タマテバコ
何が起こったか自分でもわからなかった。
ただ一つ、わかったことは。
ガラン王国の秘宝の短剣で、フブキの攻撃を防いでいた。
「一応言っておくぞ。ギリギリで止めるつもりじゃったが、それでもこれは『おかしい』」
「な、え、え!?」
可笑しいのはフブキの行動でしょ! というか母さんも何も躊躇なく言っちゃって可笑しくない!?
「リエンは幼い頃から特別な力を持っています。危機回避能力と言いますか、とにかく危険な攻撃や現象に対して最善の行動を行うのです」
「じゃが、それでもこれはおかしい。まるで儂の攻撃を見切った……いや、予知した行動じゃぞ」
フブキはゆっくりと武器をしまった。
「もちろんリエンの意識がある内でしか発動しませんし、眠っているときや疲弊しているときは発動しません。リエンにはまだわからない謎の力が備わっているのです」
「ふむ。心当たりはある。儂と最初に戦った時も全て攻撃を防いだ。シャルロット殿との訓練も全て防御しておる。リエン殿のその力は何だ?」
え、そう言われても。
「リエンにはわかりませんよ。生まれ持って得た技術ですからね」
「母さんは分かるの?」
「絶対というわけではありませんが、それこそ心当たりくらいはあります」
「教えてと言ったら教えてくれる?」
「良いですよ。黒板が無いので魔術を使いますね」
そう言って母さんは色のついた火の玉を五つ出した。赤、青、黄色、紫、白。その五つが部屋の中心でぷかぷかと浮いている。
「これは原初の魔力だと思ってください。神、時間、音、光、鉱石。これらの魔力によって世界は作られました」
青い火の玉が分裂し、小さな火の玉が出てきた。
「そして原初の魔力から新しい魔力が生まれます。これは光の魔力から闇の魔力が生まれたという例えです」
俗に言う後発魔力。セシリーやフェリーやノーム達がそれにあたるんだよね。
「ですが、この後発魔力以外にももう一つ、名称が決まっていない謎の魔力が誕生しました。ワタチの把握している物で『運命』や『望遠』という物があります」
どこかでサラッと聞いたことあるような……どこだっけ。
『ふむ、リエン様の母上はやはり博識を通り越している』
セシリーがポンと現れた。
『鉱石精霊様の故郷でもある『カミノセカイ』に突如現れた謎の魔力。これらは力こそ小さいが、他とは完全に異なる未知。そして『運命』の魔力の神が誕生してからは神々が怯えたと聞く』
「専門家がいるならワタチの出番はもう無いですね」
『うむ? 我はある程度までは話す。が、すべては話せぬ。そういう制約じゃからな』
以前母さんが音の神エルに質問したとき、最初はすんなりと答えてくれなかった。世界を知ることってそれほどいけない事なのかな?
『実はそうなのー。そもそもその突発的に登場した魔力は人間が少し関係していて、それから神々は人間との接触を極力避けているのー』
チャーハン作ってるけどね!(何度目だろう)
「推測ですがリエンにはその不思議な魔力の『運命』を宿している可能性はあります。本来出会うことが難しいゴルド様やトスカ様やマオ様と出会い、各国の王族とも出会う。反射的に防御できるのもその力であり、それは神からのもらい物であれば、それに勝てる力は考え付きません。とうにリエンはワタチを超えているのですよ」
小さな背中をゴリゴリと強く揉み始めた。
「たたたたたいたたた! リエン!? 急に強くどうしたのですか!?」
「よくわからないけど母さんの言う勝ち負けって魔力とか武術だけで考えてる?」
「そりゃ」
「もしかしたら母さんにはその運命の力で魔術勝負に勝てるかもしれないけど、料理の腕や世渡りの術はまだまだ勝てないと思っているよ。運命の魔力とかよくわからないけど、それが今後どう役に立つかなんて知らないし、使命があるわけでも無い。これからも母さんは母さんで、俺は俺で良いんじゃね?」
「そう……ですね」
ニコッと笑う母さん。それにつられてフブキも笑った。
「親子のやり取りというのは微笑ましいのう。儂も久しぶりに会いとうなったわい」
「フブキの両親ってそう言えば会ったこと無いね」
「む? すでに亡くなっておる」
あ、ちょっと聞いちゃいけなかったか。
「そういう顔をするな。覚悟の上で亡くなった。裏の社会ではいつ死ぬかわからぬからのう。あの村で寿命を迎えることこそ幸運の持ち主ぞ」
「では今日からワタチがフブキ様の母となりましょう」
「は、え、え!?」
膝をポンポンと叩く母さん。フブキは凄く困っている。
「今や暗殺業から足を洗い、タプル村では集落の方が畑作りに勤しんでいます。同時に多すぎない程度に動物を取ってきたり、村の集団墓地の草刈りも協力的で助かっているのですよ」
「それは儂の仲間がやっていることじゃ」
「部下の教育がきちんとされているからですよ。ほら、今日くらいはゆっくりワタチの膝に頭を預けてください」
「ぐぬぬ、何故だか断りにくいこと状況。致し方あるまい」
そう言ってフブキは母さんの膝枕の上に頭を乗せた。
「りえんニ手ヲ出シラタ許シマセンカラネ?」
「ぬおおおおお! 何じゃこの禍々しい圧は! 動けん! た、助けてくれ!」
結局それかよ!
