遅れた船出
「ミルダを『母さん』と呼んだそうですね。どういうことか説明してもらいましょう」
「他意はありません。というかミルダ様がそう言ったので」
正確には言ってないけど。母親代理みたいな感じだったっけ。
「全く親心がわかっていませんね! 良いですかリエン。貴方の母親は誰ですか?」
「母さん一人だけです」
「違います。大陸中に沢山いるので二十人くらいはいます」
「そんなひっかけ問題ある!?」
そのツッコミに母さんは微笑んだ。
「まあ、ミルダは時々やんちゃをするのでリエンがそれに付き合った感じでしょう。あ、パムレ様おはようございます」
「……はよー」
夜になり、今日は寒がり店主の休憩所で一泊。色々な混乱も避けるためにも今日はシャルロットも寒がり店主の休憩所で休むことになった。というか最初からそのつもりと言っていた。
「あ、パムレちゃん、約束のパムレットよー。どうやらガラン王国で取れた果物を一度凍らせて、それを細かく刻んだ生地が入ったゲイルド魔術国家の創作パムレットだそうよ」
「……待って。もはやパムレット界隈の革命にパムレは追い付けてないのが悔しい。早速食べたい」
「夜ご飯食べてからですよー。冷やしておきますから」
「……わくわく」
こうして見ると普通の女の子なんだよね。
☆
少し時間もあったので、剣の指南を受けていた。
「間合いが難しいな。武器が変われば間合いも変わるし、毎回印をつけるわけにもいかないし、その辺を慣れておかないと」
「ふふ。なかなか勉強熱心ね。フブちゃんの助言で助かったとはいえ、あれは一度きりの手段ね。普通の戦いでは動き回るから印も意味がなくなるわよ」
「それもそうか」
とりあえずガラン王国の秘宝の短剣に氷の精霊術を付与して刀身を伸ばしてみた。
『いや、今の絶対我の出番だったぞ? ちょっと手間じゃがちょろっと出してくれても良くないかの?』
「あ、面倒かなって思って。ごめんごめん」
自分でできることだったからサラッと済ませたかったんだよね。
「間合いは慣れよね。ただ、フブちゃんのような極めた流派ではないガラン王国軍剣術だと、ある程度の長さを決め打ちする方法もあるわね」
「決め打ち?」
「そう。私なんかは剣がよく折れたから、その都度変わるの。で、長さも微妙に変わるからもうある程度の部分の長さが先端って決めちゃうのよね」
へー。その方法だと色々と応用が利きそうだね。
「一方でフブちゃんの様に一つの剣を極めた人は、完全な間合いがわかるから、それこそ『一撃必殺』が狙えるの。ねえフブちゃん、この細い枝に傷をつけてもらっても?」
シャルロットは地面に落ちていた細い木の枝を持って、フブキに見せた。
「うむ? 容易いぞ」
一瞬『スッ』と音がした。
「ほらね。枝に薄く線が入ったでしょ?」
いや『ほらね』じゃないよ。名人芸見せられてもっと驚きたいよこっちは!
「でも相手を切るのにここまで繊細な間合いって必要なの? あ、別に悪い意味で聞いてるんじゃないんだけど」
「ふむ。そういう状況にならぬとわからぬじゃろう。良い、少し待っておれ」
そう言ってフブキは近くの木に向って走り出し、それを蹴って上に飛び跳ねて、隣の木に向い、そして蹴って飛び跳ねてを繰り返した。って、そんなことできるの!?
やがて空に浮いたフブキだが、近くには鳥が飛んでいた。それに向って一太刀。まさか……切った?
いや、でも鳥はフブキを通り過ぎて飛んでいった。一体何を。
目の前に着地したフブキ。そして手には一枚の鳥の羽があった。
「折れていた鳥の羽じゃよ。敵を切らぬことも一つの戦術。ある貴族の髪を一部切ってくれという依頼があったが、その時はかなり役立ったな」
凄まじい大道芸を見せられている気分だけどそういえば元暗殺者だった!
「ガラン王国剣術ではここまで繊細な動きは無いけど、代わりに沢山の人相手に戦う手段とか、魔術師相手に戦う術とかもあるわね」
「奥が深いんだな」
「使い分けが大事じゃよ。リエン殿はどちらかと言うとガラン王国の剣術の方が肌に合っているようにも見える。そのままシャルロット殿に教えてもらえば成長するじゃろう」
うん。なんだか自信が出て来たぞ!
