ガラン王国で特訓4
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「魚……か」
今日の昼休みの定食は魚を出す予定なのか、凄い量の魚が並んでいる。
普段なら順番に焼いて行くということらしいが……
「本日はいかがしましょう『リエン料理長』!」
「準備は整いました『リエン料理長』!」
「『リエン料理長』!」
何だこの期待の眼差しは!
そしてちょっと離れたところで本当の料理長が涙を流しているよ!
本当の料理長はシャルロットの料理の被害者だから、結構可哀想な気もする。
「とりあえずこれらを切り身にして、順次焼いていこう」
包丁を取ると全員が首を傾げた。
「え、このまま焼かないのですか?」
え、一体どんな教育しているの料理長!
「その、リエン……料理長」
本当の料理長が俺を呼んだ。というか。
「『料理長』は俺を料理長って呼ばないでよ本当の料理長!」
「うぐ……その、調理場担当は料理をしつつも兵としての業務も行っているため、下準備等はできるだけ簡略化しているのです。そして私以外は人事異動が多いので、料理の知識を持つ者は少ないのですよ」
「なるほど。だからか」
母さんは言っていた。料理はひと手間が大事だと。
魚には鱗があり内臓もある。これらをしっかり取らないと苦かったり食べれない部分が多かったりして料理を楽しめない。
そして食べに来る兵は『昼食は唯一の楽しみだ。まずいけど』と言った。少なくとも食に関して無関心ではない。
今は手段を選んでいられない。焼くだけ……と言うと語弊はあるが、多少焦げても良いだろう。
「魚の下準備は俺! 切り身を細かくするのは君と君! それらを米と一緒に料理長は焼く!」
「米を……ですか?」
「炊いた米を昨日のオムライス同様焼く! だが今回はいつもよりちょっと長めで。順次指示を出すから、今は持ち場について!」
「あのー」
一人の女性料理担当者が俺に話しかけてきた。
「ん?」
「今日の料理名は?」
そうか、注文者が何を頼めば良いかわからないもんな。
「今日は『魚チャーハン』だ!」
「「「了解! リエン料理長!」」」
☆
昨日に引き続き食堂は大盛り上がり。
もちろん原因は『魚チャーハン』である。正確には焼き魚入りチャーハンなんだろうけど、細かいことを言うときりが無い。
昨日のオムライスと比べて今日は魚の焼いた香りが廊下まで漂っていた。
「魚ちゃーはん? 今日も変わった料理だな」
「これがシャルロット様の提案した『お楽しみ料理制度』か? もう毎日これで良いな」
「今調理場を手伝っている奴がいるまでの間だけらしいぜ?」
「よし。意見箱に申請と著名運動をしよう」
何やら俺の本来の目的が失われそうな会話も聞こえるが、後回し!
「リエン料理長! 魚の切り身がもう」
「追加だ!」
「リエン料理長! 火加減が」
「『火柱』!」
あわただしくも何とか途切れることなく料理をしていたら、大問題が発生した。
「た、大変だリエン料理長!」
「どうした! 鍋が割れたか!?」
「いえ、その……女王様と姫様が昼食に来た」
マジでこの国どうなってるんだよ! ふざけんなよ!
俺が描いていた貴族って、こう優雅にナイフとフォークを構えて、料理を一口食べて、ナプキンで吹いて『美味しいですね』と優雅に食べる感じなのに、何だこの国!
受付を見ると、兵士たちの列の中に二人ほど違和感しかない存在がちょこんと並んでいるんだけど!
よく見たらそのちょっと後ろにシャムロエ様まで並んでいるじゃん! 何で他の兵士たちは平然といられるの!?
「おかしいよね! この食堂って兵たち唯一の憩いの場じゃないの!?」
「その……女王の側近からの伝達で、『動じるな。普段通りで過ごせ』とのことです」
「動じるわ! そりゃラルト副長が何度も変な罪で捕まるわ!」
とりあえず料理を続ける。
シャーリー女王とシャルロットは魚チャーハンを受け取る。というか、最初めっちゃ仲悪そうだったのに、これをきっかけに仲直りしてない!?
数人ほど魚チャーハンを配り終えたら、とうとう仮面をつけている違和感の塊りのシャムロエ様がお盆を持って来たよ!
何事もなく普通に受け取ったよ!
そしてよく平然とチャーハン渡せたな!
