子供への思い
ガラン王国に到着した俺たちは、まず最初に今回の旅の目的である秘宝を渡しにガラン王国城へ向かった。
「こちらが『蛍光の筆』でございます」
「確かに受け取りました」
ガラン王国城の謁見の間。そこでシャーリー女王にシャルロットは両手で小さな筆を渡した。
シャーリー女王の後ろにはシャムロエ様。そしてトスカさんが椅子に座っていた。
シャーリー女王が筆を執事に渡していると、トスカさんが立ちあがり俺たちに話しかけた。
「話はおおよそ聞きました。リエン、色々とガラン王国王家の無茶ぶりに答えてくれてありがとうございます。そして僕からも謝罪させてください」
深々と頭を下げるトスカさん……って、ちょっと!
兵たちが全員びくってしちゃったよ!
「あ、頭を上げてください! ガラン王国史で有名なトスカさ……様に頭を下げられると腰が抜けそうです!」
「いつも通りトスカさんで良いですよ?」
ニコッと笑うトスカさん。くう、見た目は俺と一緒くらいなのに余裕がある雰囲気。ズルいナー。
「それと、護衛のマオ、いや、今はパムレでしたね。それにフブキ。君たちもお疲れ様です」
「……パムレットを食べれればそれで良い」
「ふむ。気配を消してもバレておるか」
フブキが俺の背後からヌッっと登場。一応先代王の前なんだから礼儀正しくしてね。
筆を渡し終えて戻ってきたシャーリー女王は一言。
「あとシャルロットは船を爆破したから反省文を書きなさい」
「慈悲を!」
「はあ。ではすっごく短く何故船に穴を空けたか説明しなさい」
「船の底に爆発する魔術を放ちました」
「反省部屋です」
ラルト隊長とイガグリさんがシャルロットの両腕を掴み、引きずっていった。完全に姫というよりも駄々をこねる子供を見ている感じだよ。
「さてリエン殿、先代王が言ったように貴方の行いは正直感謝しきれないほどの物です。秘宝一つだけでも勲章を与えたい所ですが、ある人から釘を刺されてしまったのでできないのが残念です」
ある人?
と、疑問に思っていたらフブキが耳打ちしてくれた。
(リエン殿の母上じゃな。勲章なぞ与えられたらリエン殿は王族と密接な関係になる。そうなれば普通の生活は送れぬじゃろう)
いや、今も普通の生活とは思えないけどね。背中には三大魔術師と凄い強い暗殺者。そして体内には精霊ズだしね。
『魔力お化けと同列はさすがに恐れ多いぞ?』
『精霊が恐れる人間だもんねー』
パムレはこんなに小っちゃいのに強いもんなー。
「さて、次はとうとう最後の秘宝の『タマテバコ』となります。実はリエン殿が旅に出ている間にこちらの先代王と先代女王に話を聞いて驚きました。そもそも秘宝を探すという命令を出しておきながら壊れている事実を隠していて、それを少年に探させるという行為。本当に祖父母がご迷惑をおかけしました」
「い、いえ。色々と事情があったのでしょうし、仕方がありませんよ」
「いいえ。これはガラン王国史に残りうる残酷な出来事です。一般の方であるリエン殿に危険な目に合わせただけでなく、無理だと思われるタマテバコまで探させるという所業。これは許されません。ということで私は色々と考えました」
俺の近くにシャーリー女王が近づいてきた。
「シャルロットの婿になり、リエン殿を王族に向い入れる提案を致します」
頭が追い付かない提案。しかしその提案と同時にありえないほど巨大な魔力が背中から感じた。これは……。
ばあああああああああああああああん!
謁見の間の大きな扉が吹き飛んだ。
「……ヤバイ。フブキ、手伝って。できれば精霊も!」
「これは……はは、儂はここで死ぬのかのう?」
「すまんがリエン様よ。ちょいと本気じゃから倒れるで無いぞ!」
「ひえー。これは勝てる見込みないよー」
な……何が起こった?
砂埃の中から人影が見えた。あれは……。
「シャーリー様。ふざけないでください。ワタチからリエンを奪うのですか?」
母さん!?
背中には巨大な触手が五本ほどあり、さらにその後ろの廊下は無残にも破壊されていた。
「『フーリエ様』。どうかその禍々しい悪魔を納めてください。兵たちは先代王と先代女王の護衛に回ってください」
「悪魔をしまうのは無理です。ワタチは沢山の大切な人を失いました。そこのトスカ様のように戻ってきた方もいますが、赤子から大切にした人間はリエンだけです。リエンを奪うと言うなら容赦はしません。全てを壊してリエンとどこか遠くへ行きます!」
「……『光壁』!」
パムレが突如聖術をシャーリー女王の前に壁を作った。次の瞬間
ぼふう!
