授与式
そもそも何が行われるかわからないまま連れてこられたからここへ来たけど、勲章授与式ってどういうこと!?
混乱していると、シャーリー女王が立ち上がり、話し始めた。
「リエン殿、この度は我が国の重要な依頼を遂行していただき誠に感謝します。そして現在ゲイルド魔術国家との貿易が上手く行っているのもリエン殿のお陰です。その功績を称え、貴方に勲章を授与します」
「あ、いや、依頼の件はともかく、ゲイルド魔術国家の貿易は殆ど関与していません」
「いえ、ゲイルド魔術国家の姫と王子との有効な関係がさらに良い貿易の種となり、今では双方差さえ合う形で話が進んでおります。話が迅速に進むきっかけを作った貴方たちは十分すぎるほどの活躍と称しています」
そう言われても……そもそも勲章って貰ったら……貰ったら……ん? 貰ったらどうなるの?
「失礼、ワタチ『フーリエ』から一つ質問を良いでしょうか?」
と、疑問を思い浮かべていたら母さんが話始めた。
『誰だあのリエン殿の隣に立つ者は』
『片方は三大魔術師のマオ様じゃろう』
『客人は二名と聞いたが?』
どうやら母さんが来ることは左の年を召した方々には知られていなかったみたい。
「どうぞ」
「古来より勲章を受け取るとは貴族入りする事とワタチは記憶しています。その文化は今も引き継がれているのでしょうか?」
その言葉に耳を疑った。
え!? 貴族入りなの!?
「それについては儂が答えよう」
そう言って左側に立っていた一人の老人の男性が前へ出た。
「儂は法律を担当しているブリアルトと申します。どこのどなたかは存じませんが、ガラン王国の歴史について精通している方とお見受けする。おっしゃる通りこの勲章を受け取った時点でリエン様は貴族となり、ガラン王国を支える一つの柱……重要な人物となっていただきたく思います」
「ご説明ありがとうございます。ワタチはこの子の親の『フーリエ』です。本日は勲章を頂くという連絡を受けず王国から招集がかかったため、息子の付き添いとしてついてきました」
「お母上でしたか。いやはや、大切な息子様の貴族入りとなれば誇らしいことこの上ないでしょう。それに……」
そして男は俺を見てニコッと笑った。
「リエン様はお若い。将来のガラン王国の上に立つ可能性を持つ方だと我々大臣一同思っております」
「リエンはそれを望んでいるのですか? それを本人に聞いたのですか?」
「聞かずとも答えは分かります。誰もが貴族入りを望むこの世界、断る方がどうかしているかと思います」
そして母さんは俺を見た。
「リエン。大切な質問をします。貴方は貴族になりたいですか?」
「え?」
ゆっくりと、母さんは俺に問いかけた。
「ワタチはリエンが貴族になりたいと一言言えば喜んで見届けます。息子の将来を親が決めるのは貴族だけです。平民の唯一の特権である自由をワタチは尊重しますよ」
それは……。
「貴族には……その……なりたいとは思わない」
「一応理由も聞きます。相手様にも敬意が必要ですからね」
「俺はまだ剣の修行もおろそかだし、将来何をやりたいかが決まっていない状態で今後何をするか決められた路線に足を踏み出したくないかな」
上手く伝わったかな。とにかく、俺はまだ剣を覚えていない。だから貴族にはなりたくない。精一杯背伸びをして発言をしたつもりだ。
思った事を言うと、母さんはニコッと笑ってシャーリー女王を見た。
「という事です。我が息子リエンは貴族入りしません。よって勲章も受け取りません」
「ほっ」
シャーリー女王は一瞬安心した表情を見せた?
「そうですか。では……」
シャーリー女王が何かを言いかけた瞬間、大臣が叫んだ。
「愚かな! 名誉ある勲章を拒否だと!? これは不敬罪に当たるぞ!」
同時に右側に並ぶ兵士達の大半が剣を構えた。ラルト隊長やイガグリさんはすぐに周囲へ剣を収めるように指示を出していた。
「女王! この愚か者を今すぐ牢屋に入れるべきです!」
大臣が母さんに近づき、襟を掴んで持ち上げた!? 軽いから簡単に宙に浮いちゃってるんだけど!
