リュウグウジョウ
数時間後。
パムレの『光球』以外の光が奥からうっすらと見えてきた。
「出口? 歩いた感じずっと並行だったと思うけど」
「……『タマテバコ』があった場所は本当の海底。つまり出口も海の中」
「え、出口の先って呼吸とか大丈夫?」
「……大丈夫。行けば分かる。それにここもすでに海の真下」
パムレの先導のままに歩いていくと光は徐々に大きくなり、やがて『光球』が必要無いほど明るくなった。そして目の前にはキラキラと輝く青い扉があった。
「……この先が『タマテバコ』がある『リュウグウジョウ』という場所。かつて他の世界にあった御伽噺がなぜかここに作られたミルダ大陸の不思議の一つ」
リュウグウジョウ。俺は初めて聞く名前である。
「聞いたことがあるわ」
と、意外にもシャルロットがぼそっと呟いた。
「来たことあるの?」
「来たのは初めてね。ただ貴族の話で聞いたことがあるの。一生に一度行ってみたい娯楽施設。海底にあるから仕事を忘れて遊び倒すことができる場所。でもそこへ行くには何人もの魔術師と護衛が必要とのことよ」
選ばれし者だけが行ける娯楽施設か。
『ふむ、どこかと思えばリュウグウジョウじゃったか』
「セシリー?」
ポンっと音を立ててセシリーは現れた。
『系統はちょこっと違うが、水の魔力を司る精霊の住処じゃよ。噂程度には聞いたことがあったが、ここに住んで居たか』
まさかの水の精霊が住んでいるのか。ますます何が居るか予想ができない。
ゆっくりと扉を開けると、目の前に人影があった。
「あ、到着しましたね。リエンとシャルロット様」
「そういえば母さん居るって言ってたね!」
完全に忘れてたよ!
「えっと店主が居るってことはこの先に寒がり店主の休憩所があるってことでしょうか?」
「残念ながらここだけは違います。ワタチはここの城の主『ミズハ様』の使用人ということになっています」
ミズハ。あれ? 水の精霊が住んでるって聞いたけど、名前あるの?
「もしかして母さんが名付けたの?」
「いえ、元々その名前らしいです」
『リエン様よ。じゃから系統が違うのじゃよ。あ奴は我ら後発精霊とは別で、魔力お化けの世界から来た精霊。説明がちょっと難しいから省くが、あ奴はこの世界の正当な精霊では無いのじゃよ』
頭が混乱するよ!
「とにかくミズハ様には話をしてましたのでご案内します。こちらです」
☆
すごい大きな建物が目の前にあった。何となくフブキの集落の家をかなり大きくした印象があるけれど、どこか違う世界という印象が大きい。
そして何よりその建物のさらに奥を見ると、そこには海が広がっていた。
魚も泳いでいて人よりもさらに大きな魚も泳いでいる。空が海というのはまた不思議である。
「これは貴族達が自慢したがるのもわかるわ。まあ、だからこそ横領とかする輩もいるんだろうけど」
「うん、これは凄い」
「海ばかり見ていると転びますよ。気を付けてくださいね」
おっと、よく見たら足元にも海の生き物や貝殻が落ちていた。幻想的というか夢の中のような世界と言うか、本当に不思議な場所である。
建物の中に入ると長い廊下があり、そこを突き進むと少しだけ広い部屋にたどり着く。
「ミズハ様。お連れしました」
「ご苦労様『フーリエ』」
今母さんの事をフーリエと呼んだ?
それに対して特に母さんは何も言わなかった。
いや、それよりも目の前の女性だ。
長い黒髪に白い肌。そして髪には何本もの飾りをつけて、かなりの枚数の布を着こんでいる。母さんもなかなかの布をぐるぐる巻きに着こんでいるが、目の前の女性は羽織っていると言った方が良いだろうか。
「ほう。ここで着物を見るとは思わなんだ」
「フブキ、知ってるの?」
「文献でしか知らぬ。それよりも」
目の前の女性が立ち上がった。
「ようこそいらっしゃいました。ここは竜宮城。そして私はここの主の乙姫ミズハと言います。まあ、そこの魔術師とは久しぶりの再会となりますけどね」
「……久しぶり。元気だった?」
「ええ。あの時宝物庫を壊した所為で修繕が大変だったのよ」
「……あれはミズハが本気でパムレに挑んだのが悪い。おあいこ」
「パムレ? ああ、今は偽名を名乗っているのでしたね。そしてそちらがフーリエの血のつながりの無い息子さんですか」
「はい。母がお世話になってます」
ペコリと頭を下げる。
「よくできた子ね。フーリエには私が助けられているわ。そしてそちらは今のガラン王国の姫ね。シャムロエは元気かしら?」
「はい。祖母をご存じとは知りませんでした。後日和やかなお茶の場の話題にでもさせていただきます」
ペコリと頭を下げるシャルロット。
「なーに偉そうにしているんですかミズハ様。さっきまで二日酔いで倒れてたところを全力で治して服を着て座ってますけど、まだお酒の臭いは消えてませんよ?」
「黙ってフーリエ! ほら、掴みって大事でしょ!」
えっと。下げた頭を思いっきり上げて良いのかな?
