ガラン王国で特訓-休憩1-
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午後の特訓は一言で表すと『地獄』だった。
なんというか、ラルト副長が午前中の練習方法を一気に変えてきた。
午前中は主に攻撃を受け流す練習だったが、午後はとにかく俺の動きや癖を確認した後、筋力を鍛える特訓等。
ということで足腰が痛くて早く布団に転がりたい。
「ただいまー」
宿に到着すると同時に膝をついた。
「わわ! リエン、お客様もいるので立ってください!」
「うあ! し、失礼しました!」
うっかりしていた。タプル村では日が沈むと基本的にお客さんはいないから広間は基本的に自由な空間となっていたけど、ここはガラン王国城下町。お客が数名食事を行っていた。
「あ、それと今忙しいので手伝ってください」
「俺に優しさをください」
この母さん、膝をついた俺の姿をしっかり確認してから言ったよ!
「ふふ、仕方が無いわね。店主殿、私が手伝っても?」
「助かります! さすがはガラ……いえ、『シャル様』ですね」
ここに姫が泊まっていると言うのは秘密なので、母さんは瞬時に呼び方を変えた。
「お、可愛い店員さんを雇ったのかい? 仕方がねえ、酒を一つ頼む!」
「どこかで見たことがある気がするが、まあいいや。俺も一つ!」
「ふふ、かしこまりましたー。店主殿、料理や飲み物は私が運ぶわよ」
「お願いします!」
……何か悔しいぞ!
「ん? リエン、疲れたのでしたら部屋に」
「いや、歩くのは大変だけど、調理場とかの見えない場所でなら手伝うよ。その分おかずは期待して良いよね?」
母さんは俺の顔を見て微笑んだ。
「リエンも男の子ですね。わかりました、では調理場はワタチとリエンで、シャル様には接客をお願いします!」
☆
広間の客は全員各部屋や自宅に帰り、ようやく俺とシャルロットと母さんだけとなった。
「つ、疲れた」
「そう? 私は結構楽しかったわ」
シャルロットは料理や飲み物を運びながら客と話したりもしていた。
「国民の話を直に聞ける機会なんてそうそう無いからね。それに」
「それに?」
「ラルト副長の『シャムロエ様ってもしかして仮面を取ったら想像以上に若いのでは? ~罪』が予想以上に広まっていて、我が国の情報伝達力の凄さに圧倒したわ」
「もうラルト副長は家族だけじゃなく、城下町でも地位を無くしているんじゃ無いかな! そもそもその罪の名前は誰がつけたの!?」
「……」
シャルロットは窓を見ながら話した。
「多分母上……じゃないかしら? ヒューヒュー(まさかこんなに広まるとは思わなかったんだもん!)」
「シャルロットだな!」
やたら綺麗な口笛を吹きながら誤魔化しているけど、俺には必殺『心情読破』があるんだからな!
「はいはい、宿を利用してるお客様もいるのであまり大声を出さない出くださいね。はい、晩ご飯ですよー」
「わーい」
「くっ……いただきます」
「いただきます!」
「はい。召し上がれー」
そう言ってご飯を食べる。母さんも一緒に席に座って食べる。俺達を待っていてくれたのだろうか?
「そういえば今日のリエンの包丁さばきは綺麗でしたね。早速結果が出てきましたか?」
「特訓の成果が一日で出るとは思わないけど……というか俺は剣士の特訓をしているのに包丁さばきが綺麗って……」
一体何の特訓をしていたのかと思っちゃうよ!
そんな事を思っていたらシャルロットが話し始めた。
「でも午後の特訓はリエンの無駄な動きを無くす訓練だったし、即効性はあるんじゃないかしら?」
「へ、そうなの?」
ひたすら木の棒を振ったり、走ったりしただけのように思えたけど。
「魔術にも言えることですが、基本がしっかりしていれば応用はついてきます。リエンは幼い頃から魔術についてしっかり教えてきましたが……」
母さんが箸をテーブルに置いた。
「同時に『手伝い』と称して料理の基礎を教えていたので」
「薄々『手伝いという領域を超えてるよね』って思ってたけど、いざ改めて言われると何か悔しくなるよ!」
オムライスを作ったときも、『てこの原理』を使ったり千切りをしただけで皆驚いていたもんね!
「昼休みは大好評だったってイガグリ副長補佐から聞いたわよ」
「おや、何かしたのですか?」
「リエンが城の調理場で『おむらいす?』を作ったって聞いたわ。凄く好評で、午後の訓練は皆元気だったとか」
「何と……リエンが人様に料理を……」
え、何かまずかった?
