母の心情
パムレも心配だったのでシャルロットの寝室に行くことに。
コンコンと軽く扉を叩くと小さく『……あい』って声が聞こえたから中に入るとベッドの上に座っているパムレがいた。
「……おはよ」
「体は大丈夫?」
「……正直まだ眠い。フーリエ本気出しすぎ」
今ならパムレットを渡しても後で食べるーって言いそうなテンションである。
「……パムレットならいつでも食べる」
「心を読む程度には回復してたんだね」
なんか安心しちゃった。
「……? リエンは少し勘違いしている。パムレはこの世界の人と会話するためには常に相手に『心情読破』を使って心を読む。で、自分の言葉には『意思疎通』で返すから、調子は関係なくこの二つは維持できるように心がけている」
「ごめんね! そう言えば相手の言葉を理解するために術を使ってたんだっけ!」
心を読むのではなく、読まないといけないというのは大変だろうな。
「『心情読破』ってどんな言語でも理解できるの?」
「……言語は関係ない。相手の心を自己解釈する術だから分かるだけ。擬音とかその土地だけの物を理解するのが一番難しい」
「ということはパムレットも?」
「……鋭い。最初は意味が分からなかった。でも食べ物というだけで一つの単語として理解できるからパムレットは初動以外苦労はなかった」
色々な苦労を経て今に至るんだなー。
「……何しに来たの?」
「いや、ちょっと心配だったから。大丈夫かなーと思っただけで顔見たら宿屋に行くつもり」
「……そ。フーリエとは会った?」
「さっき話したよ。ちょっと怒ってきた」
「……ぐっじょぶ。あれは洒落にならない。パムレが居なかったらシャーリーは死んでた」
「そんな術なの?」
確かに禍々しい球体だったけど。
「……苦しみだけを与える悪魔術の塊り。フーリエしか使えない術なんだけど、あれは完全に防御しないとすり抜けるやばいやつ」
「なんということでしょう。あとで母さんをもう一度叱っておくか」
そんな危険な術を女王に放たないでよ。
「……フーリエはパムレよりも長生き。その間に色々な物を失った。記憶の共有で大陸中の宿屋の店員をしていれば、常連さんも当然現れる。ゴルドやトスカは特別だけど存在も特別だから戻ってこれた。シャルドネやミリアムは聞く限り普通の人間だから絶対に会えない存在。そしてリエンも将来そうなる」
「う、うん」
「……フーリエは色々と我慢をして誤魔化して生きてきた。リエンという存在はいつでも目の前にいて多少無理しても絶対に近くにいる存在だから合致していたんだろうね。あそこまで怒ったフーリエは初めて見た」
母親としての説教では無く、一個人の怒り。
三大魔術師というのは単純に仲良しほっこりグループでは無く、こういう事態にも対応できるように常に監視という目的があったのだろうか。
「……明日には回復するから、悪いけど今日はお休みで良い?」
「わかった。無理はしないでね」
「……ん」
そう言って俺は静かに扉を閉めた。
☆
シャルロットの寝室を出ると、そこにはイガグリさんとラルト隊長が立っていた。
「お久しぶりです。ラルト隊長にイガグリさん。あ、フブキ呼びますか?」
「勘弁して欲しいっす。一応前の上司的な人ですし、リエン殿も知ってると思いますがすげー強いんすよ」
「ほう。イガグリが強いというと少々気になるな」
「ふむ。では手合わせするかのう?」
天井にフブキが張り付いていた。
「領主様。できれば勘弁していただきたいです」
「どうやって天井に……あ、いや、できれば降りていただきたい。おそらくリエン殿の知り合いだろうが、他の者が見たら騒ぎになる」
「ふむ。それは困る」
そう言って俺の目の前に降りてきた。
「シャルロットの護衛は良いの?」
「シャルロット様は現在反省部屋で女王と反省文を書いておる。臨時でシャムロエ殿が女王代理を務めておるし、儂は暇だからリエン殿の護衛じゃよ」
「一言言ってくれればいいのに」
母さんとパムレは気が付いてたのかな?
