悪魔の約束
ミッドガルフ貿易国の王とその息子の王子の逮捕は瞬く間に大陸中の話題となった。
ゲイルド魔術国家に本拠地を置く『聖なる医師団』の謎の資金援助は全てミッドガルフ貿易国の王によるものという事が発覚し、ゲイルド魔術国家の王の命令により『聖なる医師団』の活動は一部停止となった。
ミッドガルフ貿易国のガルフ王の行いは簡単に許されるものではなく、国民からの反乱が今にも勃発しそうな状況だった。
「うん、今更だけど私達ってやってることの規模が身の丈にあってないと思うの。というかリエンの旅なのに国一つ滅びかけてるこの状況は一周回って笑えそうね」
「笑えないよ! 俺の個人的な旅に国際的問題を巻き込まないでくれる!?」
とりあえずシャルロットの髪に風魔術を軽く当てて『髪の毛ボフボフの刑』を実行してみる。
「地味! だけどこのクルっとした部分を整えるの大変なのよ!」
「国際的な問題に巻き込まれるのと髪の毛崩れるのと、どっちが大変かもう一度考えような!」
まあ、一応目の前の女の子は一国の姫なんだしこれくらいにしておくか。
「こほん、そろそろ良いかな?」
「うお! あ、ヒューゴ……さんでしたっけ?」
「ああ。別にかしこまらなくて良いよ。改めて俺はヒューゴ。息子のピーターが世話になってたみたいだね」
どことなくピーター君に似ているような。
「そして母さんと昔ながらの知り合いと。もう母さんはいくつ隠し事をしているのやら」
「人聞きが悪いですね。別にヒューゴ様の事は隠していませんよ。言う必要が今までなかっただけで、状況が変わっただけですよ」
「というか母さんはどうしてヒューゴさんが牢獄にいるって知ってたの?」
元々ピーター君の父親が何かをしているという情報はフブキも知っていたし、母さんも昔に何か言われていたなら何か行動をしているーくらいは知っていたかもしれないけど、牢屋にいるなんて知らないよね。
「実はヒューゴ様とは『悪魔契約』をしていました。本来人間と悪魔が契約する仕組みをヒューゴ様とワタチで行ったのですが、その内容が『十五年後に王が逮捕されなければヒューゴの首を貰いに行く』という物でした」
ずいぶん物騒な契約をしたんだな。
「んで、ちょうど十五年後の今日、ワタチは悪魔契約の下ヒューゴの首を貰いに行ったんです」
「え、ヒューゴさんの場所は知ってたの?」
「知りませんよ? 悪魔契約で『首を貰いに行く』という契約だったので、ワタチの体は勝手にヒューゴの場所へと向かっていったのです」
何それすごい怖い。
「到着してみたら牢屋の中で手首が捕まっている状態でした。まさかとは思いますがそうなるのも知っていたのですか?」
母さんがそう尋ねるとヒューゴさんはニコッと笑った。
「偶然さ」
「冗談でも『その通り』って言った方が清々しいよ!」
何偶然って。
「と言うか悪魔契約では『首をもらいに行く』なんだよね? なら今ヒューゴさんの命はヤバくないの?」
「もらいに行くだけで貰うわけじゃない。悪魔契約は屁理屈で身を守れる。その辺を一番詳しいのはリエン君のお母さんかな」
まあ、普段から正しく使えばーなんて言ってるもんね。
「それでも正直捕まった時は終わったーと思ったし、このまま時間が来れば首が飛ぶんだーと半分諦めてたけどね。まさか地面からフーリ……店主さんが生えてくるとは思わなかったよ」
母さん地面から出てきたんだ。もうなんでもありだな。
「それで、ガルフ王は現在捕まってしまい、王がいない状態だけども、ヒューゴが次期ガルフ王になるのかしら?」
シャルロットの言葉にヒューゴは頷いた。
「まあまだ色々準備はしないといけないけど、次の王として即位するよ。ピーターには後日連絡をしてミッドガルフ貿易国に来てもらうさ」
あのピーター君が王子である。もう崩壊の道しか見えないんだけど。
「さて、俺がこうして色々と準備をして現ガルフ王を捕まえることに成功したのには一つ大きな理由があるんだ」
そう言えばここまで全て計算したかのような動きだったよね。しかも十五年前に母さんと出会って行動していたというと、普通では無いだろう。
