次の世界は
ミリアムさんの家に戻りもう一度集まり意見を交換することになった。
「蛍光の筆を元に戻すよりも作り直す方が良い……か」
ミルダ大陸に行けばクロノはいるだろう。しかし戻り方がわからない。蛍光の筆の魔力『光』の保持者がそもそもどこにいるのかも……。
「あ、皆様お帰りなさい。運命的な昼ごはんにします? それとも普通のご飯にします?」
運命的なご飯って何だろう……。
「ミリアムさんは原初の魔力『光』の保持者と知り合いだったりしませんか? もしくはこの世界に住んでいるとか」
「原初の魔力に関しては私も本で知っていることまでですね。ミルダさんの持ってる静寂の鈴やゴルドさんの魔力が原初の魔力に関係している事以外の知識は持ってません」
魔術研究所の元館長でも難しいか。
「フォルトナちゃんは何か知らないかしら? 運命の神様だし、光の神様と知り合いとか」
「え、知ってますよ? ヒルメ様ですよね?」
「うーんそうよね。やっぱり難しいか」
俺とシャルロットとミルダさんとミリアムさんは揃って肩を落とした。やっぱり難しいよね。
「……ん? え、パムレだけ常識人? 今フォルトナ絶対大事な事を言ったよね」
「え?」
全員がフォルトナを見た。
「今なんて言ったっけ?」
「知ってますよ? 光の神のヒルメ様は私の上司的存在です。この世界に来てからは会ってませんが、週一で顔を合わせる仲でしたよ?」
「どうしてそんな大事な事を早く言わないのですか!? 運命的にそうしないように何か細工したのですか!?」
ミリアムさんがフォルトナさんのほっぺをフニフニし始めた。いや、だからそのフニフニって最近シャルロット内で流行ってるの?
「へほへほ(でもでも)……ぷはあ! 今はミリアムさんと契約しているから力が制限されていますし、お力にはなれないですよ?」
「そんなの限定的に解除くらいしますよ。ほら」
パリーンと綺麗な音が鳴り響いた。
「え、契約ってこんなに簡単に解除できるのですか? もはやミリアムさんの一生を支える下僕として生涯を考えていたのですが」
「誰が契約したと思ってるのですか? 一応言いますが『魔術研究所の館長』ってそれなりにすごいのですよ?」
うーん、二人で盛り上がってるところ悪いんだけど、俺には全然凄さがわからないぜ!
「……いや、普通ありえない。人の領域をはるかに超えた神と契約するのですら裏技が必要なのに、それを限定的に解除するって裏技の裏技。魔力量とか関係無く、あらゆる知識の問題。フーリエは絶対たどり着けないよ」
「と、とにかくパムレが驚いているということは凄い事ということが分かった。それよりも」
俺たちはフォルトナさんを見た。
「ひゃっはああああ! 自由です! へへーん、ミリアムさんの手から逃れた今、私はすぐにでも帰って歯車を眺める楽しい作業に戻りますー。いやー今まで辛かったー」
満面の笑みで踊り出すフォルトナさん。どんだけ辛かったんだろうか。
「はあ、だからパムレさんも言いましたが『限定的に解除』って言ったのに。てい」
そう言って指を鳴らすと、もう一度同じ『パリーン』という音が鳴った。
「……いやいや、ありえない。あの短時間で任意のタイミングで契約と契約解除ができる仕組みを埋め込んだ? でもそれって脳の処理が追い付かないと思うけど」
うん。とりあえず凄いんだね!
そしてフォルトナさんはというと。
「いやあああああああああああ! 許してください! 今のはその、第二の人格がですね! 私じゃないんですうううう!」
運命の神様は表情豊かだなー。
「やいのやいのとうるさいですね。そもそも不満を抱えているのは『心情読破』ですでに知ってましたし、それを知った上で色々と命令してたんですから悪口の一つ二つは痛くも無いですよ」
「待ってくださいミリアムさん!? え、私に『心情読破』使えるの!? やっぱりこの人怖いです!」
フォルトナさんが驚く中、同時にパムレもつぶやいた。
「……神に『心情読破』……やっぱりフーリエの姉は凄い」
「いや、パムレもそれを使って会話してるんだよね!? そこは驚く部分なの!?」
パムレの驚く線引きがわからない。
そして。
「あ、ミルダちゃん、そっちのお菓子はちょっとしょっぱいですよ」
「ふむ、このクッキーというお菓子はお茶にあいますね。教会でも作れないかしら?」
そしてこっちの二人は何和んでるんだ!
☆
「俺の心が落ち着いたところでとりあえず方針を決めよう」
「リエン、今の発言は完全に独裁者の言葉よ? 謝るからそのニコニコしながら目をぱっちり開くのやめましょ?」
とりあえずシャルロットも苦笑しているし深呼吸でもするか。パムレも驚き疲れてクッキーを食べてるし、ミルダさんはしっかりと聴く体制に入ってる。
ミリアムさんはフォルトナさんを紐でぐるぐる巻きにして捕らえているけど、気にしないでおこう。
「気にして! 運命の神がグルグル巻きって格好悪いです! 協力しますからせめてこの紐は解いてください!」
「わかりました。ミリアムさん、お願いします」
「仕方が無いですね」
そう言って紐を解く。
「それで、皆様はヒルメ様と会って何がしたいのですか?」
「まずこの筆を修復もしくは同等の物を作ってもらおうかと」
そう言って『蛍光の筆』を見せる。
「道具を作るのは簡単です。問題があるとすればヒルメ様が今どこにいるかわからないということですね」
「つまり会えないのですか?」
「いえ、私の全力を使えばそこに近い場所へ移動させることは可能です。運命の力はそういう物ですから」
つまりここでは無い場所へ移動するということだろう。
「ちょっと質問です」
と、ここでミルダさんが
「今の話を聞く限りではフォルトナさんは転移関連の術を使えるという認識で合っているでしょうか?」
「転移……という言葉はかなり広い意味になりますね。私の使える術はあくまで運命をつなぐものを増幅させたもので、転移と言われれば転移と言えます」
「でしたらミリアムさんはこの世界から出てフーリエさんに会う事は可能なのでしょうか?」
母さんは言っていた。もし姉に会えるなら会いたいと。そしてミリアムさんも言っていたっけ。
「それは無理です。理由は二つ。ミリアムさんはすでに死んでいます。そこで運命が固まっているので、ミリアムさんとその妹さんを合わせるにはもう一つ別な力が必要となりますね。もう一つの理由はその運命をつなげる先の力が弱いです」
ふむ、確かにそう言われると俺たちがミルダ大陸に戻せないというのも納得がいく。チャーハン職人ことアルカンムケイル様では役不足なのだろうか?
