寒がり店主
夜になり寒がり店主の休憩所へ行こうとしたらシャーリー女王に止められて夜ご飯を王室で食べることに……なっちゃった。
長机にシャムロエ様とトスカ様とシャーリー女王とパムレと母さんとシャルロットと俺が並び、使用人たちが料理をせっせと運び始めた。
「三大魔術師の魔術研究所の館長様にお料理をお出しできるなんて、大変光栄でございます」
「うぐ……かなり美味しそうなのが悔しいのです」
以前一度食べたことがあったけど、それよりもさらに綺麗に盛り付けてあった。
「どうぞ遠慮なく召し上がってください」
「いただきます」
薄く斬られた肉を食べると、その薄さから想像ができないほど肉汁が出てきた。うん、凄くおいしい。
「館長様。改めまして先日は私の考えが至らないためにお怒りを買ってしまい申し訳ございませんでした」
「その話は後で良いです。美味しい料理が味わえません」
「母さん、女王様が謝罪しているんだから」
「いえ、リエン殿。私のしたことは三大魔術師とガラン王国の関係を崩すことです。謝罪が足りないのであれば足りるまで謝罪し続ける覚悟です」
「うーん、それもどうなんだろう」
シャーリー女王は笑顔で俺に話しかけているが、目の下は微かに黒い。つまりあまり眠れていないのだろうか。
「当然です。リエンの将来をワタチのいないところで決めたり、もしもリエンの前に立ちふさがる何かが現れたらその国を破壊する『だけ』です」
冗談に聞こえないんだけど! しかも国一つを『だけ』って!
「というかトスカ様がいなかったらワタチは確実にこの城全部を破壊してました。シャーリー様の命も奪ってます。リエンを連れ出して孤島にでも隠居する用意はとっくにできています。それほどのことを貴女はしたと自覚していただきたいです」
「母さん!」
「何ですか? 今ワタチは凄く怒っています。要件なら後で」
終わりが見えない母さんの怒りを治める最終手段だ!
「シャーリー女王を許したら今日の夜肩たたきしてあげるから許してあげて」
「ぐっ……リエンの顔を立てて全て許します」
「「「ええ?!」」」
シャムロエ様とシャーリー女王とシャルロットの三名は驚いた。
「フーリエは相変わらずですね」
と、そこでトスカさんが話始めた。
「どういうことですか?」
「心の内では許していますが、一度決めたことに対して曲げない。いわゆる意地ってやつですね」
「トスカ様!?」
え、つまりすでに許していたってこと?
「はあ、ずっと黙っていると思っていましたが、やはりトスカ様には気が付かれていましたね。その通りです。シャーリー様の言葉からは嘘は見えませんので今回は不問にします。ですが本当に怒っていたことは事実なので忘れないでください」
「ありがとうございます!」
……なんじゃそれ。
「ふふ、良かったわね。とりあえず一件落着ね?」
らくちゃく?
「冷めないうちに食べてください。あ、スープをお持ちします」
たべる?
「ねえ母さん」
「はい、何でしょう」
「最初の城を破壊したのは俺の為ってことで嬉しかったけど、それ以降はただただシャーリー女王を困らせてただけだよね?」
「え、あ、それは、譲れない物があったと言いますか」
「シャーリー女王、寝てないんだよ? 目を真っ赤にして色々と頑張ってたんだよ? 母さんは自覚あると思うけどその力は国を壊すほどなんだよ? シャーリー女王は頑張って隠しているけど今でもご飯に手を付けてないんだよ?」
「だからそれは、えっと」
色々と感情が込み上げてきた。
「料理長さん、ちょっとお願いが」
そう言って料理長を呼んだ。
「この料理、俺の今日泊まる部屋に持っていってもらっても良いですか?」
「良いのですか? 皆様もいらっしゃるのですが」
「はい。一人で食べたいです。シャムロエ様にシャーリー女王様にトスカ様、大変申し上げにくいのですが退出させていただきます。今日くらいは母と距離を置こうかと」
「りええええええええん!」
☆
寒がり店主の休憩所の部屋よりも豪華な客室。居心地は良いんだけど、どこか落ち着かないと言うか広すぎるんだよね。
料理も食べ終えてほっと一息。
『リエン、入って良いですか?』
と、廊下から声が。トスカさん?