シャーリー女王の正面で黒い煙が出た。何かがぶつかった様に見えたが、パムレの光壁がそれを守った様にも見えた。
「……フーリエ、それは洒落にならない。今のは死んでた」
「『そのつもり』でした。マオ様は下がってください。もし前に立つというなら」
そう言って母さんは後ろを振り向いた。え、このタイミングで引くの?
と思ったが、大きな振動と爆音が天井から鳴り響き、何かが降ってきた。
凄まじい砂煙の中心には人影があった。あれは……。
「え、か、母さん?」
扉の奥に後ろを向いている母さん。そして目の前にも母さん?
二人の母さんが背を向けて立っていた。
「……マオはフーリエと対立するつもりは無い。それに『人間』のフーリエと『悪魔』のフーリエを前にして勝てる要素が無い」
「なら下がっててください。リエンを無理やりにでも連れ戻します」
「……リエンをどうするかはその後の事。このままだとフーリエは確実にシャーリーを消す。それは内政の干渉」
至る場所からシャーリー女王を狙った黒い球が出てくるが、それをパムレは守っていた。それでも少し苦しそうだ。
母さんを止めようと声をかけようと思ったら、その母さんの目には涙が流れていた。
「もう世界なんてどうでも良いです。三大魔術師と言われて全然嬉しくありません。魔術研究所の館長や魔術学校の校長についても楽しくありません。ワタチはただ平和にリエンと一緒に生活がしたいだけです。剣の修行をしたいと言い出した時は息子のやりたいことを見守るのも親の務めと思い我慢しました。秘宝探しもマオ様が護衛につきワタチの店に泊まることが前提だったから許しました。ですが、先ほどの提案はいくらガラン王国の王族と言っても絶対に許しません!」
複数の触手がシャーリー女王へ向かっていく。それをフブキが切り落とす。
「なんちゅう固さじゃ。手がしびれるぞ! ってぬおおお!」
立て続けに『空腹の小悪魔』が流れてきて、フブキは手を止める暇もなく『空腹の小悪魔』を切り続けた。
「絶対に不幸にはさせません。リエン殿にはお望み通り剣術も習わせ、そしてやりたいことをさせます。シャルロットは形式上必要なことであり」
「それでも貴女は親ですか!」
「!」
大きな触手がすさまじい勢いでシャーリーを叩きつけようとした。
「『魔壁』!」
精霊達が魔術で壁を作るも一瞬で割れた。
「駄目じゃああ! あれは無理じゃ!」
「ご主人ー!」
俺は……。
怖くてその状況を見ることしかできなかった。
大きな触手はすさまじい勢いのままシャーリー女王を叩きつけた。
「っく! トスカ! フーリエをお願いできるかしら!?」
「わかりました」
シャムロエ様が母さんの巨大な触手を素手で受け止めた?
そしてトスカさんが口笛を思いっきり吹いた。
「はぐっ!」
その音を聴いた母さんがその場で倒れた。
「母さん!」
急いで駆け付ける。倒れた母さんを優しく起こし、顔を見ると未だ怖い表情をしてシャーリー女王を睨んでいた。
「母さん、落ち着いて!」
叫んでも俺の声は届いていない。母さんの鋭い目つきはシャーリー様をじっと見ていた。
「絶対に許しません。リエンは絶対にワタチが守ります。同時にシャルロット様の未来もワタチは守ります。親が子を『物扱い』することは絶対に許されません。相手が王族でもワタチは絶対……」
何か言い続けようとしていたが、母さんはそのまま俺の腕を枕にして寝てしまった。
「ふう、相手が『人間の』フーリエで助かりました。あ、奥で寝ている『悪魔の』フーリエは誰か寒がり店主の休憩所に運んでください。絶対にこの二人を近づけないでくださいね」
トスカさんが指示を出し、恐怖で怯えている兵たちは重い足取りで動き始めた。
ぱああああん!
と、後ろから何かを叩いた音が聞こえた。
「シャーリー、どういうことかしら?」
シャーリー女王の頬は赤く腫れあがっていた。叩いたのはシャムロエ様だった。
「リエン殿への謝罪、そして感謝を表すにはこうするしか考えつきませんでした」
「それは王族間のやり方よ。フーリエには絶対にしてはいけないわ」
「はい。重々思い知らされました」
シャーリー女王は周囲を見て、穴だらけの壁やヒビが入った床を見た。
「三大魔術師の本気は国を亡ぼす。ただの過大評価だと思っていましたが、『過小評価』だったと思い知りました」