「リエン、君と出会うまでの俺の行動は全て『予言』されていた物なんだ。決まった日にミッドガルフ貿易国の王は捕まり新たな王が生まれる。そこにはガラン王国の姫やそこの『龍族』の娘がいることすら予言されていたんだ」
その言葉にパティは驚いた。
「一体どうやって?」
「『砂の地』の少し離れた場所に一人のエルフが住んでいる。そのエルフの持つ道具は未来を見ることができる不思議な道具らしいんだ。色々と調べてみると『運命』という魔力が関係しているかもしれないと言うのが俺の結論だ」
まさかここに来て『運命』の魔力という単語が出るとは思わなかった。
「十五年越しとはなるが、そのエルフからリエンに伝言だ。一度砂の地の集落から少し離れた場所にある小屋に来て欲しい。そこで君について知る限りのことを教えよう。だそうだ」
まさかこの場で俺についての情報が来るとは予想していなかった。
☆
ヒューゴはこれから色々と手続きとかがあるということで城に籠り、俺とシャルロットとパティと母さんは寒がり店主の休憩所へと戻った。
「あ、お帰りなさい」
迎えてくれたのはゴルドさんだった。
「ゴルドさん? どうしてここに?」
「ちょっと大きな仕事が入ったので、この店の部屋を借りて打合せをしていたのですよ」
まさか鉱石精霊が出動するくらいの大規模な事件?
「ミッドガルフ貿易国の兵士の武器の新調ということで、結構な数の武器を作ることになりました」
「鉱石精霊っていう本業を吹っ飛ばして完全に武器屋じゃん」
精霊ってもっと高貴なものなんじゃないの?
「私は精霊も人間も協力して色々している世界の方が楽しいと思うわね。本当は精霊の森のエルフと仲良くしたいんだけど、なかなか難しいものよね」
時々見せるシャルロットの姫としての立場は驚いてしまう。王族としての意見を言うなら事前に教えて欲しいなー。いや無理だな。
「ワタシは精霊とか人間とかの溝というのはわかりませんが、仲良しは良い事だと思います!」
「そうねパティちゃん。ということで私の膝の上に乗りなさい」
ひょいっと持ち上げて椅子に座りつつパティを膝に乗せた。
「賑やかな方が良いしセシリーとフェリーも出すか」
『うむ』
『おはよー』
フェリーは寝ていたみたい。
「さて、ミッドガルフ貿易国の問題は去ったようですし、リエンたちはこれからゲイルド魔術国家へ行くのですか?」
「うーん、その前に『砂の地』へ行こうかなって思っています」
「砂の地に?」
「そこには一人のエルフがいて、どうやら『運命』の魔力の道具を持っているそうです。十五年越しの伝言でそこに来て欲しいと言われたです」
「エルフ……」
少し考えるゴルドさん。そして厨房に向かって大声で話しかけた。
「フーリエ、砂の地にエルフっていましたっけ?」
『ゴルド様! ワタチの名前を簡単に呼ばないでください! アルカンムケイル様には罰としてキャベツの千切り追加の刑です!』
『何故我なんじゃあああああああああああああ!』
あ、アルカンさん厨房にいたんだ。
と、厨房から母さんが現れた。
「はあ、正直ワタチも話を聞いたときに疑問を感じました。単純にワタチが知らないだけなのか、それともエルフが住んでいるという情報自体は嘘なのか」
「どういうこと?」
「ワタチは砂の地に二体います。フェリー様の地元に一体と小さな洞窟に一体住んでいるのですが、周囲にエルフの気配は無いのですよ」
『ちなみにウチも知らないー。エルフなら魔力で分かるけど全然反応無かったー』
ふむ、母さんもフェリーも分からないということはヒューゴの言うエルフというのは誤情報なのかな。
「ともかくワタチとしては色々と知る必要もある気がするので、砂の地の洞窟のワタチと合流して、そのエルフとやらに会いに行きましょう」
「相変わらずフーリエは息子離れできていませんね。おっと、ここでは店主でしたね」
「まーたゴルド様は! アルカンムケイル様にはうどん生地百人分生産の刑です」
『待て店主! あれは老体には辛い! せめて十人!』
何妥協案出してるの!?