「どうぞ!」
扉が開き、トスカさんが入ってきた。
「少しお話でもしようかなと思って、迷惑でしたか?」
「いえ、それより……あの後母さん大丈夫でした?」
「心配なら今からでも会ってみては?」
「うっ、まあ今日はちょっと控えます」
「その辺はやはり親子ですね」
確かにそうなのかもしれない。
「それにしてもリエンは本当に大事に育てられているのですね」
「大事と言うか過保護というか。ちょっと困ったりします」
「そうですね。フーリエがここまで誰かに尽くすのは君が最初で最後でしょう」
何も無いのも嫌なので部屋にあったお茶を淹れてトスカさんに差し出す。
「僕から話して良いか悩みましたが、どうせフーリエはこれからも絶対に言わないであろう秘密を教えましょう」
「母さんの秘密?」
何だろう。三大魔術師だし魔術研究所の館長だし、それ以外の秘密と言われてももう驚かないと思うけど。
「記憶共有の中には痛覚なども共有されます。それは予想できますよね?」
「そりゃ、記憶を共有しているんだし」
「では『寒がり店主の休憩所』という名前の由来は知っていますか?」
え、そういえば全く考えたことが無かった。
「ふふ、その反応は知らないという感じですね。実は先日『人間の』フーリエが来たときは僕もシャムロエも驚いていました」
「そりゃ、ゲイルド魔術国家から飛んできたとなれば事情を知っている人なら全員驚くかと」
「そこじゃありません。いや、実際あの距離を飛べるのはフーリエとマオくらいですが」
一呼吸。そして俺の目を見てしっかりと話した。
「実は人間のフーリエは普段、ゲイルド魔術国家の静寂の鈴の巫女の教会で氷漬けになっているのです」
え……。
氷漬け……?
「記憶の共有。しかもあれだけの数だとどれが人間のフーリエかわからなくなる。間違って魔術を放ったり人間では耐えがたい苦痛を抑え込むためにも人間のフーリエはいつも氷の中にいるのです。悪魔のフーリエが高等な悪魔術を使っても最悪の場合悪魔のフーリエが一体消えるだけですが、人間のフーリエは一人だけですからね」
「そんな……それって」
今更ながら思い出した。
パムレは人間の母さんを見て言っていた。『人間のフーリエは勝てない』と。最初話した時は悪魔の母さんの話しかしなかった。しかしそれは人間の母さんが今後も出てこないと思っての発言だったのだろう。
「同時にフーリエが長生きしている秘密は氷漬けというのと、近くに静寂の鈴の巫女がいるからであって、今この城に居るフーリエは君たち人間と一緒に普通の人間と同じ寿命を持つ人間です」
考えもしなかった。
ミルダ様は常に鈴を持っているから長生きしている。しかしミルダ様がいない時は時間が進む。ミルダ歴を母さんの年齢と重ねたとしても、それくらいの年月を過ぎればさすがに見た目十歳くらいでは収まらないだろう。
常に一緒に行動するのにも限度はある。その証拠にミルダ様は時々母さんの家でお茶を飲みに来る。その時は人間の母さんはいなかった。じゃあどうやってその寿命を延ばしていたか? そこに今更疑問を感じている自分が情けない。
「常に氷漬けの状態の人間。そしてそれは全フーリエに影響し、いつも冷たい氷に触れながら生活をしているのです。『寒がり店主の休憩所』という語呂は良いですけど、せめてもの人間のフーリエ自身がどこにいるかを忘れないようにするためのあの名前なんでしょうね」
『寒がり店主の休憩所』という名前にそんな意味が……。
「そんな人間のフーリエが身を捨てて息子のために国を相手にする。さすがに僕もシャムロエもあの場では驚いてしまい見ることしかできませんでしたね」
「トスカさんは最後に口笛を吹いて眠らせてくれましたけどね」
