占い師5
ゴルドさんはキューレさんを見てしばらく動かなくなった。というより、相手の動きをうかがっているように見えた。
「最初に聞きますが、敵ですか? 味方ですか?」
「どちらでもない。貴様の味方にはなりたくないけど……まあ、争う理由は無いわね」
「では普通に話をしても?」
「無論。というより貴様に用があって来たわ」
なんかキューレさんの口調がいつもよりすごく強い気がする。
「まさかあのキューレがこんなところにいるなんて思いませんでした。あ、フーリエ、ボクにお茶はいりませんからね」
そう言って椅子に座った。
「えっと、ゴルドさんとキューレさんは知り合いなの?」
「カミノセカイで少し顔をあわせた程度ですね。一応原初の魔力を持つ精霊同士ですし、知っている間ではあります」
さらっと言ったけど原初の魔力の精霊がここに二人いること自体凄い事だよね。
『ほんっっっっとうに今更じゃな。我は足が震えているぞ』
『圧がねー。もうやばいよねー』
『リエン様は忘れていると思うが、原初の魔力の精霊以外にも、原初の魔力(音)と後発魔力(龍)と魔力お化けと悪魔がいるから、頭がおかしくなりそうじゃよ』
『ウチ達の存在の小ささと言ったらねー。やばいよねー』
精霊ズにとってはすこぶる居心地の悪い空間に居る状態なのかな。でも俺からすれば氷と炎の精霊ってだけでもすごいからね!
「それで、ボクに用があって来たという事ですが、何の用ですか?」
「単刀直入に質問をするけど、あの『忌々しい女神様』は今どこにいるか知っているかしら?」
そう言えばキューレさんに会った時、女神という単語の前に卑下する単語をつけて呼んでいたっけ。何か因縁でもあるのかな?
「忌々しいって……一応キューレの生みの親ですよね?」
「今は色々と切り離されたから親では無いわ。ドッペルゲンガーの悪魔の魔力の部分だけ取り除かれた抜け殻だもの」
まあパムレが原因なんだろうけどね。
「嘘偽りなくボクの知ってることを言いますが『わかりません』。創造の神である『女神』は確かにトスカ達によって封印されましたが、その後の事はわかりません。そもそも封印という表現すらわかりませんしね」
当然その場にはパムレもいたのだろう。原初の魔力の『神』を宿す神。名前は無いため『女神』と周りは呼んでいたって言ってたけど、そういえばゴルドさんはその女神に喧嘩を売ったんだっけ。
「そう。それだけ聞けたらまあ良いわ。じゃあ私はこれで」
「待ってください。この後どうするのですか?」
ゴルドさんの問いにキューレさんは答えた。
「自由気ままな旅に出るわ。せっかくカンパネが作った世界を自由に歩けるんだもの。中身は精霊だけど、人間っぽく生活してみようかしら」
そう言ってキューレさんは店の入り口を出て
「あ、待ってください。お冷の代金の銅貨一枚貰ってません」
母さんが気配を消して登場した。
「ど……うか? えっと、勝手に出されたものだけど」
「いえ、ここは屋根がある休憩所なので、好き勝手にくつろぐのを防ぐために、水を提供する代わりに銅貨一枚を頂いてます。料理を一つ注文してくださったら無料になります」
母さんがそう言うと、キューレさんは財布を見た。
「後払いで良いかしら?」
「駄目に決まってるじゃないですか。この世界ではお金が無いと生きていけません。食を必要としない精霊だから占いは無料でやってたみたいですが、それが仇となりましたね」
淡々と語る母さん。いやいや、相手は『神』の魔力を持つ精霊なんだけど!?
一応相性的に母さん(悪魔)の弱点じゃ無いのかな!?
「フーリエ、ずいぶんと偉そうな態度ね。まあそこまで言うなら『神』の力を使って金貨千枚を創造して払ってあげるわ」
「たかが水に金貨なんて払われたら税金にうるさいミッドガルフ貿易国のお偉いさんが突入して来るので銅貨以外は受け取りません。仕方が無いですね、ちょうど人手不足もあったので、『あの人』を教育係りとして任命して働かせますか」
母さんは溜息をついた。『あの人』って誰だろう。
この中で絶対的な強者はパムレ。しかしパムレを見るとお腹いっぱいで今にも寝そうな表情を浮かべていた。
ゴルドさんは母さんに貸しがあるっぽいけど、直接店とは関係なさそうだし、俺やシャルロットやパティは精霊に勝てるほど強いわけでは無い。
「ふっ、力尽くとは面白い。神の魔力を持つ精霊に勝てる相手がそうそう出て来るとは」
「急に何じゃ。チャーハンが焦げ付いてしまうじゃろうに」
チャーハン職人(鉱石の神)!?
