ガラン王国で特訓1
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翌朝。
朝食を食べ終えガラン王国城へ行くと、ラルト副長が正門前に立っていた。
「シャル様、リエン殿、お待ちしてました」
「ご苦労様。もしかしてリエンの訓練を見てくれるのって」
「はい。私ラルトが引き受けました」
田舎育ちのごくごく平凡に育った人間(俺)に、剣を副長じきじきに教えてくれるとは。
「私はすでに『二回』逮捕されており、一週間でリエン殿を強くすれば逮捕歴を帳消ししてくれるとのことです。リエン殿、『覚悟してください』」
「「……」」
えっと、二回?
「ラルト副長、ちなみに罪状を聞いても?」
「『シャルロット姫をたぶらかしたとされる少年を逮捕。その少年を逮捕したら連帯責任で逮捕するという約束らしいので……とりあえず逮捕』罪と、『シャムロエ様ってもしかして仮面を取ったら想像以上に見た目が若いのでは? という噂を流した』罪です」
一つ目は俺にも責任はあるけど、二つ目に関しては完全に自己責任じゃん!
「私はこの罪を最愛の妻と娘に話した際、一家の大黒柱としての地位を失いました。しばらく宿舎生活です」
そりゃ『シャムロエ様ってもしかして仮面を取ったら想像以上に若いのでは? という噂を流した~罪』という変な罪で逮捕されましたって家族に言ったらそうなるよね!
「何よりガラン王国軍が全員いる中、シャーリー女王が真顔でこの罪状を読み上げた時の空気、そしてそのいたたまれない状況に私は心が折れそうでした」
読み上げたの!? こんな変な名前の罪を!?
「ただし、帳消し条件としてリエン殿を一週間で強くすると提示されました。なので……ガンバリマショウ」
目が怖いよ! なんかもう始まる前から終わっているよ!
「ら、ラルト副長。私も変な約束を入れちゃったから半分悪いと思っているわ。でも魔術の勉強も教えてもらうから、少しは加減してくれない?」
「善処します」
こうして俺の剣についての特訓が始まった。
☆
「脇が甘い!」
「はい!」
「足が揺れている!」
「はいぃ!」
「背筋!」
「はっ!」
「全部!」
「うあ!」
つらい!
まだ始まって数分しか経っていないのに、もう立つのも大変だよ!
俺は短剣でラルト副長の攻撃を受け流すという訓練をひたすらやっているけど、いつまで続くんだ!?
『少年頑張れー』
『副長の座もかかっているし、結果を出さないとなー』
『俺としてはリエン殿が強くなれなかったら『補佐』が抜けて昇進っすから、全然いいっすけどね』
「リエン殿、速度を上げるぞ」
「イガグリ副長ふぉおおおさああああああ!」
補佐という単語を強調しながら叫びつつ、ラルト副長の攻撃を受け流す。つ……辛い!
「リエン」
受け流している最中にシャルロットが俺を呼んだ。
「な、なに?」
「受け流しながらで良いから魔術について教えてくれる? こう、杖に魔力を集中する感覚というのが全然想像できなくて」
「できるかあああああああああああ!」
☆
で、何とか昼になった。
「リエン殿、お疲れっす」
「イガグリ副長補佐―」
「イガグリで良いっすよ。もしくはイガグリさんで」
「じゃあイガグリさん。余計なことを言わないでよ……」
イガグリさんが変なことを言ってから休憩なんてなかった。本当につらい。
「いやあ、副長がマジなのが凄く面白いのと、リエン殿が来てまだ数時間なのに兵たちのやる気がどんどん上がって、リエン殿は凄いっすよー」
絶対からかっているでしょ! こっちは必死なんだよ!
「まあ、兵たちの半数はリエン殿の幼い頃を見ているんで、『小さい頃に会った甥っ子が成長して遊びに来た』感覚で見ているんでしょうけど」
そうだったよ! そういえば俺が幼い頃を知っている人は多かったんだった!
なんかその事実、できれば最終日辺りに知りたかったよ。急に周りの視線が気になってきた。
「ということで、くたびれたリエン殿に副長補佐の俺から特別に今日の定食をおごるっす。とはいえ、持ってきただけっすけどね」
そう言って、イガグリさんは定食を運んできてくれた。
大きな皿には焼いた魚があり、小さい皿にはパン。そして器には汁物が入っている。
「お腹が減ったよ。ありがとうございます」
「いえいえー」
とにかく食べないと午後には力尽きてしまう。まずは魚を……。
(薄い!?)
