寒がり店主の休憩所「ガラン王国城下町店」
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「これが部屋の鍵で、あそこの扉を出れば井戸があります。井戸の水は自由に使って良いですが、当然のことながら使用した水は井戸に戻さず隣の排水路に流してください」
「……」
「朝と夜はここの広間で食事と聞いています。昼はガラン王国城でご飯ですよね。では朝と夜は準備します。あ、お手伝いは大歓迎です」
「……」
「何か質問はありますか?」
「質問しかないよ! ここ俺の実家じゃん! いや実家じゃないけど、系列店ってことは実家同然じゃん! シャムロエ様が手配って言ってたけど、騙されただけじゃん!」
とりあえずシャルロットを睨む。
「そもそもリエンって知らなかったの?」
「何が?」
「『寒がり店主の休憩所』はガラン王国の城下町にあることを」
「知らないよ! え、ウチってチェーン店だったの!?」
衝撃の事実に今も動揺している。てっきりタプル村にしか存在しない店だと思って母さんと一緒に運営してきたけど、まさかガラン王国の城下町にも店があるなんて。
それに。
「なんで母さんがいるの!」
ピシッと人差し指を向ける。
「決まっているじゃないですか」
「え?」
「息子が心配だから、先回りしました」
いやまあ『ちょっと首のない馬』たる存在を召喚? できるなら可能かもしれないけど!
「ですが店主殿、元々いたここの店員は? 見たところ店主殿しか見えないのですが……」
「『店主の権限』を実行しました」
怖いよ! え、消したの!?
「正確には急な人事異動ですよ。ここの店員にはタプル村に行ってもらいました。まあ、その間のつなぎとしてピーター君には店番をお願いしましたけど」
筋肉痛で布団から出れないって言ってたピーター君に店番やらせてるの!?
タプル村に帰る際にはお土産を渡さないといけないじゃん!
「というかシャルロットも地図を見て『寒がり店主の休憩所』だって知ってたら俺もこんなに驚かなかったよ」
「いや、ガラン王国の城下町にはここ以外にも宿屋はあるから、一つ一つの店の場所を正確には覚えてないわよ。まあ、大叔母様が用意したって言ってたから、まさかとは思っていたけど」
それも……そうか。近所に住んでいるならともかく、そもそもシャルロットは姫だもんな。忘れがちだけど。
というかシャムロエ様が手配でウチってことは、結構有名なのかな。
「さて、話はひと段落ついたことですし、ご飯にしましょう。あ、その前にシャルロット様にも『鍵を渡し忘れていました』」
「へ?」
「は?」
母さんが一枚の紙を取り出し読み上げた。
『寒がり店主の休憩所の店主様。急ではございますが私の娘を預かってください。何なら雑用等も遠慮せずに言ってください。シャーリー』
「母上!?」
バッと手紙を取るシャルロット。え、シャーリー女王って(心の声はすごく娘思いだったけど)すごく怖いイメージがあったんだけど、実はすごくノリが良い?
手紙では性格が変わる感じなのかな?
「いやー、ワタチも予想外でした。姫を預かるとは」
「いやいや母さん! 姫だよ!? 何かあったらウチの店はヤバイよ!」
「それならこのもう一枚の手紙があるので大丈夫です!」
母さんはもう一枚の手紙を今度は読み上げずに俺達に見せた。
『ほぼ許す。シャムロエ』
「『ほぼ』って何!? というか大叔母様!?」
シャルロットはその手紙を奪おうとしたが、それをひらりと避けた。
「なっ!」
「ふふ、これは渡せません。言ってしまえばこれはシャルロット様の分身兼国から公式に『基本的に何をやらせても良いよ』という文書です」
「あ……う……」
「ということで、シャルロット様も魔術の勉強をするという名目でワタチがお預かりします。良いですね?」
「は……はい」
そして母さんは調理場へ向かった。
「あ、言い忘れてましたが、夕飯後はリエンがシャルロット様に魔術について教えるくらいの時間はあると思いますが」
そして母さんは赤い目を思いっきり光らせた。
「『ほぼ許す』の『ほぼ』の意味をしっかり理解してくださいね」
言われなくても理解しているよ!
☆
「美味しかったわー」
「それはヨカッタネー」
「何その心のない反応。さすが店主殿だと思ったわ。それなのに何も感じなかったの?」
「いや、普通においしいけど、俺にとっては『いつも食べていた母さんの料理』だからね」
「あー、うん。そうだったわね」
夕食後、俺の部屋で魔術の基礎を教え、ちょっと雑談。
部屋には年頃の男女。
普通なら少しお互いを意識してしまう状況なのだろうけど。
『フアア。ベンキョウ、オワッタカ?』
監視役ということで母さんが『空腹の小悪魔』を俺の部屋に配備した。
「慣れって不思議ね。最初は不気味だったけど、だんだん可愛く見えてきたわ」
「シャルロット、君の目はどうかしているよ?」
「おいでー、ほら、頭を撫でてあげるわー」
『ナンダ? 血ヲクレルノカ?』
「血はあげないわよー。よーしよーし。ほら、なんか可愛くない?」
「ぜんぜん」
シャルロットの膝の上で思うがままに撫でられている『空腹の小悪魔』……という単語だけ並べればまだほっこり感があるけれど、実際シャルロットの膝に乗っているのは翼が生えた大きな目玉だからね?
