大臣選挙を終えて
ようやく宿屋から兵士達が全員離れていき、俺とシャルロットとパムレとパティと母さんの五人だけになった。
と言っても入り口には数名の兵士がまだ警備のために残っているんだけどね。
「店主殿がまさか母上を試すなんて思いませんでした」
「今のワタチは『心情読破』が使えませんからね。相手の本当の気持ちを知るにはこういう手段しかないのですよ」
「でもだからってあんな大勢の兵たちの前で嘘までついて女王を試さなくても」
その疑問に母さんはお茶を飲みながら答えた。
「以前起こった貴族の怠慢と、今回の大臣選挙での貴族の不正。今のガラン王国は土台が崩れています。良い貴族もいれば悪い貴族もいるという状況は王族内にもありえるお話しです」
だからってあの大勢いる状態でやらなくてもねえ。
「……大勢だから意味がある」
「え?」
「……兵の中にも少なからずリエンママの考えを持つ人はいた。今の女王は大丈夫なのかと思っている中、リエンママがシャーリー女王を試し誠意を見せた。ある意味リエンママは悪者役になったけど、一方で兵士達の忠誠心はさらに増した」
「そうなの!? 母さん、もしかしてそこまで考えてたの!?」
流石母さん! 策士だ!
「え”、そこまで考えているわけ無いですよ。良いですかリエン、回覧板って結構作るの大変なんですよ? 魔術研究所の論文は専門知識を惜しみなく使えますけど、回覧板は皆にわかりやすく作らないといけないんです。そんな中大臣補佐とか面倒の極みに決まってますよ」
「そろそろ回覧板と大臣補佐を天秤にかけるのやめない!?」
一国の経済を支える大事な役回りと、町内のお知らせが同じなわけないでしょ!
と、心の中で突っ込みを入れていると、パティが俺の服の裾をちょいちょいと引っ張った。
「えっと、店主さんって魔術研究所で論文を書いているのですか?」
「大変ですリエン。パティ様はまだワタチの正体を知られていません!」
「二回目だよね!? 前にもこんなことあったよね!?」
☆
「ててててて店主さんが魔術研究所の元館長……さささ三大魔術師じゃないですか!」
俺の背中に隠れるパティ。
を、羨ましそうに睨みつけてくるシャルロット。俺今回悪く無くね?
「ようやく理解しました。謁見の間でのお二人の会話が理解できないわけです。なるほど、店主さんの正体というのはそういう意味だったのですね」
そんなことをそういえば口走ってたっけ。俺も結構危ない橋を渡ってたんだな。
「凄いです! 三大魔術師マオさんに元三大魔術師の館長さん! リエンさんの周りには凄い人が多いですね!」
「……大丈夫。パティはパムレットの神様。パムレが唯一崇拝する人」
「あわわ、恐れ多いです!」
今日もパムレは平常運転の様だ。
「それよりも店主殿、一つ質問しても?」
「何ですか?」
「リエンお仕置き薬って何ですか?」
真顔で聞きたいことがそれ? なんで一瞬ためた?
いや、正確には多分悪い事したら罰として飲ませるやつなんだろうけど。
「空腹の小悪魔事件以降色々と封印してきた『ワタチのリエン教育方法』の中の一つです。悪い事をしたら苦手な食べ物をおかずにするという初歩的な方法なんですが……」
そう言って小瓶をじっと見つめる母さん。
「リエンって基本的に悪い事しないんですよ」
「良い事じゃん! 悪い事して欲しかったの!?」
何か恥ずかしいから!
「小さないたずらはしてたんですよ? でも基本空腹の小悪魔で脅かしたりしてたので、苦手な食べ物をおかずに入れる事は無かったのですよね。そもそも好き嫌いもしないですし」
母さんの料理っていつも美味しいからね! なんだこの変な空気!
「じゃあその瓶の液体って苦手だと思っているであろう野菜もすごく入ってるの?」
「野菜や薬草など、思いつく限りの苦い物を詰め込んだ超濃縮液ですね。多分風邪とかなら一瞬で治ると思いますし、売ったら金貨二枚くらいにはなるんじゃないですか?」
薬草や野菜だけでそんな禍々しい緑色になるんだ……。
「リエン、私すっごく興味あるわ! 母上が噴き出すほど苦いと感じたものだし、母上を乗り越えるという意味でも飲んでみたいわ!」
「別にガラン王国の女王の試練ってわけじゃないでしょ! 俺のお仕置き薬だよ!?」
何だよ『俺のお仕置き薬』って! 自分で言って悲しくなってきたぞ!
