束の間の休息(孤島)
風が少しだけ強まってきているのが何となくわかり、やることが無い船員は部屋で暇をつぶすか広間で軽食などを取っていた。
そして俺も同じく暇だからウロウロしていた。剣術の修行かなーと提案して見たところ、孤島の天気は変わりやすいと言うことでいつでも外に出れる準備も必要という船長さんの言葉により何もできなくなった。
「おや、リエンですね。お久しぶりです」
割烹着を着ているガナリがお皿を持って声をかけてきた。
「ここにいたんだ。えっと……割烹着すごく似合っているね」
「もはや貴方の母親は鉱石精霊や鉱石の神を手中にある状態。一番下のガナリが下手なことをしたら父様やおじい様が何をされてしまうかわかりませんから、衛生管理はしっかりしてお仕事をしないといけないのです」
何だろう……すっごい良い子じゃん!
「……ガナリ、パムレット出して!」
「魔力お化けですか。残念ですが今日はお菓子のパムレしか出せません。先日ミッドガルフ貿易国からかなりのお客さんが来て食材不足なのです」
「……なっ!」
かなりショックを受けるパムレ。まあ、それでもお菓子のパムレが食べれるから良いんじゃないかな。
「……ミッドガルフ貿易国、絶対に許さない」
「こういう時だけ三大魔術師マオになるのやめよ? 本当に滅ぼす力を持っているんだし、ここは俺の料理でも食べて機嫌直してよ」
「……む、リエン料理長の料理か。我慢する」
ポンポンと頭を撫でる。
「ふむ、リエンは魔力お化けとそれなりの仲なのですか? 貴方の母親から聞いた話とは少し違いますね」
「あ、いや、シャルロットがいつもやってたからつい。ごめんパムレ、気を悪くした?」
「……ん? 頭撫でられるのは慣れた。低身長の特権だよね」
パムレのそういうポジティブな考えは良いと思う。時々ド直球な考えも出て来るけどね。
「ここでは何ですし、下ごしらえもありますから厨房でお話しませんか?」
「そうだね」
☆
「ん? リエンとパムレ様? 小腹が空きましたか?」
厨房へ行くと母さんが包丁を研いでいた。
「ガナリと一緒に下ごしらえと、その間軽くお話ししようかと。外は雨だし特に暇だからさ」
「なるほど。ではこの寸動鍋に入った水をお湯にしてもらえますか?」
すげーデカいんだけど! これ沸騰させるの何分かかるかな!
「急ぎでも無いのでじっくりで良いですよ。最悪パムレ様もいるので」
「……リエンママ人使い荒くない?」
「三大魔術師同士の特権ですよ。あ、ワタチはちょっと大雨対策に外に行ってきますね」
そう言って母さんは外に出ていった。何か気を使われたような?
「『火球』」
ボッと鍋の下の火を燃やし、そこに風の魔力を送る。そうすることで比較的高温の炎が維持できるため鍋は早く熱せられる。
「ふう、湯が沸騰するまで少し休憩ですね」
「……パムレは風送ってるだけだから休憩って感じが全然しない」
と言いまったりとしているけど、やっぱりパムレってすごいなー。魔術の維持って結構凄いんだけどなー。
「そういえばガナリもパムレの事を『魔力お化け』って言ってたけど、精霊界隈ってパムレの事をそう言う習慣でもあるの?」
と、そこでセシリーとフェリーがポンっと登場。
『規格外故に自然と皆そう言うようになったのじゃろう。フブキとやらもそう言ってたし、裏の世界でもパムレ殿はそう言われているのじゃろう』
「……別に気にしない。気にしないけど、もう少し柔らかいあだ名希望」
「例えば?」
「……『お菓子探偵』とか『銀髪の魔術師』とか?」
パムレにしてはずいぶんマシな提案だった。
「……いや、さすがに自分となるとね?」
あ、俺の心を読まれちゃった。
『ウチはー『お菓子探偵ジェノサイドインフェルノ』とか付けられそうだったー』
よほどインパクトがあったのか、俺もその提案は何故か頭に残ってるよ……。
「そもそも魔力お化けは色々と規格外です。ガナリとの会話も雑ですができますし、遠くからも話しかけられますし、人間が作った『三大魔術師』という括りの中にいるのて無害ですけど何かされると危険な存在なのですよ」
そもそも三大魔術師が規格外だもんね。旅に出る前までは凄い有名人〜くらいの印象だったけど、改めてその力の強さを知ったもんね。
「……トスカが作ったこの三大魔術師という制度はそれなりに役に立っている一方で、足枷にもなっている。感謝もしているけど憎んでもいる。ただ、今トスカが生き返っちゃった以上は文句を言えなくなった」
「どういうこと?」
「……元々はシャムロエを慰めるーとか強力な力を持っているーというざっくりした理由で作られたけど、共通点として全員が長生き。一方で今の『三大魔術師』を任命したトスカが先に亡くなったことは一番許せなかった」
「過去形ということは今はそうでもないのかな?」
「……そう。むしろ今までも目に見えていなかっただけでずっと生きていた。だからパムレは反省した。色々な協力もあって今はトスカも長生きする体を持ったから文句は言わない」
なるほど。シャムロエ様にトスカさん。ゴルドさんに母さんと、パムレに関わる人全員が揃ったということでパムレ的には満足なのかな?
