死後の世界1
『やあ』
「えっと、どちらさま?」
『ひどいな。僕だよ。カンパネだよ』
うん。なんとなく知ってたけどね。
『まずは目的達成おめでとう! まさか原初の魔力の秘宝を四つ。そしてあのクロノまで連れて一か所に集まるとは思わなかったよ!』
「君に褒められてもうれしくないんだけど」
『でもあとちょっとだった。あのレイジという男の介入で『僕のやりたかったこと』ができなかった』
「君のやりたかったこと?」
一体なんだろう。
『うーん、今まで黙ってたことは謝罪するけど、かといって理解できる内容でも無いし言わない方が良いのかなって思ってたのさ』
「聞くだけ聞くよ。どうせ目を覚ますまで暇だしね」
おそらくここは夢の世界とか気を失った時に時々来れた謎の場所だろう。自称神を目の前にして無言は辛い。
『実は原初の魔力を一つに混ぜ合わせることで、僕が完全復活できるんだ!』
うん。やっぱり理解できないや。
『でしょ?』
「相変わらず心を読むんだね」
『アルカンムケイルや音操人のトスカが言ってたけど、実は彼らは僕の事を見ることができないんだ。それもそのはず、僕は概念でしか存在できない空気みたいなものなんだ』
「へー」
『あ、全然理解してないでしょ!』
だってよくわからないもん。
『簡単に言うと君たちのお陰で僕は復活できる。そのために原初の魔力が必要。で、遠回しにあのシャムロエを誘導していたのさ』
そんなことをしていたのか。
『でもレイジはその『神すら復活できる』という答えをどこかで知ったらしいのさ。何かを企み始めたらしく彼も原初の魔力を集めてる。だから実質僕とレイジの徒競走だったわけ』
「で、今回ギリギリで追いつかれたと」
『追い付かれたけど、ちょっとだけ逃げることはできたかな。ただ、問題が一つ発生したよ』
「問題?」
『それは目覚めてからのお楽しみ。ほら、そろそろ目が覚めるよ』
そう言われると、なんだか徐々に目の前が……。
☆
「あ、おはようございます。ようやく目を覚ましましたか」
「あ、う、うん」
布団?
俺は気が付けば布団で寝ていたみたいだ。
「連れの方は外を散歩してますよ。全く、起き上がって早々に外に出るとは、どんな体力をしているのやら」
青い髪。そして青い瞳。そして俺よりも低身長。十六年間見覚えのある人が俺の顔を覗いていた。
「な、なんだ。母さんがここにいるってことはここはどこかの『寒がり店主の休憩所』ってこと?」
その質問に目の前の青い髪の少女はクスっと笑って話し始めた。
「私は子を産んだ覚えも育てた覚えもありません。先ほどのシャルロットさんやパムレさんも同じことを言ってましたが、どうやら『妹』の事を知っているみたいですね」
妹……?
「初めましてフーリエとは血の繋がりのない息子さん。私は二代目魔術研究所の館長にしてフーリエの姉。ミリアムです。そしてここは『死後の世界』。事情があってここに来たようですが、とりあえずお茶でも飲んで落ち着きますか?」
☆
死後の世界……って言ったよな。そして目の前で母さんそっくりな人は確かによく見たら違う。そもそも一人称が『ワタチ』じゃないし。そう言えば何で母さんって一人称ワタチなんだろう。
「えっと、ミリアムさん……でしたっけ。先ほどは失礼しました」
「良いですよ。妹のフーリエと見間違えたのなら仕方が無いでしょう。それにしても気になるのが一つ」
「何でしょうか」
ジッと真剣な眼差しで俺を見た。
「お父さんって誰? ゴルドさん?」
うん、やっぱりこの人母さんの姉さんだわ。というかゴルドさん知ってるんだ。
「いえ、俺は養子で、母さん曰く空から降ってきたみたいです」
「もう少しわかりにくい冗談は無かったのでしょうか。それとも本当だったのでしょうか」
うーん、考える姿も母さんにすごく似てる。
「っと、こいつらも紹介しないと」
そう言って俺はセシリーとフェリーを頭の中で呼び出す。
「ん? おーい、セシリー? フェリー?」
返事が……無い?
「どうしました?」
「いえ、精霊二人と契約しているのですが、出てこなくて」
「ああ。多分途切れたのでしょう。ここへ来るのに特殊な術式を使ったのであれば、それくらい『些細な』ことは考えられます」
些細なことなの? 精霊との契約って生涯付きまとう物だと思うんだけど。
にしても二人がいない……うーん、大丈夫なのかな?
「大丈夫だと思いますよ?」
「え?」
心を読んだ?
