現魔術研究所館長
ゲイルド魔術国家に到着し、俺たちは早速荷物を寒がり店主の休憩所へ置くため、馬車から荷下ろししていた。
「プルー、お世話になった」
「こちらこそ。むしろ面白い帰路だった。最後は少し面白くない物を見せてしまったがな」
「あはは、仕方がないことでしょ」
目の前に現れた『本当の悪魔』をプルーは消した。あれが一体何だったのかは教えてくれなかった。
パムレにもそれとなく聞いてみたけど、答えてくれる様子では無かった。
「うう、プルーちゃんの赤毛は結構ふわふわだったから名残惜しいわね」
「聖職者の髪は神聖な物だ。ガランの姫じゃ無ければ極刑だと思うぞ?」
「特権よ。まあまた会えるわよね」
「生きている間は会える。もしかしたら死ぬ間際に会えるかもしれないな」
ニコっと笑ってプルーは馬車に乗って去っていった。
「危篤者の代弁者ですか。ワタシはこうしてのんびりと生きていますが、死ぬ間際の人間がお客様というのは、なかなか大変なお仕事ですね」
「……得た能力が一般的な物だったら、もっと普通の生活を送れた。パムレは例外として、ミルダが良い例」
鈴を手に入れたという理由なだけで大陸の名前にもなってしまったミルダさん。うーん、この世界って結構適当なような気もするけどね。
「さて、早速母さんの家に行くとしよう」
そう言って回れ右をすると
「そこの四人を確保!」
☆
息をつく暇もなく沢山の魔術師に捕まってしまい、抵抗する間もなく連行されてしまった。
いや、今回は俺何も悪い事してないと思うんだけど。
紐でぐるぐる巻きになって動けない状態。しかし連れてこられた場所は魔術研究所。しかも『館長室』だった。
「いらっしゃい。すっごく待ってたわ」
「えっと、何事ですかマリーさん」
目の前には地球でお世話になったマリーさんがすっごい笑顔で立っていた。
「というか、痩せました? 目にもクマができているし、ちゃんと寝れてます?」
「寝れないわよ! 何この世界の秩序! ワタクシが居た時と比べてさらに複雑になってるじゃない! それに『三大魔術師』というよく分からない役職の所為で政治的干渉ができないのに、その上で魔術の管理やら治安維持って、前任者は十人くらいいたのかしらいたのでしょうねぬあああああ!」
あのおっとりお姉さんのマリーさんが壊れてしまった。
「なんとなく把握しましたけど、三大魔術師を母さんから引き継いで、魔術研究所の館長も引き継いだ今、凄い激務に困っているということですか?」
「そうよ! フーリエも一部手伝ってもらってるけど、正直魔術研究所の館長の仕事が苦痛なのよ! 次々とよくわからない魔術式を見せられて、使えそうなら承認したり、危険なら危険魔術として認定するんだけど、ほとんどが同じようなやつばかりなのよ! 点数稼ぎで似た論文を書いて来る人が多いのよここ!」
すげー。母さんってそんな大変な業務をしてたんだ。てっきり全部シグレット先生に押し付けて楽してたんだと思った。
「で、俺が連れて来られた理由って何ですか? それにシャルロットとパムレとパティも別な部屋に案内されちゃったし」
「マオに関してはミルダの所に行ってもらってちょっと頼み事の依頼よ。ガラン王国の姫と龍族の子はゲイルド魔術国家の姫に押し付けて今頃美味しいお茶を飲んでいるわ」
俺もそっちでお茶を飲みたいんだけど!
「残念ながら貴方には重要な任務を依頼したいの」
「重要な任務?」
「フーリエを説得してワタクシと同等の地位に戻って欲しいと言って欲しいの」
同等の地位。つまり三大魔術師と魔術研究所の館長という地位の事だろう。
「えっと、マリーさんから本人に言えば良いのでは?」
「言ったわよ。でも断られたわ。理由は教えてくれなかったけど、妥協案として魔術研究所の副館長という立場についてもらっているわ」
ふむ、マリーさんが嘘を言うとは思えない。と言うかガラン王国の大臣補佐を引き受ける母さんが、元々居た地位に戻ることを拒否することに疑問を感じた。
確かに激務なんだろうけど、実力ある人が担うべきって言ってた本人の方が適任なら、断るのはどうなんだろう。いや、母さんの私生活もあるから一概には言えないけど。
「そもそも何でワタクシがよりにもよって館長に再任なのかも不明なのよね。地球に帰ってからここへ戻るまでの歴史を知らないワタクシは新人研究員の地位でも全然かまわないのに」
「そりゃ、初代が戻ってきたら譲るんじゃないですか?」
「適材適所よ。ワタクシは確かに土台を作ったけど、それ以降は後任のミリアムとフーリエが作り上げたの。正直あの姉妹の作り上げたものを引き継ぐほどワタクシは優秀では無いわ」
地球で出会った時は結構凄い人ってイメージだったけど、今のマリーさんは一転して弱気な感じさえ感じる。
それにしても『ミリアム』か……少しその単語が引っかかった。
「弱気とは失礼ね、と言いたいけど、言い返せないのが悔しいわ」
