マリー1
「てっきりミルダ大陸の料理が食べれると思ったら、チャーハン出てくるとは思わなかったわ」
マリーさんが苦笑しながら食べていた。もしかして美味しく無かった?
「えっと、お口に合わなかったですか?」
「いえ、むしろすごい美味しすぎて現地に住んでいる身としてはかなりショックを受けているわね。そうか、それもそうよね。『あの子の息子』だものね」
母さんの息子だと何か関係があるのだろうか。というより俺の中ではこのチャーハンはミルダ大陸の料理だと思ってるんだけど。
「聞いてないの? 貴方の母親、フーリエは一人だけこっちの地球に住んでいたのよ」
「そうなんですか?」
いつだったかパムレか母さんがそんな事を言ってたような?
え、ということはこっちでも宿の経営してるの?
「そこでの料理方法をミルダ大陸でも広めているみたいね。ところどころこっちの世界の単語も知っているみたいだし、やっぱりあの子は魔術研究所の館長の中でも一番化け物かもしれないわね」
う、うーん。褒められているんだろうけど良い表現なのかな?
ともかく、実はチャーハンってこっちの世界の料理だったんだな。じゃあハンバーグやパスタとかもそうなのかな?
「良かったじゃない。店主殿が尊敬する姉や初代館長様よりも凄いって褒められているのよ? 友人の母親という繋がりなだけに私も嬉しいわね」
「そうだな。ん?」
ミルダさんの皿を見ると皆と比べて少し食べる速度が遅いような?
「ミルダさん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。ちょっと別な世界を転々として疲れただけです。えっと、すみませんが残りをどこかに保存できませんか?」
「良いわよ。それと見たところ旅慣れてない感じだし、貴女はもう寝た方が良いわね」
「すみません。そうさせていただきます」
そう言ってミルダさんは部屋を出て、寝室へと向かっていった。
ミルダさんが見えなくなった瞬間マリーさんは少し苦笑した。
「旅慣れてない……か。ワタクシにしては気が利く単純で言い訳にしやすい言葉だったかしら」
「え?」
「『ミルダ大陸』という名前がある時点であのミルダって子は一度その大陸を巡っているわけでしょ?」
いやまあそうだけど、ミルダさんってずっと教会で生活してたんだし、しばらくぶりの外だったんじゃないかな。
「まああの子の問題はあの子で解決してもらいましょう。それともリエンが近くで見てあげるくらいするのかしら?」
「あはは、さすがにそれは遠慮しますよ」
女性の部屋に入るのは流石に控えますとも。
「まあ半分冗談として、パムレはあの子が寝るまで鈴の音を鳴らし続けたほうが良いかもしれないわね。それと可能なら『精神面の治療』も」
「え、あ! そうか、ミルダさんって鈴の音で寿命が止まっているんだっけ?」
「話しを聞く限りはそうだけど、もはや鈴の音ですら抑制できないほどストレスが溜まっているみたいね。フーリエやパムレは頭の構造が特殊だけど、あの子だけは普通の人間と一緒だからね」
「え……」
そう言えば静寂の鈴って魔力を抑え込んだり、心を落ち着かせるなどの効果はあるけど、それを持っているにも関わらずミルダさんって色々と感情が爆発してゲイルド魔術国家の雪を食べるという謎の行動をしたんだっけ。
「女の子は繊細よ。といってもワタクシからすればリエン以外全員繊細な生き物だし、大切にしてもらいたいわー」
「チャーハンで今回は手を引いてください」
☆
ということで今夜はマリーさんの家でお世話になる事になった。というか、しばらくお世話になっちゃうかもな。
寝室として使える部屋が三つで、一つはマリーさんの個室。俺たちには二つ部屋を貸してくれて、かなりありがたい。
ミルダさんが寝る部屋にはパムレが無言で入っていった。
「まあ、今更よね。あ、着替えるからあっち向いてて」
「はいよ」
慣れって怖いね。ちょっとだけドキッとはするけど、ここまで一緒にいるともう友人感覚だよね。
「っと。ありがと。それにしてもパムレちゃんはミルダちゃんの治療をするって言ってたけど、何をするのかしら?」
寝間着に着替えたシャルロット。マリーさんがいくつか貸してくれて、当然俺にも渡してきたんだけど流石に遠慮した。だって女性ものだし!
「うーん、もしかしてだけど」
「心当たりあるの?」
「一つだけ」
静寂の鈴ですら抑えきれない感情。それを消し去る方法を俺は一つだけ知っている。
「パムレットの刑を執行するんじゃね?」
「ミルダ大陸の危機ね。止めましょう」
バッと立ち上がるシャルロットの腕を掴み止める。
「多分大丈夫だと思う。むしろパムレが真剣な目で部屋の中に入っていったという事はちゃんとするんじゃないかな」
「ちゃんと『パムレットの刑をする』って意味がわからないんだけど!」
まあそうなんだけどね。俺の言い方が悪いのはもう百も承知なんだけどね!
「要するに、ミルダ様の頭の中って色々な感情がゴチャゴチャになっているから、パムレがそれを書き換えるんだよね。多分『心情偽装』を使うと思う」
自分の心の声を書き換えたり、相手の心の声を書き換える術式。一歩間違えば結構危険な神術の一つだけど、パムレならこれを精神的な治療に使うんじゃないかな。
「『心情偽装』か。うーん、私はまだ使ったことも無いけど、実際使うとどういう感覚になるの?」
「軽く使ってみる?」
「うん」
シャルロットがジッと俺を見る。うーん、『心情偽装』って自分の念じた事を相手にも共有させる術だし、結構難しいんだよね。うーん、ほっ!
『パムレちゃん最近少し太ったね』
「パムレちゃん最近少し太ったね。あ、口が勝手に動くて……」
がちゃり
「……ちょ、え、ちょっと枕濡らしてくる」
ガチャリ。
「待ってパムレちゃん! 何でこんな絶妙な時に部屋に入って来るの!? しかも今のはリエンから『心情偽装』を使ってもらったからであって、私の意思じゃないから!」
というかシャルロットって思ったことを声に出すタイプなのか。
とぼとぼととパムレは部屋を出て行き、それを見たシャルロットは。
「なんて恐ろしい術なのかしら。リエンはこれを使ったら逮捕ね」
「すっごく久々に特別な逮捕案件生まれたね!」
「もちろんリエンが逮捕されたら……わかってるわよね?」
いや、人の人生かかってるから冗談でもそう言うのやめよう? ラルト隊長が逮捕されるなんて俺の口から言えないよ!
「ふふ、賑やかなことで」
と、そこでスッとマリーさんが部屋に入ってきた。というか俺たちの部屋って無法地帯なの? 安心して寝れないんだけど。
「別に覗きに来たわけじゃ無いわよ。あのミルダって子が気になったついでに来ただけよ」
「ミルダちゃんは大丈夫ですか?」
「そうね。あのパムレ……いや、マオかしら。やはりすごいとしか言えないわね。頭の中に渦巻く霧を全て払い、その上で自我を維持させる。教育を間違えれば世界を征服すらできるほどの能力ね。いや、『そのために作られた兵器』なんだけどね」
兵器……パムレが?
「あの子の事をワタクシからペラペラと話すのは悪いし、その内話して来たらしっかり聞いてあげることをお勧めするわ。あと、一応念のため注意しにここへ来たってのもあるし、用事だけ済ませてワタクシは自室に戻るわね」
「用事?」
「貴方は男の子で色々あるだろうけど、今回は我慢しなさい」
「色々とわきまえてるし、シャルロットは普通に友達だから! 今までも無いからそういうの!」