「はい。私の前の館長の癖でうっかり『心情読破』を使ってしまうのですが、私もついつい相手の心を覗いてしまう癖がついたのです。それとその精霊はきっと大丈夫だと思います。精霊は死という概念が存在しないので、おそらくここは来なかっただけでしょう」
「そう……か。えっと、シャルロットとパムレ以外にここへ来た人っていませんか?」
その質問に、小さな少女の声が扉の外から聞こえた。
『ミルダです』
ガチャリと扉は開き、右手には大きな杖。そして先端には小さな鈴が付いて、音を鳴り響かせながら部屋に入ってきた。
「起きましたか。そして久しぶりですねミルダ」
「久しぶりですミリアムさん。そしてどうして貴女がここにいるんですか?」
ミルダ様がここにいるのも驚きなんだけど、それ以上にミルダ様が今にもミリアムさんを攻撃しそうな勢いで構えている状況に俺は驚いた。
「落ち着いてくださいミルダさん。この世界はとある神がうっかり作ってしまい、死んだはずの人間がたどり着く有象無象の世界。千年前に死んだ事やフーリエに全てを託したことも含めて私は全て覚えています」
「本物なのですね。できればフーリエさんに会わせたいところですが」
「えっと、話が色々とごちゃごちゃしててわからないけど、とりあえずミルダ様とミリアムさんは知り合いなの? これから喧嘩するの?」
その質問に少し沈黙。そして二人は少し笑った。
「ごめんなさい。死んだ人間が目の前に現れて少し警戒しただけです。ミルダとミリアムさんは凄く仲良しですよ。それこそ生前は一番の相談相手でした」
「本物であれば千年ぶりの再会だし、喜びしかないですね」
ほっ。それは良かった。
「えっと、まとめるとここへ来たのは俺とシャルロットとパムレとミルダ様の四名ってことかな?」
「私が知る限りではその四名が突然光の中から現れたくらいかしら。あ、ちょうど帰ってきたみたいね」
ミリアムさんがそう言うと扉が開いた。
「リエン! と、ミルダ様! よかった、目を覚ましたのね!」
「……周辺の調査は終わった。現状報告をする。隠し事無しで色々お話するよ」
☆
ミリアムさんのご厚意で一つ広い部屋を借りることができ、そこには俺、シャルロット、パムレ、ミルダ様の四名が椅子に座ってパムレが説明をし始めた。
「……ぶっちゃけここどこかわかんない。お手上げ。じゃ、解散」
「ちょっと待て。なーにが隠し事無しだよ! 全部話してよ!」
パムレが逃げ出そうとしてミルダ様が捕まえる。
「……あの場を切り抜ける方法は二つ。一つはレイジを倒す。もう一つは逃げる。で、色々考えた結果後者の逃げるを選択した」
「レイジを倒すのは無理だったの?」
「……ミルダが一番危険だった。あの場で身を守れる術がないミルダは真っ先に狙われていた。で、『ネクロノミコン』を使ってパムレは『地球』に向って転移をしようと試みた」
チキュウ。確かパムレが生まれた世界だっけ。でも、試みた?
「……誤算だった。その『静寂の鈴』は『ネクロノミコン』の力すら抑える道具だった。で、崩れた術式を何とかつなぎとめて転移呪文まで発動させて全員を転移させようとした。その時だった」
まさかレイジが追い打ちでも?
「……ミルダが思いっきりすっころんで、その衝撃で鈴が思いっきり鳴っちゃって、結果リエンとシャルロットとパムレとミルダしか転移できなかった」
「今の言い方完全に悪意ありまくりませんか!? ミルダは悪くありません! あの場に石があったのが悪いのです!」
うん、どっちが悪いのかわからない!
「……本来ネクロノミコンは無対価で術式を発動できるのに、それを阻害するという今までにない現象に術式が混乱して、本来ありえない精霊との契約解除や神との契約解除が発生した。リエンとシャルロットが契約している精霊と神は多分今もレイジと戦闘中」
「クロノちゃん大丈夫かしら」
この状況でも相手を心配するシャルロット。いや、そもそもクロノを勝手に召喚してレイジと戦う事になったんだし、クロノにとっては事故の連続なのか?
「そしてここは死後の世界。正確には死んだ人がなぜか生き返って生まれ変わった世界らしいの。生まれ変わった人達も赤子から老人までいて、ここでも死という概念は存在するそうよ」
「何故か生き返った? 一体どうやって」
その辺りはミリアムさんが知っているのだろうか。
「死んだ人が生き返ったという部分に関してはミルダが保証します。あの姿や魔力は本人そのもの。悪魔術を使わせたらもっとはっきりするかと思います」
「いや、そこまでさせなくても。というか俺たちはここでは客人もしくはただの冒険者だし、それほど我儘は言えないかな」
「それも……そうですね」
幸いにもミルダ様の知り合いがいるのは凄く助かった。おかげで飛ばされて野宿という状況にならずに済んだしこれからの予定に……。
「ん? これからどうするの? ここから出る場所を考えるとか?」
と、その質問をした瞬間、シャルロットが神妙な顔をして、鞄から何かを取り出した。
「ちょっとまずいことになったわ。『蛍光の筆』があの爆発で折れちゃったの」