それに、万が一これがガラン王国の文化になったら嫌だよ!
「気になるなら飲んでみます?」
「え、薬草も入っているなら貴重なのでは? 金貨二枚って言ってましたし」
「そんなの部下にお願いしたらすぐにもらえますよ。時間はかかりますが、ワタチにとって一年や二年は呼吸と一緒ですからね」
絶対『部下』ってシグレット先生じゃん! 今度お詫びのお菓子でも買わないと!
「で……では……」
そして小瓶の蓋を開けて禍々しい緑の液体を見つめるシャルロット。
「臭いは……野菜? 臭くは無いわね。ではいただくね」
そして液体を一飲み。
「どうですか?」
パティが心配しながら見つめるなか、シャルロットは薬を飲み切った。
「うん、普通? 体に良さそうな感じがするけど予想より苦くはブフッ!」
「シャルロットさああああん!」
パティの腕の中で眠るシャルロットは、どこか幸せそうな表情だった……あ、別に死んでないよね。
☆
シャルロットが気を失い、布団へ運んで広間へ戻ったら、パムレが沢山の荷物を背負っていた。
「パムレ? どこか行くの?」
「……一応ミルダからの頼まれごとは済んだから、報告とかしにゲイルド魔術国家に帰る」
「ええ! パムレさんどこか行っちゃうのですか!?」
俺の後ろにいたパティが声を出した。
「……もうミルダ大陸とかどうでもいいや。パムレット神が望むなら『マオ』は世界を破壊する」
「暴走しないで。本当にミルダ大陸が滅ぶから! あとミルダさんも大事にしてあげて! 雪食べられたら困るでしょ!」
「……ぐう、一理ある。じゃあ今度元祖パムレットを作ってもらう」
「わかりました! どこかの厨房を借りて作りますね!」
「……生きる希望が出来た。じゃ、またね」
そう言ってパムレは寒がり店主の休憩所を出て行った。
同時に厨房から母さんが顔を出して話しかけてきた。
「行っちゃいましたか。口ではああ言ってますけど、本当はリエンと一緒に旅をしたい感じですね」
「そうなの?」
「ワタチが三大魔術師を抜けてから、パムレ様へ依頼が行くようになっちゃったみたいです。これでもかなり減った方なんですけど、各国の三大魔術師の依存はなかなか高かったということで現在マリー様が色々と手を回しているみたいです」
「そうなんだ。じゃあ早く少しでも負担が減ると良いね」
「そうですね。まあワタチは大臣の教育係をすることになったので、以前よりも忙しくなりそうですけどね」
今まで三大魔術師として頑張ってきた母さんだが、ようやくその重荷が無くなったと思ったら次は大臣の教育か。なんというか、母さんって何でもできるんだな。
「母さんって本当に俺の自慢の母さんだね」
「ふぇ!? と、突然何を言い出すんですか!」
いや、思ったことを言っただけだよ。
『良いかパティ殿。今のが『照れ』じゃ。百戦錬磨の元三大魔術師も息子の前では無力という事じゃよ』
『ほっこりー』
「ふふ、店主さんってそういう顔もするんですね」
「パティ様は後で考えるとして精霊二人は魔力を吸い取る刑にします!」
『待て悪魔よ! それはマジで洒落にならぬぞ!』
『冗談は寝言だけにして欲しいー魔力は命ー』
ぴゅーっと逃げていく精霊を追いかける母さん。あれま、パティと二人だけになってしまった。
「ふふ、店主さんはリエンさんの前以外ではワタシの知ってる店主さんそのままでしたね」
「パティの知っている母さんって百年以上前だよね? 変わってないってそれはそれで駄目じゃね?」
行動や言動が幼いままってことだよね?
「龍族のワタシが言うのも変ですけど、数百年生きて精神が保たれているのは凄いことです。パムレさんはお菓子によって色々と発散しているみたいですが、それでも限界はいつか来ると思いますよ」
時々考えたことはあるけど、母さんはこの数百年、いや、数千年を生きてきて挫折等は無かったのだろうか。
そして目の前のパティも今の話から察するに、我を忘れて壊れかけたことがあるのだろう。
「店主さんもどこか行っちゃいましたし、シャルロットさんは寝込んでますし、ちょっと外でもお散歩しませんか?」
「今から?」
結構暗いけど……。
「ちょっと気になることがあるのです」