「リエン、大丈夫です。何もしないでください」
「でも」
「……静寂は時に必要な行為。見てて」
と、パムレが俺の裾を掴んで止めた。
「大臣。その手を放しなさい。その方への無礼は……女王の不敬よりも重いです」
「なっ、勲章受章者の親という存在なだけで不敬罪よりも重いですと? 女王は何を言っているのですか?」
「早く放しなさいブリアルト。その方が本名を出し顔を出して現れた時点でガラン王国は滅ぶか滅ばないかの瀬戸際なんです!」
財務大臣が手をゆっくりと放し、母さんは地面に足をつく。
「ワタチもそろそろ我慢の限界は近づいているのですよ。シャムロエ様はそろそろリエンに剣術を教える環境を整えて欲しい物です。リエンの望みを無理やり延期させた分のつけは大きいですよ」
「それを言われると耳が痛いわね。もちろんリエンにはガラン王国剣術を勉強させる環境は整えているわ」
「それは仮に貴族になっても安定した剣術の勉強ができる環境ですか?」
「ええ、その辺の段取りは」
と、シャムロエ様の発言を遮るように大臣が話し出した。
「何を言っている。貴族になれば剣術よりもまず経済学や国民の信頼を得るために力を尽くす行動を優先的にしてもらう」
財務大臣の言葉に周囲は静まり返った。
「話が違うようですが?」
母さんの質問にシャムロエ様は焦って弁明し始めた。
「大臣は少し黙りなさい。それと、話の食い違いや今までの文化が邪魔をしているの。『私の』考えている提案をまずは聞いてもらえる?」
「聞く価値が見出せません。左に並ぶおそらく知恵を持つ方々の意見からも、リエンを貴族にし自由を奪う存在にすら思えます」
母さんからは怒りの感情がこもった声が聞こえた。
と、そこでとうとう我慢の限界に達したのか、大臣が声を荒げた。
「シャーリー女王に止められたから黙っていたが我慢できぬ! 貴女こそ息子の自由を奪う膿では無いか!」
「ふむ、もしかしたらそうかもしれませんね。ですが、少なくともリエンは剣術を勉強したいという願いに対してワタチは反対しません。自由を奪ったというならば、そこのガラン王国国家がリエンに依頼を出して剣術を教えるという約束を先延ばしにさせました。世界の危機という事でワタチからもお願いをしましたが、これ以上リエンを縛り付けたくはありません」
「何も成し遂げていないちっぽけな存在が、偉大な息子を誇らしく思えば良い物を!」
その発言にシャーリー女王は椅子から立ち上がった。
「ブリアルト! いい加減にしなさい! そして黙りなさい!」
シャーリー女王は叫んだ。
「二度目よ。三度目は無いわ」
未だかつてないシャーリー女王の表情に驚く大臣。
「シャーリー女王! ど、どうしてこんな一般人に加担するのですか!?」
「加担ではありません。もう一度言いますが、現在この国が地図上から無くなるか生き残るかの瀬戸際状態です。この場においてガラン王国の王族よりも偉大な功績を成し遂げ続けていた『三大魔術師の二名』を目の当たりにして、私も正気ではいられません」
「三大魔術師の二名?」
そう言って大臣は母さんを見た。
「ワタチが公で素顔を見せるのはリエンの前を除いて千年ぶりでしょうか。すでに名前も名乗りました。シャーリー女王様はその時点で被害をどうすれば最小限に抑えこむか考えていた感じですね」
「……ちなみにシャムロエやトスカには悪いけど、『マオ』は今回リエンの味方。リエンは剣の修行を我慢して旅に出た。『マオ』はずっとその光景を見ていた。約束は守るべき」
わー。三大魔術師の二人に守られちゃってるよ。どんな襲撃が来ても大丈夫な気しかしないね。
と、そんな事を考えていたらシャルロットが俺を見て自信の頭に指をトントンと突いていた。もしかして、心を読めってこと?
試しに『心情読破』を使ってみるとシャルロットの考えが流れ込んできた。
(勲章の受賞者の選別は大臣が決めるの。それを認可するのは女王なんだけど最初は断ったみたい。でもリエンの功績を超える貴族候補者がいないのと、先日の一件から貴族の信頼は一気に無くなったりで、今すぐでも信頼できる貴族を増やしたいの。女王としては形だけでも行事を行わないといけないわけで、大臣はリエンを貴族にしたがっている。リエンから勲章の授与を断ることを母上は待っているわ)
貴族って面倒だな!!!!
だからさっき一瞬シャーリー女王は安心した表情をしたんだ。あれで解散予定だったのかな?
まあこの手の話になると母さんが暴走するのは経験済だし、俺としてはちゃんとした剣の修行もしたいから、貴族になるのは拒否したいかな。
っと、うっかり『心情読破』を使ったままシャーリー女王を見ちゃった。
(いやあああああああああああああ! もう目の前に三大魔術師の二名が居る時点で帰りたいのに、あのクソ大臣が余計な事を言い出したから対立することになったじゃない! というかフーリエと名乗った時点で気が付きなさいよ何襟まで持ち上げていい気になっちゃってるの!? 大叔母様も大叔父様も三大魔術師の二人の事を私よりも知っているから固まっちゃってるし、もうどうしようも無いじゃない馬鹿あああああああああああああ!)