まあ、ピーター君も知らない料理だったし、母さんオリジナルの料理だったらもしかして良くない事だったかな?
「リエンがワタチの見ていないところで料理……息子がいつの間にか成長していると思うと……うう、涙が出そうですね」
「あ、別にオムライスを作るのは別に良いんだね。じゃあ明日からじゃんじゃん作るよ!」
「それはいけません!」
「なっ!」
やはり極秘の作り方だったか!? もう何名かには簡単に教えてしまったけど。
「二日連続は飽きられます!」
「さっきから思わせぶりな話し方を止めよう!? 俺の箸が進まないからさ!」
家に帰ってから安心と安らぎが一切無いよ!
だが、そのやりとりを見てシャルロットは微笑んでいた。
「仲良しは良いことよ? それと、飽きられたら兵士のやる気が下がるわ」
「やっぱり明日も俺が作る流れなんだね!」
昼休みが終わった後、エプロンとかロッカーとか急遽準備されてたから薄々感じていたけど、やっぱり明日の昼休みも調理場に行かないといけないんだね!
「まあ、本当の事を言うとワタチの料理を『寒がり店主の休憩所』以外で作るのは少しだけ躊躇いますが、リエンがお世話になっているので許可しましょう」
「それなら明日の昼休みは私も食堂に行こうかしら? ちょっと騒ぎになるけど」
「そりゃ姫が兵士に紛れて昼食を取りに来たら驚くよね! 兵士達も休めないよ!」
やっぱりガラン王国は少し緩いのかな?
「変な罪の名前とか、シャルロットの魔術の練習に付き合う魔術師とか、ガラン王国の将来が心配になってきたよ」
「あはは、私の前でよく言うわね」
苦笑しながら話すシャルロット。
「でも昔は民に厳しい国って言われているわ。まあ、これはガラン王国の歴史にしか記されていないから、一部しか知らないけど」
「そうなの?」
そう言ってシャルロットはガラン王国について簡単に話し始めた。
「そもそもガラン王国とミッドガルフ貿易国とゲイルド魔術国家の三カ国がこのミルダ大陸に存在するけど、一番古い歴史を持つ国がガラン王国って言われているわね」
「え、ゲイルド魔術国家じゃ無いんだ」
ミルダ大陸の名前の由来となった大魔術師『ミルダ』はゲイルド魔術国家に住んでいると言われている。だから一番歴史がある国はゲイルド魔術国家だと思っていた。
「ゲイルド魔術国家にはミルダ様が住んでいるけど『住んでいるだけ』なの」
「そうなの? じゃあ『魔術研究所の館長』が一番偉いのかな?」
魔術研究所はゲイルド魔術国家にあり、三大魔術師のうち二人がそこに住んでいれば、どちらかがその国の代表と言っても過言では無いだろう。
「あー、それが……違うのよ」
「え、そうなの?」
「うん、ちゃんと『ゲイルド王』という人はいるの。でも、ミルダ様と魔術研究所の館長様の存在が大きすぎて、影が薄いせいか時々血が途切れるのよね……」
切ない!
え、なんで二人のどっちかを国の代表にしなかったの!?
「一説だとミルダ様も魔術研究所の館長様も、王の地位を断ったと言われているわね」
「理由は?」
「そこまでは私にもわからないけど……少なくとも私はこう思うわね」
「そんな凄い二人に挟まれたら肩身が狭いわよね」
だろうね!
だって三大魔術師のうちの二人だからね!?
それなりに極めた魔術師が憧れる二人だからね!?
「ミッドガルフ貿易国はゲイルド魔術国家と比べると『まだ』平和だけど、それでもガラン王国の方が歴史があるのよ。それに、大叔母様がいる限りはこれからも滅ぶことは無いだろうしね」
確かに、確か原初の魔力を宿していて長生きをしているって言ってたけど、シャムロエ様が生きている限りはガラン王国が国としての機能を失うことは無いのか……。
それって、強いな。
「さて、美味しいご飯も食べ終わったことだし、魔術の座学の時間と行きましょう!」
「あ、でしたらシャルロット様、こちらをお持ちください」
そう言って母さんから何かを受け取るシャルロット。
『ン? ナンダ? メシカ?』
「いや、何普通に手渡しで『空腹の小悪魔』を渡してるの!?」
「え、いや、リエンも男の子ですし、母としてしかるべき教育と店の経営を守るために監視を」
「シャルロットも何普通に受け取ってるの!? 普通気持ち悪いでしょ!?」
「え、何というか、慣れると可愛く思えるわよ? ほーら、よーしよーし」
『クスグッタイ。ナンダニンゲン』
何というか……俺の心の平穏は何処なんだ!