☆
「リエン兄さん、次に会うときはもっと強くなっているからね!」
「カッシュも、もう悪いことをするなよ」
「あはは、その時はまた助けてください。リエン兄さん」
そんなやり取りをしていると、後ろからコソコソと声が聞こえた。
「ワタシよりも兄弟って感じなんですけど、どういう事なの?」
「ほっこりするわー。男の友情って見ていて良い物ね」
見世物じゃないぞー。
「港町までは一直線ですが念のため気を付けてください。しっかり睡眠をとったパムレ様がいるので大丈夫だとは思いますし、精霊二体やフブキ様もいるのでもはやここだけで一つの要塞とかしてますが、念のため」
「わかった。じゃあ……港で」
「はい!」
「ポーラも元気で」
「ええ。また会いましょう」
しっかり握手をして、別れを告げる。そして俺たちはゲイルド魔術国家の港へ進む。
道中はとにかく雪が行く手を阻むが、幸いパムレの風を生成する魔術によって足場は確保され、かなり歩きやすい。
「……いっぱい寝たから調子良い。少し手伝う」
「パムレちゃん、あまり頑張らなくて良いのよー」
「……と言いつつ抱っこしながら歩いているシャルロットは、もう少し言葉の重みを考えるべき」
「え、パムレちゃんって一度に二つ魔術を使えるということは、この雪を飛ばしている間は会話するには歩かないといけないんでしょ?」
「……ぐう」
シャルロットの天然発言によりパムレは完全に言い返せなくなった。シャルロットは完全に欲望から来た発言なんだろうけど、ところどころ優しいんだよなー。
『ご主人ー。ウチはいつまでフブキの頭に乗ってればいいのー?』
「ああ、そういえばずっと乗ってたもんね。船に乗って少し進むまでかな」
『わかったーそれまで『気を付けるねー』』
え? 気を付ける?
『うっかりくしゃみとかしたら、フブキの頭は燃えちゃうもんねー』
「おい、そういう大事なことは先に言わぬか。お主も抱っことやらをするぞ!?」
ひょいっとフブキの掴みを避けるフェリー。
『ふむ、我もリエン様の頭に乗るか、抱っことやらをされるか?』
「いや別に良いよ。それにセシリーが乗ると寒くなるでしょ」
『聞き捨てならぬぞ!? 一応温度管理はできる故に寒さを感じることができなくなるという方法はあるぞ!?』
え、そういう方法があるの?
『まあ、賊に言う『芯から凍って何も感じなくなる』という奴じゃが』
「今一番非推奨案件だね。却下ー」
頼もしい人ばかりなのに、どうして少し残念なのか。いや、もっと俺がしっかりしないと一本道ですら迷子になってしまうもんね!
☆
『いやリエン様よ。完全に今迷うところじゃったろうて』
「いや意味わからないよ。無事ついたから良いじゃん」
セシリーが意味わからない事を言い始めたが、無事に港へ到着。
「あ、シャル様。それにリエン殿。お待ちしておりました」
「えっと、船員さんですよね。船は大丈夫ですか?」
「はい。破損部分も修復したので、問題ありません。念のため孤島で休憩を取ってガラン王国へ向かいます」
「わかりました。ということらしいよシャルロット」
「了解。えっと、『蛍光の筆』はどうしようかしら。今私が持っているのだけれど」
先端が光る不思議な筆。まあ、船の倉庫に入れるよりは誰かが持ってた方が良いのだろうけど。
「フブキは船酔いするしパムレも船酔いするし。うん、シャルロットじゃね?」
「消去法って時に残酷ね。二人って本当は私よりも強いはずなのに」
あ、一応わかっているんだ。いつも空気を読まずに『私が勝った』なんて言ってたから、ずっと本気でそう思っているのかと思ったよ。
「リエーン。ちょうどよかった。お弁当を作ったので持っていってください」
「はーい」
港町に滞在する母さんからお弁当を受け取り、それを持って船に乗り込む。
「……セシリーとフェリーに持ってもらうか……いや、でもリエンの負担大きいし」
「パムレ殿よ。諦めてシャルロット殿の『音の魔力』を頼ろうぞ。あれで少しは救われる」
「……ぐう。仕方がない。背に腹は代えられない」
そう言ってパムレとフブキはシャルロットを見た。それに対してシャルロットは。
「『お願いします』は?」
「「(……)お願いします。シャルロット様」」
「ちょっと変な上下関係作らないでよ!」
見た目小っちゃいんだし、フブキに関しては本当に年下何だから、お姉さんとして優しくしてよ!
「ふふ、冗談よ。言われなくてもやるわよ。船の上で大惨事になるよりも数倍良いしね」