そしてマリーさんは相手の心を読む癖があることを忘れていた。
「あの姉妹。母さんとそのお姉さんのミリアムさんの作り上げたものって相当な物なんですか?」
「まだ全部把握はしていないけど、そもそも魔術が存在する世界に生まれた人間という時点で、ワタクシと考えは違うのよ。ワタクシは地球で学んだ知識を利用して政治的土台や秩序を作っただけで、その後の魔術的な法律は全部後任が決めたの。だからこの世界に戻ってきて『ではお願いします』と言われても、どうして良いのかわからないのよね」
だいぶ困っている様子だ。
「つかぬことを聞きますが、昨夜森の中で悪魔に襲われたんですが、マリーさんが館長になったことと関係があったりします?」
そんな質問をするとマリーさんは机に頭をぶつけた。
「あああああああ。だから大陸全員の管理とか無理だからあああああ。違法な魔術の使用を見つけ次第逮捕とか、あのフーリエだからできたことであって、今のワタクシには無理いいいいいい。何、ワタクシもドッペルゲンガーで増えろってこと? あんなの一体増やしただけで脳が壊れるのに百体も増やせるわけないじゃない!」
マリーさんがまた壊れてしまった。あの頃のおっとりお姉さんはどこに行ったのだろう。
「ということでリエン少年。フーリエにこの魔術研究所の館長という立場を変わってくれるように交渉してくれないかしら。息子の願いなら聞いてくれるとワタクシ思うのよ」
「そこで本題なんですね。というかそういう話しなら別に誘拐しなくて良くないですか?」
「色々と理由はあるけど、ざっくり言うとフーリエがここに来たという事を悟られないように寒がり店主の休憩所から距離を取る必要があったのよ。それに魔力の塊りであるマオが同行してたら悪魔のフーリエはおおよその位置を把握できる。かといってリエンだけを呼び出すと怪しまれる。ということで何も言わずにつれ出すという作戦が一番スマートだと思ったのよね」
なるほど。変に話をするよりも、さっと誘拐してさっと話をした方が良いと思ったんだ。
「マリーさん、その作戦は俺一人だけの時に限り有効ですね」
「どういうこと?」
俺は少し念じた。
『む? 呼んだかのう?』
『ほーい、ご主人、寒いのー?』
「『悪魔の大好物の魔力』を纏っている俺の場所は、多分ですがすでに把握して、多分ですがそこの扉に多分ですが張り付いて多分ですが聞き耳を立てつつ攻撃の好機を多分ですが伺ってます」
「よくご存じで。褒めてあげましょうリエン。そしてマリー様、覚悟してもらっても?」
「きゃああああああああ!?」
☆
かくして、マリーさんによるリエン(俺)誘拐作戦は失敗。
そして現在マリーさんは地面に正座している状態である。
「全くワタチの思い描く万能魔術師マリー様は一体どこに行ったのやらです。これでも半分はワタチが作業しているのに、それでもまだ無理だと言うのですか?」
「本当に無理です。せめて館長と副館長を入れ替えさせてください」
「嫌ですよ。慈善事業に学校の校長ですら目まぐるしいのに、大臣の補佐で頭がいっぱいなんですよ?」
そう言えばあまり意識したことが無かったけど、今この状態でも他の母さんは宿の運営をしたり大臣の補佐をしていたり学校の校長をやっているんだよね。え、凄くね?
「第一ワタクシは土台の制度を作っただけで、その後のミリアムがこまごまと付け足したのが原因なのよ。それまで把握して魔術の承認とか難しいわよ!」
「っ!」
と、一瞬母さんが目を逸らした。
「ミリアム姉様が付け足した決め事のお陰で魔術の犯罪は減ったんです。ミリアム姉様を悪く言わないでください」
一瞬声色が変わったような……。
「話は終わりです。リエンは返してもらいますよ」
そう言って母さんは俺を縛っていた紐を魔術で切り落とした。
「ま、待って母さん」
「なんですか? リエンはマリー様の味方をするんですか?」
「ひいきするつもりは無いけど、今のマリーさんの目元を見ると危ない気がするんだ。母さんは寝る必要がない体だから淡々と仕事ができるかもしれないけど、マリーさんって寝てないんじゃないかな? と言うか今も凄い眠いんじゃないかな?」
「む……そうなのですか?」
母さんがマリーさんに問うと今にも泣きそうな表情で頷いた。
「はあ、仕方が無いですね。リエンから漂うお願いオーラに免じて少し作業をしますよ。マリー様はそこの棚の奥の緑色の錠剤を飲んで寝てください」
「やっと……寝れる……」
そう言ってその場で倒れた。
「錠剤を飲むまでもありませんでしたか……リエンの言う通りマリー様が人間だったという事を忘れていました。少し反省ですね」
「うん、と言うか母さんならマリーさんが人間だろうが精霊だろうが、ペース配分くらいできるんじゃないの?」
「ふむ、リエンは『三大魔術師』というものをちゃんと知らないみたいですね。せっかくなのでお茶を飲みながらお話でもしますか」




