時の女神クロノ
「お、お久しぶりです『時の女神』クロノ様」
「久しいわね乙姫。元気にしてた?」
「見ての通りこの世界で何とか元気にしてましたよ」
「そう。で、この私をここに呼び出してタダで済むと思ってる?」
すげーこっち睨んできた!
びくっとしていると母さんが俺の前に立って頭を下げた。
「お初にお目にかかります。時の女神様。ワタチはフーリエと言います」
「話しだけは聞いてるわよ。というか本当にどこにでもいるのね。地球にもいるし冥界にも最近住み始めたみたいだし、その頭はどうなってるの?」
「ご想像にお任せします」
「嫌よ。人間や悪魔の思考なんて考えたくないもの」
何かこの人絶対仲良くなれない感じの人だ! すげー冷たいし、全然好意的じゃ無い!
「パムレは知り合いじゃないの?」
「……それほど親しい間柄では無い。ただ敵対同士というわけではない」
「そうね。その節は色々あったわね」
パムレが常に警戒している。やはりよほどの神様なのだろう。
「それで、そこで『うっかり時の女神様を召喚しちゃいました』って看板を持ってる女の子は何?」
「時の女神様の説教の矛先をわかりやすくしました。さあさあどうぞ存分に説教してください」
「ちょっとリエン! あれは事故よ! あんな本を持ってた皆にも非があると思うの!」
と言いつつ正座しているシャルロット。もうこの光景を見たのは何度目だろう。
『のうリエン様よ。一応言っておくがクロノは紛れもない『神』じゃ。鉱石の神は穏便な方じゃからチャーハンを作っておるが、この方は危険そのものじゃ。ガチで気をつけよ』
遊びに出かけてたセシリーとフェリーは異変に気がつき急いで戻ってきてくれた。二人とも相当怯えている。
「こそこそ話聴こえているわよ氷の精霊。そうね、急に呼ばれて私としても正直穏やかでは無いわね。ただでさえ最近忙しかったんだし、そんな中で突然こんなこともあったら抑えられないわよね」
と。
いつの間にか時の女神さまは。
俺の目の前に立っていた。
「この世界は別の神の管轄だから正直私にはどうでも良いの。この場で貴方を消そうがどうしようがね?」
時の女神『クロノ』が俺に触れようとした瞬間、パムレは地面から植物のツタのようなものを出してクロノの左腕を掴み、母さんは小さな『深海の怪物』を召喚してクロノの右腕を掴んだ。
「リエンにそれ以上触れないでください」
「小悪魔風情が汚らわしいのよ」
と、次の瞬間、絡みついていた『深海の怪物』は吹き飛んだ。
「そっちの人間……いや、お人形は少し厄介だけど、まあこうすれば問題ないかしら?」
「!」
腕を振るとパムレが出したツタが一瞬にして消えた。
「……詰んでる」
「え?」
「……強いとかそういう問題じゃない。たとえミルダ大陸全勢力を持っても無理」
「そうよ? 今更知ったのかしら?」
腕をポキポキと鳴らし、再度俺に近づく。と、俺の前に母さんが立った。
「この子には手を出さないでください。ワタチにはどんなことをしてもかまいません」
「嫌よ。貴女何人いると思うのよ。全員倒すなんて面倒なことを私にさせるの?」
と、次の瞬間、クロノは軽く腕を振った。
全然力を感じないただの動きだったのに、母さんは思いっきり吹っ飛んでいった。
「か、母さん!」
壁にぶつかり、かなり大きな衝突音だけが響き渡る。
『だ、大丈夫です……リエンは逃げてください』
砂煙の中から母さんの声がかすかに聞こえた。大丈夫って……。
「逃げれると思うの?」
「どうしてこんなひどい事を」
「いらっとしただけよ。この場に急に呼んで私は怒った。それだけよ」
そんな理由で?
『リエン様よ! 神には常識が効かぬ! クロノ様は特にそうじゃ! イラッとしたから消す。そういう奴じゃ!』
『アルカンムケイル様が特殊ー。ちょっと覚悟を決めたほうがーいいかも?』
どうしようもないのか?
迫るクロノ。ふとシャルロットを見たら腰を抜かして座っていた。
そしてぼそっと一言。
「こ……これ以上はやめてください。クロノ様」
シャルロットが怯えて話しかけると、クロノの動きがピタリと止まった。
「ん? ……ふん! ……ふぉうううう! ……おい人間、何をした」
クロノがその場から動かない。え、どういうこと?
と、続けてシャルロットは震えた声でつぶやいた。
「リエンには手を出さないでください。それ以上近寄らないでください。お願いします」
シャルロットの声にクロノは一歩、そしてまた一歩と下がっていた。
「……クロノ、もしかしてだけど」
「何だ人形。言いたいことがあるなら言え」
「……ネクロノミコンでの召喚って『契約』も兼ねた召喚だったんじゃない? なんかこう……この女の子と契約したーって感じの感触とか無い?」
……。
しばらくの沈黙。とりあえずシャルロットに俺は一つの提案をしてみた。
「おーい、シャルロット。とりあえず『逆立ちしてください』って言ってー」
「え、きゅ……急に何?」
「いいから」
シャルロットは震えながらも呟いた。
「逆立ちして」
その瞬間。
黒髪のきれいな少女の神様は。
その場で綺麗な逆立ちをしたのだった。
☆
「いつつ! リエン、もう少し優しく手当をしてください!」
「傷をふさがないといけないんだし我慢してよ。ほら!」
ペチン!
「あいた! 絶対今わざと叩きましたね!」
母さんは悪魔なのでパムレの治癒術での手当てができないらしい。詳しい話はわからないけど、悪魔と治癒術の魔力は相性が悪いから、傷が悪化するんだってさ。ということで俺は母さんに包帯を巻いていた。その光景をシャルロットはにっこりと眺めていた。
「いや、眺めているのは良いんだけど、後ろで殺気を出しまくりしてる神様なんとかしてくれない?」
「わかった。クロノ、笑顔」
「ふおおおおおおお! かおがあああああ!」
どうやらネクロノミコンで召喚された時の神様クロノは、ただの召喚では無くシャルロットと契約を兼ねた召喚だったらしい。
『てっきり音の魔力で制御しているかと思ったが、神を制御するほどの音の魔力はエル様くらいしかおらぬしのう。いやはや驚いた、まさか神と契約しちゃうとはのう』
『あのヤバイ神クロノがー。人間の配下……面白いー』
「おい火の精霊。破壊されたいか」
「クロノちゃん。お手」
「(すっ)……ちょっと待て人間。クロノ『ちゃん』とは!?」
「可愛いんだしクロノちゃんでしょ。ちなみにそこで隠れているフブちゃんはクロノちゃんの先輩ね」
「神が後輩って……こんな混沌とした職場に配属するとは思わなかったぞ?」
フブキがテケテケと歩いてきた。
と、シャルロットが何かに気がついて真顔になった。
「フブちゃんとクロノちゃんの上司はラルト隊長になるわね。やばいわね」
「ラルト隊長そろそろ女王近衛部隊に異動させたら? 胃が持たないと思うよ?」
あ、でもそうするとイガグリさんが隊長になるのかな? そうすると間接的にだけどイガグリさんの部下は影の者領主と時の女神ってことになるのか。すげーな。親が三大魔術師よりも圧が強そうだ。
「そろそろいい加減私を召喚した理由を話せ。忙しい中急に呼ばれてイライラしてるんだ」
思いっきり歯磨きしてたけどね!
「クロノちゃん」
「何だ」
「口が悪いわね。教育が必要かしら」