「ちょ!? 何でアルカンムケイル様がいるのよ!? と言うかそのエプロン何!?」
「む? あ奴の精霊か。一体何事じゃ?」
「無銭飲食です。色々と話はつけましたので、今日からアルカンムケイル様の下で働くことになったキューレ様です。教育をお願いします」
「ほほう。ようやくチャーハン地獄が軽減されるのか。相手が精霊なら遠慮も要らぬだろう。どれ、まずはキャベツの千切りからじゃ」
そう言ってキューレさんの首を掴んで厨房に引っ張っていった。
「え……ええええええええええええ!?」
☆
「さて、本題に入りましょう」
そう言ってゴルドさんはコホンと一咳。
「いやいや、何普通に話を始めようとしてるの? キューレさん連行されちゃったけど良いの!?」
今も厨房から『もう無理腕がー!』って聞こえてきてるんだけど。
『ちなみにリエン様よ。さっき鉱石神は軽々と連れて行ったが、その間キューレとやらは様々な魔術や神術を使って抵抗するも全て無効化されてたぞ。ゼロ距離で神々の戦争が行われてたのに無傷なのが奇跡だぞ』
「そんなすごい状況から一転して普通の会話にできるかよ!」
俺がおかしいの? この状況を受け入れたら絶対ダメな気がするんだけど!
「キューレの件はボク達にひとまず任せてください。彼女は昔色々とやらかしたので、その仕返しをしたいのです」
「まあ、ゴルドさんがそう言うなら……」
色々と言いたいことはあるが、とりあえず飲み込んだ。
「それで本題って?」
「ゲイルド魔術国家に行くならこれを持って行ってください」
そう言ってゴルドさんは小さな箱を俺に渡した。
「現三大魔術師のマリーも元々は人間です。ボクは精霊なのでいまいち感情はわかりませんが、それでもできる限り人間に寄り添って生活をしてきました。これはかなり昔にとある女性がお願いをして作ったオルゴールの複製です」
小さな箱を開けると音楽が鳴り始めた。
「あ、これ……」
シャルロットが反応した。ん? なんか聞き覚えのある曲だな。
「ガラン王国の国家?」
「『今は』そうですね。この歌自体はトスカが大切にしていたものですが、それには理由があります。そうですね、マリーとの話のネタとしてこの話題はボクから言わない事にしましょう」
すごい気になるけど……まあ、マリーさんから話を聞いた方が良い内容なのかな。
「さて、そろそろゲイルド魔術国家に行く行商人探しもしないといけないし、そろそろ俺たちは行くよ」
そう言って席を立った。
同時にペシアさんがペコリと頭を下げた。
「店主さんの息子さん。また会えて嬉しかったです。そしてまた遊びに来てくださいね」
「はい」
俺も頭を下げる。
「人の体を自在に作れるなら、もう少しパムレちゃんっぽくしてもらった方が膝の上に載せた時ちょうど良いと思うんだけど」
ぶれない姫様は置いといて俺とパティとパムレは宿を出た。
☆
行商人が多くいる集会所のような場所に到着。
正直自分の足でゲイルド魔術国家に行くのは無理なので、少し料金が高くても馬車に相乗りさせてもらった方が良い。
「ねえねえ、あの記号、もしかしてミルダちゃんの教会の記号じゃない?」
静寂の鈴の巫女をちゃん呼びする姫。マジで隣に三大魔術師マオが居なかったら俺の心は平穏じゃ無いぞ?
「っと、本当だ。大きな馬車だし、一緒に乗せてってもらえないかな」
教会の馬車だけどちょっと黒い布で覆われている不気味な雰囲気を醸し出しているけど、ミルダさんの教会の記号が入っているし、とりあえず大丈夫だと信じて近くまで歩いてみた。
「止まれ」
と、馬車の近くに立っていた修道服を着た男性に止められた。
「我々に何か用か?」
「静寂の鈴の巫女様と関係がある馬車だと思い声をかけようかと思ってました。もしかしてゲイルド魔術国家に行く予定は無いかなと」
「少年の言う通りだ。ここへは静寂の鈴の巫女様のご命令で来て、今からゲイルド魔術国家に帰る所だ」
「でしたら、俺とこの三名を同乗させてもらえないでしょうか?」
そう言って俺とシャルロットとパティとパムレを男は見た。
「普段の我々ならすぐにうなずくのだが……今馬車に乗っているお方の都合上、一般の方を乗せることは……」
困った表情をする修道服を着た男性。特別偉い人というわけではなく、普通に俺たち一般人に優しい教会の人みたいだ。
『不気味な魔力が漂っていると思えば、魔力お化けでは無いか』
と、馬車の中から声が聞こえた。
「プルー様。すみません、ちょっと声をかけられたもので」
修道服を着た男性は頭を下げると、馬車の扉が開いた。中から黒い服で白い肌を持つ赤髪の少女が出てきた。
「……うわあ、まさか『危篤者の代弁者』の馬車だったか」
どうやらパムレの知り合いらしい。それにしても『危篤者の代弁者』って何だろう?
「バジル。そこの銀髪の少女は三大魔術師マオだ。身分はしっかりしているし、先ほどの悩みを聞いてあげよう」
「さんだい!? し、失礼しました!」
「……かしこまらなくていい。今はマオじゃなくてパムレと名乗っている」
「パムレの知り合いなの?」
そう聞くと、パムレではなく赤髪の少女が話始めた。
「初めまして人間の少年。プルーの名前はプルー。生と死の狭間を生きる者の言葉を代弁する『危篤者の代弁者』だ」




