科学者クアン2
「『クー』の名前はクアン。つまらない場所だがゆっくりしてくれたまえ」
「はあ」
部屋に案内されたが、そこも本で散らばっていた。かろうじて大きな椅子が四つあり、俺とシャルロットとミルダさんとミリアムさんはそこに座り、いつも通りパムレはシャルロットの膝の上に乗っかった。
「最近ようやく製法に成功した『コーヒー』だ。そちらの銀髪の子は果実の飲み物で良いかな? あー、『ミカンジュース』?」
しばらくしてパムレはこくりと頷いた。
「パムレちゃん、キチンと返事しないと駄目よ?」
「……違う。パムレはこの人と普通の会話ができない」
「どういうこと?」
パムレが珍しく困ってる顔をしている?
「仮説を述べよう。その子はおそらくクーの思考を読み取って会話をするのだろう。その子の名はパムレと言ったかな? パムレの話す言語は日本語。だがクーの言葉はミルダ大陸の言語。それらがクーの頭では入り混じった状態なので読み取れないのさ。もちろんクーは日本語も話せるが、それをすると他の人との会話ができないので非効率的なのだよ」
「……わかるときとわからないときがある。でも……ちょっと大変」
「えっと、クアンちゃんはミルダ大陸の人間じゃないの?」
「ちゃ……? えっと、そうだ。パムレと一緒でクーは地球の人間。ただ、この世界ではミルダ大陸の言葉を使った方が便利だから皆との会話はそちらの言語を使っているのだよ」
つまり別な言語を覚えたということ?
よほど頭が良いということだろう。
「それにしても興味深い。そのパムレという子は人工的に作られた人間。しかも魔力を保持していてまるで兵器だ。クーが見た未来の地球が滅んでしまった理由もこれが原因なら納得がいくね」
マジマジと見るクアンにパムレは少し震える。そしてこのクアンという少女の言っている言葉の意味が全く分からないんだけど……。地球という場所が何かはわからないけど滅んだ?
「えっと、パムレちゃんが怖がってるから少し離れてもらっても?」
がんばって言葉を理解しようと頑張っているようにもみえるけど、シャルロットの意見もなんとなく当たっているようにも見える。
「すまない。別に危害を加えるつもりはない。この通りクーは無力で、力だけならそこの巫女さんよりも弱いだろう。おや、その鈴の音は少し変な音が出ているな。それも魔力が関係していそうだ」
静寂の鈴を見て頷くクアン。うん、この人色々な意味で危険だよ!
「そう怯えないでくれたまえ転生少年」
「て、ん?」
俺の事?
「その肌を見たところ人から生まれた感じではない。もしかしてだが母親から『空から降ってきた』とか言われてないかい? おそらくそれは事実だ」
言われたことあるんだけど! もう嘘だと思って聞き流してたのに本当なの!?
「ということでこのクアンという人は凄く頭が良いので色々と知っていると思います」
「知っているという範囲を超えているよ! 何か術を使って読み取ってるとかすら思えるよ!」
もはや魔術を使ってるとしか思えないよ!
「クーはただ非現実が好きなだけだ。すでに解明された事実や現象に興味はない。この四人の中で一番興味が無いのはそこの金髪の少女くらいだ」
「なっ!」
シャルロットがすごくショックを受けている。
「ちょっとリエン、地味に辛いんだけど! クアンちゃんと仲良くなる方法は無いかしら!?」
「そういわれても……じゃあ」
とりあえず適当な提案を耳打ちしてみた。
「わかった。えっと、クアンちゃん!」
「なんだい?」
「『腰痛で苦み悶えてみて』」
「ぬあああああああああああああ!?」
突然クアンがその場で苦しみ始めた。
「待ってくれ、これは想定外だ。そこの鈴の音と近い何かを感じた。だがまさか人体に影響を与える音が人の声で? いや、超指向性の超音波で腰だけを狙った何かであれば」
「クアンさん、一応言うと腰痛にさせる魔術はありません」
「知っている! 様々な数式を使ってもここまで短時間で腰に集中攻撃をするなんて科学でも医学でも難し」
「『腰痛治れ』」
「ふおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
今度は何事も無かったように立ち上がった。
「先ほど苦しかった腰痛が治っただけでなく、今までの腰痛までも消えた!? いやはや、クーはとんだ勘違いをしていたらしい。金髪の少女含め全員興味深い人ばかりである」
まさかここにきてシャルロットの音の魔力が役に立つとは思わなかった。
ん? もしかして伝説の『トスカさん腰痛治療伝説』がここにきて再現されちゃった?