「時を超えた再会全てが良いとも限らないのです。音操人はその魔力から長生きし転生した。シャムロエは鉱石の魔力を特殊な形で保持しているから長生きしている。魔力お化けの長生きについては説明できないですが、特別な固体として長生きしている。そしてリエンの母であるフーリエは自らを悪魔にすることで長生きしている。魔力お化けの中では大事な人が全員揃った感じでしょうけど、魔力お化け以外の人は当然永遠の別れを告げた者もいるのです」
永遠の別れ。つまり三大魔術師やシャムロエ様達以外の『普通の人間』との別れという事かな。
「例えば?」
「そうですね。リエンの母の姉であるミリアムや、シャムロエの娘のシャルドネは純粋な人間なので音操人のように生き返ることは無いでしょう」
母さんの姉。どういう人か一度見てみたかったな。
「と言っても仮定の話です。最近ガナリの鐘に変な雑音が入ってきて、時折亡くなった人の声が聞こえてくるのですよ」
「何それ怖い!」
俗に言う幽霊じゃん!
「ガナリの鐘はガナリにとって大きな耳であり目でもあります。このミルダ大陸の出来事は全て把握できますが、『ミルダ大陸の外』に関しては全て聞き取ることはできないのですよね」
ミルダ大陸の外……。つまりパムレがフワッと言った『チキュウ』という別な世界の事だろうか。
「……リエン、今の話はフーリエに内緒にした方が良いかも」
「え?」
「……ガナリの今の話はパムレの住む世界とは違う。もし死後の世界が本当にあって、そこにフーリエの姉がいるのなら、多分無理してでも行くと思う」
「そうか……でもさパムレ……」
「……ん?」
「俺の後ろで『空腹の小悪魔』がふわふわ浮いているんだよね」
『あ、気にしないでください。ワタチはただの悪魔ですギャー』
「……『光球』」
『ギャアアアアアアアアアア!』
容赦なく消したよ!
と、そこへ走ってこっちに向ってくる音が聴こえた。
「パムレ様! 空腹の小悪魔と言ってもワタチは光景を見ているのでちょっと驚くのですから勘弁してください! タプル村でお味噌汁をこぼしてピーターにかかっちゃったじゃないですか!」
ここにいないピーター君に被害が出てしまった。ごめんよピーター君!
「ですが今の話は少し気になるところですね。ミリアム姉様がどこかにいるなら是非お話したいです」
「ガナリの耳も完璧では無いですよ。飛んでいた音をたまたま時間を経てから拾ったかもしれませんしね」
「そうですか。ですがもし居場所を突き止めたら教えてくださいね」
そう言ってサラッと空腹の小悪魔を俺の膝の上に置いて厨房から出ていった。
……いやいや、サラッと何置いて行くんだよ。
「人間が羨ましいです。ガナリはこんな小さな悪魔でも腰痛に悩まされるわけですからね」
そうじゃん。精霊に近い存在のガナリってこの空腹の小悪魔の影響受けるじゃん!
『一応我もぞ?』
『腰痛いー』
この部屋精霊だらけだね! 今更だけどびっくりだ!
「その、俺から母さんに言っておくよ。精霊達が少し困ってるって」
と言っても目の前の空腹の小悪魔を通じて今の会話も聞こえているのだろうけど。
「あー、それは結構です。フーリエが我儘をし始めたのはここ最近。それまではガナリたちの我儘を聞いてくれたので、これくらいの腰痛は我慢しますよ」
『そうじゃの。静寂の鈴の巫女と共にミルダ大陸を今まで平穏に保ったのは奴のお陰じゃからな』
『ほ……ほめても何もでませんよギャー!』
おおー、空腹の小悪魔を通じて母さん照れてる照れてる。
『あー! ピーターにめんつゆをかけちゃったじゃないですか!
「ガナリ! 孤島の名物とか売ってない? お土産買う用事ができた!」
☆
部屋に戻るとシャルロットが布団で寝ていた。起こさないようにそっと歩いて自分の布団へ向かう。
(リエン殿……ぐるじい……後生じゃ……)
寝相が悪いのかな。しっかり首絞められてるじゃんフブちゃん。
「……あれが怖くて首に防御魔術を使ってる。対策を怠ったフブキが悪い」
「儂の所為なの!?」
と、フブキの声にシャルロットが目を覚ました。
「う、あ、おはよー。って、フブちゃん凄い顔青いわよ!」
「この役割は今後そこのパムレか精霊に頼む……儂は命が足りない」
「うそ、私ってそんなに寝相悪いの?」
フブキの犠牲で寝相の悪さが露見したシャルロット。経緯が意味不明である。
「とりあえず俺もそろそろ寝るよ。風強いし、これからどんどん強くなるなら早めに寝たほうが良いよね」
「……シャルロットの抱き枕になってみたら?」
「フブキを見た後に立候補するほど俺は愚か者じゃないのと、母さんが怖いから遠慮するよ」
「普通女子と同じ布団という所に引っかからない? もしくは忘れているかもしれないけど王族よ?」
時々自分でも『あ、そういえば』的な感覚で自分の地位を出すのはずるいよね。