え、ナニコレ、魚?
パンをかじり……かじ……固い!
汁物は……濃!
何この全然美味しくない定食は!
「イガグリさん、これ……」
「そうっすよ。これがガラン王国軍食堂名物の定食っす!」
「一言で表現すると……美味しくない」
「それには深い事件が……」
もしかして食材が無い?
海に異常事態発生?
「シャル様の料理を食べた料理長の舌が……」
「そういえばシャルロットの料理で国が亡ぶって言ってたな!」
なんか料理長がシャルロットの料理を食べてなんかあったって言ってたし、もう解決済みだと思ってたけど、まだ後遺症があったのか!
そして国が滅ぶって、兵たちがまともな食事を取らずに弱っていくと言う意味だったのかよ!
「これでもまだマシになった方なんすよ。最初の頃はドロドロの汁物しか出なかったし、十日に一回くらいは絶妙な塩加減だったりもするんす」
「よし分かったイガグリさん。調理場に案内してもらっても?」
「え?」
「俺がこの一週間作る! こんな飯で午後耐えきれるか!」
☆
『おいおい、今日は定食無しかよ』
『唯一の楽しみが無いのか。まあ美味くはないけど』
『まて、今日の飯ってどうなる?』
『おむ……らいす? なんだこれは?』
『なんでも良いよ。腹に入ればすべて同じさ』
「『火柱』! そこに鉄板を置いて卵を割って! そっちは白米を。仕上げは全部俺がやる! そこ、手を止めるなあああ! 舌がおかしくなった料理長は野菜を斬る!」
「「「了解! 『リエン料理長』!」」」
母さんは言った。調理場は戦場だと。まさか魔術を使って料理をするとは思わなかった。
「リエン料理長! 白米を炒める工程が間に合いません!」
「わかった! こっちの大きな鍋に全部入れろ!」
「え、でもこの鍋、相当重いですよ?」
「いいから!」
大きな鍋に白米を入れ、そこに赤い野菜や調味料を加える。
「リエン料理長、これじゃあ焦げてしまう!」
「心配ない、見てろ……母さんから教えてもらった『てこの原理』!」
土台を軸に俺は鍋を持ち上げるのではなく、鍋を押し込んだ。
向かって手前は下に、奥は上に勢いよく動き、炒めている食材が一瞬宙に浮いた。
「なっ!」
「今、どうやって」
「驚くのは後だ! まもなく終わるから皿を並べるんだ!」
「「「了解!」」」
炒めた具をさらに乗せ、その上に少しだけ焼いた卵を乗せる。真ん中をナイフで切り、卵で具を包む。これが『寒がり店主の休憩所』で母さんから最初に教わった料理だ!
「う、うめえええええ!」
「なんだこれ、王族の料理かよ」
「昨日までの料理は夢か? いや、こっちが夢か?」
メニューがオムライスだけだから、オムライスの注文が殺到。そして見事食材が無くなるまで作りきった。
仕事を終えて俺も残った食材で適当に作った炒め物を食べていると、ラルト副長が同じ机についた。
「見事だ」
「あ、ラルト副長」
「一つ質問なんだが、リエン殿は今日の訓練から察するに力は弱い」
「うっ、まあ、そうですね」
「だが、どうやってあの大鍋を持ち上げた? あれは俺でも無理だ。それなのに中の具が焦げないように何度も宙に浮かせた。あれはなんだ?」
何だ……と言われても。
ちょうどご飯も食べ終わったし、短剣を机に置いた。
そして短剣の下にはナイフを置いた。
「それは……」
「このナイフを軸にすることで、少しの力で短剣を動かすことができる。これを応用して大きな鍋の端を押し込んで揺らしただけで……原理とかはよくわからないけど母さんに教えてもらったんだ」
てこの原理。それしか言われなかったけど、実際これで洗濯物とか重いものを少し移動させるのに便利なんだよね。
「おむらいす……てこの原理……うむ、なかなか興味深い。そしてリエン殿はそれらを扱うのに長けている。これを剣で応用すれば予想より早く成長できるかもな」
「え!」
予想していないタイミングで褒められた。
まさか母さんに教えられた料理技術が剣に役立つとは思わないよ!
「……まあ、あくまで推測だがな。はっはっは」
バシバシと背中を叩かれつつ、ラルト副長は席を外した。
そうか。俺にも可能性はあるのか。
そう思い、目の前の短剣をじっと眺めた。
「……教えるために短剣を使ったけど、これってすごい国宝なんだよな……」
反省!