あ、結構席が埋まっていたからキョロキョロしてる。
察したのか、シャルロットがシャムロエ様を呼んで、一緒のテーブルに座った。というかまたしても重要な人物が一つの小さいテーブルに集まってるよ!
「大変ですリエン料理長!」
「どうした!」
「いや、あそこのテーブルにガランのすべてが揃っているので、もはやここはただの食堂では無く、超重要区域となりました」
「知ってるよ! もう俺は心の中で突っ込みまくって疲れているんだよ!!」
「し、失礼しました!」
「と言うか俺に敬語使わないでくれる!?」
魚チャーハンを食べ終えたのか、食器を片付けに来た貴族三人衆。というかそういうのも側近とかにさせるんじゃないの!?
「美味しかったわ」
「美味しかったわね」
「リエン! 最高よ!」
「おほめにあずかり光栄ですー。出口はあっちです!(早く帰れー!)」
「心なしか声が震えているかしら?」
そりゃ三人そろって受付に立っていたら誰でも驚くわ!
「ふふ、これは午後の業務も捗ります。ありがとう」
「あ、ラルト副長がちょっと会議で呼ばれているから、小一時間ほどまた来てくれない? 例の特訓よ」
「了解……」
そう言って三人は去っていった。次の瞬間。
「「「こえええええええ!」」」
食堂にいる全兵士たちが一気に膝をついた。
いや、やっぱりそうだよね!
☆
午後の特訓はシャルロットの言った通りラルト副長がいない間は魔術の練習になった。
「ひーはーふぉおおお!」
「良い感じです! あと少しです!」
「さあ! さあ!」
……もう魔術が上達しない原因はこの人たちなんじゃないかな。
「えっと、シャルロットって褒めて伸びるタイプなの?」
「え、どうかしら……ね、少なくとも剣技に関しては母上に褒められたことは無かったわね」
やっぱり逆効果じゃん!
「リエン殿、我々も家庭がある故」
「正直なことを申し上げた場合、大人の事情がですね」
「あー、わかったよ! じゃあ今は黙ってて!」
そして俺はシャルロットの隣に立って、構えていた杖を一緒に持った。
「へ? そ、その……」
「集中!」
「はい!」
食堂で色々理不尽にあったから、もう今は多少の無礼は許してくれるよね。というかシャムロエ様が『ほぼ許す』って言ってたしね!
「魔力の流れは大丈夫。杖までは届いていて、あとはそれを火に変えるだけ」
「でもそれがうまくいかないわよ?」
「うん。俺も同じところで止まっていた。だから母さんがこうして一緒に杖を持ってくれたんだ。そしてこうやったんだ。『火球』!」
ぼうっと小さな火の玉が出た。
「わっ! リエンが魔術を使ったのに、杖を一緒に持っていたから私が魔術を使った感覚になるわね」
「そう。『火球』がどのように放たれるかというのは、放った本人しかわからない。想像できないのであれば、実際に目の前で見れば良いんだ。じゃあ今度は魔力を流す想像をして一気に火を出す感じで行くよ」
「うん!」
「『火球』!」
「か、かきゅう!」
ぼうっ!
「『火球』!」
「かきゅう!」
ぼう!
「……火球!」
「『かきゅう』!」
ぽっ……。
小さな火が出た。
「リエン、失敗した? なんか今すっごい小さい火が出たわよ」
ふふっと笑うシャルロット。
「いや、失敗はしていない。そもそも俺は『放っていない』」
「へ?」
「ほらもう一度、火球!」
「あわわ、『かきゅう』!」
ぽっ……。
「ほい、火球!」
「『火球』!」
ぶぉっ……。
先ほどより大きめの火が出た。
「ねえ、シャルロット。今杖は誰が持っている?」
「え、私とリエンが一緒に……え!?」
そう。俺はすでに手を放している。
もっと言うとシャルロットが最初に放った時から手は放していた。かざしていた……という感じだろう。
そして最後に関してはすでに、俺の手は杖にかざしてすらいなかった。
「あ……ああ」
「おめでとう。もうシャルロットは魔術師だよ」
「うわあああああああああ!」
その時、一番の喜びの声が聞こえた。
目に浮かべた涙は、とてもキラキラと輝いていた。
自転車を初めて乗ったとき、後ろで抑えててねーと言っていつの間にか離す。そんなドラマのシーンを思い出して書いてみました。




