リエンと言う存在3
元三大魔術師の一人にして魔術研究所の副館長フーリエ(母さん)。
その実力は三大魔術師のマオを抑え込むほどで、正直入れ替わる人が違うんじゃないかと思うほどの実力者が目の前で目を赤く輝かせて立っていた。
「一応手加減はします。多少の怪我は覚悟してください」
そう言って母さんは術を唱え始めた。
「どこまで力を出して来るかしら……まさかとは思うけど、本気で来ないわよね?」
「手加減はすると言っていたし、でもこっちは本気で行かないと多分」
ばああああああああああああああああああああん!
突然背後が爆発した。今のは火属性の『獄炎』!?
「何突っ立ってるんですか? 手加減はしますが、ぼーっとしてたら大怪我ではすみませんよ」
「マジな奴だ! シャルロット、セシリー、フェリー、全力で行くよ!」
『相性が悪いのう。防御に徹するぞ』
『腰が痛むー』
「音の魔力でー……『そこの空腹の小悪魔はどこかに飛んで行って!』」
『ガアアアアアアアアアアアアア!』
シャルロットの声で地面から出てきた空腹の小悪魔が突然空に飛んでいった。
「やはり音の魔力を持っているおかげですか。地中に悪魔を潜ませるのは難しいですね」
「店主殿、覚悟!『火球』!」
シャルロットの魔術はまっすぐ母さんへ向かって飛ぶも、地面が盛り上がって防がれた。
「足止めをする!『水球』! そして『氷結』!」
セシリーの力を借りて水の魔術と氷の魔術を同時に放つ。パムレ以外は二種類をほぼ同時に放つことはできないが、今の俺は少し無理をすればできる!
「『雷針』!」
「なっ!」
母さんを中心に空から雷が落ちた。範囲は狭いが、俺の飛ばした水と氷は一瞬で蒸発してしまった。
「パムレちゃんもいつだったか似た魔術を使っていたけど、あれは火なの?」
「あれは雷かな。大雨とかで時々光るやつで、当たるとヤバイ」
「そう……火や水などの魔術以外にも色々あるのね。あの魔術は私にも使えるかしら?」
「あー、あと三十年は魔術の勉強必要かな。俺もまだ無理」
「とんでもない魔術を使ってきて店主殿は一体何を考えているの!?」
いや本当に母さんの意図が読めない。
「お喋りできるほど余裕があるとは心強いですね。では少しだけ戦略を変えましょう」
そう言って母さんは後ろから大きな蛇を召喚した。
「『夢食らう大蛇』。これを倒せたらワタチの負けで良いです」
母さんの身長の十倍はある大きな蛇。それは俺たちを睨み、ゆっくりと近づいてくる。
「『獄炎』! え、全然びくともしないんだけど!」
「背中を見せたら駄目だ。こいつは一瞬で襲ってくる」
「ならどうするのよ!」
焦るシャルロット。だが俺はタイミングを見計らっていた。
ゆっくりと近づいて来る大蛇は俺をじっと見ながら好機をうかがっている。
そして。
「そこ!」
ガラン王国の短剣にセシリーの氷を付与して刀身を伸ばし、一瞬で大蛇の目を斬った。
『ジャアアアアアアアアアアア!』
「シャルロット! 開いた口の中に聖術!」
「わ、わかった!『光球』!」
「『光柱』!」
『ギャアアアアアアアアアアアアア!』
大蛇は皮膚が固い。よって口の中に聖術を打ち込めば勝てる!