「あれ以上は死人が出ますからね。僕は争いごとが嫌いで、音の力に頼った不甲斐ない王様です。ずる賢く争いを回避する方法ならいくつも持ってますよ。それに大事な子孫を見殺しにはできませんし、大事な仲間を人殺しにはさせたくありません」
誰よりも平和のために最善を尽くした偉大なトスカ王。文献通りの人だなと改めて思った。
すすっとお茶を飲み干すトスカ様。
「リエンの淹れるお茶は美味しいですね。できればフーリエにも飲ませてください。そろそろ泣き止んだ頃でしょう」
「はは、そうします」
そう言ってトスカさんは部屋から出て行った。
☆
扉をノックする。返事は無いがとりあえず中に入ると布をぐるぐる巻きにした何かが部屋の中央にあった。
うーん、多分呼びかけても返事は来ないだろうな。こういう時は最初から質問を投げつけよう。
「母さんって氷漬けになる前って何歳だったの?」
「な!?」
その言葉に布が一気に飛んでいった。
「誰ですかそれを言ったのは!」
「フブちゃん」
「わかりました。消します」
「おい待て。勝手に矛先を儂に向けるな。それと『フブちゃん』はやめろ」
すげー。
近くにいるのかなーと思って適当に言ったら声だけ聞こえたよ。
「嘘。トスカさんだよ」
「ぐっ! あれはワタチの最大の秘密なのに……」
「俺にいつか言おうと思ってた?」
「絶対に言いません。変な心配をさせたくないので」
「そっか」
そう言って俺は母さんの肩を掴んだ。
「なっ! リエン?」
「約束の肩たたき。その前にもみほぐしかな。氷漬けで固まってるんじゃない?」
「むう、この際観念して全部委ねますよまったく!」
俺よりも小さいのに色々と苦労しているんだな。しかも氷漬けだもんな。
「おーい。天井に張り付いてる『フブちゃん』はどうすれば良い。逃げれば良いか?」
「とうとう自分でフブちゃん言っちゃったよ。せめてそこは譲るなよ」
目の前に降りてくるフブちゃん。間違えた、フブキは俺の肩もみを眺めていた。
「トスカ様にはあとで呪いをかけてやります。まったくもーです」
「先代の王様なんだから、許してあげてよ」
「はあ。まあ良いです。あ、そこもう少し強めで」
「はいよ」
見た目は俺よりも小さいのに千年の時を過ごしているんだもんな。一体そこにはどれほどの苦労があったのだろう。
「ふむ、はっきり言うが今のお主は隙だらけじゃ。とてもじゃないが先日騒ぎを起こした者とは思えん。どれほどの境地に至った」
「何もしていませんよ。多少魔術の才能に恵まれ、若い頃に自分を増やして多少無茶をした。そこからミリアム姉様から館長の座を受け継ぎ、ただただ平凡な日常を過ごすだけです」
「じゃがはっきり言う。先日のお主は紛れもなく脅威。魔力お化けや儂ですら太刀打ちできぬ状態であの先代王が居なければ滅んでいた。三大魔術師というのは巷で言う英雄ではなく脅威なのじゃろう?」
脅威。
いつも笑顔で美味しいご飯を作る母さんが、実は大陸の脅威ともなれば、息子としてはとても複雑である。
「ただの親ばかですよ。それに所詮は人間もしくは悪魔です。記憶の共有が邪魔をして制御ができない事なんてよくあることで、神様の足元にも及びませんよ」
その割に神様にチャーハン作らせてるけどね。
「神……か。謙遜かそれとも皮肉か」
「もちろん今のワタチはフブキ様に手も足も出ないでしょう。ですが、この世の中には絶対的な強者というのがいます。人間が勝手に決めた三大魔術師というのは名ばかりの称号なのですよ」
「ほう、つまりお主以外に儂の領域に届くと? 誰じゃ?」
「リエンです。試しに首に刃物を向けてみて下さい」
え?
「ほう。では」
は?




