音の神
「すげー。船って海以外に陸も走るのか―」
「船の下ってこうなってるのね。製造にかかわってないと見れないわね」
「うむ。小舟しか知らぬ儂じゃが、圧巻じゃな」
港の船を眺めてうんうんと頷く俺たち。
「あの、シャル様? 大嵐の末船が上陸するって大惨事なんですよ? 私の今の感情を言葉にするなら、絶望の一言に尽きるんですよ?」
船長が泣きながら訴えかけてた。
翌朝、何やら船員達が騒がしいなーと思いながら朝食を食べ終えていざ船へーって思ってきてみたら、船が陸の上にきれいに乗っかっていた。
幸い綺麗に乗っかったおかげか船に損傷はあまり無く、むしろ家などの周囲の被害の方が酷かった。
怪我人も結構いたみたいだけどパムレがさっさと治癒術を使って解決したみたい。やっぱりすげーや。
「……良い感じに乗っかってるし、このまま浮遊させて海に落とせば大丈夫。パムレが浮かせるかリエンママの『深海の怪物』で持ち上げれば行けるよ」
選択肢に母さんが出てしまった。うーん、確かにあのウネウネしたデカい触手なら可能そうだけど、負担も大きそうなんだよね。
「パムレちゃんや店主殿にお願いすれば確かに解決するけど、できれば私達でも解決できることを二人に見せたいわね」
お、シャルロットがいつもながら空気を読まずに発言したけど、俺が今思いかけたことを言ってくれた。
「うん。ちょっと頑張ってみるから、本当に無理な時は手を借りて良い?」
「……ん。じゃあ見てる」
と言ってポテッと椅子に座るパムレ。
実際三大魔術師の力を借りれば解決できる状況だけど、やはり頼りっぱなしは良く無いもんね。どこまで俺たちの力が通用するかまずは実践してみてから
「よーし、じゃあパムレちゃんが言ったように浮かせれば良いのよね。つまり地面を爆破させれば船は浮くわね。『爆炎』!」
☆
「船の底損傷! 衝撃で海に着水しましたが、浸水中です!」
「馬鹿やろう! シャル様がご厚意でやったことだぞ! 聞こえるだろうが!」
「はっ! そ、その、水は頑張れば排除できます! 修理も頑張れば追い付きます! 幸いリエン殿の氷の精霊も手伝ってくれているので、これ以上の浸水はありません!」
「よし! 半日で何とかするぞ! いやー、シャル様のお陰だ!!」
「ということでシャルロットは魔術の補習だな。母さんも呼んでがっつりと座学だ」
「今回は本当に土下座するわ。それと船員には私の個人的な財布から追加の報酬を与えるわ」
船員が大慌てで修復作業をしている中、『私が考え無しにやらかしました』という看板を持ってシャルロットは正座していた。
「……いや、魔術の座学以前の問題でしょ。さすがに……その……」
パムレまでとうとう何も言えなくなってるよ!
「だって! 『爆炎』が使えるようになって嬉しくなったんだもの!」
炎と風の複合魔術で爆風を呼び出す。実際その殺傷力は凄く、頑丈な船も見事大きな穴をあけるほどである。
「あ、シャルロット様、ここに居ましたか」
「店主殿? えっと、何か御用で?」
「シャーリー様に帰りの時刻が遅れると伝えて、その理由も話したら木刀を持って素振りをし始めました」
「完全に私反省部屋行きじゃない!」
母さん、何故そんな酷なことを……。
「一応秘宝を持っているわけですし、帰国が遅れると問題があったのではと心配されるのですよ。ワタチはどこでもリエンと会えますけど、シャーリー女王様は一人ですからね。娘を心配するのは当然です」
まあ一人娘をこんな見ず知らずの男である俺と旅させているわけだし、心配するのは当然と言えば当然だろう。
「シャル様! 修理の目途がついたので店主殿の宿でお休みください!」
「嫌よ! そもそもやらかしたのは私なんだから、手伝わせてよ!」
「で、ですが……」
「ある程度鍛えているし力仕事なら任せなさい! いや、むしろやらせてくださいお願いします!」
「ちょ、やめてください! 頭上げてください!」
綺麗な土下座をしているシャルロット。すごい反省はしているみたい。
「はあ、仕方が無いですね。この時間を使って精霊の鐘でとある人にお話しできるかガナリに相談してみては?」
「とある人? ゴルド? それともアルカンムケイル?」
ガナリとお話しできる人ってその二人かなーと一瞬思った。
「音の魔力保持者ということですし、大きな音を奏でることができる鐘ならある人物……いや、ある神様につながるかもという安直な考えですよ」
そして俺とシャルロットは母さんについて行った。
☆
「パムレちゃん連れてこなくて大丈夫だったかしら」
「むしろパムレは船修理で一番活躍しそうだし、適材適所でしょ。それにしてもいつ見ても大きく立派な鐘だよね」
金色に輝く大きな鐘。叩けば大きく低い音が鳴り響きそうな鐘が目の前にある。すぐ近くにはガナリが皿洗いをしていた。
いや、神聖な場所っぽいのに皿洗いって……。
「おや、どうしました?」
「ガナリ。ちょっとお願いが」
母さんはシャルロットを見た。
「ガナリの鐘とシャルロット様の音の魔力を使って、『音の神エル』と会話はできないでしょうか?」
本来トスカさんの記憶が取り込まれるはずだった場所……というか神様。
