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戻れない理由

 緑色のお茶をコップに注ぎ、俺は椅子に座った。

「それで、『三大魔術師』についてとのことだけど、俺にとっては今更感があるんだよね」

 度々三大魔術師について説明を聞いたことがある。確か事の発端はシャムロエ様を見張るために作られた制度とかだっけ?

「確かに、今のリエンはすでにマオ様やミルダに出会い、そしてワタチの正体を知り三大魔術師全員と関わることができました。実際その三名は世間的にどういう存在かを理解していますか?」

「ミルダさんは唯一国に干渉できる存在で、パムレと母さんは凄い強い力を持ってるから、問題の解決とか治安維持とか? 実際はシャムロエ様が暴れないようにトスカさんが作った制度って言われたと思うけど」

「問題の解決という部分は正解です。ですが、治安維持は間違いです。治安維持という行為は厳密に解釈すると国に干渉する場合もあるので、手助けまでが限界です。シャムロエ様の面倒を見るのは単純に王族という立場から一般市民を呼び出すことに対して不信感を持たれないようにしただけに過ぎません」

 その辺りの区分けはよくわからないけど、細かい決め事はどこかで決めている物なのだろう。

「ワタチが行っていた慈善事業も『勝手にやったこと』で、問題解決という点は『魔獣の出現』や『自然災害』の対処だけです。国同士の戦争や重役の争いには関与できません」

 あ、そういう決まりがあるんだ。

「え、でもさんざんガラン王国を脅したりしてなかった? 城破壊したり」

「そう。ワタチやマオ様はそれこそ簡単に国を一つ破壊することができる。考えてみてください。目の前の人間が刃物を持っていて、その人に向って法律違反ですと叫んだとしても、将来に影響が出る『程度』なのです」

「じゃあ『三大魔術師』という括りはあまり意味が無いんじゃ?」

「三大魔術師という言葉だけで『ただ強い』と言われる。同時にそんな脅威を管理しつつ当時ワタチ達を三大魔術師に指名したトスカ様がシャムロエ様の見張りをするという役回り。そんな面倒な役職が『三大魔術師』なのですよ」

 俺からすれば偉大な称号だと思うけどなー。

「でもさ、マリーさんが目にクマを作っているんだし、一部の仕事を引き受けても良いんじゃないの?」

「『政治に関与できない存在の発言』というのは、国にとってとても重要かつ都合が良いのです。ゲイルド魔術国家にはミルダやワタチが居たにも関わらず王族があったのは、ゲイルド魔術国家の第一権力が王家にあったからで、もし『内政に影響を与えることができる存在』であれば王家は不必要になります。ミルダは立場上国に影響を与えることができますが、この国の決定権は王家にあります。そして王家は三大魔術師を盾にできる。そういう立ち位置でここ数百年平和が保たれていたのです」

 頭が痛くなってきた。というより、眠くなってきたな。

 何かごまかして長々と話しているようにも見えるし、ここは一つ話を少し変えてみよう。

「じゃあ発想を変えると、もしかして今母さんは三大魔術師に戻ると不都合なの?」



「そそそそそっそんなことないですよ?」



「うん。今すぐ言って。絶対何かあるんだね!」



 めっちゃ動揺しているじゃん。

「流石はワタチの息子。親の気持ちを読み取るのはやはり一番近い距離の息子ということですね。『心情読破』が通用しないワタチでも、息子には形無しです」

「十六年色々と見ているとなんとなく分かるよ。もしかしてだけど、ミリアムさんとか関係しているの?」


「!?」


 うわあ、凄い驚いている。

「どうしてそう思ったのですか?」

「マリーさんと話をしていた時にミリアムさんの名前が出た瞬間、一瞬動揺した気がしたんだよね」

「むー、わかりました。リエンはリエンの旅があるのでできればこれはワタチだけで解決したい内容だったのでお話しなかったのですが、全部吐き出しますよ」

 そう言って母さんは諦め、しょんぼりした表情で話し始めた。

「ワタチが三大魔術師を抜け出した大きな理由は二つ。一つはリエンとの時間を大切にしたいと思ったからです。いくらドッペルゲンガーでリエンの近くにワタチが存在していても、それは数十体いるうちのワタチ。本当ならば全ての業務を引き継ぎ、ドッペルゲンガーのワタチを封印して人間のワタチをタプル村に向わせようかと思ったのです」

「え、でもそれをすると人間の母さんってミルダさんから離れるってことだよね? 大丈夫なの?」

「リエンも知っている通り人間のワタチは氷漬けになっていて、その上ミルダの持つ静寂の鈴で長生きをしています。離れれば当然年を取ります。言ってしまえば、一般的な人間になるだけです」

