母親の両親
「ということで店主殿が泣き止まないから連れてきたわ」
「何が『ということで』だよ! この流れ何!?」
シャルロットが母さんを抱っこして俺の隣に座り、母さんを膝の上に乗せてるんだけど!
親が友人の膝の上にいるって凄く複雑なんだけど!
「三大魔術師制覇をこんな形で終えてしまうのは少し残念だけど今は仕方が無いわよね」
「仕方がないとかそういう話しじゃ無くね!? 膝上母さんとか俺が複雑だよ!」
「そうね。じゃあリエンの膝に乗せるわ」
そう言ってシャルロットは俺の膝の上に母さんを乗せた。
「「……」」
何この空気!
シャルロットも簡単にひょいっと母さんを俺の膝に乗せないでよ!
とりあえず母さんを持ち上げてシャルロットの膝上に戻した。
「リエン、あの、そっちの空いている方で良かったと思うのですが、どうしてシャルロット様の膝上? あと親をひょいっと軽々しく持ち上げる息子って親的にすごく複雑なんですけど。成長の感動を忘れかけたのですが」
「そうだよね! 俺もうっかりしてたよ!」
時々パムレを持ち上げたりするから流れでやっちゃったよ!
とりあえず母さんはシャルロットの隣に移動したが、それでも少し落ち込んでいる様子だった。
「その、リエン。本当にごめんなさい」
「いや、俺も何の前触れもなく話し始めてごめん。母さんにとってお姉さんは大事な人だもんね」
「そうなんですけど、あの場では……いえ、全部ワタチの所為です。ミルダがいたから一旦は落ち着きましたが、今でもミリアム姉様に会いたい気持ちでいっぱいです」
「ミリアムさんも母さんに会いたいって言ってたよ」
「そうなんですか!?」
シャルロットの膝上に手を置いて顔を近づける母さん。完全にシャルロットが置物になってるんだけど。
シャルロットも苦笑してないで何か言っても良いんだよ?
「ミリアムさんは母さんに会うために色々と頑張ってるみたい。それに頭の良い人もいるみたいだし、多分大丈夫だと思うよ」
「頭の良い人?」
「確か『クアン』って言ってたっけ。パムレくらいの身長の女の子だった」
「く……そうでしたか」
もしかして知り合いなのかな?
「店主殿、クアンを知っているの?」
「会ったことはありませんが、チキュウでは結構有名だった時がありました。一目見ただけで仕組みを仮説だけで理解し真実にたどり着く。単純な天才ではありますが、突然姿を消したということで騒ぎになっていました」
突然消えた……まあ、クアンやミリアムさんの世界って『死後の世界』って言われてる場所だし、多分地球のどこかで亡くなったんじゃないかな。
「その人がいるならもしかしたら会えるかもしれませんし待つことにします。本当にすみません。そしてありがとうございます」
ペコリと頭を下げる母さん。
「いやいや、特に何もしてないから」
「いえ、ミリアム姉様はワタチの唯一の肉親なので、今でもどこかにいるという情報だけで嬉しいのです」
ニコッと母さんが笑った。それにホッとしたのかシャルロットも肩を落とした。
「唯一の肉親……まあ、生きているのであれば店主殿の肉親ってお姉さんだけよね。というか店主殿やミリアムは魔術がすごく強いんだし、その両親ってどういう方なのかしら?」
その瞬間。
「ぐっ!」
一瞬めまいのような現象が襲い掛かってきた。
「たく、『元ご主人』はそういう所をさらっと言うから怖いわね」
目の前に黒髪の少女。右腕を無くしたクロノが立っていた。左手には虹色に輝く魔力の球を持っているが、あれは一体?
「って、貴方どうして動けるの?」
「へ?」
クロノの言っていることが理解できなかった。が、奥に見える海を見て一瞬で理解できた。
波が止まっている。そして木々も風で動いているのに、今はピクリとも動かない。
そして隣のシャルロットや母さんもピクリとも動かず止まっていた。
「クロノの仕業?」
「そうよ。元ご主人ことシャルロットはこの世界の裏側に足を踏み込みそうだったから、助けてあげたのよ」
「もしかして母さんの両親についてとか?」
その話をした直後に時間が止まった気がした。理由があるとすればそれだろう。
「そうよ。この世界はカンパネによって作られた世界。すでに数千年の時が経っているため、作られた時に生きていた人たちのほとんどは死んでいるけれど、厄介な事に数名は長生きしているのよね」
「母さんが……厄介?」
「息子の貴方には悪いけど、こっちにも事情があるの。まあレイジよりはかなり慎重に行動してくれてるから良いんだけど、それでも神の領域に踏み出しそうな人間は神にとって邪魔でしかないのよ」
「母さんを消すの?」
「それもできないわ。カンパネがこの世界の管理者である以上、他の世界の神はその世界の生物に過剰な干渉はできないの。だから神は見守るだけなのよ」
よくわからないけど、クロノやアルカンムケイルには色々と事情があるのだろう。
「とりあえず貴方がここで動けるのは正直驚いたけど、今は保留にするわ。少しだけ時間を遡って、その子に心情偽装で質問を変えさせるわ。間違っても貴方が母親の質問を切り出さないでね。時間を止めるのって結構大変なのよ」
「わかった」
そう言ってクロノの左手の魔力が輝き、数十秒前の光景に戻った。クロノの姿が見えないから、多分認識阻害で姿を消したのだろう。
そしてシャルロットは話し始めた。時間が動き始めたのだろう。
「唯一の肉親……か。あ、えっと……何を質問しようとしたんだっけ?」
「母さんの両親について聞こうとしたんじゃね?」
ぱあああああああああ!
