母親の思い
ガラン王国城は修繕のために大騒ぎ。
母さんが大暴れをした所為で城下町でも隣国が攻撃してきたのかという噂が広まり、トスカさんが誤解を解くのに城下町に出向いているらしい。
そして俺はと言うと。
『船に大穴を空けました』
『三大魔術師を怒らせました』
と書かれた看板を首にぶら下げ正座している王族二名を目の前にしながら俺は椅子に座ってシャムロエ様とお話と言う心が砕けそうな状況に立たされていた。
「看板ぶら下げるの流行っているのでしょうか」
「リエンが望むならこのまま城下町を歩かせようかと思っているわ」
わー。シャムロエ様の一言でシャルロットとシャーリー女王が表情を変えずに目から大量の涙を流したぞ。
「えっと、それは俺の良心が痛むので却下で。というよりもむしろ母さんが暴れてしまってこっちこそ謝りたいのですが」
「絶対に謝らないで。もし謝ったら私も看板ぶら下げて町を歩くわよ」
どんな脅し!?
「私から言うのも変な話だけど、シャーリーはずっと悩んでいたのよ。リエンを旅に出し、そしてタマテバコが今どうなっているかを知った上でリエンにどう謝罪をすれば良いか」
「それで王族へ……」
「貴族間ではよくある事なの。一般の人が貴族の命を助け、その雄姿を称えて結婚。大半はその価値観の違いから表向きは夫婦でも別居とか生涯過ごす人もいるわね」
でも俺まだ十六だし。そういう話しってよく分からないけど早いとは思う……かな。
「フーリエが子離れできていないことも問題ではあるけれど、それ以上に大切に育てた子供を本人の意思を考えずに第三者が口を挟むのは許せなかったのでしょうね。それにフーリエも言っていたけど、シャルロットの事も考えた上での暴走だから強く反論できないわね」
苦笑するシャムロエ様。その言葉にシャーリー女王が深々と頭を下げた。
「リエン殿、改めて謝罪します。色々考えて最良と思ったことが、一番悪い手だったとは思いませんでした」
「頭を上げてください」
焦る俺。それに対して隣に立っているシャルロットは。
「えっと、すっごい今更なんだけど、何があったの?」
「本当に今更だな!」
反省部屋にいて、急に呼び出されてここに立たされたんだもんね!
『知らぬ方が良いじゃろうて。しかし改めて恐れ入った。魔力お化けすら手も出せぬ状態。精霊との相性も最悪じゃし、リエン様の母上が大陸を支配すると言ったら数日でできると言われても納得してしまうのう』
『あー、まだ頭ふわふわするー』
精霊達は悪魔の魔力をしっかり受けてしまし、軽いめまいに悩まされているらしい。
「改めて母さんって強いんだなー。パムレが手も足も出せない状況だったし」
「リエン、一つ誤解しているみたいだけどマオは全員を守っていたのよ。シャーリーを優先に魔力壁で守ったみたいだけど、まさかゲイルド魔術国家から人間のフーリエが降って来るなんて思わなかったでしょうね」
ちなみにパムレは今魔力の使い過ぎでシャルロットの部屋で仮眠を取っているらしい。
「それにしてもフーリエがあそこまで怒るのは正直予想していなかったわ。最近情緒不安定になることでもあったのかしら?」
うーん、不安と言うかなんというか。
「音の神様から『お姉さん生きてんぜ』って言われました」
「何そのヤバイ情報。最悪じゃない」
机に頭を叩きつけたシャムロエ様。いやいや、すげー良い音鳴っちゃったけど!