「保証はできませんよ?『カミノセカイ』に住んでいるエル様との接続はやったこと無いですし、音の魔力の有無でできるかどうかもわかりません」
「できなくてもガナリを責めたりはしません。トスカ様がどうして取り込まれなかったのかを知りたいので」
母さんの表情は固かった。いつもの優しい表情とは一変して『三大魔術師』の表情である。
「わかりました。ではまずこの大きな鐘に触れて『音の魔力』を注いでください」
「えっと、意識して魔力を注ぐことをしたことが無いけれど、音の神様を念じて声を出すって感じで良いかしら?」
「おそらく。ガナリも他の魔力の違いはわからないので保持者の感覚でお願いします」
そう言ってシャルロットは鐘に触れて声を出した。
「『音の神エル』様。私の声は聞こえますか?」
声がふわふわと響いた。そして……。
『あ、ちょっと待って。今お茶飲んでたから』
……。
「店主殿。多分ですけど一般家庭のどなたかに繋がってしまいました。どうしましょう」
「とりあえず謝りましょう。ごめんなさいして接続を切りましょう」
うん。普通のおばちゃんの声が聞こえたもんね。
『失礼ね。私が『エル』だよ。神様でも私生活はあるんだし、突然呼ばれて準備万端という方がおかしいでしょ』
……。
「母さん、神様って全部あんな感じ? アルカンさんもチャーハン職人だし、エル様はおばちゃんっぽい声してるし」
「ワタチもエル様とは初対面ですからわかりません。あーえー、失礼しました。エル様で間違いはありませんか?」
『ああ間違い無いよ。その声は『フーリエ』だね』
「ワタチの事を知っているのですか?」
『音の魔力の保持者は私の中にて眠りにつく。そこの音の魔力の保持者の祖母までの記憶は私にあるからね。宿屋の店主は毎回記憶の中にあるよ』
「え!? じゃあシャンデリカ様の記憶も?」
『ああそうさ。だから貴女とは初めましてではあるけれど久しぶりでもあるのよね。まあ音の魔力を保持していたとは言え微小すぎて記憶がかなり無いけれどね』
音の魔力の濃さによって記憶の量もことなるのか。いや、俺には全然関係ない情報だとは思うけどね。
「せっかくなので本題前に質問です。どうして音の魔力の保持者はエル様に取り込まれるのですか?」
母さんのその質問に数秒沈黙が続いた。
『神にでもなったつもりかい人間。いや悪魔か? 世界を知るのは良い事ではあるが踏み込んで良い線というはある。貴女のそれは逸脱しているぞ?』
先ほどの優しい口調とは一変して厳しい口調に切り替わった。
それに対して母さんは。
「では神様ならこの世界をきちんと管理してください。ワタチやミルダが何千年この世界を見てきたと思ったのですか? その間神様は何をしてくれましたか? トスカ様やシャルドネ様やシャムロエ様に『あんな』ことをして、助けてもらってその恩を返さないのが神様というのであれば、この大陸で何もしない人間と神を同列にワタチは見るだけです」
母さんすげー怒ってるんだけど!
「ちょっと母さん、その……落ち着こう?」
「失礼。言いたくないなら良いです。本題を」
『待て悪魔。これほど叱咤を受けたのは久しい。そして言い返せない自分が恥ずかしい。音の魔力の性質について教えるが、正直納得できるかわからぬぞ?』
「結構です。知らない知識がたとえ小さなものでも新しいことには変わりありませんから」
凄くひやひやしたんだけど。というかシャルロットは足がガクガク震えているし、ガナリは立ったまま気を失いかけてない?
『音というのは目に見えぬ波であり、音は広がり続けて小さくなる。音の魔力の保持者は亡くなった時、体内の魔力を納める核が砕け、音の魔力が散布する。その魔力の中には記憶も含まれているのよ』
「それと記憶の共有はどう関係しているのですか?」
『音というのは重なり合うものよ。二人がいい感じに歌うと一つの音に聞こえるでしょ? そんな感じでウチの中で音と言う名の記憶が混ざり合うのよ』
なるほど。確かに音は混ざり合う。騒音があっちこっちで鳴り響くと合わさって襲ってくるもんね。というかエル様口調が毎回異なるんだけど、もしかして色々な記憶を持っているから?
「ありがとうございます。教えてくれたことに感謝します」
『良いのよ。それより本題は何かしら?』
「トスカ様が取り込まなかった理由について知っていたら教えてください」
俺も気になっていた。ゴルドさんからシャムロエ様、そしてシャムロエ様から俺たちにという人伝で聞いたけど、実際張本人に聞いた方が色々とわかるだろう。
『正直わからない。何者かが遮断したか。本来。私の。中に来る。予定だった』
やはり『何者か』か。多分カンパネだろう。
「エル様でもわからないのですね。とりあえず情報ありがとうございます。シャルロット様もありがとうございました。ワタチのちょっとした我儘に付き合ってもらって」
我儘と言うか何も事前に言われてないから心の準備も何も無かったけどね。
『償いというわけではないけど、一つ貴女が欲しい情報を与えるわ』
「え?」
『貴女の姉は別の世界で生きているわよ』