「ふふふ、陰でリエンを守ると言ってもフブキ様も女性ですからね。しっかりと釘は撃たないといけません」
「無いわ! 儂は色恋なぞ興味はない!」
「なっ! 世界一いけめんなリエンが魅力的では無いという事ですか!? 呪いをかけます」
「ぬおおおおおお! 理不尽の塊りじゃぞ! リエン殿よ助けてくれ!」
何か術を掛けられているのか、フブキは動けないみたい。
と、そこへ扉がそーっと開いた。
「うん。ごめん。完全に今回もやってしまったわね! 空気を読めずうっかり扉を開けたらフブちゃんが膝枕をされていて、なんかとんでもないことになっているけど、とりあえず安心しなさい! 私口は堅いから! うっかり村の畑を整備している『影の者』の人たちに情報を流すなんてことしないから!」
「その口ぶりでどう信じられると思っておる! 待てシャムロエ様よ!」
パタンと扉を閉めて走っていく音が聴こえた。
「ぐおおおおお! 後生じゃ! ぬあああああ!」
☆
翌朝。
会議室と呼ばれる場所に呼ばれ、今後の方針を決めることになった。
「と、その前に一つ良いですか?」
「何でしょう」
シャーリー女王は今日もちょっと疲れているみたい。
「母がご迷惑をおかけしました。この場を借りて謝罪させていただきます」
「リエン!?」
母さんが驚く。
「いえ、私も出すぎたことをしました。それに不正な横領も見つかりましたし、時間はかかりますがフーリエ様にはできる限り早くお金の返済を行います」
「はあ、わかりました。ではこうします。今回の城の破壊は紛れもなくワタチが行いました。本来捕まってもおかしくない状況なのに、罪状が出ていないところを見ると、色々と手配していただいたと思います。なのでリエンへの話の一件は信頼のおける貴族を選任。そして慈善事業をきちんと行っていただければ今までの宿代は無しにします」
「本当ですか!」
シャーリー女王は立ち上がった。
「城の修繕費も馬鹿にならないでしょう。何より静寂の鈴の巫女の教会の修繕費用の方がおかしいのですよ。ちゃっかり階層増やそうとしてるんです」
結構ミルダ様もせこいのかな? いやでも壊したの母さんだしね。
「責任をもって貴族の選任を致します」
と、言った瞬間シャーリー女王は頭をゆっくりと下げ……そのまま机に向って倒れ掛かった。
ギリギリの所でシャムロエ様が掴み、机に頭をぶつけるという事は無かった。
「シャーリー女王!?」
「ふう、この子も無理をして色々と考えていたのよ。三大魔術師の脅威を一人で味わい、国民全員を守る方法を一人で考えていたの。やっと寝てくれたんだし、このまま寝室に運んで良いかしら?」
「ええ、まあ」
そう言ってシャムロエ様がシャーリー女王を運んで部屋から出て行った。
そして俺たちは残った王族、トスカ様を見た。
「え、今後の方針知ってる二人抜けちゃいましたけど、どうすれば良いですか?」
ずっこけそうになったよ!
「いや、次は最後の秘宝の『タマテバコ』を探しに行くんですよね」
「あ、マオが壊したやつですか。というと海の地に行くということですね?」
「……不可抗力の塊り。あれは『乙姫』が悪い」
乙姫……そのタマテバコの持ち主の名前だろうか。トスカさんも壊した時の現場にいたんだよね。
「一応もしかしたら直っているという可能性を信じて訪れるつもりです」
「え、そんなの聞けば良いじゃ無いですか。ね? フーリエ」
え?
「う……いや、隠していたわけじゃないのですが、言うタイミングが無くて」
「何か知ってるの?」
と、トスカさんが説明を始めた。
「『タマテバコ』がある場所には悪魔のフーリエもいます。なので今聞き出せば時間の短縮になりません?」
「母さん!?」
いるの? 本当にどこにでもいるね!
「違うのです! 確かに『タマテバコ』がある場所にワタチはいますし、その持ち主とも毎日会っています。ですが、その『タマテバコ』が今どうなっているか、教えてくれないのです」
「教えてくれない?」
「パムレ様が壊してからタマテバコの破片は綺麗に回収されました。しかしそれは持ち主である『乙姫』様の部屋にあり、リエンが冒険を始めてから何度か伺ったのですが全て断られているのです」
ふむ。その人にとってタマテバコは一体どういう存在なのだろうか。
「少しでも手がかりが欲しいわね。そこに店主殿がいるなら宿には困らないだろうし、とにかく行きましょう。海の地のどこにあるのかしら?」
シャルロットが母さんに問うと、母さんは答えた。
「海の地の少し先。海底です」