「あ、アルカンムケイル様は今の状態では無理です。ミルダ大陸に落ちたことで力が弱まっていますからね。ヒルメ様の場合は自分の領域だから力が強い。そう解釈してください」
これ以上深く聞くと色々質問が増えそうだし、一旦止めておこう。それよりも少し気になった部分があった。
「ミリアムさんとフーリエさんを会わせるのに必要なもう一つの力とは?」
ミルダさんがそう聞くと、パムレが代わりに答えた。
「多分『ネクロノミコン』とかの『魔法』」
「大正解です。魔術や神術ではできないことも可能とする『魔法』であれば可能です。ちなみにミリアムさんはこの事をすでに知っています」
それもそうか。頭の良いミリアムさんなら気が付くだろう。
「では私達はどうしてその運命をつなぎとめるということができるのかしら?」
「単純に『死んでいない』というのと、貴方達は魔法によってこの世界に来たので、運命がまだ定まっていません。もう半年くらいここで生活をすれば私の全力を使っても移動はできませんが、今ならそれが可能ということです。運命に左右されない『偶然』が奇跡的に噛みあったのですね」
うーん、半分以上が理解できないけど、とりあえず外から来た俺たちはその『ヒルメ様』という神様の近くまで行くことが可能なんだね。
「ではすぐにでも行けるなら行きましょう。セシリーちゃんやフェリーちゃん。フブちゃんや店主殿がもしかしたらまだ戦っているかもしれないし、私達はのんびりと生活しているわけにもいかないでしょ」
「そうだね。ということでフォルトナさん、お願いできますか?」
「良いですよ。この世界に落ちてしまったのも少なからず私の責任もあると思いますし、できることはしましょう」
☆
そしてミリアムさんの家の外に出るとフォルトナさんは地面に何か模様を描き始めた。
「少し時間がかかるのでちょっと待っててください」
それなら中でお茶をおかわりしても良かったかなーと思いながら、ふと隣を見るとミリアムさんが俺をじっと見ていた。
「えっと、何か?」
「いえ、全然似ていませんが貴方がフーリエの息子なのかと思うと色々と考え深いなと」
「血はつながってないので似てないのは当然ですが……まあ母さんの息子と胸を張って言えますね」
「そうですか。フーリエは元気ですか?」
「はい。一度だけミリアムさんの話を聞いたことがありました。すごく尊敬できる姉がいたと」
「そうですか。あの状態でもそう思ってくれてたのですかね。あ、今のは独り言です」
「あの状態?」
いつもニコニコな母さんだけど、ミリアムさんの知っている母さんは少し違うのだろうか。
「フーリエは沢山増えて、色々失って、一時期は話すことすらもままならない時期があったのですが、私が布団から出れなくなるくらい衰弱しきったくらいから色々とお世話してくれるようになりました。今思えばフーリエがようやく自由に動けるようになったのは五十年くらい経った後だったのかなと思いますね」
あの母さんだし容易に想像がつくな。
「実はミルダさんが落ちてきて貴方達を見て、一つの希望が生まれました。私もミルダ大陸に行けるんじゃないかという」
「まあ、『ネクロノミコン』の力があったから来れたのですけどね」
「魔術研究所の館長の肩書を甘く見ないでください。ネクロノミコンは『所詮』人間が作った本。つまり私達の同族が作った本です。なので不可能では無いということが貴方達の存在により証明されたのです」
「まあ、それはそう……なのかな?」
断言して良いのかわからないけど、きっとそうなんだろう。
「私の目的はフーリエと会う事です。貴方の目的はその筆を修復した後、ミルダ大陸に戻ることですよね? でしたらここは一つ競争しましょうか」
「競争ですか?」
「はい。もし勝ったら負けた方に料理をごちそうする。どうでしょう?」
「びっくりしたー。てっきり凄い条件を提示してくると思ってました」
二代目魔術研究所の館長だしね。
「え、私にとってはありえないくらい難関なんですけど。フーリエが料理出来過ぎて正直心折れてるんですけど」
「人には得意不得意がありますものね! それで行きましょう!」
本気で落ち込まないでよ! 母さんのお姉さんなら料理の才能きっとあるから!
「できましたー。この中心に立って下さい。行き先はヒルメ様のいる世界となりますので、多分地球だと思います」
「……日本だと助かる」
「こ……怖いわね。パムレちゃんを抱っこしてて良い?」
「っと、鈴の音を止めておきましょう。あ、寿命が……」
ミルダさんの冗談だけ笑えないけど、とりあえず皆準備が完了みたいだ。
「ではミリアムさん。『また会いましょう』」
「はい」
そしてまた、俺たちは光に包まれて。
次の世界へ向かった。




