リエンと言う存在1
ここは……どこだ?
カンパネのいつものいたずらでまた変な場所に連れてこられたかと思ったけど……見たこともない場所で目が覚めた。
起き上がると『プシュー』と音を立てて俺の動きに合わせて扉が開いた?
どうやら俺は何かの箱の中に入っていたみたいだ。
外に出ると周囲は散らかっている。見たことが無い物ばかりが散乱していて、まるで誰かに壊された家の中……という感じだろう。
実家の寒がり店主の休憩所というわけでは無い。そもそも木造でも石の建築物ではなく、まるで鉄と石で作られた家の中という感じだ。
『誰ですか!?』
声が聞こえた。
声の先を見るとそこには水色の髪の少女が立っていた。あれは……母さん?
声を出そうにも出ない。何か変な力が俺にかかっているような感じがする。
『目を覚めましたか。やはりあの人の言う通りでしたね』
あの人とは?
それと母さんの右手には本があった。あれは確か『ネクロノミコン』?
と、次の瞬間、すさまじい音と共に壁が吹き飛んだ。
『くっ! ここは危険ですか。唯一無二の運命から切り離された孤独の人間……いや、あっちの世界に転移させてワタチが守ってみせます!』
そう言って母さんは本を広げて呪文を唱えた。
次の瞬間。
『がはっ!』
母さんの背中から鋭い刃物が突き刺さった。腹部からは大量の血が流れているが、母さんは笑顔で俺を見て話し続けた。
『だ……大丈夫です。ワタチはあっちにもいます。この世界……チキュウのワタチが一人いなくなるだけです。そんな悲しい顔をしないでください。そうですね、あっちの世界で無事に再会できたら、特製ハンバーグを作ってあげます。だから……だからどうか無事にこの術は成功してください!』
そう言って母さんは最後の力を振り絞り、俺に術を使った。
そんな夢を見た。
☆
起き上がるといつもの自室だった。
「か……帰ってきた?」
まるで本当の出来事が夢で出てきたかのような感じすら思えた。
「……夢から現実に戻って来る事を『目覚める』では無く『帰って来る』という表現はあながち間違いじゃないかもしれないね」
「うおおお!?」
パムレが椅子に座っていた。
「……うなされていたから見に来てあげた。ついでに夢をちょっと見させてもらったよ」
……いつも思うけど、何でもできるねこのお菓子お化けは。
「……多分だけど今のリエンの夢は実際経験した事を少し端折った物かも。今の夢はパムレの知る地球と少しだけ似ていて、フーリエはその世界に一体だけ滞在していた」
「でも母さんは……」
「薄々感じてはいた。記憶の共有をしているから地球のフーリエとも共有しているのにも関わらず、最近の地球の情報は全く教えてくれなかった。ちょうどリエンがこの世界に来てからかな」
俺がこの世界に来てから?
「……カンパネの生みの親である神すら触れなかった、いや、触れることができなかった原初の魔力とは対となる別の魔力。もしかしたらリエンはそっちに少しだけ関りがあって、突き詰めればリエンが何者なのかがあるのかもしれないね」
「俺が何者か……」
そこでひょいっと椅子から降りてパムレは俺の目を見た。
「……パムレはまたちょっと旅に出るね。リエンがここに残るなら年に一回くらいは会えるかな。もし真実を知りたいなら次いつ会えるかわからないけど、フーリエ経由でお話はできるよ」
「一体何の旅に?」
「……ネクロノミコンを探してくる。きっとあれが全ての鍵で、レイジも最優先で探している物だと思う。じゃ」
そう言って部屋から出て行った。
と、入れ違いに母さんが入ってきた。
「母さん」
「盗み聞きするつもりしかありませんでしたが、神術が使えない今パムレ様に頼るしかなかったのでちょっと助かりました」
ん?
「いやいや、何サラッと言ってるの? 盗み聞きするつもりだったって!」
危ない危ない。こういうサラッと言う部分はもしかしたら今までも見逃していた可能性高いな。気を付けよう。
「ぐぬぬ、流せると思ったのですけどね。とは言え、リエンがうなされていたのはそこの空腹の小悪魔が気が付いていました」
え、そこ?