「と言うか音の神様に会ったのかしら?」
「ガナリを通じて会話をしました。その時母さんも近くにいて色々と質問をしたのですが、最後にそんなことを言われたのです」
「なるほど。最近のフーリエが何となく情緒不安定だったのはそれだったのね」
いつも母さんは目の前にいるけど、実際はミルダ大陸全域にいるわけだし、どこかの母さんはおかしかったりするのだろうか。
「シャムロエ様は母さんのお姉さんを知っていますか?」
「私は知らないけど、亡き娘のシャルドネは知っているわね。二代目魔術研究所の館長にして一代目に並ぶ天才の魔術師。パムレは例外として、二代目館長も若くしてゴルドに『心情読破』を使ったそうよ」
人間以外には基本使えない『心情読破』。人間以外の心を読むには一生涯を費やすくらいの努力が必要なのに、それを若いうちにか……。
「正直なところ私はリエンに頼らざるを得ない状況。そしてこの一件が終わったら私達王族にできることは何でもするつもりよ。もちろんシャーリーの言ったことをリエンが望むなら会議を挟まずに実行するつもり。どの道を選ぶかは貴方が選んでね」
「はい」
「え、母上、何を言ったのですか?」
その場に居なかったシャルロットが首を傾げた。
「言ったら今度こそ国が消えるので言えません」
「一体何を言ったのですか!?」
☆
客室に入ると大きなベッドがあり、母さんが寝ていた。
「リエン?」
「っと、ゆっくり入ったつもりが起きちゃったか」
「当然です。息子の気配くらいすぐにわかります」
そうかー気配はわかるかー。
「俺自身に聖術かけて良い?」
「許してください。今日のご飯は好きな食べ物を作りますから!」
やっぱりか。
「いつから気が付いていたのですか?『リエンにちょっとした呪いをかけたという事実を』」
「謁見の間でシャーリー様が俺に提案をした時、すぐにドアをぶち壊して入ってきた時かな。謁見の間の会話が外に漏れるなんて考えられないし、母さんのことだから俺に何か呪いをかけて聞いてたんでしょ?」
明らかに小さな声だったのに入ってきた。つまり俺に何かしら術をかけて話を聞いていたに違いない。
「くう、流石は息子。では呪いを解くのでここに寝てください」
膝をポンポンとする母さん。
膝をポンポンする母さん!? え、何で!?
「え、何故膝枕?」
「耳かきですよ。ほら、小さい頃は普通にやってたじゃないですか」
「いや、そうだけど……うーん」
とりあえず母さんの言われるままに膝の上に頭を乗っけた。
「『土針』っと、えっと、この辺ですねー」
そう言って耳かきをする。あー、なんか懐かしー。というか眠くなってくるな。
『ギャギャギャ。外? ギャー!』
耳からすげー小っちゃい『空腹の小悪魔』が現れたんだけど!
「名付けて『偵察小悪魔ちゃん』です」
「さすがに怒るよ! ずっとこれが耳に入ってたなんて油断できないよ!」
「実はワタチも後悔しているのです。あんな話、リエンだけが聞いていたらすぐにうなずくこともないのに、ワタチが聞いてしまったから体が勝手に動いてしまいました」
巨大な魔獣とか現れるよりも怖く感じたもん。いや、『深海の怪物』が背中にいたし、実質巨大な悪魔がいたわけだけど。
「ちなみに人間のワタチがゲイルド魔術国家から飛んできたので、しっかり静寂の鈴の巫女の教会の天井には大穴が空いちゃいました」
一番の被害者はミルダ様なんじゃね?
「絶賛説教中です。魔術研究所の館長室にミルダが殴りこんできて、凄く怒られています。リエン、慰めてください」
「ミルダ様に伝言。『もっと母さんを叱って下さい』」
「ひどい!」
苦笑する母さん。いや実際ゲイルド魔術国家ではミルダ様に怒られているんだろうけど。
「正直ワタチは今回の行動が正しかったかどうかはわかりません。ですがシャルロット様を物扱いしたシャーリー様がどうしても許せませんでした。確かに王族の文化ではそういう結婚等でお互いの家をつなぐという事はありますが、ワタチとしてはリエンやシャルロット様には自由な生き方をして欲しいですね」
「しばらくできそうにないのが証明されたけどね」
「え、どういうことですか?」
人間の青い目の母さん。その瞳を見て苦笑した。
「仮に俺に彼女ができたら、一人暴走する困った人が近くにいるからね」
「はて、一体ダレノコトデショウ」