「それで、クーに何の用で?」
「えっと、これをまずは見て欲しいのだけど」
そう言ってシャルロットは折れた蛍光の筆をクアンに見せた。
「ほう。筆? しかしこの素材はかなり古い。江戸時代に作られた物と仮定して、何か神秘的な物かと思われるが」
一目でここまで読み取るとか本当に怖いよ! それによくわからない単語を並べられて理解不能だよ!
「これを直す方法を教えて欲しいの!」
「無理であろう」
そして答えがあっさりしてない!?
「鉄の棒は折れても溶かしてくっつければ元に戻る。が、折れたという事実に変わりはないのだよ。この筆も折れたことで力を失ったのであれば、それを戻すのは普通に考えれば不可能に等しい」
ん? 少し気になる単語があったな。
「通常ってことは無理やりできるってこと?」
「ふむ。転生少年は鋭いな。クーがここに来ることになった原因である『奴』なら可能だろう」
クアンがここに来る理由……。つまりクアンは第三者の手によってここへ連れてこられたということだろう。
「『奴』は時間を操ることができる。故にこの折れた筆を戻すことは可能だろう。だが、クーですら『奴』の居場所は分からないままであり、今でも探している最中である。あの忌々しい時間を操る女神とやらにクーは麗しのパンチを与えたい」
「ああ、クロノちゃんのことね。わかった。ありがと」
「待てい! え、知ってるの? そいつの事知ってるの?」
すげー。さっきまで殺気に満ち溢れてたのに、すっと消えたぞ。
『さっきまで殺気とな?』
おっと、セシリーの声の幻聴まで聞こえるようになってしまった。ここにいないはずなのに思い出してしまうなんて。そう言えば大丈夫かな?
「時の女神クロノちゃん。とある理由で私と契約したの。今はとある理由で契約が解除されちゃったけどね」
「待ってほしい。『とある理由』で説明省かないで? おおよそ言ってくれれば理解するから言ってくれないかい?」
☆
「ふむ、空想上の本『ネクロノミコン』の影響で神と契約を……あらゆる仮説をつなげれば無理というわけではない」
ネクロノミコンの力が想定していない方向で働き、クロノとシャルロットが契約した話しをしたところでおおよその状況がわかったということで考え始めた。
「『ネクロノミコン』の事は知ってるの?」
「あれはとある作家が作ったとされる魔本もしくは禁書と言われている。ただし物語上の本ということもあり、その物語に魅了された者たちが作った等の話こそあるが、実物があったとは思えなかった。そもそも魔術や魔法という物が地球に存在しないから、もし魔法などの類が地球にあったらクーはもう少し別な方向へ頭を使っていただろう」
長々と語り尽くした後、一冊の何も書かれていない本を取り出し、それに何かを書き始めた。
「しかし面白い。禁書が地球に存在していたということは少なくともそこには時間を手につかめる『物』として証明した者がいたわけだ。故に同現象をクーも可能というわけであり、そこにはあと……ふむ」
そして一冊の本を閉じた。
「結論から言うとやはりその物質をこの場で元に戻すのは不可能だ。材料が足りない」
「魔力ならあるけど」
そう言ってパムレの頭を撫でる。いや、一応本人の許可を取ろうね?
「魔力だけで済む問題では無いのだよ。今必要なのはネクロノミコンか時間の神の力の二つ。もしそれを用意できないのであればこの筆の修復よりも新たに作った方が簡単だとクーは結論付けよう」
新しい『蛍光の筆』を作る?
「さて、クーの予想では今のですべての質問は答えた。この後は特に何も無いと思われる。これから森で新たな実験を行うため出かけたいのだが良いだろうか?」
「あ、うん。ありがとう」
そう言ってクアンは家から出て行った。
「って、ここクアンの家じゃないの? 俺たち残ってるけど」
「この辺は私とクアンに危害を加える人物はいませんし、クアンがいないと新しい技術が生まれません。と言っても長居するわけにもいきませんし、一度私の家に戻りましょう」
「……ふう、やっと普通に会話ができた」
パムレが疲れ切った表情をしていて、それを見たシャルロットがとりあえずほっぺたをフニフニして遊び始めた。




