺の宿に泊まれー! オムライスたらふく食べさせてやる!」