「それにしても、店主殿……いえ、リエンのお母さんのフーリエ殿だけど、本当に何者なの?」
今は母さんも食器を方付けているし、部屋には二人(と一匹)だけだからシャルロットは母さんのことを名前で呼んだ。
「何者と言われても、『変な悪魔を召喚する母さん』くらいしか」
シャルロットの膝の上に乗っている『空腹の小悪魔』を見て言った。
「大叔母様の手紙なんだけど」
ああ、あの『ほぼ許す』って書いてあった手紙のことかな?
「私は『本気で』あの手紙を奪いにかかったのよ?」
「残念ながら奪えなかったね」
「ガラン王国の姫兼ガラン王国軍隊長の私が狙った獲物を逃すなんて、正直自分を過信していたわ」
え、シャルロットってあの部隊の隊長でもあったの?
「そういえばラルトさんは副長だったから隊長がいるのかなーと思ったけど、隊長はシャルロットだったの?」
「そう。だからその『国の秘宝である短剣』を持っているのよ。それは隊長の証でもあるからね」
そんな大事なもの、俺に渡さないでくれるかな!
「それは大叔母様の娘、シャルドネ元女王が持っていたとされる『秘宝・精霊の短剣』で、中には精霊の力が宿っていると言われているわ」
「あーあー、それ以上俺に責任を増やさないで! なんならこれ返すから!」
「まだいいわよ。それはいくら乱暴に使っても欠けないから初心者にはとても良いのよ? 『国の秘宝中の秘宝』だけど」
「それが嫌なんだよ!」
無理やり返そうにも突き返されてしまう。やはり力では勝てないか。
「そんなにその短剣を持つことに責任を感じるなら、逆に私に何か貸してくれるかしら?」
「貸す?」
「そう。何でも……とは言い難いけど、私はリエンから渡されたものをその短剣と同等の価値観で持つ。それで駄目かしら?」
そうは言っても、この国宝級の物と同じくらいな物は持ってないし、今のシャルロットに関係するもので渡せそうなものは俺の魔術を使う際に出す杖くらいしか無いよな。
「この杖でも良いなら」
「そうよ! 魔術をこれから使うのに、杖もなかったんだし、これが良いわね!」
喜んで受け取るシャルロット。まあ、俺の魔術の杖で良いなら。
『その杖は本来人間に武器を渡すことを禁じられている妖精『インプ』が、人間の優しさに感銘を受け、その掟を破り自らの魔力と引き換えに作り出した杖……ダギャー』
「お前凄く流暢に普通に話せるのかよ!」
『ふふふ、ちなみにこの『空腹の小悪魔』を介してワタチが見たり会話することも可能です。特に怪しい行動をしていなくて安心しました……ダギャー』
母さんにだけ便利な目だな!
『それとシャルロット様。以前にも言いましたが、リエンの前で名前は言わないでください。今回は特別に許してあげます……ダギャー』
「し、失礼しました。ですが一つ質問だけさせてください」
『はあ、なんでしょう? ……あ、ダギャー』
いま『あ』って言ったよね? 別に『空腹の小悪魔』になりきらなくて良いよ!
そしてシャルロットはシャルロットで真剣な表情で翼の生えた目に問いかける。うん、すっごい不自然。
「私の動きを一瞬でとらえた。私は大叔母様の手紙を奪えなかった。店主殿は何者ですか?」
『偶然ですよ。ワタチはただのリエンの母親で『寒がり店主の休憩所』の店主です。宿屋をしているとお金を巻き上げる悪い輩も現れるので、自然と反応できただけですギャー』
「そう……ですか。わかりました。お名前の件、失礼しました」
どことなく納得のいっていない様子。だけど、今はそれ以上は聞けないのだろう。
正直俺も母さんには色々と質問をしたい。けど、多分『まだ』なんだろうな。
『明日は朝から訓練ですよね? そろそろ寝たほうが良いですよギャ』
もう母さんもだんだん疲れたのか適当になってきた。
「わかりました。じゃあリエン、この杖は借りていくわね」
「あ、うん。お休み」
「お休みなさい」
そう言って、シャルロットは部屋を出た。
同時に『空腹の小悪魔』は床に潜っていった。
「今やるべきことをやろう。とりあえず」
寝よう。