「……ミズハは優しい。お菓子くれる」
「貴女に関してはお菓子を与えないと大泣きするでしょうが!」
「……む、昔の話」
大泣き?
まあ、見た目小さい女の子だし違和感は無いけど、いつもぽけーっとしているから想像ができない。
「はあ。とにかくここまで疲れたでしょ。フーリエから金貨は貰っているから今日はゆっくり休みなさい」
「え、母さんが?」
「円滑に進めるにはその方が良いと思ったのですよ。あ、後でガラン王国に経費として請求します」
「母上の苦笑いが目に浮かぶわね」
「ご要望とあらば請求日は十年後とかにします? シャルロット様が女王になった時に請求した方が筋は通りますけど」
「母上が女王の時でお願いします」
シャーリー女王はつくづく苦労人だよね。最近まで本気で怒った母さんを目の前にしたりで寝てないのに、そこからさらに母さんから請求書なんて出されたら心が折れるんじゃないかな?
「それよりも母さん、そのミズハ……様? は母さんのことを名前で呼んでいるけど良いの?」
「改まらなくて良いわよ。ミズハかミズハさんくらいの距離感の方がやりやすいわ。フーリエとは長いし、本人もこの『竜宮城』の中だけならという了解は得ているわ」
母さんが答える前にミズハさんは答えた。
『異世界の精霊とお見受けする。我は氷精霊セシリーじゃ。こっちは妹の火精霊フェリー。どちらもこのリエン様にお仕えする契約精霊じゃ』
「噂だけは聞いていたけど、ここで会えるとは思わなかったわ」
『乙姫ミズハ殿はどちらと契約を?』
「契約はしていないわ。そこの魔力お化けと同じ世界から来たちょっと事情が異なる精霊だけど、カンパネに頼まれて水の管理も担っているわね」
水の管理とかあるの? 精霊業界も色々と複雑だなー。
『創造神カンパネ様じきじきの頼みとなれば後発精霊よりも序列は高い。いやはや失礼しました』
「気にしないわよ。というかこっちとしては自由にやらせてもらってるしね」
先ほどからの言動からそこはかとない圧を感じるのは気のせいかな。自称神のことも呼び捨てだったり、母さんを名前で呼んでいるし、それとは真逆で気さくな一面もあって底が見えない。
「……乙姫は一応別の世界では水を司る神の一つ。こっちでは力が少し奪われて精霊くらいにはなってる」
「結構凄い人……いや、精霊なんだね」
そんなことを話しながら広い部屋から出てまた別の広い部屋に到着。そこにはいくつもの机が並んでいて、すでに料理も用意されていた。
「す……すごい豪華な料理ね。店主殿が?」
「いえ、一応料理長はしていますが、ここには人間の従業員が何人か住み込みで働いています」
耳を澄ますと確かに奥の方から声が聞こえてきた。
「さあ、フーリエの息子さんやガラン王国の姫というなかなかの顔ぶれだし、こちらもしっかりとおもてなしさせていただきますよ! あ、お酒は飲めま……せんよね。ではジュースで」
☆
お腹が……痛い。単純に食べ過ぎた。
料理がすごい美味しいというのもあるし、食べている途中で大道芸人による芸が始まったりで今までで一番贅沢な気分を味わえた。
「良いのかな。こんな贅沢を味わってしまって」
「流石に王家でもここまでしっかりと料理が作りこまれた上に芸までは見たこと無かったわね。貴族たちが自慢したがるのも無理ないわね」
「お気に召してもらって光栄です」
と、後ろからミズハさんがやってきた。
「あれ、パムレとフブキは?」
「あの魔力お化けなら少し外を散策しに行きました。黒装束の少女も護衛についてます。どちらも腕は確かなので問題ないと思いますし、そもそもここで不審時は起きないと思いますけどね」
コップに飲み物を注いでくれた。
「大丈夫なの? いくらガラン王国が払うとは言え、これって結構な金額では?」
「貴方の母親フーリエがすでに支払っています。話を聞く限り『創造の編み棒』や『蛍光の筆』を集めて全然休む暇もなかったとのことですし、しっかりとした休息を与えたいと言われました」
「でもここって寒がり店主の休憩所ではなくミズハさんの城なんだよね?」
「ええ。本来フーリエは私の部下に当たりますが、今回久々にお願いをされまして、金貨ももらいましたしそれ相応の対応はしますよ。と言っても成金貴族やガラの悪い連中では無くガラン王国の姫やフーリエの息子さんと言われればこちらとしても自然体でおもてなしができて非常に助かります」
やはり客商売って大変だよね。たまに酔っぱらいが店に来たときとか大変だもん。大体母さんが追い払っちゃうけどね。
と、そこでシャルロットがミズハさんの目を見て真剣な表情で話し始めた。
「本当ならもう少しゆっくり休みたいところだけど、ミズハがいるから聞かせてもらうわ。『タマテバコ』は今ここにあるのかしら?」
その質問にミズハさんは隠すことなく答えた。
「話しは聞いていると思いますが、ここにはありません。魔力お化けが……あ、いや、あれは色々と事故があって壊してしまって、そこから破片しか残っていません」