「リエン殿の母上と魔力お化けとの会話に口をはさむほど非常識では無い。それよりガラン王国軍の騎士が二名リエン殿を待っているということは何か用かのう?」
それ俺のセリフなんだけど。まあいいや。
「そうそう。シャムロエ様のご命令で、リエン殿の剣の稽古を一日してやってくれと言われたんす」
「剣の?」
「今日一日は色々と慌ただしいっすし、かといって修復作業に隊長や副隊長が混ざってもいざと言うとき指示を出せないっすからね。武装を解除せずにできることをーとなった時にリエン殿の稽古という案がでたんっすよ」
「約束だったみたいだしな」
そんな。まさか副隊長と隊長自ら稽古をつけてくれるってすごくね?
「ほう。面白いのう。では儂も茶々を入れて良いかのう?」
「げっ! いや、領主様は」
「む? まあ良いだろう。小娘に負けるようじゃガラン王国の名折れだからな」
「あちゃー。俺は知らないっすよ。リエン殿、とりあえず広間に来て欲しいっす」
そう言われて、廊下を抜けていつしかシャルロットが変な踊りをしていた広間に到着。
木刀が数本置いてあり、それを借りる。
「軽く腕を見たいっすからリエン殿は俺に打ち込んで欲しいっす。あ、ラルト隊長は領主様とお願いっす」
「おう。ではリエン殿、後でコテンパンにさせてもらうからな」
うわー。実は何度も俺の所為で逮捕されているの根に持ってる?
☆
「おっと、良い勘しているっすね。ではこれは!」
「はあ!」
「良いっすけど、こっちが空いているっすね」
『ぐあああ!』
「ではこう行くのは」
「それだと形が崩れるっす。足をこうして」
『ぼふうう!』
「そうっす。その踏み込みで打ち込むっす!」
「こう!」
「そうっす!」
『森羅・絶縁斬!』
待って!
今絶対必殺技的な奴を放ったよね! なにシンラゼツエンザンって!!
「ガラン王国の第一隊長が小娘に……負けるなど……」
「志は良いが体がもたぬぞ? 木刀じゃ無かったら八十は死んでおる」
「ぐう……だがあきらめるわけには」
何でラルト隊長は素直に負けを認めないの!?
「無理っすよラルト隊長。領主はすでに人間の限界を超えている感じっすから」
「だがここで折れるわけには」
「ちなみに領主は現在シャル様の配下っす」
「負けました。良い剣だった」
あっさりしすぎてない!?
「君がシャル様の新しい影の護衛だったか。いや、失礼した」
「うむ。ガラン王国軍の信念を見せてもらった。『敗北』の二文字は無いというのがガラン王国の教えじゃったかのう?」
それって確かシャーリー女王が言ってたっけ。
「どんな脅威だとしても決して背を見せてはいけない。特に隊長となった私は率先して実行に移さないといけません。例え相手がリエン殿であっても最後まで足掻くが、同僚であれば負けを認めるのもまた一つ」
なかなか面倒だな。つまりフブキがシャルロットの配下だから負けを認めたってことね。
『ふむ、リエン様よ。ここでフブちゃんが『では今裏切るぞー』と言ったらどうなるんじゃろうな』
『セシリー姉様、シャルロットが呼んでいるフブちゃんという言葉がうつってるよー』
『なんと!』
頭の中で話していればいいのにどうして出て来ちゃうの!? そしてセシリーまでフブちゃん言ったよ! 絶対わざとだよね!
「ふむ。精霊達も面白い提案をするのう。が、さすがに簡単に裏切る言葉を言う儂では無い」
フブキが常識人で良かったー!
「シャルロット殿が生存中は……」
「余計な事言うなよ! ラルト隊長構えちゃったじゃん!」
足ガックガクに震えているラルト隊長。フブキが相当強いことを身をもって感じたんだろうな。
と、そんな光景を見ていると、一人の兵士が俺たちの方へ走ってきた。
「リエン殿、少々お時間を?」
「俺? 何ですか?」
「シャーリー女王がお話したいと」
シャーリー女王が? 一体何の……いや、なんとなく話したい内容はわかるけどなー。