周囲を見ても空腹の小悪魔なんていないけど。
『ギャー。枕ニナッテタ』
「ぬおおおおおおあああああ!」
思わずパンチしてしまった。
枕が空腹の小悪魔って、完全に悪夢への誘導じゃん!
「ちょっと丸いですけど、ほんのり温かくて心地よいのですよ?」
「べとべとだし生暖かくて気味が悪いよ!」
全く。そもそも俺は精霊と契約しているんだし、こんな近距離に悪魔がいたら……悪魔がいたら……。
『頭と目と鼻と口と喉と肩と腕と手と膝と足が究極に痛む。もう無理じゃああああ』
『もはや禁忌の呪文ー。苦しみしかないー』
「ぎゃー! 俺の精霊達やばいじゃん! 母さんも気を付けてよ!」
「す、すみません。マジでうっかりでした。えっと、悪魔の魔力食べます?」
『『いらないいいいいい!』』
☆
午前の家事が予想よりも早く終えてしまい、少し休憩。シャルロットも手伝ってくれているから人手は足りているんだよね。と言うかこんな田舎の宿に従業員が俺とシャルロットとセシリーとフェリー(火力担当)と母さんは多いよね。
昼食を食べにくるお客さんもそれほど多く無いし、こういう空いた時間に母さんに色々と質問を
「おーっすリエン! セシリーさんに会いに来たぞー!」
「お帰りくださいませお客様」
「ざけんな! 一応お金をきちんと払ってるんだから美味しいご飯食わせろ! もしくは勝手に作るから厨房に立たせろ!」
騒がしいピーター君の登場である。
「あらピーターじゃない。セシリーちゃんに会いに来たの?」
「あえ!? シャル様!? どうしてここに?」
「ちょっと実家で色々あって、リエンの家に泊まってるのよ」
王家のいざこざから避難ーなんて一般人には言いにくいもんね。まあピーター君は事情が事情だから話しても良いとは思うけど。
「え、リエン? 年頃の女の子が年頃の男の家に泊まりってやばくね?」
「王家のいざこざから逃げるためにここに来たんだよ! あとここ宿屋で俺の家だけど泊まってる部屋は客室な!」
ピーター君のそういう迂闊な発言は本当にヒヤッとする。
「へー、姫も大変なんだな」
「ふふ、心配ありがと。温かいお茶を用意するわね」
「ありがとー……って、姫に準備させていいのか!? ちょ、リエンも普通になんか作り始めたけど!」
「今のシャルロットは店員だから。まあ、何かしたら不敬罪になるだけで大丈夫大丈夫。あ、セシリー今呼ぶねー」
「『不敬罪になるだけ』ってリエンは一体どんな人生を歩んだんだ? まあ、セシリーさんに会えるなら僕は良いけど」
無理やり納得させて、セシリーを召喚。できれば魔力は温存したいから、小さい状態である。
『む、ピーターか。今日も元気そうじゃのう』
「へへ。元気が僕の取り得見たいなものだからね。セシリーさんがうっかりリエンとの契約を解除するくらい強くなるためにも、日々精進するんだ!」
『ほう。これは我としては『我のために争わないでー』と言うべきかのう?』
「いや、リエンとも引き続き親友でいたいから、僕としては二人まとめて僕の家に来れば良いと思うんだけどな」
『ガフッ!』
「ん? おいリエン、今シャル様が何か物音立てなかったか?」
「大丈夫。多分発作だから。あとその結末は絶対無いから安心してね」
「ちぇー」
何がちぇーだよ。というかシャルロットも厨房を鼻血で染めないでよ。一応飲食店なんだし清潔さを保っているんだからね。
「お待たせしましたー。水です」
「え!? シャル様!? 結構時間かかったのに水!? てっきりお茶とかを……あ、いや、別に水でも良いんだけど!」
「姫の持ってきた水です。友人価格で銅貨一枚です」
何その辺の井戸水からぼったくろうとしてるんだよ!
「いやいや! 水なら誰でも自由に飲めるから!」
「支払えないなら豪華特典『不敬罪』が」
「いただきまーす! あ、これは銅貨一枚の価値がある気がするー!」
もちろんピーター君にはお詫びとして銅貨一枚分のハンバーグを作ってあげたよ!