シャーリー女王の心は壊れてしまってた。
うん……その、何だ。
「シャーリー女王様、申し訳ございませんが、勲章を拒否させていただきます」
「! わかりました! では解散!」
「ちょ、な、何を」
「黙りなさい無能大臣! ラルト隊長、この大臣を反省部屋に入れなさい!」
すっごいあっさり終わったんだけど!!
☆
要するに本人の一言が早く欲しかったみたい。しかもふわっとしたものでは無く、はっきりと断言したものが欲しかったそうな。
ガラン王国としては勲章を与えないといけない立場なわけで、国として呼んでやっぱり渡しませんーという品位に欠ける行動はできないらしい。
んで現在いつものシャムロエ様の部屋に全員集合。
「大叔母様ああああああ! こわがっだあああああああ!」
シャーリー女王はもう心が粉砕してしまい、俺たちが周囲にいるにも関わらずシャムロエ様に抱き着いていた。
「全く、急に呼び出して勲章授与なんて、ワタチがついてきて正解でしたよ。というかそういう話を事前に言ってくれればあの大臣とも対立すること無く終わったと思いますよ」
「フーリエもその辺で許してあげて。私が孤島に行っている間にシャーリーは一人で色々と激務に追われる中、大臣の強引な意見をどう回避しようか悩んでいたところに割り込みで入ってきたんだし、色々察して欲しいの」
「トスカ様もいましたよね? あの大臣たちの暴走を抑え込むことはできなかったのですか?」
「僕は最近帰ってきたばかりで情勢や歴史を勉強中だったからね。それにシャーリーが決めた制度だから俺とシャムロエはそこまで権力が無いんだ」
苦笑するトスカさん。うーん、やっぱり貴族とか王族って大変そうだな。
「ぐすん。それにしても良いところでリエン殿は話してくれましたね。状況を察してくれたのですか?」
「いや、シャルロットの合図で『心情読破』を使って意図を知ったからとりあえず収集つかないだろうし口をはさみました」
「我ながら良い作戦だったわ」
どや顔するシャルロット。まあ、一歩間違えば大変な事になる案件だけどね。
あとうっかりぶっ壊れたシャーリー女王の心も読んじゃったけど、これは言わないでおこう。
「ともあれ、ここに集まってもらったのは他でもない、リエンの功績をささやかながら称える事と、リエンの剣術指南についてのお話をするためです」
ようやく教えてくれるんだね! すげー長かったよ!!
「まずタプル村のティータ村長にはすでに話を通していて、剣術を教えて貰えるわ。それと『とある三大魔術師』からの依頼でタプル村で剣術指南をすることになりました」
それ絶対母さんじゃん。三分の一だし。
「一応言っておきますがワタチじゃないです。ミルダです」
「バレバレな嘘言わないでよ!」
せっかくぼかして言ってくれたんだよ!?
「……マジでミルダだよ?」
「そうなの!?」
一番無関係じゃん! と言うかなんでパムレ知ってるの?
「リエン、ワタチは悲しいです。十六年付き添った親よりも魔力お化けのパムレ様の言葉を信じるなんて……」
「ごめんって!」
だって予想外じゃん! というか母さんもパムレのこと『魔力お化け』って言うんだ。
「それと長らく延期していた剣術指南なわけだし、ガラン王国としては色々と特典を付けるつもりよ」
おおー、それは嬉しい限りだ。
「あとシャルロットも旅を終えたわけだし、これからの事は後でお話します」
「はい。シャーリー女王」
そうか、シャルロットも姫だもんね。これからは気軽にお話できる仲では無いんだもんね。
「ふふ、名残惜しい?」
「そんなわけ」
「私は少し寂しいわよ?」
「なっ!」
ちょっとドキッとしてしまった。
「だってセシリーちゃんやフェリーちゃんを抱っこできない毎日が続くなんて耐えられるかしら」
「あー、はいはい」
何か気が抜けちゃったよ。
「まあでも、リエンとも会いにくくなるのは寂しいわよ。これは本当」
「お世辞として受け取っておくよ」
そう言って俺は立ち上がった。
「シャーリー様、そしてシャムロエ様にトスカさん。剣術の修行についてこれからお世話になります。俺は先にタプル村に帰って疲れを癒そうと思います」
「あら、一泊しても誰も文句は言わないわよ?」
「いや、俺みたいな一般人が城内にいて面白く思わない人もいるとわかったので。それに」
そう言って俺は母さんを見た。
「タプル村にいる母さんが寂しがってると思うので、先に帰ろうかと思います」
「そう」
「リエン」
一礼して俺は部屋を出た。
と、部屋から少し離れた距離で再度扉が開き、シャルロットの声が聞こえた。
「リエンならガラン王国の兵士としての素質はあるわ! 待ってるからね!」
その声に軽く手を振って、俺はその場を去ったのだった。