 母さんの目は本気だった。

「普通の村娘がちょっと魔術の技術が高いと評価されただけで何故永遠に生き続けなければいけないのか。そんな事をふと思ったこともありましたが、いつの間にかそれが普通に感じました。リエンと出会うまではですが」

「俺と?」

「リエンは成長し、ワタチの身長を超えました。それなのにワタチはこのまま変わりません。リエンと違う時間を過ごすのが徐々に苦痛に感じ始めてから色々と考え始めました」

「それで三大魔術師について考え直したんだね」

「三大魔術師に寿命があるという話しが広まれば、その座を狙う者は必ず現れます。だから先手を打ってマリー様に託しました。ですが予想外の展開が待ち受けていました」

 ゴクリと唾を飲み込む。あの優秀そうなマリーさんに何か欠点が?



「まさか半永久的な寿命を持つマリー様がリエンに指摘されるまで睡眠を必要とする体だったというのは予想していませんでした。不眠でも死んだりはしないのですが、そういえば書類の作業がどんどん雑になってました」

「むしろ不眠不休で活動している母さんとパムレを見ていて普通に感じていた俺も今すっごく反省しているよ」



 パムレも睡眠を必要としないんだよね。ミルダさんは鈴の音が常に鳴る場所で寝ているって言っているし、母さんとパムレが特別な扱いなんだろうな。

「それで、もう一つは?」

「ミリアム姉様ともう一度会いたい。そう思ったからです」

 やっぱりか。そう思った。

「三大魔術師は国に干渉できない。ですが、同時に『監視されている』という状況です。ワタチが抜け出しても問題無いような環境を整えてから、一目で良いからミリアム姉様と再会したいと思い三大魔術師の座を引いたのです」

 三大魔術師はある意味象徴的な感じに思えたけど、母さんからすれば大陸中から指名手配されている感覚だったのかな。それだとしたらちょっと嫌だよね。

「と言っても、三大魔術師を抜け出してミリアム姉様に会う方法を探しましたが、結局は転移以外の方法が見つからず、今のグダグダな感じに戻ってしまったというわけです」

「え、じゃあ別に今すぐにでも三大魔術師に戻ろうと思えば戻れるの?」

「あうう、マリー様の体調を考えればすぐにでもそうしたいところですが、それができないのです」

 やはり国に干渉できないとは言え大きな存在である三大魔術師という立場。きっとそう簡単に引き継いだりできないのだろう。



「ラルト様の大臣補佐の所為でがっつり国に干渉しちゃったので、現時点で三大魔術師になる資格は無いのです」

「なに退路絶っちゃってるの?」



 まさか過ぎる理由で呆れるしかなかったよ!

「ということで今まで『慈善事業の一環』として魔獣退治や野生の悪魔退治を行っていましたが、それすら自由にできない今、パムレ様が大陸中を巡って退治するか、各国の兵士達が対応する以外に方法は無いというわけです。いやー、正直少し暇なくらいですね」

 ずずずーっとお茶を飲む母さん。こうしてみると母さんと言うか普通の女の子である。

「三大魔術師じゃなくても魔獣退治とか野生の悪魔の退治をすれば良いんじゃないの?」

「ワタチもそう思ったのですがミルダに止められました。一般市民になった今こそ各国の問題をあぶりだす好機ということで、ワタチは手を出さないことになったのです。村が一つ無くなりかける案件はパムレ様が対応するみたいですが、それでも現在の三大魔術師は傍観者という立ち位置みたいですね」

 ずいぶんと俺の知っている三大魔術師から色々と変わったんだな。母さんが抜けただけでこうも変化があるってことは、やっぱり母さんの影響は大きいのだろうか。

「話は戻るけど、今でも悪魔の母さんを封印して人間の母さんだけを残そうと思ってる?」

「正直迷っています。仮に人間のワタチだけを残した場合、万が一その人間のワタチに何かがあれば、リエンはもちろん他の方たちと別れる。普通の人なら必ず訪れる死という概念ですが、それがワタチにも訪れると思うといまいち踏み出せないですね」

「そっか」

 正直俺は悪魔の母さんでも人間の母さんでもどちらでも良いと思う。母さんであることに変わりは無いからである。

「久々に弱音を吐いてしまいました。しかも一番弱音を見せたくない息子にです。ちょっと気分転換に書庫でも行って転移の方法を探ってみようかと思います」

「分かった。俺はとりあえずぶらぶらとしているよ」

 そう言って母さんは部屋を出て行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 母さんはミリアム姉様が大好きなんですね( ˘ω˘ )
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