「ねえ、馬鹿なの? 言ったじゃん。切り出すなって」
おおー。すげー笑顔なのに怒りの感情が目に見える。
「ごめん。反射的にシャルロットがボケたのかと思ってうっかり言っちゃった」
「言っちゃったじゃないわよ! 原初の魔力『時間』の力をお見舞いされたい!?」
「え、ちなみにどんな魔術なんです?」
鉱石だったら鉱石の生成だし、音だったら音による目に見えない攻撃などがあるよね。
「時間という概念が無いパンチよ。おそらくこの世で一番早いわ。いや、早いという概念が無いパンチね」
「物理じゃん! いや、ごめんなさい! 次は黙るから!」
思いっきり謝り、もう一度時間を戻してもらった。
そして再度シャルロットに『心情偽装』を使ったのか、先ほど見た光景がまた繰り返されようとしていた。
そしてシャルロットは口を開いた。
「店主殿の両親ってどんな人?」
ぱああああああああああ!
「今の俺の所為じゃないじゃん! 完全にクロノが『心情偽装』ミスってんじゃん」
「五月蠅いわね! 一回で終わる作業をあんたのミスで修正しようとして、頭の中に本来言わせちゃいけない単語を送っちゃったのよ!」
まあ、完全に俺は悪くないとは言い切れないけど、半分はクロノが悪いよね。
というかそんなバンバンと『心情偽装』を使われてシャルロットの頭の中の方が心配になってきたよ。
☆
夜ご飯の時間になり、全員が勢ぞろい。
いや、ガラン王国の先代女王と三大魔術師三名というだけで混沌としているのに、そこに時間の神と鉱石の精霊と氷と火の精霊と暗殺者と外の世界の住人兼初代魔術研究所の館長ってやばくね? シャルロットも姫だし、マジで俺だけ浮いてるんだけど。
と、輝夜が俺の肩に手を置いて呟いた。
「私もある意味一般人だから」
「原初の魔力光の保持者が何言ってるんだか」
まず原初の魔力を持っているだけで凄いよね。俺は魔術の才能はあっても絶対に手が届かない物っていうのはあるし、素直に剣の練習をするしかないんだけどね。
「あら、その切り替えは良い事だと思うわよ?」
「マリーさん?」
「絶対に手が届かないから諦める。そういう人は多いけれど、自分のできることを最大限発揮させることに切り替える人ってどんどん伸びるわよ。貴方の母親のようにね」
母さんを見るとせっせと料理を運んでいた。うーん、母さんが特殊すぎるから参考にならないけどね。
「大丈夫よリエン。私だって魔術初心者だったのが少し上達して今に至るわけだし、音の魔力は偶然持っていただけでどう使って良いかまだはっきりとわからない。リエンの剣の修行と並行して一緒に頑張りましょ!」
こういうプラス思考のシャルロットを見ていると元気を貰えるよね。
「わかった。ところでシャムロエ様、原初の魔力を一通り集まった感じですが、これからどうするのですか?」
と、シャムロエ様を見ると、そこには料理をボーっと見つめる姿があった。
「これは……フーリエ、シャムロエには近寄らないで。あ、輝夜にも気を付けてね」
「わかりました」
「え?」
一体何が?
「……ようやく姿を現した。リエンにしか姿を現さなかった問題児」
『いやはや、分類上精霊なのに力は神と変わらぬ力を持つ方が現れるとはのう』
『敵だったら……ご主人を守るよ』
え、何事?
『ふう、ちょっとの時間だけなら依り代として借りるね。そしてリエン、夢の中振りだ』
声の発生源はシャムロエ様だが、明らかに声が違う。少年のような声?
「……カンパネ。やっと出てきたか」
パムレがぼそりと言った。え、カンパネ?
『苦労したよ。原初の魔力をかき集めてボクを生成してもらおうと思い、シャムロエに文書を送ったりして祈っていたさ。神が神頼みなんてするもんじゃないね』
「シャムロエ様に文書? それは一体」
『レイジが原初の魔力をかき集めているという情報さ。そこの少女の同胞に情報を流したりして結構遠回りに頑張ってたんだよ? 直接教えることができないから、段取りが大変だったよ』
「ほう、儂の同胞に何かしたのか?」
『勘違いしないで欲しい。ちょっと手紙を出しただけさ。んで、自分で調査してもらってそれを流しただけ』
そしてシャムロエ様……いや、カンパネは原初の魔力が付与された道具や魔力を保持した人を見て言った。
『さて、ここからが本題だ。ボクを生成してくれないかな?』