そして。
「まあ良しとしましょう」
大蛇は灰となり、そして跡形もなく消えていった。
「か……勝った」
「まあ、勝たせてくれたという感じかな。母さんが悪魔を召喚せずにあのまま戦ってたら俺たちは負けてただろうし、相手が大蛇だったから勝てたというのもあるかな」
そもそも人間二人と精霊二体という数では有利なのに、全然歯が立たない所を見るとやはり母さんは強すぎると思った。
「そこまで見通してましたか。いやーさすが息子ですね。ご褒美に明日の朝ごはん五目御飯にしましょう」
先ほどまで殺気があふれ出ていた母さんだが、今ではいつもの店主兼母である。
「実のところまだ心配をしていました。リエンは確かに実力をつけてきましたが、同時にカッシュ様のように自信過剰となって油断をするのではないかと思いました」
「それで、どうだった?」
「シャルロット様は少し心配ですけど、リエンは大丈夫そうですね。相手をよく見て最適案を出す。むやみに背を向けない。まあこれらができれば盗賊くらいは大丈夫でしょう」
そう言って母さんは家に向って歩いて行った。
「今度の旅はパムレ様がいません。もしかしたらまた途中で出会うかもしれませんが、例え隣に強大な力を持つ味方がいたとしても気を抜かないでくださいね」
と、言い残して家に入っていった。
「なんだか店主殿の背中、少し寂しそう? 何もすぐに家の中に入らなくても良いと思うんだけど」
「色々思う事があるんじゃないのかな。いや、俺が言うのも変な話だけど」
旅立つ息子を前にする母親。確かに母さんは他の土地にもいるけど、俺を育てた母さんはタプル村の母さんである。
そう思うと俺も少し寂しく感じるな。
『違うぞリエン様よ。あれは気遣いじゃ』
「え?」
『あの『夢食らう大蛇』とか言う悪魔は相当な悪魔の魔力があって、今もリエン様の母上の周囲にその魔力が飛んでる。つまり、今店主殿に抱き着かれたら我らは悲鳴を上げることになるぞ』
『というかー、今もすでに節々が痛むー』
「ほ……本当に?」
『本当じゃよ』
『ほんとー』
よし。
確かめてみよう。
「母さーん、明日の五目御飯の仕込み手伝うよー!」
俺は思いっきり母さんに向って走ってみた。
「ばっ! リエン!? 精霊達が苦しむのです! 離れてください!」
『ぎゃあああああああ!』
『なああああああああああ!』
本当だった。
☆
「リエンー朝よー。旅立ちにはちょうど良い天気でとてもすがすがしいわよー」
朝になり俺はシャルロットの声で目が覚めた。
「セシリーとフェリーに食われる夢を見た……」
『仕返しじゃよ。軽い『心情偽装』で悪夢くらい見せれるわい』
『反省して欲しー』
二度と精霊の忠告を無視する行為はやめておこう。
「セシリーちゃんとフェリーちゃんもおはよう。というか二人が夢に出てくるなんて良いじゃない! 今度私の夢にも出てきてよ」
『契約しているからできる技であって、なかなか難しいのう』
「残念。まあ膝上で我慢するか」
そう言って部屋を出るシャルロット。
俺も続いて部屋を出ると温かい五目御飯とおかずが並んでいた。
「母さんもおはよー」
「おはようございます。あ、先にお弁当を渡しておきますね」
そう言って小さな鞄を渡してきた。
「ちなみに最初の目的地は決めているのですか?」
「とりあえずゴルドさんに会いに行くよ。できればガラン王国経由で行きたいんだけど、良いかな?」
「私は別にかまわないわ。母上が忙しそうにしているだけで別に私が王家から追い出されたわけでも無いし、大叔母様にちょっと挨拶だけはしようかしら」
さらっと言ってるけど、王族に挨拶をするって話題を普通こんな宿屋でしないよね。
「分かりました。ではガラン王国の寒がり店主の休憩所で待ってますね。と言ってもしばらく忙しそうなのでお話はできそうにないですけどね」
「そうなの?」
「現在ガラン王国では大規模な大臣選挙が行われています。そして同時にタプル村の村長ティータ様は外出しているので、村長代理をしないといけないのですよね。また回覧板を作らないといけないです」
三大魔術師を抜けてもまだ忙しそうだね。というか以前より忙しくなってない?
「そう言えばフブキはどうするの?」
「フブちゃんはしばらくタプル村で畑の整備とタプル村の警備ね。こっちも人手が足りないからフブちゃんの手も借りたいって『影の者』の人から言われたのよ」
フブキって領主だよね?
「では精霊の森を抜けてガラン王国という感じですね。エルフ達に一言挨拶だけ忘れずにくれば問題ないと思いますが、気を付けてください」
「わかった」
こうして俺たちの三度目の旅が始まった。
今度の旅は俺自身を見つける旅である。




